ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART2『ラグーン商会』

「ねえダッチ。最近妙にデジャヴというか、そういう嫌な雰囲気を感じないかい?」

「奇遇だなベニー。俺も最近フレディ・クルーガーが毎晩襲ってくる夢を見ている気分になる」

 

 旧式の魚雷艇を改装したブラック・ラグーン号を駆り、運び屋、逃がし屋、時には海賊行為も営業科目のひとつとしているラグーン商会。

 ロアナプラに構える彼らの事務所では、現在二人の男がそのような会話を交わしていた。

 ラグーン商会のボスである巨漢で禿頭(とくとう)の黒人ダッチと、海の男に似つかわしくないインテリ風の優男、ベニー。

 いつものように事務所で気のない雑談を交わしていたが、その会話の内容には少々の険が含まれていた。

 

「メイドの時とそっくりだ。それも二度目の」

「生憎ターミネーター3の上映は誰も望んじゃいないがな。まあ、流石にあのキリング・メイドはもう関係無いだろうが」

 

 ベニーの言葉を聞き、ダッチは馴染みの煙草(アメリカン・スピリット)に火を付ける。

 レイバンのサングラスの陰に大方の感情を秘め隠しているタフガイだったが、この時はうんざりとした気分を隠しきれずにいた。

 

「ダッチ。前回もそう言っておいて、結局カンカンに怒ったメイドが来たじゃないか」

「あの女中はG.I.ジョーを何人か血祭りにしちまったせいで一生タンゴが踊れない体になっちまったんだぞ。あれじゃどのみち長生きは出来ねえだろうし、ただでさえ短くなった余生をこんなクソ溜めに割いてる暇は無いと思うがね」

 

 まだ記憶に新しい、二度目のメイド騒動──フローレンシアの壊れた猟犬が起こした血と鉛に塗れた復讐の夜。

 愛憎入り交じる復讐劇の結末は、見方によっては救いのあるものであり、避けようのない破滅を約束されたものでもあった。

 

「それもそうか……僕も個人的にはもう彼らは穏やかに暮らして欲しいと思うよ。見通しは厳しいけれど」

「好む好まざるに関わらず、過去ってやつは背中にべったりと張り付いてくるもんだ。誰に対しても」

 

 諦観したようにそう言ったベニーへ、ダッチは濃い紫煙を吐き出しながらそう返した。

 ベネズエラにあるラブレス家の屋敷。

 そこでは、復讐の炎に半身を灼かれた女中と、善人で勇敢なその若き主人(恋人)が、手を取り合いながら贖罪の日々を送っている。

 

 彼らの行く末に幸福な未来など無い。

 ひたむきに主従を支える女中の少女も。

 ひたすらに主従へ贖罪する高潔な軍人も。

 彼らを幸福な未来へと導く存在にはなれない。

 果てしなく続く茨の荒野。

 

 それだけが、主従の垣根を超えて結ばれた彼ら──ガルシア・フェルナンド・ラブレスとロザリタ・チスネロスが望み、そして科せられた“残りの人生”だった。

 

「過去、ね……」

 

 それはダッチもかい?

 ベニーはそう言いかけたが、結局口に出さずに言葉を呑み込んだ。

 まあ、誰にでも思い出したくもない過去はあるしね。

 手にしたダーツの矢を弄びながら、ベニーはそう結論付けた。

 

「今はそういうセンチメンタルな気分に浸るつもりは無いけどね。それよりも」

「ああ、またぞろトラブルが()()を付けて舞い込んで来そうな気配だ。顔役連中がああもピリついているんじゃあ、硫黄の雨が降るより良くねえ(しるし)だと気づかない馬鹿はこの街にはいねえ」

 

 ベニーの言葉を引き継ぐようにダッチが言う。

 二人は先程から『既視感を覚えるな』というには無理がある状況に苛まれていた。

 

 事務所に鳴る電話。

 それぞれがまったく違う口で、まったく同じ事を聞く。

 曰く、『最近変わった客──東洋人の客を扱っていなかったか?』と。

 もちろん商売上顧客の情報はおいそれと流せない。とはいえ、そもそもそのような覚えは無いのも確かではあるので、以前と同じように『否』と答えるしかなかったのだが、今回は聞いてきた相手が相手だった。

 

「電話して来たのはヨタ話を選別する頭があるどころか、この街の中枢にいる連中ばかりだ」

 

 そう言いながら、ベニーはかかって来た電話相手を指を折って数える。

 最初に電話して来た相手は、この街を牛耳るマフィアの一角──香港三合会の(ビウ)からだった。

 その次は、これまた三合会に次ぐ威勢を持つシチリア系マフィア、コーサ・ノストラはロニー・ファミリーのナルティーゾから。

 更にその次は、最近はメキシコの麻薬業者(ナルコス)に押されつつも一定の影響力を持つ、コロンビア・カルテルはマニサレラ・カルテルのチコから。

 どれもロアナプラを支配するマフィア達、その幹部ばかりだった。

 

「これでホテル・モスクワからも電話がかかってきたら黄金夜会コンプリートだ。どう考えても普通じゃない」

「嬉しくねえコレクタブルカードだな。全部揃えたらソドムの市が開かれそうだ……にしても、連中は一体何を探ろうとしているんだ」

 

 胸中の嫌なものを吐き出すように紫煙を吹かすダッチ。

 否応なしに悪い予感が鎌首をもたげてくるその感覚に、サングラスの下で眉根を寄せる。

 

「……ダッチ。僕もラグーン商会の端くれとして色々と調べたんだけどさ」

 

 ふと、ベニーが神妙な顔で切り出した。

 ラグーン商会のエンジニアとして働いている彼は、ハイテク機器を駆使した凄腕のハッカーでもある。

 ダッチを含め、他のラグーン商会の面々には無い情報収集能力を備えていた。

 

「その中に気になるワードがひとつあってね。ダッチは“G”と聞いて何を思い浮かべる?」

天にまします我らの主(GOD)と言いてえところだが、この場合は悪徳の都ゴモラの事かな。いずれにせよロクでもねえフレーズだと思うが」

 

 いつもの調子で軽口を交えながら返すダッチ。

 普段なら微笑と共に応えるベニーだが、この時は意外そうに目を丸くしてみせた。

 

「本当にそれだけかい?」

「ベニー、別に俺は全知全能ってわけじゃあないんだ。生きるために必要な情報以外は目にしねえようにしているし、春秋公羊伝曰く“君子危うきに近寄らず”は俺の金科玉条でもある……もっとも、教養を深めることに関してはその限りではないがね」

「ご高説どうも。でも、そんな博識なダッチがGを知らなかったとは思わなくてさ」

「人の無知を当て擦るのは良い趣味とは言えんぞベニーボーイ。もったいぶらずにご教授願いたいものだが、そのGとやらは一体なんの符丁なんだ?」

 

 やや焦れた様子で先を促すダッチに、ベニーは苦笑をひとつ浮かべた。

 

「教えるけど、レヴィとロックも知っておいた方がいいな。あの二人、まだ買い出しから戻ってこないのかな」

「ランサップの市場だからそう時間はかからないはずだが……いや、話をすれば、だ」

 

 そう言うと、外から車を止める音が聞こえてくる。

 程なくして、ラグーン商会の残りの面々が事務所に戻ってきた。

 

「戻ったぜ。ったく、あのクソったれな渋滞のせいで無駄に時間を食っちまった」

「ダッチ、ベニー、ただいま。頼まれた代物は全部買ってきたよ」

 

 現れた二人の男女。

 タンクトップにホットパンツと、キッチュで強気な美貌を備える中国系アメリカ人の女と、常にネクタイを締め、革のローファーを履いてラグーン商会の海賊稼業に従事する日本人の男。

 

「ワトサップの野郎、無駄に検問なんかこさえやがって。この街でサミットなんか開かれるわけねえのに何考えてんだ」

 

 悪態をつきながらどっかりとソファにもたれ、煙草(ラッキーストライク)に火を付ける女。彼女はラグーン商会の最大戦力にして切り込み隊長だ。

 二挺のベレッタM92カスタム(ソード・カトラス)を愛用することから“二挺拳銃(トゥーハンド)”の異名を持ち、黙示録の御使いの如く屍山血河を築く凄腕の銃使い(ガンスリンガー)

 レベッカ・リーという本名、そしてレベッカの愛称であるベッキーと呼ばれることを嫌っており、もっぱらレヴィと呼ばれていた。

 

「確かに妙だ……東洋人なんてこの街じゃ珍しくもないのに、顔見知りの俺達にすら警官のチェックはマニュアル通りだった」

 

 同調するように煙草(マイルドセブン)に火を付け、そう言った男。

 レヴィとは互いに銃と弾丸と認め合う程の相棒であるこの日本人の元商社マンは、普段の服装からして些か以上にロアナプラでは珍奇な存在である。

 だが、アルカイックスマイルを駆使する人畜無害な日本人という印象は、彼の“現在(実態)”とは乖離していた。

 ラグーン商会の面々はもとより、街の実力者達からも一目を置かれる悪党見習い。

 岡島緑郎という本名を捨てた彼は、ロックと名乗っていた。

 

 尚余談ではあるが、ロアナプラは尼僧服がマグナムオートをぶっ放したり女中服が分隊支援火器をぶち込んだりゴスファッションがチェーンソーをぶん回したりチャイナドレスが柳葉刀でぶった斬ったりオマケにニンジャ装束が手裏剣をぶん投げたりと奇人変人が集う街なので、実のところロックの身なりはそれほど浮いていないのでは? というのが最近のラグーン商会一同の寸感だったりする。

 

「ってことは、お巡り連中も東洋人を探してるってことか。ベニー、Gってのは」

「不確定情報ではあるけど、その東洋人に関わってる可能性は高いね。とりあえず二人にも聞いてみようか」

 

 それから、ベニーは先程のダッチと同じようにレヴィとロックへ問いかけた。

 一通りベニーの話を聞いた二人は、さして興味が無い風に答える。

 

「Gねぇ……M1911(ガバメント)もグロックもあたしの趣味じゃねぇな。特にグロックはあの糞尼を思い出しちまう。そいや、前に日本に行った時にガメラっていう映画がやってたみたいだけど、ロック、ありゃゴジラの親戚か?」

「ジャンルは同じだけど別物だよ……確かにGといえばゴジラって言う人もいるかもしれないけど、どちらかというと例のアイツを想像させるというか……」

「なんだよアイツって」

「いや、だから例のさ」

 

 当然、レヴィもロックも正解を出せない。ロックはロアナプラでも頻繁に出没する不快害虫の日本語名を説明した所でレヴィに尻を蹴られた。

 

「気色わりいこと言ってんじゃねぇよタコ」

「だって説明しろって」

 

 夫婦漫才めいたやり取りをする二人に、ダッチは呆れたように紫煙を吐き、ベニーはいつも通り曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「まあ怪物(モンスター)っていうのは当たらずとも遠からずってところかな」

 

 それから、ベニーは一同へ問題の解答を始めた。

 

「これは僕がこの街に流れ着く遠因でもあるんだけどね。好奇心だけが取り柄の未熟な学生が、いつものようにFBIの非公開資料を覗き見した時の事だ」

 

 ベニーは語る。

 FBIが増加するISP関連の犯罪、いわゆるサイバー犯罪に対応する為、情報戦のIT化を進めていた頃。重要資料のいくつかも電子の海に漂う事となり、それなりに腕の立つハッカーであれば、その情報を不正に閲覧する事が可能だった。

 ベニーもまたその中の一人だった。とはいえ、当時の彼の技量は今よりも未熟であり、そして今ほどの慎重さはなく、後々その慢心さが彼をロアナプラへ追いやることとなるのだが。

 

 ともあれ、そこでベニーは知った。

 世界No.1の狙撃手。

 国籍、年齢、全て不明。

 高額の報酬にて依頼者の仕事を請け負う、プロ中のプロ。

 請け負った依頼の成功率は、99.98%。

 通称デューク・東郷──ゴルゴ13という存在を。 

 

「ゴルゴ13、か。狙われたらアメリカ大統領ですら逃れられねえとは、リー・ハーヴェイ・オズワルドもかくやといったところだが……まさかそのゴルゴ13がケネディ暗殺の真犯人ってわけじゃあるまいな?」

「さあ? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 ダッチの問いに対し、ベニーは肩を一つ竦める。

 どうも話が無闇に大きくなって来たのを受け、ダッチはサングラスの下で憂鬱げな眼差しを浮かべていた。

 

「これ以上詳しく知りたければFBIじゃなくてCIAに潜る必要があるんだけど、あそこへ潜るにはそれなりの覚悟が必要で」

「ベニー、そのヤマモト・フィフティシックスみたいな名前のアサシンがどれだけ凄ェかは分かった。けどよ、その世界最強の殺し屋様がこの街の誰かのカマを掘りに来たかもしれねぇって、なんでそんなことが分かったんだよ」

 

 焦れたように先を促すレヴィ。

 彼女も彼女で、何やら雲行きが怪しい話に顰めっ面を浮かべていたが、言葉尻に少々の好奇心が滲んでいた。

 

「君たちは興味ないかもしれないけど、いわゆるダークウェブってやつじゃ、ロアナプラは話題に上がりやすいんだよ。住んでいる身からすると大抵はヨタ話なんだけど」

 

 そのようなレヴィへ、ベニーは事の顛末を簡潔に述べた。

 いつものように匿名性の高いネットワークをチェックしている時、Gというワードが頻繁に目についた。

 そして、どうもGがロアナプラで“仕事”をするらしいという情報も。

 

「ネットの情報だけじゃいつものヨタ話だけど、こうもあちこちから連絡が来るとね。あながち間違いじゃないかもって思ってさ。僕が仕入れた情報以上にマフィアや警察は何か知ってるのかも」

「なるほどな……ゴルゴ13とやらが評判通りの凄腕なら、ただのチンピラの金玉をもぎにわざわざロアナプラに来るとは思えねえ。ピリつくわけだぜ」

 

 ダッチの言葉通り、ゴルゴ13の標的は依頼者が“不可能”と判断した相手、つまり大物が多い。無論、傍から見ればさして重要ではない人物も標的に上がる事もあるが、ともあれ依頼者にとって邪魔な存在であるのは変わらない。

 そして、ここは悪徳の都ロアナプラ。

 ゴルゴ13の標的に()()()()者は、それこそ枚挙に暇がなかった。

 

「張の旦那やバラライカの姐御も年貢の納め時って事かね。こりゃ第三次大戦の引き金になりかねねぇな」

「どう見てもフランツ・フェルディナンドには見えねえ連中だがな。それに、まだマフィアの巨頭達が標的だとは限らんぞレヴィ。黄金夜会以外にもそれなりに名の知れた連中はこの街にはゴロゴロいやがるし、正体隠して潜んでる連中にもこの街は居心地が良いからな」

 

 まるでボクシングのタイトルマッチをリングサイドで観戦するような調子でそう言ったレヴィに、ダッチは嗜めるようにそう返した。

 まるで、ゴルゴ13の標的にダッチ自身も含まれているような。

 読心術に長けた者が見たら、彼の様子はそのように察することが出来るだろう。

 

「ヘイヘイ、ダッチ。そんなにビビんなよ。もしかしたらあのサムおじさんと愉快な仲間達みてえにちょっと寄るだけかもしれねぇし、そもそもまだ来るって決まったわけじゃ……どうした、ロック」

 

 ふと、レヴィは先程から黙っているロックを見留める。

 ロックは沈鬱げな表情で何事かを考えていた。

 

「いや……」

 

 ロックの様子を見て、レヴィは少々ナーバスな表情を浮かべた。

 

「ロック。お前が何を考えているか分かるぜ。くそめがねやラブレスのお坊ちゃまが最初(ハナ)からその打率10割の助っ人外国人を雇えば良かったんじゃないかって言いたいんだろ? そりゃあ──」

「ああ、見当外れだと思うよ。彼女はカタキ討ちを他人に委ねるような人じゃない。それに、アレはカタキ討ちというより……それくらいは痛いくらい理解している。理解()()よ」

「……理解っているならそれでいいさ」

 

 件のラブレス家の一件。

 その顛末を特等席で見届けたラグーン商会一行であるが、中でもロックは自身のリスクを込みで、彼らの命そのものを賭けて盤面を動かした。

 結果はこの街にとっては上出来と言えただろう。

 しかし、ロックにとって、その結末は未だに後を引きずるものだった。

 

 “俺を愉しめ”

 

 最近、19世紀に新大陸に流れ着いた先達に倣い、この街でマフィアの洗濯屋(マネーロンダリング)を始めた元中国人民解放軍の女にそう言われたロック。

 例えどれだけ露悪であっても、物語の結末を見届けたいという己の欲求に素直になれ。

 酒精が混じった口付けと共に、ロックはそのような思いで自身の感情に区切りをつけていた。

 

 だが、それでも、あのラブレス家の物語は。

 そして、救えなかった鷲峰雪緒の物語でさえも。

 

 ()()()1()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

 やや暗鬱とした空気が流れる中、気分を変えるように「まあ」とベニーが続けた。

 

希土類(レアアース)の採掘やらでちょっとは持ち直したとはいえ、左前のラブレス家が気軽にゴルゴ13へ依頼を出せるとは思えないけどね。彼の指名料(ギャラ)は依頼によっては100万ドルは下らないらしい」

「ひゃく……!?」

「ハンッ、そりゃすげえ。()()()()百人前ってとこか? 一回の打席でそんだけ稼がれちまうとエドガー・マルティネスもやる気を無くすぜ」

「毎打席必ずホームランを打たなきゃならんとなると妥当な報酬だと思うがな。どのみちメイドの給料じゃ到底払えねえが」

 

 世界最高のスナイパーの依頼料。いかにロアナプラの殺し屋達が魑魅魍魎めいていても、メジャーのトップ選手と3Aの下積み選手の如き格の差があった。

 とはいえ、ラグーン商会の面々は知り得ぬ事ではあるが、ゴルゴ13への依頼料は必ずしも高額でなければならない、というわけではなかった。

 雀の涙ほどの報酬で依頼を請け負う事もあるし、場合によっては依頼者への“義理”を果たすべく無報酬で請け負う事もあった。

 余人には推し量れぬゴルゴ13の独自の(ルール)。それだけが、世界最高のスナイパーが従う、ただ一つのルールだった。

 

「でも、なんでそんな危険な人物が野放しになっているんだろう」

 

 ふと、ロックがそう疑問を述べる。

 アメリカ大統領ですらゴルゴ13の狙撃からは逃れられない。

 ならば、なぜそのような危険な存在を世界中の権力者達が放っておくのか。首輪を付けられない存在なら、抹殺をすべきではないのかと。

 

「ロック、これは単純な損得勘定ってやつさ。お仕事続けてもらった方がお偉い様方にとってお得だから、だよ。いくらゴルゴ13のギャラがバカ高かろうが、軍隊(アーミー)を持つより安いだろうしな」

 

 ロックの疑問に対し、レヴィはひどく簡潔に応えた。

 ゴルゴ13という存在は各国の要人にとって危険極まりない存在ではあるが、裏を返せば切り札にもなりえる存在でもあった。

 力による事態の解決を必要とした場合、自前の武力を用いるよりも、ゴルゴ13へ依頼した方が遥かに安く、そして確実に片がつく。要するに、メリットがデメリットをギリギリのところで上回っていたのだ。

 レヴィは当て推量でそう言っただけに過ぎないが、それは図らずも正鵠を得ていた。

 

「米国は何度もゴルゴ13を消そうとしたらしいんだけどね。ゴルゴ13が未だに仕事を続けているってことは、それが全部失敗したってことになるけど」

 

 もっとも、それはゴルゴ13が自身を狙う者に対し、必ず相応の報復を与え続けていたから、という理由もあった。

 ベニーが補完するようにそう続けると、ロックは何とも形容しがたい表情を浮かべていた。

 

「ま、サムおじさんと素手ゴロして細切れになってねえどころか、逆にケツを蹴り上げてるなんてイカれを通り越してて笑えるぜ。実はマーベルコミックのキャラでしたって言われてもあたしは信じるね」

狙撃(スナイプ)を続ける事で、自分の“価値”を保ち続けている……これ以上ない安全保証ってやつだね」

「その代わり死ぬまで狙撃を続けなきゃならねえ。生涯現役というよりワーカーホリックってやつだな。ロック、案外お前さんと同じ日本人じゃないのか、ゴルゴ13は」

「そんなことは無いと思うけど」

 

 世界中の権力者がゴルゴ13を必要としている限り、彼の命は保証されている。ラグーン商会の面々はそう結論付けていた。

 会話が続く中、レヴィが「でもよ」と言った。

 

「そんな凄腕のサタン様の御使いにしては、今の状況はあまりにもお粗末すぎるぜ。仮にロアナプラで仕事をするとしても、情報がダダ漏れしてるせいで街中がミカエルとその使い達になっちまってんじゃねぇか」

 

 要人の暗殺が主な仕事であるゴルゴ13。

 しかし、彼がいかに世界最高の腕前を持つとはいえ、殺気立ったロアナプラでその腕が十全に発揮できるとは思えない。

 

 ()るなら標的(マト)に気づかれない内に、あっさりと仕留める。

 それがスマートな暗殺者ってやつじゃねえのか?

 レヴィはそう付け加えていた。

 

「……あるいは、それが目的かも」

 

 レヴィの疑問を受け、ロックはそう呟いた。

 彼の中では、既にゴルゴ13の来訪は確度の高い事実となっていた。

 

「撹乱作戦ってやつか? そうなると、誰がゴルゴ13の標的かとんと見当がつかなくなるが……」

 

 ロックの意図を察したダッチがそう続ける。

 情報を敢えて漏洩させる事で、本命の標的に対し欺瞞を仕掛けることが出来る。

 ゴルゴ13が多少なりともロアナプラという街を知っているのならば、そのような情報戦を仕掛けてきてもおかしくはない。

 

「まあ全部憶測でしかないな。とにかく、どうなるにせよ何も知らずに爆心地、ってのを避けるのはいつも通りだ」

 

 ダッチはそう言って話を纏める。

 居並ぶ面々にラグーン商会の方針を伝えた。

 

「各々情報を集めたらイエロー・フラッグで落ち合おう。軽く飯も食っておけよ。ああ、それとロック」

 

 それから、ダッチは釘を刺すように言った。

 

「『火事場に居座って花火を眺めたい』なんて()()()はあれきりだ。分かってるな?」

 

 ロックは静かに応えた。

 

「……それを決めるのは俺じゃない」

 

 腹の底に溜まるような冷気を纏わせ、ロックはそう言った。

 

「そりゃどういう意味だい」

「別に。ただ、俺じゃなくてこの街の……この街が決めるんだよ、ダッチ」

 

 紫煙を燻らせながらそう宣うロック。

 ダッチはこの分の悪い博打を打ちたがる悪党見習いを剣呑な眼差しで見やるも、やがてため息をひとつ吐いた。

 禿頭へ手を当てた雇用主を慮るように、ベニーもまたロックへ忠告を告げる。

 

「ロック。僕もひとつ忠告しておくよ。ゴルゴ13は双子やメイドとは比べ物にならないくらい厄介な存在だ。下手に首を突っ込むと、今度こそ君の命は無い」

「ベニー、それは分かっているよ」

「いや、君は分かってない。君たちは今日までゴルゴ13の事を全く知らなかった。つまりそれがどういう意味かってことさ」

 

 そう言って、ベニーは一足先に事務所を出ていった。

 表の世界に全くその名を知られていないゴルゴ13。それが意味する事は、ゴルゴ13が自身の存在を隠蔽し、そして謀略の駒にされない為の“努力”を怠らなかった、という事なのだろう。

 ダッチはひとしきり頭を掻いた後、レヴィへ言った。

 

「レヴィ。今度こそこの空気の読めねえ銀玉の手綱を握っておけよ。ワケわからん内にこいつの物好きに巻き込まれるのは二度と御免だからな」

「オーライ、ダッチ。ま、せいぜい努力するよ」

 

 雇用主の苦労を知ってか知らずか、レヴィはシニカルな笑みをひとつ浮かべる。

 いつからだろうか。

 レヴィとロックの関係性は、当初のそれとは真逆となっていた。

 

 

 そして、ラグーン商会の面々は夜の帳が下りようとするロアナプラへと繰り出す。

 ロックがハンドルを握る車へ、煙草を咥えたレヴィが乗り込んだ。

 

「なあロック。もしかしたらよ、ゴルゴ13はとっくにイエロー・フラッグに来てたりしてな」

 

 助手席で口角を歪めながらそう言ったレヴィ。ロックは苦笑を浮かべながらエンジンキーを回し、車を走らせた。

 

「流石にそれはないだろう……多分。それより、飯はイタリアンでいいか?」

「ヴィスコンティ・フーズか? 別にいいけどよ……」

 

 確かにあのナム戦帰りの酒場の主は、マクンバの呪術師に呪いをかけられているかの如き不運な男ではあるが、そう都合よく何度もイエロー・フラッグが物語の始点になるはずがない。

 ロックはもちろん、軽口を叩いたレヴィ本人もそう思っていた。

 が、それは誤りであったと同時に、バオが運命を引き寄せる底しれぬ何かを持っているのではないかと、彼らは密かに戦慄することとなる。

 




※ロベルタvs米帝編はアニメ版準拠です
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