ナギサ様の脳を破壊し隊   作:あみたいと

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遅れると言ったな。あれは嘘だ。



合宿、開始!

 

 

 

「プレゼント……ですか?」

 

「えぇ、日々奮闘するナズサにささやかなものを……ね?」

 

 ブラック企業も顔を顰めるレベルの早朝5時からの定例報告。週に3日程度なのが救いだが、最近はエデン条約が控え、補習授業部の活動も始まったことで、本格的に睡眠時間が削られてきてちょっとしんどい。

 

 それでも弱音を一切吐かず、多忙の中でも常に5分前行動を心がける僕の鑑、桐藤ナズサです。

 

 今日はそんな俺を労う……鼻で笑いたくなる建前を皮切りに、ベアトリーチェお姉様から賜ったのは、ちょうど両手のひらで抱えられるサイズの木箱だった。

 

「開けてみなさい」

 

 促されるまま蓋を開くと、緩衝材に包まれ鎮座していたのは、所謂ドミノマスクと呼ばれる、顔の上半分を覆い隠す仮面だった。

 ただ普通のそれとは違い、視界を確保する為の穴はなく、一切の装飾品も施されていない文字通りの鉄仮面であった。

 

「私の……そうですね、利害関係といいますか。とある人物に貴女の血液や皮膚を提供する代わりに造らせました」

 

 はい。この人最近やたらと研究材料だとかで、俺に採血やらなんやらやってきていたんですが……良かった、しっかり使っていたんですね。てっきり、そういった物を集める趣味かと……いや、待てよ。そもそも俺の体を取引に造らせたなら、プレゼントもクソもなくね?

 

「もう1人のロイヤルブラッドは、下手に傷付けることが出来ませんからね……そういった点でもナズサ、貴女には感謝しているんですよ?」

 

 うーん。この俺になら何してもいいと思っている鬼畜っぷり。

 でも……この腕や背中に付けられた傷を、いつかナギサ様に魅せつける日が来ると思うと……フフュッ、存外悪くはないですね。感謝すべきは俺の方でした。

 

「勿論、唯のマスクではありません。それは()()()()()を、使いこなす為に装着してもらいます。それと、貴女を外敵から守る為の機能も備わっているので、作戦に参加する際は必ず装着するように」

 

「承知いたしました……しかしその、お言葉ながら視界を確保する為のスペースが見当たらないのですが……」

 

「それに関しては問題ありません。試しに付けてみなさい」

 

 妙にニヤニヤとしながら、命令してくるベアトリーチェお姉様。完全に遊んでいますねこれ。まぁ、逆らう理由もないので取り敢えず付けてみますか。

 

 

「…………」

 

 凄い。どういう仕組みなのかは定かではないが、視野が全く狭まらずマスクを付けている事に、違和感を感じさせない程の視界が広がっていた。

 それに意外と着け心地が良い。外側は冷たく金属のような素材だったが、内側には肌に優しい柔らかさと温かみを兼ね備えたクッションが、敷き詰められている。けれども、そこに仮面を付けている事実を確認させる重さも確かとしてある。アイマスクとしても便利かも。

 

 これを裏切る時にナギサ様の目の前で付けろと……流石です、ベアトリーチェお姉様。裏切り者としての振る舞い、ベタではあるが闇堕ちみたいなこの仮面……悪役のノウハウを完璧に理解(わか)ってる。

 

 感謝と感激で泣きそう。てか泣いた。この御方が先生の敵対者に相応しくないわけがない! 一生付いていきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしましたか?」

 

 

 わざと、あからさまにとぼけた明るい声を出す。

 最善の未来を掴み取る為に全てを裏切り屈服した、忠実であり、有能であり有用でもあり、そして愚か者でもある弱者に対して。

 

「い、いえ。なんでもございません。あ、ありがたく頂戴します」

 

 声を震わせ感謝を述べるナズサ。

 

 ……あぁ、やはりこの少女は面白い。

 

 ベアトリーチェはナズサを気に入っていた。

 絶対に裏切らない保証があり、一般生徒どころか先生すらも辿り着けない情報を掴み取る頭脳と明晰、訓練されたアリウススクワッドに比肩する戦闘能力、現生徒会直系の血縁者としての立場と、その血に秘められた力。定例報告には一度も遅れることはなく、一言命令すればその肌を晒し、採取という名の暴力の苦痛に顔を歪めても不満の1つも吐きやしない。

 

 そして何よりも見ていて飽きない、面白い。

 

 

 今回の贈り物、秤アツコの物と似た性質のそれは、確かに作戦遂行に必要なものだ。しかし、ベアトリーチェはこれに1つの趣をつけた。

 

 それは目元だけを覆い隠すということ。

 

 何もかもをかなぐり捨てて裏切り傷付け破壊する。その行為を、大切なたった2人の為という大義に目を背けるナズサへの皮肉。

 しかし、決して己の行った罪からは逃がさない為に、隠れることが出来ないように、全てを欺いたその口だけは曝け出す。

 

 そんな回りくどいアイロニーにも、この少女はその聡明さから気付き予想通りの反応を示した。

 

「えぇ。それは常に携帯しておいてください」

 

 それを常時持ち合わせることで、完全にナズサはベアトリーチェから、罪の意識から逃げられない。

 学校や友との時間、現実から目を背けていた唯一の心の安寧を無くしたナズサは、仮面越しに、あれだけ傷付けても決して流さなかった涙を流していた。

 

 

 

 

 

 崇高に手が届いた暁には処分するつもりでしたが、ここまで献身的なら飼ってもいいかもしれませんね。

 

 

 

 ***

 

 

 

 第一次特別学力試験が不合格だった補習授業部は、一週間の強化合宿が決定し、その合宿所となる離れに放置されていた校舎へ訪れていた。

 

「ようやく着きましたね、ここが私たちの……」

 

「はい、合宿の場所です。ようやく着きましたね、ふぅ……」

 

 一先ず館内にあった4人部屋へ向かった一同、備え付けのベッドに腰を下ろし持参した手荷物を整理しながら、この後のスケジュールを立てる。

 そこに偵察をしていたアズサが帰ってきた。報告によると設備は充実しており学び舎となる教室、トイレやシャワーは勿論、地下食堂、体育館や備え付けのプールまであるという。

 

「うふふっ。みんなで食欲を満たし、睡眠欲を満たし、そしてみんなが欲する目標へと向かって脇目も振らず手を動かす……良いですね、合宿」

 

「……うん。そうだね……あ、でも任務は確実に遂行する。きちんと勉強して、第二次特別学力試験にはどうにか合格する。その目標のためにここに来たんだ」

 

 トリニティの中心部とは違い、青々とした緑に囲まれて空気は澄み渡り、自分たちしかいない空間。そこでこれから送る同い年との共同生活に、少し旅行のような気分になるも、すぐに気を引き締めるアズサ。

 

「私はずっとここには居られないけど、毎日来るし何か欲しい物があったら言ってくれれば持ってくるよ」

 

「ナズサちゃんは他の業務もありますもんね。でも私たちがここにいる間、先生は一緒にいてくれる予定ですので、何があっても大丈夫だと思います!」

 

「うん。任せて」

 

 率先して話の進行をするヒフミは、既に立派な部長となっていた。

 

「ありがとうございます。えっと、通路を挟んで向かい側にもお部屋があるのですが、先生は――」

 

「ダメっ、絶対ダメ!! 同衾とかエッチじゃん!!!! 死刑!!!」

 

 先生は向かい側の部屋、その言葉を聞き何かを発言しようとしたハナコを牽制するコハル。

 

「えっと、コハルちゃん? 私、まだ何も言っていませんが……?」

 

「何を言い出すのかだいたい分かるわよ!! ダメったらダメ! そういうことはさせないんだから!」

 

「コハルちゃんは厳しいですねぇ」

 

「コハルちゃんは厳しいなぁ」

 

「ナズサぁ! あんたなに同調してるの!?」

 

「みんなで交流を深めておいて。何かあったら呼んでくれれば」

 

 このままだと、生徒と一緒に寝る事となりそうな勢いなので先に断っておく先生。それにハナコは素直に了承したのだが、何故かナズサが訝しむ視線を投げかけてきたことには、気付かなかったことにした。

 

 

 それでは早速、と勉強に取り掛かろうとするヒフミ――そこにハナコからストップが入る。

 これから長期的に滞在するにあたり、衛生面は大切。それにどうせ勉強するなら気持ちの良い環境の方が捗って効率的。と。

 

 かくして汚れても良い服に着替えて、10分後屋外に集合することとなったのだが……。

 

 

 

「アウトーーーーーー!!!」

 

 トラックに響き渡るコハルの怒号。

 そこには、アズサ、ヒフミ、コハルは各々持参したジャージ姿で現れたなか、モデル並みに堂々と1人水着で参戦するハナコがいた。

 

「あら……?」

 

「おお! これが噂のハナコ先輩の水着!」

 

「何で掃除するのに水着なの!? バカなの!? バカなんでしょ!? バーカ!! あと、ナズサはなんでテンション上がってんの!? やっぱりバカなの!?」

 

「いや、やっぱり一度はハナコ先輩の水着姿を拝んでこそ、真のトリニティ生徒、ひいては次期ティーパーティー候補として――」

 

「こいつの水着はそんな高尚なものじゃないわよ! 勝手にトリニティの象徴にしないで!」

 

 意味不明の理論を展開するナズサを黙らせ、変わらず反省していないハナコを体操服に着換えさせたコハルの奮闘は、正に正義実現委員会として相応しいものだった。

 

 

 

 まずは建物周辺の雑草を引き抜き、ある程度終わった後は館内の清掃へと移った。

 アズサは床の埃掃除や水拭き、モップがけ。コハルは窓の縁や家具の隙間などの細かい部分の掃除。ハナコは寝具類の洗浄……と、それぞれ役割分担し掃除を進めた。

 

 そうして半日をかけて教室、トイレ、地下食堂、体育館、寝室と主要となる部屋は全て掃除しきり、来る前とは明らかに見違えるほど綺麗になった。

 

 そこで終わりと思いきや、もう一か所大事なものがあると言い出したハナコに、連れられてきたのは屋外プール。

 試験とは関係ないものではあるが、ここだけ掃除をしないのも気持ちが悪い、こうして折角みんなで来たのだから今のうちに遊んでおこう。ということになり、濡れても良い服に着替えて取り掛かることになった。

 

 なったのだが……。

 

 

 

「待て待て待てっ!!」

 

 鬱蒼と茂る樹々に木霊するコハルの怒声。

 そこにはアズサ、ヒフミ、コハルは各々持参した水着姿で現れたなか、動かざること山の如しと言わんばかりに、制服のまま掃除に取り掛かろうとするハナコがいた。

 

「どうしましたか?」

 

 なぜ声を荒らげているのか、皆目見当も付かないといった顔のハナコ。

 

「あんた掃除の時は水着でどうして今度は制服なの!? 本当にバカなの!?『濡れても良い服』ってあんたが言ったんじゃん!?」

 

「これが『濡れても良い服』ですよ?」

 

「もうあんたが何言ってるか分かんない! 制服が濡れても良いの!?」

 

 そこには絶対的に埋められない見識の相違があった。

 

「コハルちゃん、これは各々の美学の問題かもしれませんが……」

 

「え? 美学……」

 

 一体何のことか。このやり取りでなぜ「美学」などという単語が出てくるのか。わけがわからないが、コハルに嫌な予感が襲ってくる。

 

「水着と制服、どちらの方が濡れた時に「良い感じ」になると思いますか?」

 

「は、はぁっ!?「良い感じ」って何よ!」

 

「そしてナズサちゃん、まだ出会って間もないですが……あなたは「これ」が分かるのでは?」

 

 そのままコハルの隣に立つ「理解者」へ目を流すハナコ。

 疑問符を付けてはいるがハナコは確信していた、彼女は理解る側。と。

 

「いや、わかるぅー!」

 

 返ってきたのは力強いサムズアップと満面の笑みだった。

 

「ですよね! 今度2人で『美学』について語りませんか!?」

 

「ダメだこいつら……早くなんとかしないと……」

 

 コハルの苦労はこれからも続く。

 

 

 

 

 

「見てください、虹ですよ! 虹!」

 

「ひゃっ!? ちょっ、ハナコちゃん冷たいですよぉ!」

 

「ど、どうしてこんなことに……」

 

「こちらのブロックは完遂した。続けて速やかにそちらへ向かう」

 

 湖から引っ張ってきた水をかけあったり、ブラッシングの競争をしたりと補習授業部たちの和気藹々とした声が響き渡る。

 

 それを陰ながら見守る者が約2人……ナズサは水着を持って来ておらず、先生もまた同様の理由により、仲良くフェンスに並びもたれかかりながら見学していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「制服が濡れるのは美学じゃないの?」

 

 いたずらっぽく笑う先生。因みに表立って言わなかったが、先生もハナコの「美学」には共感できる部分が多々あった。

 

「ははは……似合うかどうかは別ですよ先生、この後業務も控えているんでね。……それに私は、ハナコ先輩みたいに綺麗じゃないですから」

 

「そうかな……?」

 

「そうですよ……はは」

 

 その乾いた笑いは、謙遜のようなものでは一切なく、ただ自虐的に感じる笑みだった。

 

 そんなことはない。ナズサも十分……なんて言ったらセクハラになってしまうだろうか。益体もないことを考えながら、ナズサを横目で見る。ぶらぶらと前後に動くたび、ガシャンとフェンスの揺れる音が背中に響く。その目は何処か遠い眼をしていた。

 

「楽しそう……だね」

 

「はい……とっても尊いものだと思います」

 

 

 ……先生は悩んでいた。ナズサの考えを聞くべきなのか。

 それは、昨夜ナギサに呼び出され告げられた真実。

 

『補習授業部は退学させるために作ったもの』

 

 その理由は、エデン条約締結を阻止するためのスパイが紛れているから。補習授業部はその疑いがかけられた人を集めたもの。

 そして、監督役であるナズサ。その真の役割は裏切り者の炙り出しだった。それに先生も協力して欲しいと頼まれたこと。

 

 あの夜、先生はそれを断った。私は私のやり方で、その問題に対処する。と。

 

 しかしナズサはナギサの妹であり従者。こうして見学している今も、見極めているのではないか。それは……辛いことなのではないのか。

 

 

「先生」

 

「ん?」

 

 そんな自分の考えを読み取ったのか定かではないが、ナズサが声を被せてくる。

 もしかしたら……最悪の未来も想像したが、それは杞憂に終わった。

 

「……補習授業部をよろしくお願いします」

 

「……それはどういう……」

 

 その続きは出なかった。隣にいたナズサは……真っ直ぐに前を見つめながらも、瞳に涙を溜めていた。

 その涙の意味は分からない。ただ、それはスパイを探し出す敵意に満ちたものではなかった。寧ろ逆――。

 

「それと、お姉ちゃんとミカちゃん、セイア先輩を頼みます」

 

「…………」

 

 ()()だ。それは初めて会った時に見た……陰を隠すように繕った笑顔。

 聞きたいことは沢山ある。しかし、それより先はきっとナズサが許してくれない、まだ……駄目だ。

 

「……それじゃ、そろそろ時間ですので私はこれで。明朝にまた来ます」

 

 そのままくるりと身を翻し、夕陽に彼女は溶けていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 あっぶねぇ~~。

 

 補習授業部のプール掃除とかいう、第1章屈指の名シーンに浄化されて泣き出しそうになったぁ。

 いやズルでしょあんなん。透き通りすぎだろ。一瞬ナギサ様の脳を破壊とかそんな酷い行為やめようかと思ったよ。思っただけだけど。

 流石にみんなや先生の前で泣き出すわけにはいかないから、逃げだしてしまったけどもう少し長居すれば良かった。

 

 ここから合宿が始まるんだよなぁ。いいよなぁ、合宿。

 女の子達が目標に向かって共同で生活、一緒に食事をし、勉強して、風呂に入り同じ部屋で寝る……。なんて素晴らしい。君たち一生そこで暮らさない?

 

 そして、先生の性別は相変わらず分からん!

 生徒と一緒に寝るのを躊躇うのは、大人として当たり前……当たり前だよね? この世界では、生徒と教師の恋愛は禁止されていない的なこと聞いたけど……。それとこれとは話が別だよね?

 

 今度、風呂でも覗いてナニがあるのかどうか見てやろうかな。

 

 

 





お気に入り、評価、感想ありがとうございます。励みになります。
次回は本当に遅れます。


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