ラグーン商会が所有する高速艇ブラックラグーン号は、元は米海軍が第二次世界大戦中に開発運用した高速魚雷艇エルコ級であり、装甲増加やウォータージェット推進化等様々な改造が施されている。
小型艇ではあるが重武装を旨とした魚雷艇であったが故に、貨物の積載量はそれなりにあるが、キャビンは完全武装の兵士十名も入れば少々手狭となる。もっとも、この時のゲストは一名のみであり、船倉の窮屈さについて考えを及ばせる必要はなかった。
現在、ブラックラグーン号はタイランド湾から南シナ海へと向かっている。飛び込みの仕事で外海に出る事はよくある事だが、この時のラグーン商会の面々はいつも通りとはいかない異様な雰囲気に包まれていた。
「恐れをもたない事が幸せとはカフカの言葉だが……アレに恐れを抱かねェ奴がこの世にいるのならぜひお目にかかりたいものだな」
ラグーン商会のリーダーであるダッチはそうボヤキながらもしっかりと舵輪を握っている。過度な緊張が続くと不意の事故に遭う事を経験則で分かっているので、いつもなら一服つけながらのクルージングとなるが、今回ばかりは別だ。
このような時に同意を示しながら程々に小癪な返しをしてくれるはずのベニーは、出港してから己の牙城である通信室に籠り続けており、不測の事態に備えるべく各種レーダーと睨めっこしている。いつも以上に顧客との関わりは最低限に留めようとしているのは、顧客が顧客だけに無理もない。
かくいうダッチ自身も、今回ばかりは客の相手をロックとレヴィに任せきりであり、積極的な関わりを避けていた(せめて握手だけでもと思ったが、それは普通に拒否された。この客は利き腕を他人に預けるほど自信家では無いようである)。
なにせ、今回の騒動に於いてラグーン商会……いや、恐らくロアナプラ中でもっとも彼の来訪に戦々恐々としていたのはダッチだったのだ。これはダッチが帯びた使命に由来するものであり、そしてその使命はいつ刺客が放たれてもおかしくない危険なものだった。
今回は自身が標的ではなかったようだ。だが、いつか自身の抹殺を……それも超A級のプロに依頼する者が現れるとも限らない。
ロックが首を突っ込むヤマはいつもこのような厄介極まりない事態になる、と恨みがましく思うも、今度ばかりはロックが全く関わっていなくてもこうなったかもしれないとも思い直す。
むしろ僥倖と捉えるべきか。備えあれば憂いなしとも言うが。
世界最高のプロに狙われれば助かる術はない。しかし、死ぬまでの猶予を稼ぐ事はできるのかもしれない。それまでに何をするべきなのか改めて考える良い切っ掛けと捉えるしかない。
禿頭のタフガイはそう己を納得させていた。
後に発生する騒動でダッチがラグーン商会の資産の現金化を進める事になるのだが、これは今回の騒動が遠因といっても過言ではないのだろう。
もし、奴さんが
熟考の最中、ふとそう思考するも、即座に頭を振る。
今はまだジョーカーを切るタイミングではない。雌伏して時至るのを待つのだ。
「ゴルゴ13……」
現在、ブラックラグーン号のキャビンにいる世界最高のプロの名を呟くダッチ。
超A級のテロリストという厄種を運ぶ仕事はダッチにとって本意ではない。しかし暴力教会の口入れを無下にする事もできない。何より、提示された報酬が近年で一番実入りの良い金額だっただけに、渋々ではあるが受諾するしかなかった。
無論、道中無事に済む保証はない事を見越した金額であるのは言うまでもない。
黄金夜会の名だたる面々。彼らの縄張りで、彼らの法を犯した者には相応の制裁が下される。
故に、必ずや追っ手を差し向けてくるはずだ。双子の時のような感傷が入り込む余地はないので、事前通告という気の利いた計らいをマフィアの巨頭達が施してくれるとも思えない。
だが、まあ。
ダッチは思う。
顧客を安全確実に目的地まで運ぶ事はラグーン商会のモットーではあるが、それはそれとして。
世界最高のプロの実力をこの目で確かめてみたいという欲求は、この稼業に生きる者にとって抑えられないものではないか。
「えっと、ミスター・ゴル……トウゴウ。よかったら何か飲み物でも」
キャビンにて遠慮がちにそう言ったのは、ロアナプラで悪党見習い──その実、この街の巨頭達ですら一目を置きつつある程の男と成ったラグーン商会の水夫、ロック。
街の実力者を前にしても堂々と、時には狡猾に己の意を示す程の胆力も培ったロックであるが、この時は己のルーツともいえる腰の低いサラリーマンめいた態度で接していた。
「結構だ」
そう短く応えた男。
キャビンの奥の方、壁面を背に佇んでおり、決して腰を下ろそうとしない。
そして、彼は喉が極限まで渇いていようと、不意に差し出された飲み物には決して口をつけない。
ゴルゴ13は機械のように冷えた空気を纏わせながら、必要以上の言葉を発しようとしなかった。
「……」
この場にいる最後の一人、船室を仕切る重厚な扉にもたれ掛かりながら油断ならぬ目付きでゴルゴ13へ視線を向ける女
客を応対する態度ではないが、その役割は現在ロックが担っている。
彼女の役割は、不測の事態に備える為の抑止力だった。無論、それは客に対しても行使される場合が常である。
「えっと……」
剣呑を通り越して火薬の匂いすら立ち込めかねないキャビンの空気は、ロックに過度な緊張を与え続けていた。
相棒が神経質になるのもわかる。
なにせ、目の前の男がロアナプラでしでかした事は、あの双子や女中に勝るとも劣らない程の暴挙だからだ。警戒するなというには無理があった。
(とはいえ、この空気は変えたいよなあ……)
ちょうど両者の中間点に座るロックは、双方向からの冷たい気圧にこれ以上耐え切る自信はなく。なんでも良いから殺伐とした空気を変えるべく、傍らに置いた鞄を手に取った。
「ミスター・トウゴウ。この先の航路の確認を──」
中にある海図を取り出そうとした、次の瞬間。
「ゆっくりだ。ゆっくり出せ」
「えっ──」
M36の銃口がロックへ向けられた。
一瞬目を離しただけ。それなのに、いつの間に拳銃を抜いたのだろうか。
異常なまでの警戒心。ゴルゴ13は荒事に関しては一般人と大差の無いロックにまで、決して警戒を緩めようとしなかった。
「──ッ」
一方、レヴィは背中から首筋にかけて粟立つ感覚を覚えた。
銃口はロックに向けられていたが、視線はレヴィに向けられていたからだ。
以前にも似たような事があった。相手が銃を抜く動作を察せず、まんまと銃を抜かれた。しかしあのアルティメットクールなる
ゴルゴ13はそのような手品めいた小細工を一切使わず、石火の疾さで銃を抜いた。あの時とは違い全神経を用いゴルゴ13の挙動を注視していたのにも関わらず、己の反応速度を容易く凌駕していた。
抜き撃ちの速さや射撃の正確さだけが鉄火場での生死を分けるというわけではない。殺し合いという究極の理不尽に対し生き永らえる要因は、経験や技量の差だけではなく、その時の状況──つまるところ、運の要素が大きく作用する。
ゴルゴ13と己は、殺しで飯を食っている身。いわば同じプロ同士だ。
ならば、どちらがより優れたプロなのだろう。
今この状況なら、果たしてどちらに“運”が──
「……ロック。Gの旦那の言う通り、ゆっくり出すんだ」
「あ、ああ。失礼しました、ミスター・トウゴウ」
レヴィは何かを堪えるように低い声でそう言った。ロックは努めて慎重に海図を差し出す。
「……」
受け取ったゴルゴ13は銃口を下ろすと、愛飲する細巻に火を点けた。トルコ巻の良い香りが辺りに立ち込めると、緊張した空気は幾分か薄れたように思えた。
レヴィもまた紛らわすように煙草を咥えると、そのまま船室を出ようと扉に手をかけた。
「……なあ旦那。あんたがそこまでになるには一体どうすればいいのか、ぜひ教えてもらいたんだがねェ」
ふと立ち止まり、そう言ったレヴィ。減らず口のように聞こえるが、この時のレヴィは純粋な興味からそう聞いていた。
高度のストレス下に身を置き続けるという生き様は、必然的に猜疑心のみを己の内に内包するようになる。そうなると、疑心は恐怖を生み、恐怖は死を運ぶ。
レヴィはそのような病的な状態に陥り、そして死という結末を迎えた者を何人も見て来た。だが、目の前の男はそのような孤独な毒を超越しているように──いや、超越している。
どうやって。どうして。どうすれば。
知れるものなら知りたい。
「……」
ゴルゴ13は無言で紫煙を燻らしている。
返答が無いのを見て残念そうに肩を竦めたレヴィ。諦めたのか、そのまま船室を出ようとした。
「……俺は依頼者が絶対的に求める技量と価値観……それを身に着けるよう心掛けているだけだ」
ゴルゴ13はそう応えた。
レヴィはじっとその言葉を噛み締める。
「そうかい」
つまり、こいつは同類のようで、まったく異なる種類の人間だ。
鉛弾をぶち込む相手が違うだけで、糞溜めのどぶ坂稼業なのは同じ。だけど、こいつはあたし
あの双子のようにイカれた殺しを続け、あの日本のデカブツですら躊躇ったイカれた道を歩みながら、あのくそめがねのようにイカれちまわないと手をだせない連中を相手にし続けている。
あたしには計れない。あたしに分かるのは、オツムがマトモなまま肝を冷やし続ける人生の先のひとつが
まあ、何にせよいきなりトチ狂ってロックを蜂の巣にする事はないだろう。あたしがわざわざ見張ってやる必要も──意味もない。
「ロック、これ以上旦那の機嫌を損ねるんじゃねェぞ。くそめがねならまだ坊ちゃまとセサミ・ストリートを歌えるくらいにゃ人間味が残ってたが、旦那にそういったもんを期待すんな」
そう言って、レヴィは今度こそキャビンを後にした。
「……」
一人残されたロック。
先ほどまでの紛争一歩手前の如き緊張感からは解放されていたが、それでも世界最高のプロと二人きりは勘弁してほしいという気持ちがある。
だが、
どちらにせよレヴィにはどこかのタイミングで退出してもらう腹積もりだったのだ。
ゴルゴ13と二人きりになる必要があったのだ。己の目的の為にも。
さて、どう話すべきか。
切り出すタイミングを図るように手を揉む。
「
「──俺に何かを伝えたいのなら、お前の意志を最も明確に伝えられる言葉を使え」
ロックは驚きで目を見張った。
ゴルゴ13は英語ではなく日本語でロックに話しかけていた。
発音は完璧。慣れ親しんだ日本の言葉そのものである。
「……やはり、貴方は日本人だったんだな」
そう日本語で返すロック。
断定的に言ってしまったが、こうも完璧な日本語を使われると、大和民族としての繋がりを感じざるを得ない。
「容姿や言葉だけで俺を同胞と判断するのは勝手だが……それは
「ッ、」
そう言われ、ロックは恥じ入るように言葉を詰まらせた。
とうに捨てたはずの日本。己は日本で生まれた岡島緑郎ではなく、ロアナプラで新たに生まれ変わったロックだ。
だというのに、魂に染み付いた日本人仕草は、悪徳の都で暮らしていても抜け切れないようである。
「……ひとつ、貴方に聞きたい事がある。答えられないのなら答えなくてもいい」
気を取り直し、ロックはゴルゴ13へ顔を向ける。
紫煙の向こうにある機械のような瞳を見つめる。
「貴方はさっき、依頼者が絶対的に求める技量と価値観を身に着けると言った。なら、今回も依頼者が求めた技量──求めた結果なのか?」
ゴルゴ13は紫煙をひとつ吐き出した。
「……俺にそれを答える義務はない」
その答えは、ロックにある確信を持たせた。
やはり、この男はロアナプラでの仕事を“成功させた”。
黄金夜会という餓狼が待ち構える中でそれを成し遂げた。
まさしく超一流。プロ中のプロだ。
だからこそ、俺の目的に──
「ミスター・東郷……いや、ゴルゴ13。貴方に──」
『ダッチ、レーダーに感ありだ。船じゃない。凄いスピードでこちらに向かってくる』
一方の操舵室。緊張感のあるベニーの通信が入ると、ダッチは眉間に深い皺を浮かべた。
『ダッチ!
そして、甲板にて望遠鏡を構えるレヴィから確定的な報告が入る。
追っ手か。予想はしていた。しかし、いつぞやの焼き直しにしては随分とハードルを上げてくれる。
「レヴィ。ロックとお客人をこっちへ連れてこい」
そう言って、ダッチは艇の速度を最大船速に上げた。
既に南シナ海へと至った現状、どこかへ身を隠せるような島嶼も近くには無い。全速力で逃げれば多少は時間が稼げるだろうが、いずれにせよ一戦は避けられそうになかった。
「ダッチ、また戦闘ヘリか?」
「デジャヴってやつだロック。ただしレギュレーションは前回よりも悪いぞ」
程なくして操舵室にベニーを除く面々が集まる。
ロックとレヴィはダッチの傍で険しい表情を浮かべていたが、ゴルゴ13はただ一人操舵室の扉に背を預けていた。
「前みたいに魚雷で撃ち落とすのは……」
「戦争屋じゃねェんだからいつも積んでるわけじゃねェって前にも言われただろ。それに、相手が毎回“荒野の決闘”に付き合ってくれるような酔狂なサドだと思ってんのか?」
「レヴィの言う通りだロック。付け加えると前とは違い相手は一機じゃなくて二機もいる。手荒くマズい状況には変わりないがな」
レヴィとダッチにそう言われると、ロックはうむむ、と考え込むように押し黙った。
ちなみに後ろで聞いていたゴルゴ13の「魚雷で戦闘ヘリを……?」という呟きは、難事を前に頭を捻るラグーン一同には聞こえていなかった。
「ともかく時間がねェ。ダッチ、
「お前さんの腕を信用してないわけじゃないがな、回避行動を取りながらじっくり狙いを付けられねえのは前回と同じだぞ。二機もいるなら尚更だ」
「だからってつべこべ言ってるヒマは──」
『二人とも、ちょっといいかな』
レヴィとダッチの口論めいた作戦会議はベニーによって遮られた。
『更に悪いレギュレーションの追加だ。前方にリバーボートの船影──五隻もいる。まずいよ、これ』
どこぞの海賊連中まで出張って来やがったな。雪隠詰めだ、こんチキショウ。
ダッチの悪態はラグーン一同が置かれた状況を端的に表していた。
「……そういう理由だお客人。すまないがあんたの腕を少しばかり貸してもらえんかね」
ラグーン商会の主のこの申し出はむべなるものなのか。それとも、プロとしての矜持に悖るものなのか。
ゴルゴ13は短く応えた。
「戦闘ヘリは俺が対処する」
そう言って、ゴルゴ13はレヴィが用意していたゲパートライフルを受け取った。手早く装填を確認し、コッキングレバーを引く。動作自体には問題は無さそうだ。
照準のゼロインを確認する暇はない。しかし、多少の照準のズレがあろうと、この男が戦闘中に修正する技量を備えているのは言うまでもない。
「旦那の事だからM-16でヘリを撃ち落とすもんだと思ってたぜ」
「……5.56mmで装甲が施されたヘリを撃ち落とす自信は俺には無い」
軽口を叩くレヴィに、ゴルゴ13は簡潔に応えていた。
深刻な状況下に置かれていたラグーン一同。しかし、それまでくぐり抜けた数々の修羅場に比べて、彼らは容易にこの事態を切り抜けていった。
対物ライフルの射程に入るやいなや一撃で一機目の戦闘ヘリを撃墜せしめたゴルゴ13の腕前を目の当たりにすれば当然とも言えるのか。それに触発されたのか、レヴィも元気いっぱいに敵船に乗り込み、ランチャーを乱射しながら瞬く間にボートを喰っていく。
戦力が半減した途端、ブラックラグーン号を囲む刺客達は蜘蛛の子を散らすように遁走していった。
「なんだ、呆気ねェ。これならこないだの
「……運が良かったんだよ。俺達は」
つまらなそうにそう言ったレヴィに、ロックはゴルゴ13を見ながらそう応えた。
ま、それはそうだけどな。
レヴィはそう言うとおもむろに煙草を咥えた。
「旦那もそう思うかい?」
火をつけると、そのままライターをゴルゴ13の前へ差し出した。
「……」
無言のままのゴルゴ13。
しかし、取り出した細巻を咥え、レヴィが差し出した火で細巻を灯した。
10%の才能、20%の努力、30%の臆病さ、そして40%の運。
図らずもラグーン一同は、ゴルゴ13が己に課した絶対的な
それは、ラグーン……いや、ロアナプラに棲まう全ての悪党共にとって、不変の真理でもあった。
◆
「いや、それにしてもこの街は相変わらずだね。あの件の事、もう忘れているように思えるよ」
悪徳の都に死神の鎌が掠めてから数週間が過ぎた。
街が日常を取り戻すには十分な時間であり(変わらず治安は他の都市に比べて終わっていたが)、ゴルゴ13の来訪を忘れたかのように振る舞う者も多い。
否、事実としてゴルゴ13の名はタブーめいたものとなっていた。
ラグーン商会がゴルゴ13をタイ国外に送り届けてから一週間は、この街の支配者の一人であるロシアン・マフィアの頭目の機嫌が文字通り氷の如く冷え切っていたというのもあり、その名を口にして彼女を煽った流れの三下が氷より冷え切った鉛玉を眉間に頂戴したともなれば、自主的な箝口令がロアナプラに敷かれたのも頷けるだろう。
程なくして、ゴルゴ13はバラライカの命を狙い──それに“失敗した”。この街の支配者達は一連の件をそのように片付けていた。
元来ロアナプラでは常に真偽不明な情報が巡りに巡っており、エルヴィス・プレスリーがあの世から復活したという与太話ですら平然と飛び交う始末である。その為、この話は街の支配者達に対する恐怖と併せてすんなりと街の悪党共に受け入れられ、そして忘れられていった。
もっとも、より深く裏の世界に身を置くものであれば、黄金夜会とゴルゴ13の双方が
「面倒事だけは事欠かないからなこの街は。ある意味では全て世は事もなし、というやつだ」
ともあれ事務所で日常を過ごすラグーン商会一同。やたらと味付けの濃いデリバリーフードを囲むのもいつもの光景。
日常的に発生する銃撃事件も、彼らに限らず街の住民にとって盛った野良猫がやかましい程度でしかないのだ。この街が空爆で更地にでもならない限り、彼らのこのような認識は改まらないのだろう。
ダッチがそう言ってベニーに応えると、ロックはチャイニーズカートンを持ちながらボソリと呟いた。
「どれだけ時間が経っても、ロアナプラの街は何一つ変わらない。例え誰が来ようとも」
標的を仕留めたであろうゴルゴ13。しかし、それはこの街にさしたる変化をもたらすものではなかった。
ニコライ・セルゲヴィチの代わりに着任した会計士は翌週にはホテル・モスクワの会計業務を滞りなく引き継いでおり、構成員を幾人か失ってもそれらはいくらでも替えの利く傘下団体の構成員であった為ほぼ無傷といえた。文字通りまったくの無傷でやり過ごした三合会やコーサ・ノストラは変わらず黄金夜会の一角に君臨し続けているし、マニサレラ・カルテルはそもそもが落ち目であった為、構成員の損失がなくても組織の衰退は避けられなかった。
結局のところ、ゴルゴ13がロアナプラで行った狙撃は、これまで来訪した招かねざる客達──双子や女中、米軍の兵士達と変わらない、ロアナプラに時折発生する大きめのトラブルのひとつでしかなかった。
「前にも言ったがな、ロック。物事の価値は金と銃で決まる。そう簡単には変わりゃしねえ。それこそこの街では、な」
これもまた真理なのだろう。
ダッチの言に頷くロック。以前も同じ事を言われたが、以前よりもそれは彼にとって実感のこもった言葉となっていた。
傍らに置かれたニュースサイトの写し──スペイン語で書かれたそれを見ながら、ロックは想う。
そう。物事の価値は金と銃でしか変えられない。
物事を──物語の結末という目を、
そのような
(今度は
ゴルゴ13は、依頼人に二度会う事を好まない。
「そういうこったロック。撃ってハッピー、撃たせてハッピー、お代は死んでのお持ち帰り、
ダッチの言葉を引き継ぐようにレヴィが言った。
軽薄な口調ではあるが、この街の真理に限りなく近い場所に身を置く彼女の言葉は正しいものだった。
レヴィは続ける。
それは悪徳の都に相応しい変わらぬ日常──新たな鉄火場を予感させていた。
「それによ、面倒事が絶えねェってのもいつも通りさ。今界隈を賑わせている例の一件──黒人狩りをやってる連中の話、聞いてないのか?」