寡黙・ざ・ろっく 作:喜多ちゃんの脳を焼きたい症候群
「お、おおおお…っ!!!」
スタジオ内で撮った写真にも写ってはいた。しかし、いざ自室の姿見の前で立ってみればその姿は如何にもなバンド女子となっている自分の姿だった。
「きゃーっ!カッコいい!!ギター持っただけだけど、こうやってストラップ付けて立ち姿で見ると有名バンドマンみたいじゃない!!」
パシャパシャと連写して、厳選された一枚を「今日からバンド女子」の一文と共にイソスタへ投稿。
さっつーにも送っちゃおーっと。
ゴキゲンでロインにも投稿すれば、更なるやる気のボルテージの高まりを感じる。リョウ先輩が気を遣ってくれて数種のピックとストラップをプレゼントしてくれた。どうせ消耗品だし気にしないで、だなんて優しい!
もらったピックの中から1番気に入った涙のような形をした赤のそれをとって構えてみればもう一端のバンドマンだ。
「…えへ…、記念にもう一枚!」
パシャリ、気に入らなかったからもう一枚。
撮れた写真を見れば口角が上がり緩むのが自覚できた。
「ハッ!こんなことしてる場合じゃなかった!コードの練習!!」
現実へと戻り、開かれたまま机に置かれた教本を覗き、アルファベットの中からF以外のものを選ぶ。
「最初は…Dにしようかしら。簡単そうだし」
指を押さえる位置が書かれた教本通りに指を置いて…ジャーン!…とはならなかった。
ペルポコパラン…と随分と間抜けな音が部屋にこだまする。
…ん?
もう一度鳴らせば…ペポコパピン、と先ほどと異なる間抜けな音…なんで…???
…んんん…???
その後何度かチャレンジしたものの夕飯の時間までひとりちゃんのような煌びやかな音は出せなかった。
***
「…私…ギター止めます…」
翌朝、まだ他の誰もいない教室にてひとりちゃんの足元にて這い蹲る私がいた。
メジャーコードを一通り鳴らしてみたものの、まともに鳴らせたのは一つもなく、篭ったような間抜けた音が鳴るだけだった。
「私がポンコツなの…?それともギターが故障してる…?それとも渡されたのがギターじゃなくてベースなの…?」
這いつくばった姿勢から起き上がりギターケースを睨んでもギターが「僕はギターだよ!」なんて答えてくれるはずもないのは分かっているが、昨晩のやる気は大暴落してしまっていた。
『間違いなくギター。とりあえず、押さえる力が弱いのと指先が他の弦を触ってしまっている』
電子音声で出力されたそれは、「可能性」やら「かもしれない」のような曖昧さを一切含まない断言。
顔を上げれば、眉を歪めて笑んだひとりちゃんが優しい視線で私を見ていた。
『誰しもが最初につまづくポイント。基本的に指の先端で弦を一本押さえ付けて、指のどこにも触れさせないようにすること』
そう言いながらひとりちゃんはDコードを押さえる。
ペコポピン、と響かない間抜けな音を何度か出したかと思うと押さえ方を変えてグッと力を込めたのが分かった。
チャラン、と思い描いていた音が鳴れば私の目は煌めきを抑えられない。
「そうやれば良かったのね!!」
すぐさま自分のギターを用意し、同じくDコードを構える。
ペコポチャン、ペポチャン、ペチャラン…チャラン。
ハッと顔を上げればひとりちゃんは音のない拍手をしてくれた。
「出来た!」
押さえを変えてCコード、Aコード。
鳴らない時は何度かやって音が出るまでやる。
『私もつまづいてた。喜多さんは覚えが早い』
調子に乗って弾く私をひとりちゃんは褒めてくれる。
ますます調子に乗る私は指先を動かし続け、右手で掻き鳴らす。
「結構力が要るのね!動画では軽く弾いてるように見えたのに」
『アンプに繋げばもうちょっと誤魔化せるけど、何も繋いでなければ綺麗に出すのは難しいし、今度は右手の力加減に悪い癖が付くから気を付けて』
そう言わせた後にスマートフォンを置くとさっきの私みたいに力一杯ジャカジャカ。
違う違うと指を振るジェスチャー。
今度は軽い調子でシャカシャカと弾けば、聴こえてくる音色が全く異なるのを覚えた。
『コレはニュアンスレベルの話。曲によっては力一杯も有り。だけど、癖になったら一本調子になるし、直すのにも苦労するから今のうちに右手も意識すること』
「はい、先生!」
無口な先生は合成音声で重要事項を伝えてくれる。
こんな達者な先駆者がいる私は余程幸せな人間なんだろう、と意味もなく考えた。
『次は問題のFコード』
押さえ方は知っている。
けれど、人差し指の使い方がよく分からなかった。
『コレはセーハってテクニック。人差し指で全部の弦を押さえる』
とは言うものの、と音声は続いた。
『本当に押さえるべきは1・2・6弦。なぜなら他の弦は他の指で押さえているから』
指の根元を指差して、それを宛てがう。
そのまま細い二本を押さえ付けて、先端で1番太い弦を押さえた。
後は知っているように残りの三本を押さえて、チャラン、と。
私の目は煌めきが止まらない。
「なるほど!こうね!!」
ポコペピン…
「…やっぱり、ギターやめます…」
間抜けた音を聞いて、始めた当初と同じ言葉を発した。
***
放課後。
友人らから渋谷へ繰り出すお誘いをいただくも、練習を優先したい私は拝みながらお断りする。
まさか、壁を抜けたと思った先の壁の方が大きかったとは…。
朝・昼と練習を続けたものの、一向にまともな音は鳴りやしない。
それに輪をかけて苦しいのは、苦戦している私を見ながらひとりちゃんが微笑みを絶やさないところだ。
泣き言を言う私を叱咤してくれるものの、『がんばれがんばれ』としか言ってくれない。
アドバイスは何度もしてもらったが、どうやら根本的な力が足りていないらしい。
授業中も缶ペンケースを使って練習していたせいか、既に筋肉痛になりつつあった。
「難しいとは聞いていたけれど、こんなにとは思いもしなかったわ…恐るべし、Fコード…」
左手でコードの形で押さえたままの缶ペンケース。
それをカバンへ苛立ち混じりに放り込む。
不甲斐なさにため息を漏らしながらギターを背負えば、扉の影に見慣れたピンクの髪が見えた。
「ひとりちゃん!迎えに来てくれたの?」
ひったくったカバンを肩に掛けながら、廊下へ出れば、ヘッドフォンを首に掛けながらこちらを向いたひとりちゃんがいた。
『今日は担任が休みだったので』
抜け落ちたのは「早く終わった」かしらね。
昇降口へと差し向けられた足を追えば、隣り合って歩き出す。
「このままSTARRYに行く?」
一応、ライブがない日は自由に使っていい、と聞いているので今日も練習に行くものだと思っていた。
『いや、今日は行きません。虹夏ちゃんたちにも断った』
そうなのか、と思いロインを開けば昼過ぎにはその連絡が入っていた。
特にこれと言った理由は無さそうだが、私に他所で教えるため、と書いてある。
『明日からゴールデンウィークだし、予定がなければウチに来ませんか?』
確かに明日は29日。その後土日が挟まりと今年のゴールデンウィークは随分と大型の連休になっている。
「お邪魔していいの?」
『ええ。親の許可は取ってある』
『今日これから泊まり込みで特訓する』
…え…?
「…え…?」
やりたいことリスト
・早い内から後藤家の食卓(次回予告)