ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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私の物語(ブルーアーカイブ)

 

 

 

 典型的なコの字の、所謂折り返し階段を登り続ける先生の眼に、足に多少の緊張はあれど迷いはない。

 胸中にあるのは悲しみと疑問、そして怒りと心配だった。

 

 数分、屋上へと続く踊り場に着く。ドアに備え付けられた唯一の窓――小さく曇った物であったが、澄みきった快晴の陽光が部屋を満たしている。その光を齎した生徒……ヒフミはハッキリと、多少強引であろうとも自分にとって何が大切なのか、何が好きなのか、この世界と友達に宣言した。

 

 先を生きる者と書いて先生と読み、生徒達の道標となるのが先生であるが、時として生徒から学びを得ることもあると、このキヴォトスに訪れてから何度も経験している。

 

 それは今回も例に漏れず……若干の建付けが悪いドアノブを捻り、屋上へと踏み込んだ。

 

 瞬間、風が凪ぎ、青い日差しが照り付けた。

 

 来訪者を祝福する、暖かく肌を撫でる風。

 明順応によって一時的に視界が塞がるも、過敏になった触覚によってその心地よさが身に染みる。

 

 そして明るさに目が慣れてくると……地平線の彼方まで続く雲一つない青と、敷き詰められた白磁のタイルの二色が広がっており――空と地面の境界線、ビルと地面の境に一人の少女が居た。

 

 ブロンドヘアはハーフアップに纏め上げる()()()()靡かせ、合間に覗く露出された背中、後ろ手に組む両手。変わり果てた制服はタイルの白とは違う貪欲で邪悪な白すぎる白。

 

「ここに居たんだね、ナズサ」

「………………へ?」

 

 一拍、二拍、三拍。

 返事と言うよりかは反射と言った方が近い声と同時に少女は振り返った。

 

「……は、え? ちょっとなんで先生が? あれ? 黒服?」

 

 服装が変わろうとも、言動が変わろうとも……身体に傷があったとしても。今までと同じ――マスク越しではなく――音なく穏やかに、詮無く煌めく涙が溢れ出る丸い琥珀色と目が合う。その色はナズサが最後に見せたドロドロ昏い谷のようなものでなく……昏い表情と同じくらい覗かせていた、大切な人を慮り、日常の一瞬一瞬を心の底から謳歌する無垢な少女の瞳だった。

 

 同時にそれはナズサにとっても同じことで。

 旅行先で普段より上がっているテンションを友達に見られたような、丸い目をしている先生と目が合い、そうして初めて先生の存在を確認したナズサは、すぐに目を逸らして辺りを見渡し……状況を理解すると頬を赤らめ始めた。

 

「あ、ちょっと待って。お願いだから、ガチで。えっと、あれ、ちょっと、涙が……」

 

 直ぐに涙を止めようと、瞼を擦り拭き取るも意味は無い。言うことを聞いてくれない涙腺と突然過ぎる来訪者に動揺し、少しでも間を持たせようと矢継ぎ早に並び立てるも一向にそれが止まることはなく。

 

 その仕草は洗練された従事者でも、襲撃者として正体を現した傍若無人なものでもない……初めて垣間見えた少女としての新鮮な反応で。それはとてもナズサらしいと思えた。

 

 そしてまた風が凪ぐ。

 とめどなく溢れ続ける涙が雫となって流され、透き通った青が反射し煌めく。

 

 先生が認識してしまった時、盤石になりつつあった運命と結末に彼女は着実に、確実に、しっかりと組み込まれた。

 これから紆余曲折が起こりまくる。また目を背きたくなり、耳を覆いたくなる真実が襲ってくる。

 

 けれどももう変わらない。陳腐でありきたりでありふれた結末から逃れられない。

 

 

「あと、えっと……ご機嫌はいかが? 先生」

 

 なんとか堰き止めることには成功したナズサは、先程までのことは無かったことにと言わんばかりに――先生だけでなく、自身にも言い聞かせる為――皮肉気に笑った。目尻に涙が残っていることに気付くことなく。

 

「……絶好調だよ。やっと君と話せるからね」

 

 本題へ移る前にまずはアイスブレイクから。

 まさかここに来てお嬢様学校らしい挨拶を交わすこととなるとは。そんな事をふと思い、口角をほんの僅かに吊り上げる先生。

 

「ふーん、そんなにオレと話したかったんですかぁ?」

 

 その先生の反応はナズサにとって予想外のもので……表情は崩さないようにせずとも、一筋の汗が伝う。

 

 そもそもの話、普段のナズサだったらここですぐにでも煙に巻いてさっさと退散しているところだった。しかし泣いている所を先生に見られた羞恥心と多少なりともあるプライド、そしてあの時()()()()先生への個人的な趣味が重なったことで……少しばかり悪戯心がナズサを動かし、今の問答も先生の心情をざわめかせ、出来れば激情を引き出そうと起こしたものだった。

 

 それが先生の土俵へと上がることを意味し――勝敗は決まり切っているものであることにナズサはこの後気付かされる。

 

「うん。……あ、でもちょっとニュアンスが違うかな、正確には『君に会いたかった』だね」

「………………口説いてんの?」

 

 少しばかりレスポンスが遅れるもなんとか反撃の口撃に移るナズサ。しかし赤らみを強め据わった目を向けられて「いやいや違うよ!?」と慌てふためく先生は、正しくナズサが求めていた反応であったが、ちょっとストレート過ぎる先生の言葉が効きすぎて追撃に移ることは出来ず……まずは両者痛み分け。

 

「ははは、ホント変わらないなぁ……あんなことされたのに」

 

 アイスブレイクに見事成功し、これまでの二人の距離感と空気に近づくも……妙に強調を加えて呟やかれた一言に緊張が走る。

 前を向けば見慣れた爛漫な笑顔は崩れ去り、獲物を狙う獰猛な笑みへと変わったナズサの姿。

 

 しかし臆することは先生には何も無かった。

 

「まだ私たちは何も話せてないからね」

「だから言ったでしょ? 話すことも理由もないって、ただオレはやりたかっただけだって」

 

 だって今相対しているのは“生徒”なのだから。

 

「ナズサ、こう見えて私は結構怒っているんだよ」

 

 双眸がナズサを捉える。

 それは襲撃時、姿を見せて正体を現したナズサに『なぜ』と問いた際に見せた鋭いもの。

 

「へ、へぇ? 怒っちゃったんだ? おー怖い怖い、先生をそんな気持ちにさせたのって、もしかしてオレが初めて?」

 

 あの時とは違い真正面から、それも瓦礫の山と地面ではなく同じ目線で、一歩踏み出して手を伸ばせば届く中々の距離で向けられた事に少々たじろぐナズサ。

 だがあくまでも銃を持ち、『ナギサ様の脳を破壊し隊』までも召喚出来る自分の方が圧倒的に優勢であると踏んでいるナズサは、ここで退いてはならないと攻勢へ出て飄々と煽る。

 

「……でもそれ以上に心配だったんだ」

 

 が、先生はナズサの言葉を受け取った上で、「そうかもね」と肯定しながら鋭い視線を霧散させ柔和な笑みを浮かべた。

 

「だからひとまずは、ナズサが無事で良かった」

 

 愚直と表現する他ない先生の思いは、それだからこそ先生たらしめる思い。

 

 しかしあんな風に傷つけられて、そしてここまで来て、裏切り者である自分へ変わらずその思いを抱えられ、あまつさえまず会って最初にそれを伝えるとは。

 先生をある程度理解してるナズサもさすがに調子が狂い、誤魔化しも茶化しも、煽りの言葉も湧き上がってこず、またもや目を逸らすことしか出来なかった。

 

 ラウンド2、勝者先生。

 

 そして続くラウンド3、流れに乗った先生は先手を打つ。

 

「――だからさナズサ、トリニティに帰ろう」

「……え、は? ちょっと待って、なに言ってるんですか? なんで今の、どういう流れ?」

 

 あまりにも唐突……ハッキリ言って支離滅裂に近い先生に、会話をすっ飛ばしたのは自分の方なのかと混乱に陥るナズサ。

 

 そんなナズサの姿に、独りでに何処か納得と満足を得たのか先生は続ける。

 

「そしてナギサ達に謝ろう。私も付いていくから」

「ちょちょちょ、待って? 色々とおかしいよね?」

 

 とんとん拍子に話を進めていく先生に、さすがにこれは自分が悪くないと混乱から脱却したナズサは、「一旦タンマ」と抗議を上げるも――

 

「待たない」

 

 それは本当に、先生にしては本当に珍しい即答の、たった一言での一蹴。

 今日出会ってからの先生の言動は予想外のものしか無かったが、今回のそれは今までとは比にならないものだった。

 

 何かがおかしい……否、このままではヤバい(負ける)

 ナズサの本能が警鐘を鳴らす。

 

「ナズサ、君はここで見ていたんだよね。みんなのことを」

 

 ちらりとナズサの背後を覗く。

 屋上に訪れるまでナズサが見ていた景色は――ヒフミが世界へ宣言した地がよく見えた。

 

「だったらヒフミの言葉を借りて、はっきりと言わせてもらう」

 

 ナズサが泣いていた理由は憶測しか浮かばない。

 けれども彼女は泣いた……どんなに昏い表情を見せても、親友と行き違いが起きてぶつかり合っても、最愛の姉からの贈り物を傷つけられても我慢できてしまっていたナズサが。

 

「もう一回……いや何度だって、伝わるまで」

 

 心の底から信じて貰えるまで。互いが互いに歩み寄れるまで。

 

「ナズサ、君()大切な“生徒”の一人なんだ。だからいつだって私はナズサの味方だし……それにこれからも君と、君たちと一緒に築いていきたいんだ」

 

 奇跡を起こした“普通”の生徒を見習って、大人なりに貪欲に、遍く全ての生徒を想い。

 

 

青春の物語(ブルーアーカイブ)を」

 

 

 世界に、彼女(ナズサ)にその言葉を刻み込んだ。

 

 

 

 

「………………」

 

 靡いたブロンドは表情を覆い隠し、青い光が目元に陰を生み出す。

 

「……バカ、なんですか?」

 

 そして幾ばくかの沈黙が流れ――破ったナズサはここにきて新たな一面、明らかな苛立ちを醸し出していた。

 

「まだ……まだ先生面、しているなんて…………っだったら! オレもはっきり言ってやるよ!!」

 

 勢いよく顔を上げたナズサ……話している内に引っ込んでいた涙を、また目尻に浮かべて先生へ指差す。

 

「それなりにはオレも楽しかったですよぉ!? 先生との青春ごっこぉ!!」

 

 憤慨から笑みへ。「あはははっ!」と高々に声を挙げもう一度、先生とこれまで過ごしてきた全てを一から並び立てて否定する。

 保険と心証の為に言動を徹底していた。補習授業部を手伝ったのも容疑者としての線から外させて、万が一露呈してしまったとしても罪悪感から動いていたと誤認させる為。先生とも会話も程よい距離感を演出していたに過ぎない。

 

「これで分かった? 今までの関係はぜーんぶウソだったんだよぉ!!!」

 

 天真爛漫などとはかけ離れた、怒号、もしくは罵声と呼ぶに相応しい声音を響かせ、ニタァと悪意に満ちた表情を先生に見せつける。

 

「………………」

 

 沈黙は先生の番へと回った。

 

 このままパッションで押し切れる。

 そう判断したナズサはここぞとばかりに笑いを加速させ、トドメにと大切な人達(姉や親友)への()()を送ろうとした時。

 

「ナズサ」

 

 一瞬にしてナズサのターンは終わりを告げる。

 

「…………本当はこんな言い方良くないんだけどね。ナズサ、君を信じて、君だからこそ誤解を恐れず言わせてもらう」

 

 先生としてはとても重要だとして、優しく言い聞かせるよう前置きをしっかりと置いた上で――

 

 

「あまり(先生)を舐めない方がいい」

 

 

 その顔は……生徒を本気で叱りつける、射抜くような大人の視線へと変わっていた。

 

 

 

「…………わぉ」

 

 まるでトラックに轢き飛ばされたような、逆らうことは許されず、呆然と突っ立つことすら不可能な衝撃が全身を駆け巡り、ナズサはただ瞳を丸くして呟やくことしか出来なかった。

 

 この世界に生まれ落ち、大切な人を得て、親友を得て、先輩を得て。日常と青春を謳歌した。思春期特有のちょっぴり異常ながらも若気の至り(愉悦)に浸ったり、全く新しい無二な友達も得た。

 

 けれど一つ足りていないピースがあった。

 この()()()()()()()の主人公という特異点との繋がり。

 

 それが今埋まる。

 

 正真正銘“桐藤ナズサ”は完全にこの瞬間に同じ世界(ブルーアーカイブ)へと引きずり落とされ、転生した。

 

「――あ、接し方の問題じゃないんだよ。生徒のみんなにはありのままでいて欲しいからね」

 

 文字通り()()()()の衝撃に打ちひしがれているナズサを知る由もなく、一方の先生は「少し言葉が強かったかな」などと先生にとっては重大でも、正直に言ってあまりにも間抜けで呑気な焦りを感じて先程の怒りは何処へやら、身振り手振りを振る舞い慌てて補足していた。

 

「ナズサにとって例えごっこだろうが、ウソだろうが、私には関係ないってこと」

 

 信じるという行為はとても難しいし儚いことかもしれないけれど、同時にとても力強く尊いものだと、だからまずは先に生きる者として手本を見せなきゃね。

 

「何度だって言うよ。私にとってはナズサは大切な“生徒”なんだってね」

 

『水着も下着だと信じれば下着だから』と付け加えて、先生は笑った。

 

「……ち、違う。違うんだ。わたし――オレは!! 生徒なんか、じゃ、なく、て……」

 

 だが先生に理解(わから)させられたとしても「はいそうですか」と、そう素直に頷けるのならば、桐藤ナズサはこんなにも拗らせてはいない。

 本能で理解しても、捻じ曲がった信条と価値観が先生と本人であるナズサに立ち塞がる。

 

 認めない。認められない。何より自分が許せない、信じられない。

 しかし胸に秘めたる頑丈に歪んだ信条に倣って振り絞る言葉に力は無く、それどころか痛む胸に手を当ててぽつぽつりと雫が溢れ出る。

 

「う、あ……オレは、わたしはそうだ」

 

 やがて焦燥に駆られ始めたナズサは――無意識に一人の大人を寄る辺とし、自身の歪んだアイデンティティを保とうと自己防衛に働いていた。

 

「オレは、ベアトリーチェ……ベアトリーチェお姉様の、モノ、だから……だから、だからだからだから!!!」

 

 頭を抱え矢継ぎ早にナズサの姿は、ここには居ない何かに恐れ、取り憑かれ、許しを請おうと必死に取り繕っているようにしか見えず、下りた前髪の間から覗く双眸は妄執に囚われて酷く濁りきっていた。

 

 その豹変は衣着せずに言うなれば異常の類であり――先生は確信に至る。

 今漏れている闇は時折見せていた昏い表情と同じもの。襲撃時に見せた明確な悪意を、理由はないと暴虐を起こし、本性はこうなのだと言わんばかりに罵声を浴びせることで隠していた裏側であると。

 

「私だけは、この世界に存在してはいけないんだ」

 

 懐から取り出したマスクを付ける。途端に禍々しい暴風が吹き荒れ、瞬く間に20人近くのユスティナ聖徒会だった者達が召喚された。それに構える先生だったが、のっぺらの彼女達は先生に目を向けることすらなく、全員が一目散にナズサへ駆け寄る。

 

 ……そこに心配の色があったことに先生は気付けなかったが。

 

 そして自身を守る陣形にさせたナズサは、カチャリと銃口を先生に向けた。

 

「……さようなら、先生」

 

 不穏な一言と共に……薬莢が鳴ることは無く。

 

「ナズサ!」

 

 “彼女達”に抱えられる形で屋上から飛び降りた。

 その光景はいくらキヴォトスの人間といえども流石に心臓に悪いもので、声を出した時には既に駆け寄るも――覗いた先にナズサの姿は無かった。

 

「……絶対に連れて帰るから」

 

 誓いは誰に聞かせるでもなく自身へ。

 

 鬼ごっこも隠れんぼも、互いを疑う人狼の時間も終わり、掴んだ尻尾は離さない。

 トリニティ――桐藤ナギサの元へ向かう足は重くとも速いものだった。

 

 

 





ラウンド3 勝者 先生


次回は一区切りとして掲示板回です


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