ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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プロローグ

 

 

 

 そこから見える景色は楽園とは程遠いもの。

 この世界でも類を見ない、不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めたくなる最悪の光景だった。

 

 楽園の名を関する調印式の物語は――悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような。それでいて、ただただ後味だけが苦いだけの、残酷な真実のみが残った。

 

 その真実を――セイア自身が告白した、諦観という未来を選んでしまった自罰から――まるで自白するかのように、夢を通して先生に見せていく。

 

 

 かつての仲間を手にかけようと友達から貰ったプレゼントを殺人の道具として利用し、その絶望から謝罪の言葉を並べて蹲るアズサ。

 

 そしてその決死の奇襲は、幸か不幸か実ることはなかった。

 しかし爆発に巻き込まれたサオリは怪我こそしたものの命に別状は無かったが、サオリの大事な人であるアツコが巻き込まれた。

 幸いアツコも軽い怪我で済んだが、彼女に危害が及んだことをサオリは許さない。更に一時的にユスティナ聖徒会は多少の力が弱まったが、依然として戦力として健在のまま。

 

 古聖堂での搬送が完了し、戦場の混乱は落ち着いたものの、ナギサ、ツルギ、ハスミ、サクラコが重体として動きが取れないトリニティは混乱の渦の中。

 各地で起こるトラブルの対処に追われる中、元々上層部では謀略や疑心が跋扈してしまっている校風。混乱に乗じて不安を煽る者、ホストの座を狙った企み、そしてゲヘナへの憎しみが指揮を執っているハナコへ襲う。

 

 だが彼女達の企みも一筋縄ではいかなかった。

 現在のトリニティで動ける上層部の人間はミカのみ。ゲヘナへの侵攻を目論む彼女達にとって、それはとても都合の良いことに思えたが肝心のミカは『気分が乗らない』の一点張りで動かなかった。

 元々ミカに対して多かれ少なかれ不満を募らせていた彼女達にとって、それはとても屈辱的に憎たらしいことであり……爆発した暴力がミカを襲っていた。

 

 この日の為にずっと頑張り続けてきたのはゲヘナも同じ。

 特に風紀委員長であり、ゲヘナでは珍しい程に勤勉かつ生真面目、しかしその実はとても繊細な少女である空崎ヒナの心は既に限界を迎えており――その行方を晦ました。

 

 

 

 移り行く調印式の物語の結末の旅が終わり、視界がバルコニーへと戻る。

 覗く夢の空は変わらず夜のままだった。

 

「これが……結末だ。楽園から追放された私たちにふさわしい結末で、私が選んだ……結末だ」

 

 幕を下ろす言葉を告げると共にぽたぽたと、淡い金色(こんじき)の瞳に湛えた涙が漏れていき、やがてただ静かに、音無くぽたぽたと垂れた雫は純白の袖へ染み込んでいった。

 これにてこの話はお終い。あとはただ絶望だけが待つエピローグへと向かうだけ。

 

 

 それは誰に言っても分からないだろう。第一に当人である先生ですら説明は出来ない。

 奇跡か、偶然か。セイアの力が発露されたのか。ただの先生の勘違いの可能性だってある。

 

 だがそんなものはどうだっていい。ただ必要なのは――

 

 詮無く溢れていく、その内の一滴に――ゆっくりと垂れていく雫に、あの時の光景が映し出される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 山奥に設置された少しだけ寂れた合宿所。備え付けプールに木霊する補習授業部の声、ブラシを擦る心地良い音、ホースから飛び出した水が燦々と降り注ぐ太陽光を乱反射しきらりと照らす。

 いつまで見ても見飽きない、ちょっとだけ不思議な縁で結ばれた青春の一幕を、フェンスに寄りかかって2人で眺めた夕焼け。

 

 

『お姉ちゃんとミカちゃん、セイア先輩を頼みます』

 

 

 視線は合わせずにポツリと零すように、けれどハッキリと。僅かに眼を細め、黒いリボンを靡かせる。ごく自然の日常を慈しむようにも、何かを隠し取り繕う為のようにも見える微笑み。初めて出会った時から何度か覗かせていた表情。

 

(――やっぱり言っていたよね)

 

 ここに居ない彼女へ向けた胸中と共に、言葉を一旦仕舞い込む。

 勿論この言葉の意味の真相は必ず解き明かさなくてはならない。

 

 しかし今は急を要する。

 仮に今この事をセイア達に伝えたとしても混乱を招いてしまうだけだろうし、先生もナズサがこの発言に至った経緯と理由に多少の憶測はあれどあくまでその域を出ない。

 

 けれどもこれだけは言える。

 

「……うん。分かった、セイア」

 

 優しい、楽観的にも捉えられるような、同時に芯を感じる張りのある声音で――開けなかった先生の口が自然と動く。

 

「君も、その後はどうなったのか、まだ見ていないんだね?」

「それは……だが見る必要が、あるのかい?」

 

 セイアにとって先生のその言葉は予想外だったのか僅かではあるものの、涙に濡れた小さな瞳はセイアが思っている以上に大きく見開かれた。

 

「こんな悲しいエンディングの後、更に続くエピローグを見たところで悲哀が増すだけ、苦しみが連なるだけだ……いや、それこそが私が受けるべき罰――」

「違うよ」

 

 先程の柔和な声音とは打って変わってきっぱりと、セイアの言葉に被せるように少しだけ厳しい視線と共に否定する先生。

 そして数秒、ふっと溶けるように微笑を浮かべた。

 

「この後のお話を確認するのは怖かったよね」

「……」

「だから夢の中に隠れて起きられず、ずっと彷徨っていたんだね」

「……あぁ、そうだ。そうなんだ、先生」

 

 そこで一度区切るとセイアは俯く。

 涙はなんとか堰き止まってはいるが、その眼は変わらず虚をぐるぐると渦巻きながら見つめていた。

 

「そして『七つの古則』から既に導かれていたことだった。宿命である『七つの古則』からは人々が(のが)れることは不可能なんだ……!」

 

 どれだけ逃げようとしたところで楽園の存否は人々の宿命。そして宿命から人々は逃げられない。

 これまで彷徨っていた時間で古則という名の答えを突き付けられたセイアの眼は、悲しいことに力強いものだった。

 

「……そっか、うん。セイアと会えて良かった」

 

 しかしその視線を受けても先生は柔和な笑みを崩さない。

 

「確かにセイアは怖くて逃げてしまったのかもしれない。そしてセイアなりの答えを得て……それが現実として立ちはだかって、挫けてしまったのかもしれない」

 

 改めて――それもあの先生の言葉として、現実に再認識してしまったことでセイアの顔に翳りが生まれていく。

 

 だが先生の言葉はここで終わりなんかではない。

 間髪入れずに「でもね」と続けて――

 

「セイア、君は今こうして私に話してくれた」

 

 微かに……自身は自覚せずとも小さくではあるが、セイアの肩がぴくりと跳ねた。

 

「責任と罪悪感から話したっていうのもあるかもしれないけれど……でも、それはとても勇気がいることだと思うんだ」

 

 ゆっくりとセイアの顔が持ち上がる。

 そこに在ったのはテーブル一つ挟んだ向かい側――遠すぎず離れすぎず、それは正に“先生と生徒”の距離であり、とても安堵感を覚える形に自然となっていた。

 

「だったら、それには楽園の証明に関わらず答えなきゃね」

 

 次の言葉を先生は変わらず直ぐに、なんてことないこと至って平坦で平凡な……それこそ古則以上の当たり前な現実だとでも言うかのように続けた。

 だがそれはセイアにとっては、果て無く長い溜めを経てこの透き通った辛い世界に刻み込むような大声量で全力の声明だった。

 

 

 

「私は先生だから」

 

 

 

 これまで巨大な壁として立ちはだかった答えも。これから訪れるであろう遍く困難も。全て承知した上で、夜の茶会に眩し過ぎない心地良い光を放っていた。

 

「……先生、それは違う。それこそが楽園の証明に他ならない。だってただ信じたところで、何も変わりはしない。何の意味も……!」

 

 しかし、セイアだって簡単にここに至った訳ではない。

 何より彼女はキヴォトスにおいても長い歴史を持つトリニティ総合学園の三大分派サンクトゥス派のリーダーかつ、この学園の三人の生徒会長からなるティーパーティーのメンバーだ。秀でた聡明かつ叡智に溢れた頭脳と慧眼は、キヴォトスでも随一に並ぶものであり――

 

「水着も下着だと信じれば下着だから」

「…………え、は? 下着?」

 

 その牙城を崩すのはあまりにもあんまりな、でも確とした先生なりの大人の“答え”だった。

 

「い、一体何を……水着、下着……? それはどこの古則の、いやそんなの聞いたことが……」

 

 ここまで見てきた惨状と独白、得たはずの現実に全く似つかわしくない、唐突に現れたダークホース過ぎる単語の登場に一旦意味の咀嚼を挟むも、何度噛み砕こうと『下着』は下着の意味で『水着』は水着の意味のまま。そしてあの先生がその単語を口にしたこと、自分がその単語をぶつぶつと何度も口にしていることに理解が追い付くと、自覚するほど顔が赤らみ体温が上昇する。

 

 対して先生は満足そうに微笑み、「うん」と頷いて独りでに何故か何かに納得している様子だった。

 ちなみに補足しておくが、これは断じてセクハラなどではない。断じてだ。

 

「やっぱりまずは信じることから始めてみるよ。というか何度でも言うけど私は先生だから、信じないと始まらないというか……」

 

 よし、と一息ついて先生は立ち上がる。

 

「待っててね、セイア」

 

 視線は合わせたまま、首を僅かに傾け翻していく先生。

 そして数秒立つと影も形も光の粒子となって消え、一人の少女が残された。

 

「……行ったのか、先生。この先のエピローグへ向かう為に」

 

 だがそこに残されたのは、これまで独り未来を識り絶望に打ちひしがれて諦観を選んだ少女ではなく。

 

「分かった、先生。私も見届けるとしよう」

 

 あの大人が指し示す光に並び、そして未来に動き出すための勇気の一歩を踏み出した少女だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 この混乱に乗じて一部のティーパーティー傘下が、ミカの軟禁室へ訪れ彼女のティーパーティー権限を利用し大義名分を得てゲヘナを襲撃しようと目論んでいた。

 しかし肝心のミカが動くことはなかった。気分が乗らないと言い張る彼女に対して、やがて痺れを切らした少女達はこれまで密かに抱えていた不満が爆発し、暴力へと走りたてて――

 

「そこをどきなさい! 今の状況が分からないの!?」

「緊急の事態なのよ!?」

 

 昏い飾られた軟禁室に甲高い怒声が響き渡る。

 その矛先が向けられているのはミカではなく――黒い制服を羽織り、小さな両翼を四つ持つ小さな少女、下江コハルだった。

 

「い、嫌っ! ……私はバカだから分からないけど……でも、い、いじめはダメっ! こんな大勢で寄ってたかるなんて違う! 絶対にダメ!!」

 

 偶然にもミカに暴力が振るわれている現場に居合わせてしまったコハル。

 衣を着せずに言ってしまえば、彼女はミカのせいで退学の窮地へと追いやられてしまった被害者だった。しかし正義実現委員会の中でも一際心優しいコハルが暴力を見逃す理由にはならない。

 

 例え圧倒的に不利であろうと、多くの強い憎悪の視線を浴びようとも臆することなく立ち塞がる。

 

 しかし一触即発の険悪な膠着状態は続かない。

 単純な人数差は勿論、今朝から続く混乱によって興奮状態に近い彼女の気は大きく短い。

 

「だったらこいつで……!」

 

 カチャリと、ミカへ向けられていた銃口がコハルへと向く。そして憎悪の視線と共に引き金に指をかけ今引こうとした瞬間だった。

 

「コハルは補習授業部の、私の生徒だよ」

「――せ、先生っ!?」

「……!?」

 

 まさか過ぎる人物の登場の反応は動揺であれど正に三者三様だった。

 

 短くない付き合いを経て、本人には告げずとも確かな信頼を持って頼りにしていたコハルはその安心感から僅かに頬が緩み。

 貶めたはずの自分を庇うコハルに驚くのを精一杯抑えて取り繕っていたのに、ダメ押しの先生が現れたことでらしくなく大きく目を見開いてポカンと口が閉じずにいるミカ。

 キヴォトスで無二の権力を持ち、現在のホストであるナギサと提携を結んでいる『シャーレの先生』の登場で、一気に状況が不利に傾いたティーパーティーの傘下達は冷や汗を浮かべていた。

 

「お願いだから、まず暴力をやめてほしい」

 

 決して怒鳴っている訳ではない、命令口調をしている訳ではない。しかしただ淡々と確固たる意志を持った大人の声音と見たこともない表情にたじろぐ。

 やがて銃口を下した少女達は、蜘蛛の子を散らすように早足に去っていった。

 

「コハル、ミカ、大丈夫?」

「せ、先生……先生、先生っ!」

「……先生」

 

 ミカを守る為にコハルは立ち向かう勇気と優しさがあるが、それと同時に怖かったのも事実。目尻に涙を浮かべ、確認するようにしきりに先生と呼ぶコハルに「よく頑張ったね」と労いの言葉を送り頭を撫でる先生。

 そして次にミカへ目線が向けられると、ずっと開けていたままだった口に気が付いたミカは、切り替えるかのように笑みを浮かべて挨拶を交わした。

 

「ミカ、君はどうしてさっき……」

 

 ゲヘナへの襲撃命令を下さなかったのか。

 先生が疑問を言い切る前に「聞かれちゃってたか」と、汲み取ったミカはその理由を語る。

 

 語ろうとした……けれど。

 

「……あれ? なんでだろ。絶好のチャンスだし、今でも嫌い、なんだけど……どうしてだろ……私にも、よくわかんないな……」

 

 言葉尻が窄んでいくと同時に視界が潤む。やがて呟きとなったそれは誰にでもない自分へ向けた言葉へとなっていた。

 

 元々の始まりはアリウスと仲良くなれないかと、ティーパーティーの茶会で言い出したこと。

 その意図を、政治的な利益はあるのかーとか考えなしだーとナギサやセイアに詰め寄られて呆れられる一幕。それはよくあることだったけど、なんかその日はむっときて、唯一手放しに賛同してくれた親友とこっそり――本当に悪戯のつもりだった。

 

 けれど気が付いたらセイアが殺された――殺してしまったと知って分からなくなった。

 

 セイアが死んで……だったら、ここまで来てしまったらやりきらなくちゃいけない。

 そうだ、ゲヘナとの平和条約なんて意味分かんないこと許せない。絶対に。セイアも未来が見えているはずなのに、どうして……いつも『しっかりと考えて行動しろ』って言っていたのに、どうして。

 

「ごめんね、セイアちゃん……ごめんね、ナズちゃん……」

 

 ぽろぽろと、崩れていく。

 

「どうしてこんなことになっちゃったのかな……」

 

 そんなもの分かり切っている。全部自分がバカだったせいだ。

 

「先生、私、セイアちゃんに会いたい……」

 

 いつも口煩くお小言を漏らす、ちょっと生意気な友達に。

 

「ナギちゃんに、もう一度会いたい……」

 

 姉みたいに面倒くさくて、大切な幼馴染に。

 

「ナズちゃんに、ちゃんと謝りたい……」

 

 あの時突き放してしまった親友にもう一度。

 

 

 

 

 

 この時先生は未だかつてないほどの選択を迫られていた。

 

 

 ミカにナズサの裏切りを伝えるのか。

 

 

 不幸中の幸いか、この情報が錯綜する混乱下のお陰でナズサの離反は現場に居合わせた……それもあの襲撃を耐え抜いた一部の生徒にしか知られていない。そして更に本当に嫌なことだが……隠れ蓑というナズサの言葉は真実のようだった。

 

 だが同時に見えてくる希望と……考察の余地が深まったのもまた事実。

 

 

 だから先生は……今は、今だけはまだ伝えないという選択を取った。

 

 けれどどうか責めないでほしい。

 

 この事実は爆弾だ。それも時限付きかつ既に起動済み。どう転んでも最悪の物となりミカに襲い掛かる。

 勿論絶対に処理する問題だ。ただ残酷なことに、騙すような形で酷だろうとも、どうしても今だけは後に回さなければならない。

 

 

 

 先生は微塵も思っていないことだが、全ての原因は■■■なので悪しからず。

 

 

 





感想、評価、ここすき励みになります
誤字脱字報告、いつも感謝です

桐藤ナギサPU中!!
是非とも引きましょう!!!


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