「大尉殿、申し訳ありません。標的Gを
ブーゲンビリア貿易の執務室。日は中天に差し掛かっており、熱帯気候らしいうだるような暑さが街を包んでいる。
だがこの執務室の室温は外気温に反して低い。例え空調が効いていなくとも、この部屋の主が発する蒸すような血の匂いと氷の彫像の如き表情に中てられれば十分に心胆を寒からしめるからだ。
「そうか」
アンティーク調に拵えられたマホガニーの椅子に腰をかけるバラライカは、ボリスの報告にさして驚くような事はせず泰然とした様子で聞いている。
先刻発生した狙撃。その想定の埒外で行われた狙撃は、決して騒動に乗じた第三者の仕業ではない。
この狙撃はゴルゴ13でしか成しえない仕事だ。そして、狙撃後の逃走ルートを計算した超A級のプロを捕捉せしめるのは、如何にホテル・モスクワといえど不可能だった。
「それで、奴の──ゴルゴ13の狙撃地点は、ここで間違いないのだな」
焼傷顔に付着した血は綺麗に拭われていたが、彼女の身を纏う真紅のスーツには赤黒い斑がそこかしこに残っている。瞳に薄暗い光を宿しながら、机上に広げられた市街地図……印が付けられた地点を指差した。
「はっ。大凡そではありますが、コーリャの遺体の銃痕から射角を割り出すとその位置になります」
印がつけられた建物はブーゲンビリア貿易から600メートル以上は離れていた。無論、ゴルゴ13の有効射程距離ではあったが、バラライカ達はその地点に全く人を配しておらず。
射線上に建つ雑居ビルが障害として存在していたからだ。
「文字通り壁となっていたビルを爆破して射界を作り出すとはな……」
しかし、ゴルゴ13はその障害を物理的に排除する。
雑居ビルの爆破。十分な量の爆薬が設置されたと見られ、ビルは配置されていたホテル・モスクワの構成員を巻き込みながら跡形もなく崩壊していた。
「それも驚嘆すべき点ですが、崩壊後は多量の粉塵が舞う為、射撃チャンスは崩壊直後の一瞬しかありません。狙撃地点を即座に察知されないようにする効果も狙っていたのでしょうが……」
雑居ビルとはいえ、五階建ての建物が一瞬で崩壊すれば相応の粉塵が舞う。粉塵で視界が遮られる刹那を狙って狙撃を実施せしめるのは、
バラライカがアフガニスタンで負傷する前、オリンピック候補とまでなった自身のベストコンディションでも難しいものとなっただろう。
「いずれにせよ協力者がいるな。少なくともビルの爆破は単独では不可能だ」
「同感ですが、周辺に不審な人物は」
ビルの爆破は狙撃の直前でなければならず、そして狙撃の直前まではゴルゴ13にとってもビルは視界の妨げになっている。当然ながら標的の姿を視認した後、爆破の点火装置を操作した人間がいるはずだった。
「奴が選んだ協力者だ。簡単には捉えられんだろう」
バラライカはそう切って捨てた。事実、そのような怪しげな者はマフィア達の網には全く掛からず。
よくよく注意すると、ビルの崩落騒ぎで発生した野次馬の中に南米系の若者の姿を見つける事ができたかもしれないが、彼は狂気的な戦意と
今頃は意気揚々と仕事後の一杯を愉しみ──いや、やはり姉貴分のシスター共々異様な緊張から解放され、やや放心とした状態でイエローフラッグのカウンターに突っ伏していたのだが。
「さて本題だ軍曹」
椅子を軋ませながらゆるりと腰を沈めるバラライカ。
数瞬虚空を見つめた後、ボリスへとその怜悧な視線を向けた。
「あの狙撃は、私を狙ったものだと思うか」
「……私見ですが、大尉殿を狙った可能性は低いと思われます」
そう言って、ボリスは弾頭をひとつ差し出した。
花弁のように裂けた弾頭。
「コーリャの頭部から採取した弾頭です。5.56mmのライフル弾ですが、ご覧の通り弾頭が通常の
ボリスの説明の通り、裂けた弾頭はフルメタルジャケット弾では無い事を証明していた。貫通力を犠牲にして対象内部で破裂、倒弾を発生させ易くする弾頭はホローポイント弾、ソフトポイント弾に分類されており、M-16等のアサルトライフル用にもいくつか種類が存在するが、目の前の弾頭は特別なカスタムが施されているのが見て取れた。
「半被甲にして
貫通力に優れるフルメタルジャケット弾では、狙撃対象の後方に立つ人間まで弾丸が届いてしまう。しかし被甲をそのまま剥いで弾頭を露出させてしまえば、今度はライフル弾としての射程を確保できなくなり、そもそもの狙撃が失敗する確率が高まる。
試行錯誤を続け、ベストな被甲率に調整するという気の遠くなる作業が必要なのだが、これを24時間で仕上げた職人は死神のお眼鏡に叶う腕前だったという事なのだろう。そのようなピーキーな銃弾でも確実に狙撃を成功させるゴルゴ13の技量については今更説明は不要である。
そして、狙撃の瞬間、バラライカはコーリャの後方──コーリャに庇われるようにその身を置いていた。
「つまり、配慮されたという訳か」
「……」
バラライカが自嘲するようにそう言ったのに対し、ボリスは表情を滲ませながら沈黙を返すのみ。
我々は、
こうまで──こうまで、我々は惨めな立場に堕ちてしまったというのか。
米帝との本物の戦争を戦えなかったばかりか、最強の存在に挑む事すらできない。
やくざ者との果し合いに一喜一憂する事しか許されない、ただ生者を妬む事しかできない、亡者の如き存在。
いや。
分かっている。分からされた。
魂を奮わせる闘争、その果てにある理想の完遂よりも。
この地獄の底の袋小路で、狂気と腐肉に塗れながら不屈という在り方を示し続けるしかない。
我々に許された生き様──いや、死に様は、ただそれを貫く事でしか許されないのだ。
数分、主従の間には沈黙が続く。
バラライカの眼差しは、かつて彼女達が狂気を育んだ熱砂の大地のように乾いたものとなっていた。
「それで、
やがて、バラライカはそう言って続きを促す。
長年同じ釜の飯を食う副官の様子を見て、彼がまだ何かを言わんとしているのを察していた。
「……こちらをご覧ください。コーリャの私物に入っておりました」
ボリスは明確な答えを発しない代わりに、懐から一枚の書類を取り出した。
書類を受け取り、一瞥したバラライカ。
怪訝な顔を浮かべる主に、ボリスは抑揚なく続ける。
「ここ三か月でおよそ300万ドル、つい先日もインターネットを介して20万ドル。ケイマン諸島の複数の投資信託会社から──恐らくペーパーカンパニーでしょうが、全てエストニアの金融機関に送金されています。そこから先の金の流れは不明ですが……」
ロバート・ルイス・スティーヴンソンが著した『宝島』のモデルとなった英領ケイマン諸島。植民地に
90年代半ばの現在では世界中から数千の投資信託会社、数百の銀行が出資しており、ケイマン諸島に流れ込む資金は約7000億ドルと世界有数の巨大金融センターへと成長していた。
だが、情報の秘匿性を高めて企業や富裕層の資産を誘致している事は、当然とも言うべきか世界中の
マフィアやテロ組織が得た麻薬マネーのみならず、各国の独裁者の秘匿資金、さらには大国の政府機関までケイマン諸島を利用し、
「どう見ても我々の金ではないな」
「はい。タイ支部ではケイマン諸島を介した資金洗浄を行っていない上に、そもそもこれだけの余剰資金が今のタイ支部には」
バラライカは僅かに頷く。組織の台所事情に憂いているわけではない。
彼女の頭の中では、可愛がっていた郎党の姿はもはや得体のしれないナニカに変わっていた。そして、それは彼女にとって唾棄すべき存在。
「コーリャは……ニコライ・セルゲヴィッチは、オルガノフが生きていた頃から……いや、オルガノフから引き継いでいたのだろう。我々に隠れて得体の知れん金を何者かに提供していたのだ。加えて、これを見る限りでは
「……本部に問い合わせますか。オルガノフを推薦したのは
「どうかな。モスクワですらペテンにかけられていた可能性もある」
バラライカは保湿箱から葉巻を取り出した。ボリスがマッチを取り出す前に、自分で火を付けた。
紫煙を吐き出すその様子は、親子二代に渡って己の牙城を隠れ蓑にされていたという不快な事実まで吐き出そうとしているかのようであった。
「こぼしたミルクを嘆くな、か……」
ミルクを喪っても、彼女はそれを嘆き悲しむ事はしない。今回に限って言えば、それは元々己のモノではなかったからだ。
しかし、こうも自問する。
己には、あとどれだけのミルクが残っているのだろう?
全てのミルクが亡くなるまで、他者の醜怪な思惑に翻弄され続けなければならないのだろうか。
自問するも答えはない。
ボリスですら主の胸中を慮るも、その問いに答えることは出来なかった。
主従の間に流れる沈黙は、唐突に鳴る携帯電話の着信音で終わりを告げた。
ディスプレイに表示される番号は、彼女がこの街で唯一ダンスの申し出を断らない男からだった。
「張か。何用だ」
もっとも、それは口説き文句次第でもあるが。
鬱々とした想いの中でも、マホガニーの椅子はひどく座り心地が良かった。
◆
マフィアやギャングの根城は往々にして何かしらの
ロアナプラに於いてはホテル・モスクワの“ブーゲンビリア貿易”、コーサ・ノストラの“ヴィスコンティ・フーズ”、マニサレラ・カルテルの“ロス・ミヴァス・コーヒーカンパニー”などが知られているが、もちろん表看板通りの商売だけに精を出しているなど誰一人として信じていない。
“
香港三合会がロアナプラに築いた前線基地。それがこの会社の実態だった。
「──了承してくれて助かるよ
社屋の最上階に設えられた社長室。部屋主の趣味をよく反映した調度品の数々は一級品ばかりでありながら決して成金趣味に染まらず品位を保っている。街を一望できるソファに寛ぐ男は、手にした携帯電話を置くと愛飲するジタンを咥えた。
彼は熱河電影公司の総経理マイク・チャンという表の肩書を持つが、正体は三合会・
尚余談ではあるが、洒落者で知られる張にしては意外なことに芸能関連の
「大哥、ホテル・モスクワとの話はついたので?」
間髪入れず腹心の
彼は張の前職が警察官だったというのもあり、どちらかと言えば香港が送り込んだ監察官としての側面を持っていたが、この所は張の底しれぬ胆力に心酔(呆れたとも言う)し、以後は腹心としての使命を恙無く遂行している。
「さあな。ついたとも言えるし、もしかしたら今度こそ約定を反故にされるかもしれん」
飄々とした様子で紫煙を吐き出す張に彪は肩をひとつ竦める。
とはいえ、このような時の張の様子は得てして彼の思惑通りに事が進むのも理解していた。
先ほどの電話もそうだ。
異常なまでに矜持に拘るあの焼傷顔に、『ゴルゴ13の追撃を三合会に一任して欲しい』などと宣うとは。
「ホテル・モスクワの構成員も何人か殺られたと聞きましたが」
「直接狙撃された会計士以外で死んだのは二次団体の構成員だ。それでも奴さんの沽券に関わるといえばそうだが、無傷のウチが幕引きを担うのもまた道理だろう」
どうかな、と彪は思う。
聖戦を二度もお預けされた火傷顔が、それだけの理由で己の戦争を手仕舞いにするのだろうか。
「それに、バラライカは刹那主義の
そういうものか。
まあ、そういったバラライカの手並みを知っている上で、未だに墓穴の外を歩いているのが目の前の人物だ。自分が知らなくても良いアレコレもあったのだろうとも彪は思う。目の前の男が企んだ酔狂じみた謀略の数々は、そのほぼ全てが目論見通りに事が運んだのだけに尚更だ。
「しかし……一体いつから気付いていたんです? ゴルゴ13の標的がバラライカじゃないって事に」
代わりに一番気になっていた事を尋ねた。
ゴルゴ13の来訪を知ってからの張の行動。
一見すればこの街の勢力を糾合しゴルゴ13に立ち向かうように見えたが、間近で見ていた彪にとって、それはこの街を極力戦場にしないよう各組織を牽制し、また混乱に乗じた組織同士の争いを未然に防ぐ事に終始していたようにも見えた。
それは、ゴルゴ13の標的がこの街の利権に関わる者──少なくともバラライカではないと断じなければ説明がつかない。
張は彪の問いに飄逸とした表情で応える。
「簡単だ。狙われる理由が思いつかなかったからな」
「それだけですか……」
彪がやや唖然とするも、張はシニカルな笑みを浮かべながら続ける。
「まずこの街の連中がバラライカを今狙う理由が無い。グスターボもロボスもそれどころじゃないし、まあ中小の組織でもバラライカを恨んでいる連中は多いだろうが、そもそも連中じゃゴルゴ13にコンタクトを取る事すらできんだろうよ」
世界最高のプロと称されるゴルゴ13。その依頼主は張のような裏社会の人間だけではなく、一国の元首からただの一般人まで千差万別である。
そしてその依頼方法もまた多岐に渡っており、件数自体も膨大な数となっている。後年CIAが調査したところ、年間の殺人事件や死亡事故の内100件近くはゴルゴ13の犯行によるものと推定されており、そして依頼の常套句(G、13等)と言われている単語群で暗号として使われている可能性がある文字列を抽出すると、なんと一日八万六千件の依頼が舞い込んでいた。無論、ただの悪戯もかなりの数が含まれているだろうが、それでも総数としてはとてつもない件数となる。
そのうち三分の二はやり方がまずかったのかゴルゴ13へ届いておらず、残り三分の一の九割以上はゴルゴ13自身による厳しい依頼人調査で跳ね除けられている。
残った約三千件の依頼からゴルゴ13が選んでいるのだが、この優先順位の基準は全く以て不明だ。巨額の依頼金を蹴る事もあれば、無償で依頼を受けたケースもある。政治信条や思想の左右も全く関係なく、こればかりはゴルゴ13本人でしか知りえないのだろう。
ちなみに年間100件の依頼をこなすには週に二件程度の実施頻度になるが、これを世界中を回ってこなす必要があるので、世界最高の
上記の情報を張が知る事は無いが、それでもゴルゴ13へ依頼を通す事自体が至難であるのは理解していた。とてもではないが、ロアナプラに棲むチンピラ風情では依頼の出し方も分からないだろうし、そもそも依頼金も満足に用意できないだろう。
「イタリア人は狙う理由があると思いますが。会合での振る舞いもお得意の欺瞞でしょうし、依頼金も無理をすれば払えなくもありません」
彪は質問を重ねる。ロアナプラでゴルゴ13へ依頼を出せる組織、人物は限られているが、それでも依頼人の筆頭候補は存在する。
コーサ・ノストラはロニー・ファミリーは、ロアナプラにおける有力組織のひとつ。そしてファミリーを率いるロニー・ザ・ジョーズはロアナプラに覇権を唱えるべく、隙あらばバラライカの首を狙っていてもおかしくはなかった。
「彪。ロニーの奴を甘く見すぎだ。奴はヴェロッキオと違い頭が切れる。実のところ同じくらい血の気が多い奴だが、少なくとも今このタイミングで騒乱を起こして街を支配できるなどと自惚れちゃおらんよ」
ロニーという男は前任者と違いロアナプラにおけるコーサ・ノストラの権勢を日に日に強めており、本国ではコーサ・ノストラと対立しているカモッラの組織と同盟を組む等、そのやり口もまた前任者と違い強かだった。
とはいえ、それはあくまで四大巨頭として盤石なだけであり、ロアナプラ中を敵に回せる程の勢力を築けているわけではない。加え、街を直接支配するより、現在の協調路線を続ける方が少ない労力で大なる利益を得られる事も理解していた。
そのような状況で、果たしてホテル・モスクワ、ひいては三合会に挑戦を果すのだろうか。
「ではロアナプラの外で依頼されたとしたら? バラライカならあちこちで恨みを買っていてもおかしくはないでしょう」
この質問にも張は首を振った。含み笑いに紫煙を交えながら続ける。
「
女中騒動然り、トリシア・オサリバンの件も然り。ロアナプラで隠然たる影響力を持つCIAに、張はこの街のマフィアの中で彼らと直接連絡を取れる唯一といっても良い存在。故に、このような時は真っ先に連絡をしてくるはずだった。
だが今回の一件でそれが無い。女中騒動の時はNSAとの権力争いが絡んでいた為初動が遅れていたのは理解できるが、ゴルゴ13の動向を掴む事まで足を引っ張りあう事も考え辛い。
「ゴルゴ13の標的が、この街にある利害の外にある事をどこかのタイミングで気付いたのだろう。となれば、とっとと仕事を終わらせてさっさと帰って頂きたいのが俺たちを含めた街の総意と言っても過言ではない」
「だったらCIAは尚更大哥に連絡を取ろうとするのでは?」
「毎回連絡を待ってから動くのもつまらんだろう。どちらにせよ、俺がやるべき事は『台風が通り過ぎるまでしっかり雨戸を閉めておけ』と触れ回るだけだがな」
結局のところ、張はエダの期待通りの役割を果たした事になる。もっとも、そのやり方は相手にいらぬ焦燥を与えていた事にもなるが、これは以前、女中騒動の際に虚仮にされた意趣返しの意味も含まれていたのだろう。
張は灰皿に煙草を押し付けるとソファに深く座りなおした。
飄逸とした空気は常の通りだが、どことなく残念そうな様子も見せていた。
「とはいえ、ゴルゴ13には一度会ってみたかったな。俺じゃ貫目がちょいと足りないかもしれんが……まあ奴とまともに話せるのはウチの
「大哥……」
いつもの茶目っ気なのか、それとも本気でそう思っているのか。
今日一番の溜息を吐いた彪。内心、香港三合会の総主・荘戴龍や台湾竹聯幇の大家姐・張金栄と肝っ玉では負けていないだろうに、とも思ってはいたが。
「もう間に合いませんよ。大哥の予想通り、ゴルゴ13は連中の船でこの街から脱出しています。先ほどラグーン商会の乾ドックを監視していた者から報告がありました」
彪は話を本題に戻すべくそう報告した。
市外へ出る幹線道路は全て警察により封鎖されている。張でなくとも、ゴルゴ13がロアナプラからの脱出に海路を選択するだろうと予測するのは当然。
そして、この街で海路を得意とする名うての逃がし屋はひとつしかない。
「やれやれ、図体ばかりでかくなると兵隊を揃えるのも一苦労だな。
「監視の連中だけじゃ返り討ちに遭うだけですからね。ゴルゴ13だけじゃなく、あそこには
双子、米兵と、ラグーン商会がこのような時、このような立ち回りをする事は過去の事例から見ても必然といえた。張はどこか感心するように言う。
「プロ中のプロのお眼鏡に叶う連中だ。必要とあらばウチと一戦を交えるのもやぶさかではないだろうよ。とはいえ、タダで見送るつもりもないがな」
「追わせますか? あまり人数が揃えられない状態で、ラグーン商会相手に海の上じゃかなり分が悪いと思いますが」
「彪、アウトソーシングってやつが昨今の流行りだ。それなりに金はかかるが、今回の木戸銭代わりだと思えばそう高くもない。いずれにせよウチの連中が血を流す必要はないよ」
既に手配済なのだろうか。さしずめ、付近を根城にしている海賊か。はたまた傭兵会社の連中か。
ただ、どのような手練れであろうと、ラグーン商会に加え世界最強のプロをまとめて始末できる者がこの世にいるとも思えないが。
まあ追い出しの儀式みたいなものだろう。彪はそう結論付けると、最後に気になる事を張に尋ねた。
「ところで、一体誰がどんな理由でホテル・モスクワの会計士を始末するようにゴルゴ13に依頼したのでしょうかね」
張はそれまでの飄逸とした態度とは違い、ひどく堅い声色で応えた。
「知らんよ。知る必要もない。泰山府君の禄命簿を覗き込むほど世に飽いているわけでもなければ、それを知る必要なんぞどこにもない」
新しく加えたジタンに火を点し、ゆっくりと紫煙の一服を味わう。
ティアドロップのサングラスに隠れた視線は、どこか遠い景色を眺めるかのように眼下の街へと向けられていた。
「この街には心の慰めになるような料理屋もないし、気分まで仕立ててくれる洋裁屋もいない。ましてや、痛快な活劇を見せてくれる中々死なない男も望むべくもない。どうしようもなく、この街の連中は悪徳の都に浸かっている」
それから、ロアナプラに棲む悪党としての矜持を込めるかのように、張は続けた。
「そんな街だからこそ、ゴルゴ13という存在は野暮でしかないんだ。どんな者でも受け入れて来たこの街だが、これだけは絶対に譲らん。絶対にな」
残り3話。