第2次特別学力試験。それはナギサの横暴ともいえる権力が、振りかざされた事で徹底的に妨害された。
試験会場がまさかのゲヘナ自治区で行われ、更に開始時間は深夜3時。
道中はゲヘナの風紀委員、温泉開発部のショベルカーやブルドーザーに追い掛け回され、行路には大量の地雷が仕込まれていた。
しかし幸か不幸か、一種の恩があった美食研究会と偶々遭遇し、相変わらず拉致られていたフウカの車で案内をしてもらい、何とか開始時刻までに会場へ辿り着くことは出来た。
そうして無事(?)に試験を開始したのだが……そこへ何処から仕入れた情報か、会場の真下に温泉源があると嗅ぎ付けた温泉開発部が、会場を木っ端微塵に爆破した。
結果、解答用紙は跡形もなく燃え尽き、試験は用紙紛失として処理された補習授業部は戦うことなく敗北してしまったのであった。
「もう嫌っ!!」
教室に響き渡るコハルの慟哭。
補習授業部は振り出しへと戻っていた。いや戻されていた。
「こんなことやってらんない! 分かんない! つまんない! めんどくさい!」
ひたすらに浮かんだ言葉を羅列していく。
補習授業部が始まって以来、再三勉強に苦しめられてきたコハルだったが、今回ここまでコハルが弱音を吐き出すのには理由があった。
それは第3次特別学力試験の合格ボーダーラインが全員一律60点以上から、90点以上に引き上げられたこと。
つい最近、やっと60点を超えることができたコハルにとって、それは途轍もなく強大で高き壁。しかも残り期間は僅か一週間という茨の道のセット。
「あ、えっと、その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにするためですし……」
コハルを落ち着かせるヒフミ。
部員の気持ちがバラバラになりそうな時、幾度となく纏めるのも部長としての役目だった。
「取り敢えずその、今はみんなで知恵を寄せ合って、何か良い方法を探さないと……このままじゃ、一週間後には本当に仲良く全員退学、なんてことに……」
「『知恵を寄せ合う』……なるほど。悪くはないのですが、あまりグッと来る感じではありませんね。もう少し、こう何か……」
と、確実にどうでもいいところにこだわりを抱くハナコ。
「ここは例えば、そうですね……『弱くて敏感な部分を寄せ合う』、という形でいかがでしょう?」
「? どういうことだ?」
「い、いきなり何言ってんの!? 下ネタはダメ! 禁止! 死刑!! び、敏感な部分って、何をどう寄せ合おうってわけ!?」
あまりにも不穏な他意を感じる言い回し。その意味をアズサは相変わらず捉え切れてはいなかったが、ある意味同類であるコハルはしっかりと理解していた。
「ああ、ちょっと分かりにくかったですか? では、実際にやってみせましょうか。もう少しこう、脚を開いていただいて……」
じりじりとにじり寄ってくるハナコ、知らず知らずのうちにコハルは壁際まで追い込まれてしまった。何かデジャヴを感じるコハル。それは補習授業部初日にナズサに詰め寄られた時と同じ……いやそれ以上の貞操に関わる危機を。
「わっ、私が悪かったです先輩相手にタメ口ですみませんでした!もう許してやめてっ、それはまだ嫌ぁーーー!!!」
「なるほど、そういう制圧術もあるのか。白兵戦で使えそうだ……勉強になった。ただ、無駄な動作が多い気がするな。私ならあと2テンポ前の段階で、関節をきめてる」
ハナコに覆いかぶせられ悲鳴をあげるコハル。一見すると完全に事案なのだが、萎えて気分が落ちていたコハルを励ます、ハナコなりの少しだけ激しいスキンシップだった。
ハナコはただ性的な発言をしてしまうだけの女ではない。空気が読めて自然とフォローに回れる腕利きの痴女であり女傑なのだ。
まぁ、コハルにやっていることは半分くらい……いや7割ぐらい楽しんでやっていることだが。
そんなハナコをズレた視点で感心するアズサは、このままでいて欲しいとこの場の誰もが思ったことだろう。
「先生ぇ……」
「……うん、私も頑張るね」
ただ、いつもなら笑っていられたが、今はもうそんな余裕も刻一刻となくなっている。
あの後、ナギサとは会うことはかなわずミカも同様に連絡が付かなかった。
そしてナズサもまだ謹慎を喰らっていると聞いた───
「すみません! 遅れました!」
聞きなじみのある声と共に勢い良く扉が開かれる───先に立っていたのは額に汗を滲ませ肩で息をしたナズサだった。
瞬間、先程までの喧騒はどこへやら、試験中にも劣らない静寂が教室を包み込んだ。
ナズサはゆっくりと教室内を見回して、アズサ、ヒフミ、先生。
そしてハナコに襲われるような姿勢のまま固まり、涙目になったコハルと目が合う。
「……続けてください」
ただ一言、沈黙を切り裂いたのはナズサだった。
「は……!?」
『続ける』その意味を理解したコハルは崖から落ちるような感覚に似た絶望を覚えた。そうだった。
「はい♡ 分かりました」
一方了承を得た(本人のではない)ハナコは、満面の笑みでここぞとばかりに攻め込んでくる。
「待って! お願いだから!! なんでナズサはそんなにニコニコしてるの!! 怖い!! だ、誰か助けて──────」
木々で羽休めしていた鳥たちが、逃げ出すほどの悲鳴が館内に轟いた。
「ごめんなさい。お姉ちゃんがあそこまで躍起になるなんて……」
一段落ついたところでナズサは頭を下げてきた。
それは昨日のこと。
ゲヘナ自治区での開催のみならず、ありとあらゆる妨害を駆使し最終的には会場爆破。更に合格ボーダーラインの引き上げと、それら全てがあからさまな悪意による工作であり、試験会場にあったボイスメッセージからその犯人は自明であった。
「あ、謝らないでください! ナズサちゃんも大変だったでしょうから」
「そうだ。それにどんなに邪魔が入ろうとも諦めない」
「私だって……確かに凄く難しいけど、頑張るもん!」
「はい! それにハードなほど盛り上がりますし……ね?」
「ナズサは何も悪くはないよ」
補習授業部の温かさに迎え入れられたナズサは、潤んだ目を堪えながら、残り期間最後まで付き合うと宣言した。
「ところで……ナギサは───」
「すみません先生、今朝からお姉ちゃんとは会えていなくて……というか抜け出してきたんで」
「そうか……いや、気にしないでくれ」
決してナギサの行為は許されることでないが、それでもここまでの行動に至ってしまうナギサの心配をしていた先生。
皆の前で彼女を庇うようなことは言えなかったが、それでもどういった状態なのか気になり───
「ん? 抜け出した?」
ナズサの付け加えた一言、それは見過ごしてはならないものだった。
言い方から察するに、やはり未だナズサの謹慎は解けてはいないと思える。それは時勢と立場的に大問題に発展するのでは……。
「はい。まぁ大丈夫でしょ!」
「え、えぇ!? 本当に大丈夫なんですかそれ!?」
ヒフミの心配などどこ吹く風、本人はケロッとしていて罪悪感の欠片もなかった。
「ナズサさんは、トリニティでも指折りの問題児でもありますから、きっと許されますよ」
ハナコのフォローになっていないフォロー。思わずどの口がと突っ込みたくなるがそれは置いといて。
補習授業部での活躍で忘れていたが、そもそもナズサはかなりの問題児であると聞いていた。それを知ったのは、ナギサの依頼を受けた日にシャーレに帰った後だったが。
曰く、ゲヘナ自治区で暴れまわったやら。曰く、毎日のように公共の施設を破壊していたやら。
お嬢様学校と知られるトリニティには、あまりにも似合わず姉であるナギサとは正反対であると。
しかしそれも中等部までの話だとも聞いていた。
高等部に進級してからはすっかり落ち着き、確かに少々はっちゃけている部分もあるが今までと比べると可愛いものになったと。
……もしかしたら、ここにナズサが隠す暗い部分のヒントがあるのかもしれない。
確かに歳を重ねて成長し落ち着いたとも捉えられるし、自身の立場を考えるようになったとも思える。
ただ、どこかナズサは我慢しているように見える。
そういった悪戯心を抑えるというよりかは、何か別の……もっと重大なものに囚われて……。
「先生、大丈夫ですか?」
覗き込むヒフミに、思案の海に潜り込んでいた先生が戻される。
「ん? あぁ、少し考え事をしていて……」
……そうだ。まずは目の前に居る彼女達を助けなけらばならない。
自身の使命を改めて確認し、気合いを入れる先生だった。
「ところでアズサ先輩。さっきのハナコ先輩の“技”試してみませんか? 具体的にはヒフミ先輩に!」
「私!? な、ナズサちゃん!?」
鼻息を荒くしながら詰め寄り妙な提案をしてくるナズサ。
それに何故か寒気を覚えたアズサは、大切な友達を傷つけることなど出来ないと、もっともすぎる正論を叩きつけて回避した。
***
補習授業部学力強化合宿 12日目。
第3次特別学力試験まで残り2日。
トリニティの教室には趣を重んじて、蛍光灯ではなくシャンデリアが吊るされている。それは離れにあるこの合宿所も、トリニティの施設であるからには例外ではない。
夜は既に更け時計の短針は9時を超えており、カーテンが閉め切られた教室内には、その光が煌々と2つの影を映していた。
この5日間で補習授業部の力はメキメキと上がっていき、5回目の模試試験は遂に全員90点を超えることができた。
そして明日は実質的に最終日。
その為に最後の仕上げに入る6回目の模試試験の作成、予定されている範囲の過去問の洗い出しを先生とナズサは行っていた。
「ふぅ……先生、コーヒーでも飲みますか?」
一旦の区切りがついたのか、伸びをしながらナズサが尋ねる。
お願いするよ、と死にそうな返事をはーいと間延びした声で返し、ナズサが持参し設置したエスプレッソマシンを起動する。
やがて漂うコーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、先生もひとまず手を置いた。
「ありがとう」
零さないよう丁寧に、しかし迅速に運ぶナズサから受け取る。
あちっ、と思わず声が漏れ、ふーふーと冷ます先生とは対照的に、隣で遠い目をしながら顔色1つ変えずに、ゆっくりと両手で抱えたカップに口をつけるナズサ。
こういった偶に垣間見える細かい所作が、ナズサが本来は従者であることを思い出す。
……そう、本来はナギサの付添人。ティーパーティー側であるのだ。
ナギサからの命令……いや、志願と言っていた。裏切り者を探し出す監視役。しかし本当はミカと協力しており、アリウス分校から転校してきたアズサを守っている。そうなると先生のことをあまり頼りにせず、自分で見守っているとも考えられたがそれは違った。ナズサはあのプールの時もトリニティから見送った時も、補習授業部を頼むと言っていた。
ならばどうして彼女はここにいるのか。
その疑問はナズサに対する無礼ではあるものの、当然の帰結であった。
確かにミカとは違いまだ学校を代表するトップではない為、ある程度は自由に動けるのかもしれない。
だが多忙であることは変わりはなく、そんな限られた時間の中で何故ここまで親身になってくれるのか。
恐らくそれを聞くチャンスは今しかない。
そう判断した先生は一歩踏み込み───
「あらあら♡ 2人っきりの夜の教室、教壇で一体ナニをしているんですか?」
そこへいつも通りの揶揄いをしながら、ハナコが教室に入ってきた。
なにかを思いついたのか、笑みを浮かべながらゆっくりと教壇へ近づくハナコ。その仕草はまるで誘蛾灯のように引き込まれる謎の引力を兼ねていて……。
「あーダメですダメです! 今問題作っているんですから!」
割って入るナズサ、ただ身長の関係で立ち向かう構図は絶望的な格差を感じた。…………どことは言わんが別のところでも。
「あ、でもハナコ先輩ならいいか。ね? 先生」
必死になっていたナズサが急に冷静になる。
実際ハナコは、補習授業部のなかで一番勉強の心配がいらず、もちろん試験に関しても同様。
きっと昔のハナコだったら、このナズサの発言に傷付いてしまっただろう。しかし成長し本当の友達が出来た今の彼女には問題なかった。
なによりナズサもまた、ハナコにとっての友達であり、今のは信頼の言葉であると理解していた。
「それで先生? ナズサちゃんに何か聞こうとしてましたよね?」
「え? そうなんですか?」
心が見透かされているのではないか。そう錯覚してしまう程の鋭さを感じる。
ハナコの洞察力が優れていることは理解していたが、まさかここまでとは……本当は2人きりで聞きたかったが、観念した先生はナズサへ踏み込む。
「うん……失礼を承知の上でずっと聞きたかったんだ。ナズサ、どうして君はここまでやってくれるのか」
「っ、そ、それは…………」
「君は別の……他の理由があるんじゃないかな?」
普段飄々としているからこそ目立つ明らかな動揺。
ナズサは目を泳がせて答えに詰まっていた。
「………………」
俯き黙るナズサ。
それに返答は急かさず、ナズサの心持ちを静かに待つ先生。そして質問の意図を察したハナコも、真剣モードに切り替えナズサの答えに耳を傾ける。
「ふふっ……それはもちろん自分の為ですよ!」
長い沈黙を破ったのはナズサの不敵な笑いだった。
宣言するように、この世界にアピールするように右手を上げて人差し指を立てるナズサ。
「自分の?」
「為ですか?」
まさかの回答に疑問符が頭に浮かぶハナコと先生。
「そうですよ! 私が補習授業部の監督として名を馳せて! トリニティの人望集めて! やがてはティーパーティーのトップとなる野望の為ですよ!」
はーはっはっは。と腰に手を当て高笑いする様は、まるで企みを暴露する三文芝居の悪役のようだった。
ただ震えた声により格好は付いていなかった。
そう、それはあからさまなナズサらしい冗談……いや“嘘”だった。
「ナズサちゃん……」
「ナズサ……」
「まぁそういうことです! 私悪いでしょう?」
胸に手を当て、自慢げに笑うナズサ。
いや違う、それは自身への嘲笑だ。高校への進級と補習授業部、この2つがナズサの抱える何かを掴めるヒントだと先生は感じた。
ハナコも同様だった。ナズサが時折見せる自傷的な部分。特に顕著だったのが、モモフレンズを手にした時に涙を堪えていた顔。それは嬉しさからではなく悼ましいものだった。最後に発した謝罪が、なによりの証左。
自分と同じように晒け出せない……いや、晒してくれないナズサに少しだけ悲しみと、それ以上の悔しさを感じた。
「そういえばハナコ先輩、他のみんなは?」
話はここまで。ナズサは言外にそう言うようにハナコへ話を振る。
こうなった以上は素直に詮索は止め通常営業へと戻るしかなかった。
「今はお風呂に入ってますね~」
お風呂、そのワードに反応するようにナズサの眼が見開く。
「っ!! もしかしてみんなで入っているんですか!?」
「ふふふ、どうでしょうか?」
きっとこっちのナズサも本当の姿なのだろう。だってこんなにも生き生きと、楽しそうにしているんだから。
「何故か私だけは最初に入れさせられる……コハルちゃんに『あんたが最後だと怪しいからダメ!』と言われまして……」
その後、いつの間にかハナコも先生たちの手伝いをしていた。
結果として作業ペースは格段に捗り、予定よりも早く終えることは出来たのだが、時間は既に10時を回っていた。
「ありがとうハナコ、ナズサ……。あ、そういえば時間は大丈夫なのか?」
机に突っ伏すどころか、溶けているナズサへ声をかける。
今更すぎることだが、ナズサがこの時間まで居ることは初めてだった。
因みにハナコは全く疲れた様子が見えない。いくら途中参加とはいえども流石といったところか。
「あ、あぁ……そういえば伝え忘れてました」
液体から固体に凝固したナズサは、姿勢を正し2人に向き直る。
「明日からはここに来れないです……すみません」
どうやら本格的にエデン条約が動き出し始め、ここに通う時間すらもないのだという。
「そんな訳でどうせ最後だし、門限ガン無視しちゃいました」
お姉ちゃんに締められるなぁ。と、若干青ざめながらも満足気に綻ばせるナズサ。
「そっか……みんなに伝えておくね」
「ナズサちゃん、ありがとうございました。試験後にまた会いましょう」
できる限りの時間余すことなく助けてくれたナズサに感謝し、別れを告げた。
***
夜の帳が落ち、暗闇が支配したトリニティ本校。
その一角にある教室……それは奇しくも補習授業部が始まった教室に2人の少女がいた。
「それでミカちゃん、大事な話って?」
ナズサは何かを確信しつつも、疑問を送る。
ミカの……決意と言ってはいけないそれを引き出すために。
「うん……ごめんね。ナズちゃん」
脈路のない唐突なその謝罪の意味は、ナズサしか知り得ない。
「私がバカだから……何にも考えなかったから……ナズサちゃんに甘えて……巻き込んじゃった……」
涙を零し、一言一言紡いでいく。
「私は……もうとまっちゃいけない。やめちゃいけない」
支離滅裂に聞こえるミカの言葉。しかしナズサはその真意を……ミカ本人すらもまだ自覚できていない気持ちだけでなく、そこへ至ってしまった原因も理解していた。
「私はナギちゃんを……」
だからミカがこれから実行する――告げたものにも驚くことはなかった。
感想、評価、ブグマありがとうございます!!励みになります。
6000字ほどあったデータが消し飛んで心が折れてました。
これも全て陸八魔アルって奴の仕業なんだ……。
そういえば全く関係のない私事ですが、初めて総力戦でEX倒せました!
ミカ、お前がナンバー1だ。
ナギサ様ももっと活躍させたい……!