虹夏が死んでから一週間近く経った。
あの日から私の世界が全て終わった。
音も、色も、感覚も、何もかもが欠けて消え去ったような、そんな褪せた世界をただ惰性に生きる自分が憎たらしくなった。
好きなベースも、古着も、本来は趣味で触れていた物に触れる気になれず、勿論学校なんて行く事も無かった。
その間、私は家に引きこもってひたすら寝た。
それよりも、あの事故の様子が今でも脳裏にフラッシュバックして、その度に嘔吐を繰り返してしまう。
吐かない時もあるが、普段の虹夏の声や表情、匂いを思い出したり、何故あの時私が生きたのかという自責の念に駆られてさめざめと泣いた。
時折スマホを確認して虹夏とのやり取りも確認する、があの日の何気ないやり取り以降途絶えたメッセージに、寧ろ虚無感が増幅しただけだった。
私の親は虹夏の死を悲しむと共に、私の心境を考慮してか何も接触して来ない。
偶にノック音がしたと思えば、扉の前に水にジュースやお菓子、食事を置いてくれていた。
水は兎も角、ジュースとかは一切手を付けなかったし、食事に関しては小さく二口食べたら手が止まってそれ以上食せない。
もう考えたくなかった。
そんな風に病んでいたら、いつものノック音がした。
私は通常通り無視するが、何故か今日だけはしつこく何度も鳴らしてくる。
私はとうとう耐えかねて、扉を開けた。
扉の先にはスマホを握りしめ、心底不安そうな顔の母が居た。
「・・・なに」
「おはよう、体調どう?えっと・・・・・実は星歌さんっていう人から連絡が来てて...」
店長、そう言えばバイトも無断欠勤してたっけ。
それの連絡だろうか、そもそも虹夏が死んだ今もSTARRYは営業してるのだろうか。
元々、虹夏の為に始めたのがSTARRYだったと聞いた事がある、虹夏が居ないのに果たして開く理由を見つけれたのかと思ってしまう。
捻くれた考えしか出てこない自分に憤りを感じてしまう、とりあえず考えるのは辞めよう。
「・・・うん」
「それで、実は葬式するらしいから来てほしいって」
私が予想していた言葉とは全く別の物が出てきた。
葬式
故人を弔う儀式の一つだ。
本来なら親友である私が参列するのが義理であるだろう、だが虹夏の事を思い出したくない自分がいる。
周囲の人間からどんな顔されるか、想像するだけ恐怖してしまう。
あの子は私を庇って死んだのだ、私がいなければ生きていたのだ。
何より、虹夏が死んだと言う事実を再確認するなんて私が持たない。
私は短く考えた末、辞退する意を伝えることにした。
「・・・ごめん、無理だって伝えといて」
「え?でも・・・」
母が哀しげな表情で、私を見つめてくる。
そんな目で見ないでほしいのに。
「もう思い出したく・・・ない・・・」
あぁ、また虹夏が浮かび上がってくる。
抑えて・・・
「っ!」
とうとう耐え切れず、目から涙が溢れ出してきた。
流れると同時に咄嗟に口を抑えて俯く。
こんな姿を親に見せたくなく、私は急いで部屋に戻り、扉を閉めた。
「リョウ!」
外から声が聞こえるが、出る気にはなれない。
私はそのままべットに突っ伏して、ひたすらに声を殺して泣いた。
あれから何時間泣いただろうか、もしかしたら数分の出来事かもしれない。
瞼が尋常じゃないほどに重くて痛い。
外から差す光が暗い、もう夜だろうか。
よく分からない、とにかく疲れた。
ベットで横になるのですら辛く、かと言って起き上がるのも辛い。
私は何となく仰向けになって天井を見つめながら、これからの事を考えた。
今まで虹夏に勉強とか食事とか、そういう自己管理は全て任せっきりだった。
これから自分で朝起きれる気がしない、それよりも外に出る事すら危うい。
将来の計画をしていると、突然ノック音がした。
「リョウ先輩...?」
聞き馴染みのある高い声。
出来れば今日だけは聴きたくなかった。
「郁代です!伊地知先輩の葬式来ないって聞いて思わず...」
「・・・・・我儘言ってごめん。でも、行きたくない」
数十秒間、沈黙が走る。
ここまで郁代と私との間の空気が強張るの初めてだ。
いつもなら郁代が話し掛けてくれるが、今回は何も返ってこない。
勇気を出して、此方から喋ってみようか。
その方がすぐ帰ってくれるかもしれない。
「郁代、ぼっちは?」
「横にいます。ひとりちゃん」
まさか二人で来てたなんて、てっきりぼっちはSTARRYか家にでも居るのかと思っていた。
すると、ぼっちが静かに口を開いた。
「本当に、来ないんですか...」
ぼっちが小さく呟くように喋る。
葬式の件だろう。
どうやら何があっても私を参列させたいらしい、私には会う権利も、気もないと言うのに。
私は無性に腹が立って、キツく言い放つ。
「・・・何度言えば良いの」
「リョウ先輩は虹夏ちゃんが亡くなった今、とても苦しいって感じてるんですよね」
おかしい、いつものぼっちなら素直に引き下がる筈なのに今回はヤケに食い下がってくる。
聞くだけでも辛いのを分かってほしいのに。
このまま何言っても仕方ないので、とりあえず少しだけ聞くことにした。
「私も、虹夏ちゃんが死んだ日から今日まで、正直寝れてないです、作詞も全然手付けれてない」
「でも思うんです。もしあの時、リョウ先輩が死んでたら...虹夏ちゃんが苦しんでたって」
虹夏が苦しむ?それも私が理由?
想像出来ない、確かに私は虹夏を信頼してたが虹夏がどう思っていたかは分からない。
そこまで好かれる理由もない。
「虹夏ちゃんは結束バンドの皆んなも、店長さんも、全部大切にしてると思います」
「・・・」
「でも・・・でも、これだけはハッキリ言えるんです。虹夏ちゃんが一番大切なのは、リョウ先輩だって」
扉越しというのに関わらず、スッと私の耳に入ってくる。
絶対そんな事はないと自分に言い聞かせて、私はか細く終了させるように命令する。
「やめて」
「虹夏ちゃんは今のリョウ先輩の姿、絶対望んでない」
虹夏の顔が浮かび上がってくる。
あぁ、やっと忘れられていたのに。
また苦しむ羽目になると悟り、思わずぼっちに怒鳴ってしまう。
「やめろ!」
「やめません!!だって!虹夏ちゃんがリョウ先輩の事、本気で好きだったから!」
ぼっちは止めるどころか、一番聴きたくない言葉を述べた。
私は思わず目を見開いてしまう。
目頭が熱くなる、散々泣いたというのに。
「っ!」
「毎日虹夏ちゃんからリョウ先輩の話聞いてました!!私にリョウ先輩との出来事話してくれてる時の虹夏ちゃん、とっても笑顔で、楽しそうだった」
「なん・・・で」
言葉が詰まる。
突然、今までの虹夏と私の光景がフラッシュバックした。
今までなら思い出すだけで吐いていた話が、何故か吐かなくなっていた。
寧ろ懐かしさや楽しさが、胸の奥から浮かび上がってくる
「虹夏ちゃんは、本当に好きだったんです。好きで一緒に居たんです!」
好きだから、
私はその時、初めて自覚した。
この気持ちが、単なる友達とか親友とか、そう言うのじゃなくて。
本当に虹夏が、彼女が大好きなんだと
「だから...だから最期ぐらいは顔、見せてあげても良いじゃないですか」
「・・・」
私はベットからゆっくり起き上がり、部屋の扉まで近く。
そしてドアノブに手をかけて、ゆっくりと開いた。
「リョウ先輩!」
驚いた表情を見せる郁代とぼっちがそこには居た。
今日は日曜日だと言うのに制服を着ている。
私は思わずぼっちに抱き着いて、みっともなく咽び泣く。
ぼっちは私を拒絶する事もなく、ただ抱き締めてくれた。
「ごめん・・・ほんとに・・・ごめん・・・」
「大丈夫です。あの喜多さん」
「店長さんには私から電話する。とりあえず準備しましょうか。お部屋借りて大丈夫ですか?」
「うん・・・」
喜多はそう言うと「お邪魔します」と言って、私の部屋に入るなり鞄からヘアブラシやらメイク用品を出し、ついでに壁に掛けてあった私の制服をベットの上に置く
「リョウ先輩、今日は私が化粧しますね!」
「・・・ありがとう」
ご愛読ありがとうございます