「ナノの名前はナナノなのです」
舌足らずな口調でそう告げると、彼女は目を閉じて、深く息を吐いて、再び目を開けた。
「早口言葉?」
最初のこと。
長距離列車にずいぶんと揺られ続け、車内の空気はしっとりと衰弱し死んでいた。
クリーム色に横たわる平穏の中、彼女の色彩は場違いなほど鮮やかだ。
3回はブリーチしていそうな、鮮やかな桃色の髪。
「地毛なのですよっ」
彼女が地毛だと言い張るその明るい色の髪は顔半分を隠し、悪戯っぽい目が前髪の間から覗いている。
車窓から差し込む光を反射して、彼女の瞳は新緑のように輝いて。
「リシくん!ボカロ聞きたいなのです」
向かい合うシートに座ったナナノは、少し俯き上目遣いで僕の目を見て。いつもの「お願い」の表情を作ってせがんだ。
「…ダメ」
wowakaならいいよ。ナナノがむうと頬を膨らますので、僕はそう付け足してタブレットを手渡した。
ナナノはニっと笑ってタブレットに顔を近づける。
僕は少し眠たくなって、シートに体を沈めた。
体勢を変えたら少し苦しくなって、ブレザーの前を開ける。
同じ高校の制服が僕と彼女の唯一の繋がりのように思える。
車内に充満する倦怠感と彼女の色彩を、そして僕らの抱える非常事態を、制服のその無個性さがかろうじて繋ぎ止めていた。
曲が始まった。
初音ミクが何やら高音で捲し立てはじめ、僕は思わず顔をしかめた。
「きゃーっ」
「眠いから音下げて…」
「やだなのでーす」
列車の中には僕らしかいないから、困るのは僕だけだった。
車窓のサッシには小蠅が死んでいた。
やかましい音楽は、シャカシャカと死骸の翅を震わせた。
「降ってきたなのです!逃げろ〜っ」
「滑るからあぶないよ!」
不思議な天気なのです。
2人はアスファルトの坂道を駆け下りる。
「ェホ、ゲホゲホォエッ」
「んなっ大丈夫なのですか?!」
「ゲホ、飴が、喉詰まった、最悪」
「あはは」
彼は涙目になって舌を突き出すと、ガードレールに手をつき体を屈めた。
さすってあげるなのです。
坂の途中から見える景色は、氷にまぶされ輝いていた。
アスファルトや、田畑の刈り取られた稲茎がガラス細工みたいに光る。
「見て、とても綺麗なのです」
「かはっ」
道路白線に吐き出された飴玉も、日の光が透けてビー玉みたい。
ナノは顔が彼の顔にくっつくくらい接近して、地面をじっと覗き込む。
「綺麗なのです」
「汚いよ」
「何味?」
「汚いってば」
2人の影やガードレールの影はくっついて、道路に青く沈んでいた。
それを見ると少し悲しくなって、ナノは体を震わせて跳ねた。
「はやく帰ろうなのですっ」
ナノは彼の背中を抱き留めると、ぐいぐいと押す。
リシくんの背中は温かいなのです。
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