ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART13『狩り場での狙撃』

 サンカン・パレスで発生した一連の戦闘は、この悪徳の都に様々な反応をもたらした。

 真偽不明な噂が一夜の内に広がっており、その内容はバラライカが死亡したという特大の誤報が主であり、中には遊撃隊がサンカン・パレス屋上から身を投げて殉死した、その後ホテルが爆破された、跡地には屈強な忍者、もといニンジャが佇んでいた、大量に出現した死体を嬉しそうに回収するウサギ面の少女がいた等、明らかな与太話まで流布されている。

 必然、早とちりをした無法者共により、ロアナプラはソマリア内戦もかくやといった惨状になるものと思われた。

 が、意外にも街の平穏は保たれており(あくまでロアナプラ基準であり、一般的な都市の治安とは比べるまでもない)

 

 存外に平穏が保たれていた理由はいくつかある。

 以前、バラライカが遊撃隊を引き連れ日本へ向かった際。抑止力の留守という事態にこれ幸いとばかりにロアナプラ中の悪党が暴れた時があった。ホテル・モスクワ以外の組織もそれを煽ったおかげで、街は自動小銃の銃声が鳴り止まぬ有様となっていたが、帰還したバラライカがソ連仕込みの粛清劇を見せつけた事で程なく沈静化している。その記憶がまだ新しいのだろう。

 加え、騒乱を煽り倒していた当時とは違い、ロアナプラの有力者達が傘下組織へ静観するよう厳命していた事も大きい。

 そのような次第で、街は“平常”を保ち続けていた。

 

「つまるところ、ラウンド1はバラライカの判定負けってところかな」

 

 市中に位置するラグーン商会、その事務所では、商会を統率するダッチが傍観者の如くそう言った。

 紫煙を吹かす彼の表情はレイバンのサングラスに隠れており窺い知る事は出来ない。

 

「……まだ()()()()()()()()。大一番の試合にしてはあまりにも大人しい結果だ。だから、ゴルゴ13の……彼の仕事は()()()()()()()()()。ゴングは鳴ってすらいないんだよ、ダッチ」

 

 ソファに腰を掛け、考え込むように両手をもみながらそう言ったのはロックだ。その言に肩を竦めるダッチだったが、彼が言葉を返す前に億劫そうな表情で愛銃(カトラス)の分解整備に勤しむレヴィが声を上げた。

 

「そんじゃ、テメェはまだゴルゴ13の標的(マト)が姐御じゃねェって言いてえのかよ? 結局プライヤチャットの爺には会えねえし、今までの調査(トレース)とやらは全部無駄足だっつうのによ。これ以上付き合いきれるか。ジェームス・ブラウンよろしく諦めるか放っておくしかあるめェよ」

 

 不機嫌そのものといった調子のレヴィではあるが、尋ね先を二日連続で門前払いを喰らったとなればご機嫌も斜めになろうというもの。

 今朝方に再びプライヤチャットの店に訪れたロックとレヴィであったが、肝心の銃器職人は()()()()で寝入っておりまたも出会えず。

 これと決めた相手には非常に面倒見の良い彼女ではあるが、こうも無駄足が続いてはさすがにこれ以上ロックの“酔狂”に付き合う気にはなれなかった。

 

「僕もレヴィと同意見だ。結果を予測して動くには時期を逸している」

 

 パソコンディスプレイを注視しながらキーを叩いていたベニーもそう言ってレヴィに同調した。

 画面に視線を向けたまま彼は続ける。

 

「それに、その結果次第で街の行く末を案じるのも僕らじゃない。そういうのは連絡会の巨頭達の仕事で、僕らは結果を受けて己の身の振り方を考えるくらいしか出来ないと思うけどね」

「……」

 

 何事も深入りしないベニーのスタンスに、ロックは沈黙を返すのみ。

 石橋を叩いても渡る気が毛頭ないほどの厭世家であるベニーと、蛮勇ともいえる冒険心と好奇心を内包するロック。日頃は馬が合う彼らではあるが、その性根は正反対といっても過言ではなかった。

 だからこそ上手くつるんでいられるというのは、彼らの雇い主であるダッチの見立てであるが、それもまた過言ではないのだろう。

 

「確かにそうかもしれない。でも、俺は──」

 

 まだ戯言をほざこうとしてるなロック、とダッチが言葉を被せる前に、唐突に事務所の呼び鈴が鳴った。

 来客の予定は無い。だからこそ、こうして飛び込みの仕事に備える兼、放っておくとふらふらと鉄火場に迷いかねないロックの首根っこを押さえる為に一同は事務所に籠っていたのではあるが。

 

 ダッチが応対すべく玄関へと向かうと、見知った顔──少々やつれた顔を浮かべた尼僧の姿があった。

 

「お前さんがアポ無しで来るとは、いよいよ黙示録の喇叭でも鳴り響いたのかね」

「ヨハネはこんな糞溜めをハルマゲドンの指定地にしちゃいないんだよ。ダッチ、あんたなら聖書くらい読んだ事はあるんじゃないのかい?」

 

 勝手知ったるなんとやらか、暴力教会の用心棒エダは遠慮なしに事務所内へと入り、ロック達の対面にどっかりと腰を下ろした。まるで異常に緊張感を強いられる相手からようやく解放されたといわんばかりの寛ぎっぷりだ。

 

「マリア孕ませてフケた野郎のアンソロジーなんかで信仰が集まんのかよ。せめて認知しろ認知を」

「マタイ伝第四章でイエスが何て言ったか知ってるか? “神を試すなこのエテ公”だ」

 

 加えて悪友(レヴィ)との気の置けない会話をしたせいか、エダの表情は険が取れたものとなる。ロックから差し出されたウィスキーを一口舐めればいつもの破戒尼僧の姿を取り戻し、心做しかそれまでのストレスを晴らすかの如く活き活きとした様子でもあった。

 

「おいこら糞尼。クソの役にも立たねェ与太話しにわざわざウチに来るほど暇してんならローワンの店でその無駄にでけェ乳と尻晒して小銭でも稼いでこい。物好きな変態の御用達にでもなればバージニアビーチに豪邸が建てられるぞ」

「なんだいレヴィ、ご機嫌斜めじゃないか。相変わらずの生理不順かい?」

「オーライ、表出ろエダ。その売女(バイタ)臭え脳ミソ洗って二度とたわ言吐けなくしてやる」

「履き違えんなって二挺拳銃(トゥーハンド)。今日は因縁じゃなくて仕事を持ち込んだんだよ」

 

 余人からすれば剣呑極まりない会話ではあるが、彼女達に限らずロアナプラに棲まう無頼者にとっては極々日常的な会話である。加え、ラグーン商会にとって飛び込みの仕事が舞い込むのも日常茶飯事だ。

 とはいえ、エダが持ち込む急な要件は難中の難事ばかりでありロクな思い出がない。だからこそ、その手の面倒事には信任厚いラグーンの面々に持ち込まれるのではあるのだが。

 

「厄種運ぶ仕事ならご遠慮願いたいね。たまにゃ肝の冷えねえ穏やかな口入れをして頂きたいものなんだが」

「つれないこと言いっこ無しだよダッチ。とびっきりの大金持ちからの依頼なんだから受けて損は無いと思うよ」

「リスク勘定をきちんとしなきゃならねえのが経営者ってもんだろうが。で、一体どんなお大尽様を紹介してもらえるんだ?」

 

 とはいえ、暴力教会を通しての依頼は得てして高報酬であり、また()()()()()()()()()となるような依頼では無い。ヨランダは悪どい商売人ではあるが、ラグーン商会に対してはそれなりの仁義を通してはいたので、破滅に繋がるような依頼は持ち込まないだろうという信用があった。

 消極的ではあるが受諾の意を見せたダッチの言葉を受け、フォックスサングラスを少しばかり傾けたエダ。何かを察したような表情を浮かべるロックへ諧謔味に溢れた視線を向けた。

 

「そこのネクタイ締めた遣り手のお兄さんが飛びつくようなお客さ。またアンタ達だけで騒動の結末(エピローグ)を愉しめるんだ。羨ましい限りだね」

 

 

 

 

 

 サータナムストリートはフランス租界時代の名残を残す建物がいくつかあるが、それを色濃く残しているのがブーゲンビリア貿易の社屋である。

 その門前に二台のベンツが停まる。前方の一台から武装した男達──“遊撃隊(ヴィソトニキ)”の面々が機敏な動きで降り立ち、AK小銃を構え周囲を警戒していた。

 

「大尉殿」

 

 そして、後方の一台から大柄な男、ボリス軍曹が降り立つ。後部座席のドアを開けると、妖艶なスーツの上に将校コートを羽織った彼らの主が現れた。

 焼傷顔に冷たい氷河の瞳を備えたバラライカは、腹部銃創を受けたとは思えないほどの足取りで社屋へと歩む。

 しかし、不意の狙撃から主の盾となるべく付き添うボリスは、彼女の僅かな違和感を見逃さなかった。

 

「大尉殿、やはり市中病院で治療を続けた方が良いのでは」

 

 ほんの少し、腹部を庇うように歩くバラライカ。表情は変わらず怜悧なものであったが、眉根を僅かに寄せる様子に腹心から無理をしていると判断されても仕方ないのだろう。

 

「軍曹、私が入院でもしてみろ。つまらん企てを起こす馬鹿共がまた現れんとも限らん。それに、これ以上張に借りを作りたくない」

「ではせめて鎮痛剤を」

「無用だ。モルヒネは判断力を鈍らせる」

 

 バラライカはロアナプラ随一の武装組織の頭目に相応しい振る舞いを保ち続けていた。

 小さく嘆息したボリスであったが、絶大な忠誠を誓う彼女の意志を曲げる気は元より無い。それに、それがこの状況では必要であることも理解していた。

 

 サンカン・パレスで起こったゴルゴ13との一戦。

 再戦に備え静かに戦意を滾らせる遊撃隊一同であったが、腹部に銃撃を受けたバラライカは当然人である為、その傷の治療をするべくアジトには戻らず市中病院へと直行していた。

 その際、遊撃隊以外にも三合会の手勢がバラライカの護衛をしており、彼女の半径600メートルは武装したマフィア達により守られていた。

 

 尚、ロアナプラでは悪党達御用達の闇医者はいたが、いかに腕の良い医者であっても彼が主に診るのはマフィアの下級構成員やフリーランスの者ばかりで、バラライカのような高位の者は設備の整った市中病院を利用するのが常であった。

 また、病院はホテル・モスクワと三合会の資本により運営されているので、警護上の問題も闇医者を利用するより遥かに都合が良い。

 

 そのような次第で病院で治療を受けたバラライカだが、強く入院を勧める医師を無視し、彼女はさっさと己の牙城へと舞い戻っている。その際、サータナムストリートに至るまでは三合会の車列も随伴していたが、さすがに縄張りの中まで他組織の者が護衛をするのはバラライカ達のプライドが許さなかった。

 無論、ブーゲンビリア貿易の社屋周囲は遊撃隊、そしてホテル・モスクワの構成員によって厳重な警護体制が敷かれている。

 

「軍曹。狙撃に対する警戒網の構築は万全か」

「周囲の狙撃ポイントは全て押さえております。モスクワ直下の構成員にも四人一組(フォーマンセル)を徹底させております。捜索班も組織しておりますが、現状標的Gの姿は確認されておりません」

 

 余人から見れば狙撃に対し警戒する布陣であったが、バラライカもボリスもこれが()()()()とは露ほども思っておらず。

 これは攻撃的な布陣だ。あえて己の身を晒してゴルゴ13を釣り出し、慣れた狩場(フィールド)にて十全に仕留める。

 一旦潜伏したゴルゴ13を発見するのは至難であるのは既に判明している。バラライカはサンカン・パレスでゴルゴ13を逃した直後からこのような作戦を立案していた。餌を用いて獲物を懐に入れる戦法の有効性は、件の双子で十分に実証されている。

 故に、バラライカは呑気に入院などしていられなかったのだ。

 

 マフィアのプライド、軍人としての誇り。

 そして、祖国に見捨てられた亡霊としての怨念にも似た執念。

 それだけが、バラライカ達を動かす原動力となっていた。

 

「軍曹。あのビルは」

 

 玄関口に立ったバラライカ。改めて周囲を嘗めるように見回した後、遠方に建つビルを見とどめた。

 300メートルほど離れた場所にある五階建てのビル。この街では珍しくもない小汚い雑居ビルではあるが、社屋を見下ろせる位置にある為、絶好の狙撃ポイントでもあった。

 

「既に制圧(クリアリング)済みです。取り壊し予定のビルですが、業者が不渡りを出した為工事が遅延しているようで。あそこには構成員を7名張り付けております。加えて、狙撃班が周囲の建屋から警戒をしておりますし、ビル周囲にも人を手配しております」

「……奴があそこで狙撃をする可能性は無いか」

 

 ゴルゴ13ならばあのビルから狙撃する事も可能ではあろう。

 しかし、超一流のプロが狙撃する場所には全く適していない事もバラライカは理解していた。

 ゴルゴ13程のプロなら、その後の逃走経路を必ず計算に入れる。その意味で、雑居ビルは狙撃ポイントとしては使えないものとなっていた。

 

「頭目!」

 

 状況を俯瞰していたバラライカに、一人の若者が駆け付けた。

 ホテル・モスクワで会計士を務めるコーリャだ。

 

「よかった、ご無事で……!」

「コーリャ。前にも言ったけど、今の状況であなたの出る幕は無いわ。中に戻っていなさい」

 

 子犬のように慕うコーリャに対し、バラライカは冷たく応えた。

 いつもなら忸怩たる思いで引き下がるコーリャ。しかし、この時は瞳の奥に何かを決心したかのような強い想いを滲ませていた。

 

「……頭目。僕は、頭目にお伝えする事があります」

 

 唐突に、そして確たる想いでそう言ったコーリャ。

 バラライカは増々柳眉を顰める。痛みとは別に、不快な様子を焼傷顔に浮かべていた。

 

「コーリャ。いい加減に──」

「僕は、頭目に大きな恩があります」

 

 ホテル・モスクワはタイ支部の頭目の言葉を遮るというのは、普段のコーリャからは考えられぬ所業。もちろん、それはボリスでさえ許されぬ不敬中の不敬だ。

 必然、ボリスがコーリャの首根っこを掴まんと前に出ようとする。が、バラライカはそれを制した。

 僅かに当惑を浮かべながらコーリャへ続きを促す。

 

「父が亡くなって、僕はひとりぼっちになりました。でも、頭目は僕を受け入れてくれた。僕を見捨てずにいてくれた。だから、僕は頭目の力になれるように……」

 

 そこまで言って、コーリャは伏し目がちに俯いた。

 まるで、贖罪を請う罪人のように。

 

「だから、僕は……」

「話が見えないわね」

 

 逡巡を続けるコーリャに、バラライカは痺れを切らした。

 子供に甘いのは自覚している。が、子供の我儘に付き合う時間は無い。

 

「ッ!」

「コーリャ。私の目を見ろ」

 

 火傷痕が残るバラライカの冷たい手。その手で、コーリャは胸倉を掴まれ、視線をバラライカの瞳に固定された。

 氷の視線、その眼差しは、さながら睨まれただけで毒に蝕まれるバジリスクが如く。

 

「お前が数年来、組織に貢献している事は認める。だがその程度で私の邪魔になるような愚行が許されるとは思うな」

「あ、あの……ッ」

「それとも何か? その様子じゃ、お前は私に何か隠し事でもしているとでも?」

 

 そして、バラライカはおもむろに自身の愛銃(スチェッキン)を取り出した。

 ごつい銃口を突きつけながら彼女の尋問は続く。

 

「お前はこの数年、私の何を見てきた? 私が我慢ならんものはな、KGB(チェーカー)のようなつまらん隠し事を好む二枚舌のクソ野郎だ」

「あ、う……ッ」

「ああ、“喋らなければ撃つ”などと陳腐な物言いはしない。私は“喋らせてください”と言うまで撃つ。まずは両膝、それから手の指を一本ずつ」

「ッッ!」

 

 もちろん、バラライカは引き金を引くつもりは全く無かった。

 あくまで子供に対する()()()の一環であり、自分がどのような存在に仕えているか再確認させる意味もあった。

 いつまでも甘やかす気はない。時には厳しい教育を施してこそ、自身の郎党に相応しい男に育てる。

 

 こんな時にまでこの子にそうするのは……やはり、私はまだ甘いのかもしれないな。

 

 矛盾した想いがバラライカの頭に過る。

 その更に奥底に秘めた想い、その記憶。

 目の前のコーリャと、難民キャンプの子供の姿が重なる。

 彼女は未だに戦禍に晒された子供──自身が軍を除隊せざるを得なかった出来事に精神を囚われていた。

 

 しばしの沈黙。

 やがて、コーリャが重たい口を開いた。

 

「……頭目。僕は、モスクワの──」

 

 コーリャがそう言った刹那。

 

「ッ!?」

 

 爆発音。

 それから、()()()()()()()()

 コンマ数秒の世界。

 バラライカも、ボリスも、遊撃隊も、生物としての本能からか一瞬だけ身を硬直させた。

 

「頭目!」

 

 しかし、不思議とコーリャだけが真っ先に動く事ができた。

 彼は先ほどバラライカが懸念したビル──倒壊を始めた雑居ビルの方向へと身を呈した。

 

 

 そして──

 

 

 ズギュゥ────ンンン…………

 

 

 M-16の銃声が、悪徳の街に鳴り響いた。

 

 

 

「大尉!!」

 

 銃声が鳴る直前、ボリスは体当たりをするようにバラライカへ覆いかぶさった。

 何よりも代えがたい主の身。だが、覆いかぶさったボリスの衣服にべったりと付着する血。

 それを見た瞬間、ボリスの背筋は氷塊をぶち当てられたかのように冷え切った。

 

「大丈夫だ、軍曹」

 

 直後に返ってきたバラライカの声。

 見れば負傷らしい負傷はしていない。故に、直後に困惑する。

 ならば、この血は──

 

「コーリャ……」

 

 バラライカとボリス、そして周囲の遊撃隊は、コーリャの変わり果てた姿を見た。

 脳漿を撒き散らし、地に斃れるコーリャ。

 その死に顔は、満足と、悔恨に塗れていた。

 




遅くなりすいま千円
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