幼馴染のナギサに妹が居ることは知り合って間もない頃には聞いてはいた。
ちょっぴりウンザリするほどには。
曰く2歳年下の、名前は『桐藤ナズサ』と言うと。餅みたいな肌とお揃いの瞳が可愛いのだと。髪の毛を結ぶとこれ以上ないくらい喜ぶのだと。好奇心旺盛でいつも自分の話を夢中になって聞いてくると。
そして生まれて間もない頃から原因不明の高熱を発症し、現在進行形で入院生活が続いているため家に居ることは殆どないということ。
途中かなり脚色が入っているように見受けられる部分があるがそれは置いておいて。
「ねぇ、ナギちゃんの妹ちゃんのお見舞い、私も行ってみたい!」
一度、ナギサに提案したことがある。
単純にナギサの妹には興味があったし、話を聞いてから友達になりたいと思っていた。それにずっと病院だと飽きちゃうだろうから。
ただナギサの反応はあまり芳しいものでなかった。
「お気持ちは凄く嬉しいのですが……」
どうやら妹の状態はミカの思っていた以上――見知った人以外と会うと身体に障ってしまう可能性があるくらいなのだと。
眉根を下げるナギサの表情は普段の同い年とは思えないほどに毅然としたものではなく、弱り切った一人の少女のもので。
それに対して、当時のミカは投げかける言葉を持ち合わせておらず。
「……いつか会えたらいいな」
そう呟き、幼馴染とそしてまだ見ぬ妹へささやかな祈りを捧げることしかできなかった。
だが初等部へと進級し、学校というこれまでとは全く違う環境へと移り変わった頃に転機は突如として訪れた。
キンコンカンコンと、聞き慣れ始めた一日の終了を告げるチャイムと共に身支度を整え始め、「ナギちゃん帰ろー」とナギサの席に視線を向けて――ナギサは眼前に迫ってきていた。
「ミカさん! 聞いてください!」
「な、なに? どうしたの?」
よく教室で走り回るミカを注意していたあのナギサが、昔から常に冷静に立ち振る舞っていたナギサが、肩で息をしながらもそれこそ今までの中で一番と言っていい程に声を弾ませ、瞳を爛々と輝く大きく見開く。その姿はあまりに見慣れていないもので、皮肉の一つすらも出てこない程には気圧される。
取り敢えず落ち着かせて話を訊いてみれば、なんと急激に妹が快調し遂には退院の話まで取り付いたので、祝いのパーティーを開催するからぜひ来て欲しいと。
もちろんミカはふたつ返事で了承し……そして退院当日、学校から帰宅するとケーキを買い揃えてナギサの家に向かった。
居間のテーブルにはご自慢の紅茶や豊富な種類のロールケーキ、ナギサが趣味としている焼き菓子が出迎えの準備を完了していた。
そんな会場にポツンと一人、ミカは取り残されていた。
『ナズサを連れてくるので少し待ってください』
そう言い残して十数分、未だに戻ってくる気配なし。
見事な肩透かしを喰らい暇を持て余したミカは珍しく、それとも今更か、若干の不安が過っていた。
つい先日まで、というよりかは数分前までは特に深く考えず、無条件に自分の直感と感情のまま『ナギサの妹』だから会ってみたい、仲良くなりたい。そう思っていたのだが、よくよく考えたら相手は年下かつ今まで病院で生活してきた……言わば住んでいる世界が全くと言っていいほど違う相手。
普段ならこんな考えに至ることなど無いのだが……意外にも自分は緊張していたらしい。
それを自覚してしまったミカは焦れる気持ちを落ち着かせる為に、ロールケーキでもつつこうと口に運んだ瞬間――
「すみません、お待たせしました。ナズサが緊張してしまっていて……」
申し訳なさが混じりながらも、遂に妹と対面させられることにご機嫌が滲み出てるナギサと目が合った。
「……ミカさん?」
「あっ! いやこれは違くて!?」
ニコリと微笑む目元は仄かに薄暗く、ご機嫌というよりかはご機嫌斜めが滲み出ている。
更にタイミング悪いことにナギサが戻ってきたということは……。
「…………」
腰まで届くナギサより少し黒みがかったブロンド、丸みを帯びた顔立ちと仄かに赤みがかった頬、ナギサの背後から半身だけ覗く飴玉のように光沢が輝く琥珀色の瞳と合う。
「(ちっちゃいナギちゃんだ)」
世間一般から見れば自分も“小さい”部類に入る年ではあるのだが、そんな自身よりも更に幼いまんま数年前のナギサが飛び出てきたようなナギサの妹。
「まぁいいです……この方がお姉ちゃんの幼馴染のミカさんです。ご挨拶できますね?」
普段より幾段か柔らかく諭すような砕けた声音と初めて聞いた一人称が、少しノスタルジックな気持ちになっていたミカを現実へと引き戻す。
「あ、えっと……初めまして、だね☆ ナズサちゃん?」
見つめあったまま数秒、ナギサが挨拶を促すも緊張からか動かないナズサ。
ならばここは姉の幼馴染として、年上として、そして食いしん坊キャラだと誤解されない為にもまずは一旦ロールケーキを皿へと戻し、精一杯明るく挨拶を送る。
「…………」
答えは沈黙。
決して挨拶が届かなかった訳ではない。ミカが口を開いた時、確かに合ったままの無垢なナズサの瞳は揺れ動いていた。
つまり時すでに遅しか。
初対面でも同級生ならここでジョークの一つでも飛ばせたが、今回は初めて相手取る年下、それも幼馴染の妹。
もうダメだと、ナギサへ助け舟を求める為に視線を移そうとした時。
「きれい」
「…………え?」
きれい、きれい……綺麗。
鈴が転がるような心地良い声から、ぽつりと零れたその言葉。
移りかけていた視線が戻る。
ナギサの陰に半身を隠していた少女は大きく瞳を開き身を乗り出し……そしてパサリと小さな羽が鳴いた。
「このケーキ、とっても美味しい!」
「でしょ~? 私のお気に入りのお店なんだけど……あ、今度一緒に行こうよ!」
「え、行きたい! お姉ちゃんいいよね!」
「構いませんが、お姉ちゃんが付いていくことが前提です。回復したとはいえ、あくまでもナズサはまだ病み上がりなのですから」
そこから打ち解けるのはあっという間で、気付いたら三人で居ることが当たり前……まるで最初から決まっていたみたいに自然な形となっていた。
それこそナズサは不思議な少女だった。
噂通りこちらの話には興味津々で、一つ何か喋ると赤ん坊のように打てば響く反応は会話がとても楽しく思えて、同時に姉のナギサのような達観した落ち着きも持ち合わせている。
初めて喋るのに、まるで初めてじゃないような。ある意味ではぶっちゃけウザイの域に辿り着きつつあったナギサの妹自慢によって、初対面とは少し違ったのかもしれないが、それでも確かにナズサには一緒に居て謎の心地良さがあった。
「ねぇナズちゃん、ちょっと私のこと『ミカお姉ちゃん』って呼んでみてよ!」
「ミカさん!?」
一人っ子であるからと言って寂しい訳ではないが、それとは別に散々ナギサの妹自慢を聞かされたこと、そして本人は無意識なのだろうが得意気に“お姉ちゃん“の一人称を使っているナギサを見て憧れの気持ちが湧いていたミカ。
期待の眼差しでナズサを見つめるが、それは認めんとナギサが割って入る。
「ナズサ、それだけはダメですよ」
「なんで~、ナギちゃんだけお姉ちゃん呼びなのずるいじゃん!」
「ずるもなにも、私はナズサの“お姉ちゃん”ですから!」
頑固にそれだけは許さないと突っかかり、またもや無意識なのか、鼻を高くして紅茶を運びながら最後の“お姉ちゃん”の部分を強調するナギサの姿は若干イラっとくる。
だが人間というのはダメと言われたらやりたくなる性分であり、特にミカはその傾向が強い。
そして生憎、ナズサもその性を背負っていた。
「ミカお姉ちゃん」
ピシッと揉めていた二人が固まり、ナズサの方へ向くと……無垢にニコニコ(ニヤニヤ)と笑みを浮かべていた。
「ナズサ……? いま――」
「も、もう一回言ってみて!!」
同じ疑問を抱えているのに反応は正反対。
食い気味にミカが乗り出すとナズサは待ってましたと言わんばかりに続けた。
「ミカお姉ちゃん!」
「アンコール!」
「大好きだよ?ミカお姉ちゃん!」
「う、うわー……確かにこれは」
ノリよくアンコールにも応えてニパっと花咲いて純度100%の好意をぶつける様は、無条件に自身を褒め称えてくれるような、グングンと自己肯定感が湧き上がるのを実感する。
散々自慢し得意気になりたくなるナギサの気持ちも理解できる。
「だめ……です」
そうして二人で盛り上がっている中、蚊の鳴くような呟きが漏れた。
「だめです……お姉ちゃんは、わたし、だから……ミカさんでも」
「え、え!? ナギちゃん!?」
ぷるぷると携えているカップを震わせ目に涙を湛えるナギサ。出会ってから数年、長い付き合いの幼馴染のまたもや初めて見る表情だった。
どうやらミカの想像以上にナギサにとって『お姉ちゃん』は特別なものらしい。
さすがに泣かせるつもりはなかった二人、その後意地悪をしてしまったとひたすらに謝り倒した。
それからミカは、ナギサから少しの間ナズサとの接触禁止令が出された。
***
小さな液晶の中には、ムスりと拗ねたナギサの表情。
いつの間に撮影したのやら、でも思えばあの時から悪戯っ子の片鱗があったな、なんて気付き少し吹いてしまう。
「……懐かしいなぁ」
進むボタンを押して振り返る大切な思い出の一幕達。
ナズサから預けられたカメラには、これまでの取ってきた写真が全て保存されていた。
本当は見るつもりも……見る資格も無いと分かっていながらも、ボタンを押す指は止まらない。
ナギサ、ミカ、ナギサ、ミカ、ナギサ、ナギサ、ミカ。
最近のものになるとコハルやセイア、補習授業部のものもいくつか散見できる。
それはどこかに出かけたものだけじゃない、ただの登下校やお茶会などの本当に些細な何気ない日常まで、膨大な量のデータには必ず誰かが映っていて。
「……あ」
そして今更、初めて気が付いた。
どの写真にも……たったの一枚もナズサが映っていないことに。
瞬間に後悔がミカを襲う。
「私、なんにもナズちゃんのこと見てなかった……」
一番の親友で、どこまでも付いてきてくれたのに。
アリウスとの和解のために自治区へ赴く。それが無策で無謀だと思われるのは当たり前だ。ナギサやセイアは悪くない。
ナズサだって、本当は彼女も自分とは違ってちゃんと考えられる人間で、それなのに自分の考えは素敵で大切なものって言って……最悪な結果としてセイアが死んでしまったと知った時、本来ならば罪なんてないのに共犯者になってくれた。
『ミカちゃんなら何度だってやり直せる』
だからあの時、本当は欲しかったくせに冷たく追い払い避けた言葉を今度こそ受け止める。
あんな別れなんて、嫌だ。やり直すのは凄く難しいだろうけれど、それでもナズサが言ってくれたのだから頑張りたい。
「……またみんなに会いたい」
その願いは近い内に叶うこととなる。
最悪な形で。
誕生日おめでとう
せめて自分が出来る優しい話を書きました