寡黙・ざ・ろっく 作:喜多ちゃんの脳を焼きたい症候群
ポン、と。
スマートフォンが通知の音を鳴らす。
時計を見ればもう0時。誰かが連絡してきたならば違う音が鳴るし、なんだろう。
私は読んでいた教本を脇に置いてスマートフォンを手に取った。
「ギターヒーロー新着通知」
お、と思ってすぐさま再生を開始させる。
再生した瞬間から無音が続き、ギターのボディを数回叩く音が入ったかと思うと陽気な、それでいてとんでもないギター音が奏でられた。
本日のシークバーは長大で、時間を見れば15分もの大作だ。
タイトルは…
「いいことあった日(カントリーミュージック風)…か。」
確かに古い洋画でよく聞くような思わず跳ねたくなるような明るい曲調のギターソロだ。
ひとりちゃんのスマートフォンを壊しちゃったけれど、今日という日はそれを帳消しにするようないい日になったらしい。
「これがひとりちゃん、なんだものね…」
画面越しの憧れの君は、現実の距離以上に遠く思えるが…
「隣に立てるように私も頑張らなくちゃ…」
そうして、流しっぱなしになっている彼女の演奏を耳にしながら、彼女にお勧めされたギター教本を再度手に取る。
何一つわからなかったけれど、彼女の弾いているギターがとんでもない努力によるものだとは昨日以上に理解できた。
素人目でもすごいんだもの、少しでも知識が入ればどれだけ難しいかのいったん位は分かるようになれる。
帰り際に買った缶のペンケース。彼女曰く、ギターで難しいのは左手の運指。見ずに完璧に行うことはほぼ不可能ではあるが、運指の精度を上げれば演奏に余裕が持てるとのことなので、教本の通りに運指の練習を続ける。
普段、こんな動かし方をしないので、指が攣りそうになった回数はこの短時間で何回になったか分からない。
人差し指と小指を動かさずに中指と薬指。次は人差し指と小指。
指を変えて彼女が書いてくれた弦に見立てたラインへ指を動かす。
とてもじゃないが、スムーズになんて動かない。
指の根本、1弦側へ移動すればするほど難しい。
「ああ!!どうしてできないの!?無r…」
無理、という言葉は今日封印した。
あんなに悠然と奏でる彼女の隣に立とうというのだから。
そう誓うのだから。
「…もう一度…」
6弦と5弦のラインでの移動はいくらかは動きやすくなった…と思う。
難しい方ではまだまだ…ならば、と1・2絃での動きを繰り返す。
彼女に指示された目標回数は指の組み合わせごとに30回ずつと各弦に人差し指から順に押し付ける練習30回、素早く全部の指を抑えて小指から離していく練習30回だ。
始め立てとは言え追いつくために基礎練習をなんども繰り返す。
この練習を始めて、すでに2時間ほど。まだ弦の移動しかできていない。
「基礎練習は馬鹿にしちゃいけない…」
空調も効いて過ごしやすい屋内ではあるが、私は真剣に練習しているためか、じんわり額に汗を流していた。
先ほどの通知とは異なる通知音をスマートフォンが上げる。ロインの通知だ。
集中している間に終わっていたひとりちゃんの動画を消してロインを立ち上げる。
そこにはひとりちゃんからの新着通知。
『起きてますか?練習しているなら今日はもうやめて休んでください。』
簡素で飾り気のない一文。
既に開いてしまっているので、彼女の方には既読の表示が書かれているだろう。
『起きてるわ。あなたの新曲聞いてたのよ』
少し茶目っ気のあるスタンプを選んでコメントの直後に送る。
どうやら、彼女も開いたままだったようで、すぐさま既読が点いた。
『今日はありがとうございました。今日の感情をそのまま曲にしたらあんな明るいカントリー調になっていました』
『投稿者コメントも見てくださいね』
立て続けに送られてきた彼女のロイン。
その直後に送られてきたロインに最初から入っている寝ている女の子のスタンプとおやすみ、との一文で話を切られてしまったようだ。
こちらもおやすみ、とスタンプを送るとすぐに動画アプリを再起動。
目的の動画を再度再生させながら、彼女の言った投稿者コメントを開けば…
「…ふふ」
そこに書かれていたのは『ひとりぼっち卒業』との一文。
彼女も友達になれて喜んでいると思えば自然と笑いが漏れていた。
足に置いていた教本を閉じると缶ペンケースと一緒に学生カバンの中へと仕舞い込む。
明日はどんな話をしましょうか。
そう考えながらベッドサイドに置かれた照明のリモコンで電気を消し、布団へともぐりこんだ。
***
今日もいつもより早く目が覚めた。昨日はいつもよりも遅く寝たはずなのに。
手早く朝食を摂り、カバンをひったくって家を出た。
校門をくぐったのは昨日と同様いつもよりも1時間早く。
自分の教室へ向かえば誰もいない。
自席へ適当にカバンを放って、隣のクラスへと向かう。
彼女の音色は先ほどから聞こえていた。
「おはよ、ひとりちゃん!!」
ガラッと勢いつけて引き戸を開け放てばギターに没頭する彼女。
ヘッドフォンをつけているため気付いていない様子。
わけもなく、彼女のもとへ静かに近寄る。
どこまで気付かれないのだろうか?
引き戸を閉めても気付かない。
隣に寄っても気付かれない。
隣の席の椅子を引いたところで、ようやく気付いてもらえた。
「おはよう」
そう声をかければ、演奏しながら手を挙げてくれた。
彼女の演奏は今まで聞いた楽曲とは違う曲。
もしかして新しい曲の練習かしら…?
大人しめのアウトロの後に、和音で締める。
曲が終わるとヘッドフォンを外す彼女。
すぐさま、右手のプラスチック、ピックというそれを机に置くとスマートフォンを取り出した。
『おはようございます喜多ちゃん早いですね』
淀みない合成音声がスマートフォンから発せられる。
「いつもより遅く寝たのに目が覚めちゃって。ひとりちゃんが始発でくるって言ってたし、いるかな、って」
『そうですね、私も10分くらい前に着いた』
そう再生しながら彼女はヘッドフォンを取り外し、イヤホンを取り出す。
そうして片側をこちらへ渡してきた。
『なにかリクエストはありますか?』
いくつかの和音を素早く弾きながら合成音声を待つ彼女。
ん-、と思案する私。中空を見上げ人差し指を顎に当てて考える。
彼女はじっと私を見つめながら待っていた。
「なんでもいいの?」
そう質問すればコクコクと頷き、私へ答えを促してくる。
「そうしたら…」
お願いするのは、ヒットチャートの常連。
とある歌姫の有名曲。
そのリクエストに彼女は指で丸を作り、ギターへと視線を落とした。
そうやって、二人きりのコンサートは始まる。
彼女が奏で、私が歌う。
授業が始まる前の1時間。
私たちだけの教室で確かに青春を感じた。
***
気付けば予鈴が鳴る。
集中してあれやこれやと歌い上げていたためか、周りのことなんて目に入らなかった。
「…?」
あれ?
確かに予鈴はなった。
しかし、教室内には私と彼女以外の誰もいない…?
ふと、廊下へ目をやると…
「…え」
まるで気付いていなかったがそこにはすし詰め状態の生徒たち。
携帯のカメラをこちらに向けているものもちらほらいた。
私が気付いたことに気付いたからかみんなして手でジェスチャー。
それは「お気になさらず、どうぞどうぞ」とでも言いたげだ。
「ひ、ひとりちゃん。そろそろ時間だし、またお昼にね…」
どうやら彼女は私が影になっていて廊下の惨状に気付いていない様子。
首肯する彼女にイヤホンを返し、すぐさま踵を返した。
「喜多~、よかったぞ~」
そう声をかけてくるのは中学からの親友さっつー。
この言い回しは含むところを感じるので私の中で悪友に格下げしてやるぅ!
どうもお待たせしました~と一言声を掛ければ、皆から拍手を頂戴する。
それを受けながら教室内へ視線を向けると…
「………」
こちらを向きながら錆びたブリキになったひとりちゃんが居た。
一応手を振れば、振り返してくれるので大丈夫そうだが…。
カントリーミュージックは正直意味わからん位すごいヤツ。
OH!tubeにて要チェック。
おススメはアルバート・リーとThe Hellecasters。
(byリョウ)