ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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あけましておめでとうございます




こわしかた、こわれかた

 

 

 

 思考が纏まらない。意識が覚束ない。光の届かない深海で浮いているような、ナギサの五感はそんなあやふやなものになっていた。

 

 その中でただ反芻するにわかに信じ難い情景と彼女の告白。

 清涼感のある声色と変わらない子供じみた笑み。舞い踊る羽のよう自由気ままに動く体躯と、併せて揺れる今朝結んだ自慢のブロンド。

 

 それらが唐突に、目の前で変貌……いや、それこそ()()した。

 

 常に相手を慮り時には冗談を、時に姉である自身に甘えていた喉から破滅を叫び。彼女の十八番でもあった無条件の好意を示す笑みは、敵意と悪意に満ちた獰猛で凶悪なものに。今まで一度たりとも向けた事は無い銃を構え、紡いできた関係を解くかのように結んだ髪を解く様をありありと見せつける。

 

 そんな彼女に対してナギサに沸いたもの――心配と怒り――相反するように見えるそれは、どちらも密接に関わるものであり同じ方向を向いているもの。

 そしてこれまで何度も何度も生み出してきたもので、きっとナギサにとってはそれは日常の一部だった。

 

 

 だが今回は今までとは決定的に違った。

 叱り付けた時に見せる表情は消沈したものでも、居心地悪げに『ごめんなさい』と謝る訳でもない。

 

『ずっと大っ嫌いだった』

 

『姉妹ごっこ』

 

 敵意と嗜虐に満ちた笑みを浮かべて紡いだ言葉は確固たる意志を持ち、明確にナギサを傷つけ突き放し何もかも一切合切を破壊するものだった。

 

 初めて聞く声音、初めて聞く一人称、初めて呼ばれた敬称。

 

 盤石のはずだった足場が粉々に崩れていき、世界から色彩が失われていく。

 嘘だ。理解ができない。したくない。言葉の意味を脳が拒絶する。

 

 しかし確として鼻腔に燻る硝煙の香りと微かに残る頬を包んだ温もり、煤と埃に塗れた新調したはずの制服が現実逃避は許さないと追い詰めてくる。

 

 何も見えず感じない海底へ叩き落され、そこでゆっくりと思考を繋ぎ止めて少しずつ浮上する。だがそうすることで見えてくる絶望の太陽光(記憶)。また沈み込み、やがて浮上する。この数十分間、ナギサはひたすらにその繰り返しから抜け出せずにいた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぐっ……あ、あああああ!!!」

 

 そして不幸なことに────トドメとばかりに絶望の海からナギサの意識を引き上げたのは、また別の絶望だった。

 

「……あ、え?」

 

 響き渡る張り裂けそうな絶叫に、喉から息が漏れ間抜けな声が出る。ぼやけていた音と視界が鮮明になり、ただ開いていただけの眼に情報が映った。

 

「絶対に死なせませんから……!」

 

 脂汗を浮かべながらもその瞳に諦観は無く、一刻も無駄にせんと手際よく処置を施す生徒の姿。

 

「■■……■生!! いやっ……いやだ!!」

 

 今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちの襤褸切れのような有り様の生徒――空崎ヒナの必死な呼び掛け。

 

 気持ち悪い汗が背中を伝い、心臓の拍動が早まる。

 無意識に目を逸らしていたソレに顔が勝手に向いていく。ダメだと本能が訴えるも背くことは許されないと理性が囁く。

 

「う、あ……?」

 

 ピッピッと無機質な電子音が鳴る先に……寝台からぽたぽたと滴る赤。それが湧き出る源泉は────酸素マスクを取り付けられ、苦悶の表情を浮かべながら声を荒らげる先生の腹部からだった。

 

「せ、先生……?」

 

 絞りきった雑巾のようにボロボロな震える声と共に一歩身を乗り出した瞬間、ぴちゃりと不快な音がした。

 ただの反射で視線を落とす。そこには煌びやかに輝く赤い水溜まりのなか、純白のローファーが儚い一輪の花の如く咲いていた。

 

「…………」

 

 それが一体何なのか、足が誰のものなのか。停滞していた思考に理解が追いついてくると……逃げるように足を動かす。

 しかし逃走は許さないとばかりに波紋が広がり……同時に跳ねた■が純白のローファーに禍々しい赫を施した。

 

 踏みつけた血溜まりには青ざめた自身の顔が映り……瓜二つの彼女を想起する。

 キヴォトスにおいて見えにくい概念であった『死』が()()急激にナギサへと迫ってくる。過去に起きた同級生の訃報――あの言葉に詰まった衝撃と、猜疑心に囚われる恐怖が蘇る。

 

 ただ一つ違いがあるのだとすれば。

 

 それを齎した人物は容疑ではなく確定的であり。あの日々をずっと味方で居て支えていた人。

 何よりも嫌悪するのは今の今まで混濁していた筈の思考回路が、やけに冷静で迅速に結び付けてしまう自身の謀略家な側面と、その矛先が大切な妹に向かって――――

 

 余裕などとっくに無くなっている決壊寸前のナギサには余りにも残酷なブレンドだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 古聖堂での事件による混乱は、既に両校内へも浸透していた。

 

 苛烈を極める戦場と化した古聖堂。現場から次々と報告、更新され移り変わる状況。不安に駆られて疑心に満ち起こる二次災害とその鎮圧。各上層部からの矛盾した指示に振り回される実働隊。

 

 それは共に歩んだ補習授業部の彼女達も例外ではなく。

 一人は元来の所属であった正義実現委員会として動き、一人はその洞察力と叡智を駆使して指揮を執り、一人は忽然と消えた親友の行方を探し……そして一人はかつての仲間達と対峙していた。

 因縁の持つ両校の架け橋のきっかけとなる筈だったエデン条約。その締結日の今日、情報が錯綜し入り乱れる現状は、楽園の名を冠するそれとは真反対の地獄絵図のような有り様。

 

 全てが見える。現実世界のみんなの動きがリアルタイムで、まるで物語を読んでいるかのような俯瞰した光景が脳内に直接流れ込む。

 それが超常的な現象であると違和感を覚えた途端、先生の意識は覚醒した。

 

「…………」

 

 声は出ない。辺りを見渡すとそこはティーパーティーの茶会の場として利用されるバルコニー。輝く星々がよく見える位置にある丸テーブルを囲む一席に先生が座り、対面にはティーパーティーの制服を纏った少女。

 その光景に既視感を覚えると同時に、救急車で搬送されている最中激痛で意識を手放したこと。これまでも何度かこの空間に訪れた……招かれていた記憶が蘇った。

 

「皮肉なことだ。もしかしたら……それも彼女は予見していたのかもね」

 

 諦念を帯びた少女は事件の顛末を語る。

 この襲撃の真の目的、それはエデン条約に介入しその内容を書き加えること。この条約が結ばれることでトリニティとゲヘナ間の紛争を担う“エデン条約機構”はアリウススクワッドが担うと。

 

 太古の御伽噺からもそうだが、約束や戒律、契約というものは重要な概念であり、この神秘が溢れるキヴォトスだからこそそれは変わらない。

 

「……今更な話かな。なにせ実際に君はそういった概念を利用して誰かを救ったことがあるはずだ」

 

 それと同じことなんだよ。

 

「そして今回は“各学園の代表者”が集い“特別な場所”で約束を結ぶ。これは明らかに“公会議”の再現だ」

 

 例えその存在を人々が忘却したとしても、決して抹消することは出来ない。

 戒律の守護者、ユスティナ聖徒会の助力を――正確にはその複製(ミメシス)であり、その専売特許はゲマトリアにあるのだが――つまるところ契約を曲解し、歪曲し、自分達の望む結果を捏造したことで起きた惨劇だと。

 

「取り返しのつかないほど膨れ上がった憎悪が発端となり……いや、発端という表しは適切でなかった」

 

 そこで少女は言葉を途切り俯く。僅かに覗けた表情は悲哀が広がっていた。

 そして数瞬の沈黙の後、今にも消え入りそうな可細い声を上げる。

 

「……先生、私はこれらのことを事前に全て知っていたわけではないんだ。あくまでも、君の夢を通じて観測しただけだ」

 

 ぺたんと力なく少女の耳が座った。

 それまで厭世的でありながらも、立ち振る舞いの一挙手一投足に兼ね備えていた優雅さが失われていく。

 

「だから……私と君が抱えている疑問は同様のものだ」

 

 一見脈絡が無いように感じる婉曲な言い回しと説明……それは認識の摺り合わせであり、不可欠なものだと先生は察した。

 

 桐藤ナズサについて――

 

 アリウススクワッドは組織ぐるみで動いていた。

 エデン条約を締結する今日に巡航ミサイルを撃ち込み両校の主戦力を分断し、何らかの方法を用いて強大な軍隊を手に入れた。そしてナズサも恐らくそれには加担していることは、本人の言動やリーダーと呼ばれていた生徒の言い回しから予想できる。

 

 形式や結果はともかくアリウススクワッドには権利があった。動機も『ゲヘナとトリニティを文字通りキヴォトスから消し去る』という発言と、第一回公会議の結果弾圧されて追いやられた過去から汲み取れる部分がある。

 

 彼女達の辻褄事態は合うのだ。

 だからこそ……あの場に現れた歴としたトリニティの生徒に、何処か継ぎ接ぎのような歪な違和感を感じる。

 

「…………私の、せいだ」

 

 その言葉が啖呵を切ったのか。

 ふやけてしまった紙のようにほろほろと、振る舞いから順に崩れていく。

 

「未来を背き眼を逸らしていた罰が……そんな言葉すらも烏滸がましい」

 

 眉根が下がり切った瞳は濁り虚を見つめる。

 

「結局、私が脆弱な臆病者であったが為に……だめだ、こんなものただの……」

 

 理路整然と語っていた口調は感情を直情的に吐露し、強い責任感に駆られた自罰へ変わっていく。

 

 トリニティとゲヘナだけではない。

 大切な友人達に、あの姉妹に不幸が訪れると()っていたはずだった。だがそれでもまさか“あんな姿”に変貌してしまい――そんなこと口が裂けても言う資格など無い。直視することから逃げて、()()()()()して諦観したのは他でもない自分自身だから――

 

「すまない……すまない」

 

 そんなムシのいい謝罪は誰にも向けてはならず、決して届くこともない。

 それでも言葉にして出さずには居られなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 両手で身体を抱きかかえて縮こまる姿は今にも砕けてしまいそうで。

 

 先生の前に居たのはただ一人の“生徒”だった。

 

 

 





誤字脱字報告ありがとうございます。
お気に入り、感想、ここすき励みになっています。

書き方を完全に忘れていて今回はかなり短いです。すみません。
これからは出来るだけ短いスパンで投稿出来るように頑張って、最低でも年内には完結を目指していきたいので、どうかこれからも読んで頂けたら嬉しいです。

今年もよろしくお願いします。



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