寡黙・ざ・ろっく   作:喜多ちゃんの脳を焼きたい症候群

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リョウさんと出会う前の喜多ちゃんにギターヒーローを会わせたいだけ。

超強化ぼっちの供給が足りないので自主供給。


The goddess of guitar

桜が散るころ。

 

4月の最終週。

 

誰もが放課後の時間を楽しむため、学び舎から離れた時間。

 

新入生として新しくできた友達と毎日遊んでいたのに、今日はたまたま何の予定もなく。

 

(どうやって過ごそうかしら…)

 

暇を持て余している。

 

普段ならば、誰かしらと約束の上、町へ繰り出しているのに。

 

たまたまの暇な時間。

 

どうやって過ごすべきか。

 

自らが指定されている座席へと腰を下ろしたまま、所在なさげにスマートフォンの画面を弄る。

 

ここ数日で大量に撮影された写真群の選別を始めれば、時間なんて幾らでも潰すことができてしまうが…。

 

(暇な時間って苦手なのよね…)

 

ぼーっと。

 

指先だけが軽やかで。

 

頬杖を突きながら、画面に映し出される写真を要・不要と分け続けている。

 

その時…

 

(…なんの…音?)

 

幽かに聞こえたのは、校外から聞こえる部活動中の声に混じる吹奏楽の演奏とは異なる高らかな音。

 

その音はあまり聞きなじみのない、しかし聞き覚えのある音であった。

 

(これは…ギターかしら?)

 

その音の出どころに興味を持ち、教室内でキョロキョロ。

 

自分以外の誰もがそこには居らず、音源もここにはない。

 

廊下側に近い席のため、外からかもしれない。

 

(多分…こっち?)

 

自席からほど近い教室後部の扉を開け、廊下に出れば先ほどよりも鮮明な弦を弾く音。

 

今の私には知りえない、のちにその弾き方をアルペジオと呼ばれるものであることを知る。

 

単音の集まり、それが和音となって耳に届いた。

 

開けっ放しになっていた扉から音源と思われる教室を覗き見るとそこには…

 

(…きれい…)

 

全開放された窓から吹き込む風に桃色の髪を好き勝手に吹き流させる女神のごとき様相の少女が夕日に照らされながらエレクトリックギターをつま弾いていた。

 

その様は神話的で。

 

絶世と形容してもいいように見えて。

 

私は、覗き込んだ姿勢から直立し、そのまま不動のごとく固まってしまった。

 

目を離すことが出来ず。

 

ギターに取り付けられた何らかの機械、そこに繋がるヘッドフォンが彼女の横顔を隠す。

 

没頭するようにつま弾く彼女を息をすることすら忘れて没頭してみてしまった。

 

このクラスにも友人がいる。

 

友人曰く、入学初日から誰よりも早く登校している。

 

友人曰く、常にギターを携えている。

 

友人曰く、誰にもその声を聴かせたことがない。

 

友人曰く、常に髪と同色のジャージを好んで着ている。

 

友人曰く、その少女の名前は後藤ひとり。

 

華奢で色白な彼女に似合いそうもない、見た目がごつい、真っ黒なギター。

 

しかして、この世で最も似合っていた。

 

彼女が奏でる旋律はやや、哀愁に満ちたものであるように聞こえ、胸が締め付けられるような心地にさえなった。

 

時折彼女の口からギターに合わせたフレーズがまろび出て、そのメロディーに聞き覚えがないものの、自らの耳を通り、脳を貫き、心の内にまで浸食した。

 

ふと。

 

音が鳴りやんだ。

 

ピタリと。

 

嵐の前触れを想起させる溜めのよう。

 

 

次の瞬間には曲調が一変する。

 

6本の弦をかき鳴らす右手にはいつの間にか握りこまれたプラスチック。

 

先ほどとは打って変わって左手の躍動は目で追えないほど。

 

何なら左手でも弦を弾き、右手中指で弦を板に押さえたりしている。

 

ピロピロ、としか表現できないことが悔やまれる。

 

とにかく速い。

 

それが正確なのかすら分からないが、恐ろしいまでの気勢、忘れていた呼吸を私はさらに呑んだ。

 

 

 

ジャ~ン…

 

 

それが終わりだと。それで終わりだと気付いた。気付いてしまった。

 

呑んだ呼吸を溜息に変えて吐き出す。

 

心臓は止まってしまったかと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。

 

集中して弾いていたであろう彼女は、一息吐いたかと思うと続いて聞き覚えのあるフレーズを弾きだした。

 

(…あ、これって昨日出たばかりの新曲…?)

 

聞き覚えがあって当然。

昨日の20時にネット公開された人気バンドの新譜だ。

 

友人らと感想をロインにて(あげつら)いながら、眠りにつき、その歌詞を覚えて次にカラオケに行くときには披露しようと練習までしていたのだから。

 

そして、そんな旋律を聞きながら、私は誘蛾灯に誘われる夏の虫さながらに引き寄せられ、歌詞を口ずさむ。

近づけば近づくほど、ヘッドフォンから漏れ出る音に澱みはなく。

 

ただただ、人気バンドの本人の演奏なのではないかと思わされてしまうほどに。

 

素人をして、「上手い」としか形容のできない…

 

否。

 

(…凄すぎる…)

 

最早、私は熱に浮かされただけの人形にでもなってしまったかのようだった。

 

アウトロ。残響。

 

曲が終わり、後藤さんはついにそのヘッドフォンを外した。

私が思わずしてしまっていた拍手に気付いたのか、流し目でこちらを睨む。

 

薄く開かれた双眸は、夕日の赤の中でも目立つ綺麗な青色をしていた。

 

こうして、私とギターの女神様は出会った。

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