聳え立つビルに映るクロノスによる臨時ニュース。見上げる聴衆の間を脇目も振らずに掻い潜り、突き進む。
『このまま終わりではない』
そんな纏っていた予感が確信になった時には、既に手遅れであり──アズサは駆け出していた。
自身に課せられていた任務。百合園セイア及び桐藤ナギサの暗殺とトリニティに編入してのスパイ活動以外にも、自分に伝えられていない別の計画の存在は察していた。
勿論その情報は正義実現委員会からの聴取の際に共有し、自身にいつ何が起きても動けるように備えてはいたが……まさか
「……っ!」
悔し気に歯噛みするアズサ。
脳裏に反芻し響き渡るは『vanitas vanitatum et omnia vanitas.』
この世の全てはただ虚しいだけ。
それでもアズサは抵抗する道を選んだ。
トタン屋根一枚の下、穴の開いた壁から吹き通る風に震えながら眠ることも。飢えや傷に苦しみながらひたすら反復する訓練を行うことも。
全てはこの先自分と同じ苦しみや悲しみを、過ちを繰り返さない為に。絶対に抵抗することを諦めないと。
何よりこの数週間。補習授業部の仲間と共に様々な学びを、体験を、とても大切な時間を過ごした。そしてこれからも大切にしていきたい。
ただ真っ直ぐな……眩い程にひたむきで淡い気持ちを胸に進む。
しかし現実は余りにも無常で冷たく、少女の願いを捻り潰すかの如く突き付けてくる。
辿り着いた式場。隆起した瓦礫の山を乗り越え、眼前に広がっていたのは……悲鳴と銃声が木霊する戦場だった。
空は黒煙に呑まれて青さを失い、硝煙の匂いが鼻を刺し、並び立つビルのガラスは全て砕け、歴史ある古聖堂は崩れ去って土となり所々で火を上げている。
その願いはとても甘くて優しい……この
自身の正体と目的を明かした際のハナコの言葉が過った。
それはハナコの意地悪な──確かに手厳しく的を射てはいたが、本心であると同時にアズサを慮ってのもので第一にハナコはアズサを否定することは無く、寧ろそのアズサの姿勢のおかげで変われたと言ってくれた。
だが急速にその言葉がアズサに重く圧し掛かり膨れ上がっていく。
「く、うっ……!!」
自分が今どこに立っているのか、曖昧になりそうな程沸々と湧き上がる物を抑え込む為に強く歯噛み愛銃を握り締め、強く瓦礫を踏みしめて一歩一歩進む。
分かっている。これに身を任せるのは視野を狭くするだけであり、状況を俯瞰しゲリラ戦を主軸に戦うアズサにとってはただの悪手だ。
でも……それでも。
「っ、あああぁぁぁぁっ!!」
共に訓練に明け暮れた旧知の仲であり、この襲撃を指揮するリーダー……錠前サオリの姿を目にした瞬間、技術も技能もかなぐり捨てて吶喊していた。
「……相変わらず未熟だ」
しかし情動に任せて動いただけで奇跡や魔法が起こり、都合が良くなるのならばこんな惨状に陥ることもない。何処までも現実は現実のまま少女に降りかかる。
声を張り上げながらの奇襲など意味を成さず、正面切っての単純なフィジカル勝負ではサオリに軍配が上がる。
「何も考えずに突撃とは正気か、アズサ?」
短く嘆息したサオリは、蹲りながらも毅然と睨むアズサに目を細め辛辣に言い放つ。だがそれは至極当然の……長く苦しい訓練を共に過ごし、互いの能力を熟知しているからこそのもの。アズサに反論の余地はなくただ痛みを堪えることしかできなかった。
「まぁちょうど良い、お前がわざわざ来てくれて手間が省けた。何が起きているのか教えてやろう」
これまでアズサに隠していた計画……真の目的をサオリは告げた。
エデン条約に介入して書き換えることで、アリウススクワッドが『エデン条約機構』となり、戒律の守護者ユスティナ聖徒会を
荒唐無稽な話だと言い切れたのならばどれほど良かったか。幾百にも及ぶ不死身の軍隊。しかも過激な武力集団としてその名を馳せていた伝説だ。
現に今、戦場は彼女達が暴れ回っており混乱が収束する兆しは見えない。
『アズサ、今からでも──』
「……アツコ、それはできない」
仮面を被ったアツコが手話でアズサに伝える。
アツコはいつもそうだった。アリウスで共に育ったみんなに手を差し伸べて家族のように優しく接する。裏切った今のアズサにでさえ変わらずに。
それを振り払うのはとても心苦しかったが、決して譲れないものがあるアズサは躊躇うことはしない。
こうなった場合のアズサは梃子でも動かない。アツコは手話を解きサオリへ顔を向ける。
「やめておけ、姫。今は無駄だ。あいつの意地を折るのはそう簡単じゃない……前々からそうだろう?」
そんなものは見越していると半ば諦めのような──そこで止まればよかった。
サオリは続ける。アズサが裏切りここまで固い信念を持ったのは、傍で都合よく煽り、真実を隠し、事実を歪めて嘘を教える悪い大人が居たからだと、ただ事実を並べる検察官のように──
「まぁ、その先生も既に
「…………っ!!」
一言。そこには何の感情も感慨も挟まずに粛々と告げた。
言葉を受け止めきれず固まるアズサへ、一歩ずつサオリは詰め寄っていく。
思い出せ。所詮この世は全て虚しい。
トリニティで得た大好きな人が、白洲アズサを受け入れて一緒に過ごすのはさぞ楽しかっただろう。正に甘美な夢のように。
だがそれは唯の夢。眉唾物だ。
そのせいで真実から目を逸らし、都合の良い優しく甘い嘘に目が眩んだ。それこそアズサの弱さであり、結果としてこうして惨状の真ん中で敗北している。
アリウス自治区で育ち学んだ『白洲アズサ』を理解して受け入れてくれるのは、ここだけなんだと。
私達を本気で止めたいのならば、ヘイローを破壊してみろ。私達を騙してまで綺麗な場所に残ろうとする、そんな都合の良く事が運ぶことなどない。『殺意』を研ぎ澄ませろ。
紡ぐ度に強くなっていく語気。蒼い眼光が逃がさんとばかりにアズサを射抜く。
迫られたアズサは詰まっていた。だがそれは答えが決まっていないからなのではなく────
「サオリちゃーん!」
「…………え?」
悲鳴と怒声が木霊する戦場に、コロコロと軽やかに鳴る鈴のような、一種の清涼感を覚える声が聞こえた。
全身の筋肉が硬直し、身動きが取れない。
例えセイアに本心を見抜かれた時も、ミカがアリウスを引き連れて現れた時も、巡航ミサイルが着弾したニュースを見た時も、衝撃や動揺を覚えはしたもののこんな感覚には陥らなかった。
「ごめんごめん。とりま一仕事終えたけど、桐藤ナギサが逃げちゃってそっちに来てな……お?」
まさか、そんなはずは無い。だって彼女は……。
まずは眼で、それから徐々に緊張が解けだした首を傾ける。
ブロンドの長髪をなびかせて、大胆に肩口が開かれた純白のドレスを纏う一人の少女。
様相は変わり果て、目元を覆い隠す仮面によって表情は窺えないが、露出している口角の上がり方と聞き馴染みのある溌剌な語彙。
「おやおや、これは奇遇ですね♪ アズサ先っ輩!」
「──どういう、こと」
隠されていたもう一人の真実。この世界に置ける最大変数であるジョーカーカードがアズサに舞い降りた。
***
怜悧な顔立ちでありつつも、あくまで彼女も年頃の少女であることを感じさせる童心が籠る透き通った薄紫の双眸が、動揺の色へと曇り震えながらはち切れんばかりに見開かれていく。
“敵”を目の前にしながら、警戒心よりも情報の整理がキャパオーバーしちゃって普段なら絶対に有り得ない隙だらけのアズサ。
っっっあーーー!ヤベぇわこれ!!
どんどんどんどん修羅場になってくぅ〜!これじゃ復学なんて夢のまた夢だよ~!ていうかアズサ先輩のそのお顔、かぁいいねぇ〜〜〜!!!
……いやホントにね。別にアズサ先輩と会うつもりはなかったんだよ?ガチの偶然。
正実とシスターフッドの足止めに一区切り付いたから報告に向かおうとしただけで。
だから普通にビックリしちゃったわ。ほんでここは良き後輩たるもの、しっかりと気さくな挨拶を送っただけなのに……。
何なんですかー!?まるでこの場に居合わせない筈の……それこそ亡霊を見たかのような表情は!?素敵過ぎます!!
まぁある意味では過去の遺産である
……いや、この
「ナズサ……なんで、なんで君が。それにその姿……なんで、だって、あんなにもみんなの、補習授業部の為に──!」
瞠目し呆然と固まりながらも、こちらを見据えて問いただす。そこに困惑はあれど焦りはなかった。
こと戦闘に於いての思考の速さと柔らかさは、このキヴォトスのトップに君臨するツルギ先輩や、
彼女はもう既に俺を裏切り者の敵と認識はしている。でも感情が受け入れていない、だからこんな意味の無い問答を行ってしまう。
必要なのは冷静に無慈悲に割り切って即断即決、それをアズサ先輩は持ち合わせておらず……そこがまた彼女の長所。
個人的な解釈だけど白州アズサというのは、先生と精神性のベクトルがかなり似ていると思うんだよね。全ては虚しいと教え込まれたアリウス自治区の、エデン条約編という荒野に咲く、一輪の花の如く逞しくて真っ直ぐなヒーローだと思ってるんだ。
だからこそ諦観を決めて厭世的な振る舞いをして絶望に耽っていたセイアも、そんなアズサに無意識に触発されて選択肢を与えたんだと思っている。
だけどさっき言った通り彼女はまだ十六の少女。
時には路頭に迷い、自身の選択を悔み、罪悪感を募らせて進めなくなる事もある。まぁそれでも必ず起き上がり、たとえ間違った道だとしても歩を進めてしまう強さと危うさがあるんだが。
そこに寄り添うのがそう!我らがファウスト!補習授業部部長!阿慈谷ヒフミ元帥その人である!
補足というか、誤解を招かない為に言わせてもらうけど必要なのはヒフミ先輩だけではないよ?補習授業部の仲間であるハナコ先輩とコハルちゃん、先生も大事な存在さ。
ただあえてね、あえて一人上げるのならばそれはやはりヒフミ先輩なんだよ。貴重なモモフレンズを通して急接近した同士で、夏には戦車をかっぱらい海にも行った。お泊まり会や一緒に映画を見る約束もしている。それにこの後訪れる色彩によって出現したヤツの────これ以上はネタバレになりますね。
まぁ何が言いてぇかっていうと────
ヒフアズてぇてぇ
これなんすわ。
きっと一人でも立ち上がれてしまうアズサ先輩を、昏い沼へと進んでいけてしまうアズサ先輩を!思いっきり引っ張り上げて声高らかに宣言する。王道にして正道。透き通った世界観を売りにしてるゲームは流石だなぁ!
────だからこそにやける。ニチャる。ヤバい、抑えないと……あ、でも今は
「くヒュッ……ははは! アハハハハ!!」
「────っ!?」
ちょっとだけ、先っちょだけのつもりだったのに。あかん、俺の蓋がガバガバすぎて溢れるの止まらん。
「っぱりですねぇ……“先生”も同じこと言ってましたよ!」
だってだってだって……。
だんだんと、どんどんと困惑の色が強くなっていくアズサ先輩のお顔が。驚愕とは違う、苦虫を噛み潰したよう僅かに目尻に涙が浮かんで見開いていくその眼が!
あー!解釈一致です!解釈一致です!お客様困ります!あー!あーーー!!!
……ふぅ。
まぁあんまりアズサ先輩に酷いこと言うのは、流石の俺も良心の呵責があるというか。リスペクトしているヒフミ元帥に顔向けできないのでここはマイルド(当社比)にしておきましょうか。
「アズサ先輩、必要なのはそれですか? 私はサオリちゃんと手を組んでいたんですよ。ね! サオリちゃん!」
アズサ先輩は人殺しの道に堕ちることはない。それはヒフミ先輩達と先生が保証してくれている。
ならば今だけ、今だけ思いっ切りアズサ先輩の殺意を引き出そうとしても良いですよね?
つーわけでサオリちゃんに便乗して詰め寄ろうとしたんですが……。
「……?」
同意でも拒絶でも。何かしらのレスポンスがあると思っていたのにやけに静かだった。というか沈黙だった。
てかさっきからずっとアズサ先輩のお顔ばかり拝見、どころか視界がそれだけになっていて本来の目的である報告が完全に忘れてた。
「サオリちゃんなんか言ってよー!」
なんか滑った感じがして恥ずかしさを紛らわす為にもツッコミを入れようとしたら……アズサ先輩と同じく、困惑の色を浮かべて瞠目しているサオリちゃんのお顔があった。というか冷静になって周りを見たら、アリスク全員一致で俺を見ていた。
……あ、そうだった。まだ
それにしても、うん。やっぱりお顔が良すぎるサオリちゃんとアズサ先輩が並んでいると絵になるね!
誤字脱字報告、かんしゃ~
評価、お気に入り、感想もありがとうございます。励みになります。
ナギサ様のお陰でヒエロニムスくんとカイテンジャーのTROMENTクリア出来ました……!
みんなももうすぐ来るであろう復刻を引こう!!