ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART4『黄金夜会』

「ようミス・バラライカ。今日の趣旨はあんたの生前葬らしいじゃないか。生憎と手向ける花を忘れちまったんだが、許してくれるかね?」

 

 淫猥にして野蛮なロアナプラでも、貴人向けの高級ナイトクラブというのは存在する。その中でも香港三合会が仕切る“金詠夜総会”を利用する客は、この街でも一等重要な人物ばかりだった。

 クラブの深部に位置するVIPルームでは、現在この街の支配者達による会合が開かれていた。

 厳重なボディチェックを経て、ボリスのみを伴い入室したバラライカ。

 既に席についていたイタリア人──歯列矯正のワイヤーを鮫歯のように覗かせ、挑発的な物言いを放つシチリア・マフィアへ僅かに眉根を寄せた。

 

「相変わらず漫談だけは得意なようね。でも()()()が死ぬほど滑っているようじゃいつまでも素人芸人のままよ、ロニー」

 

 そう言いながら、バラライカはロニーと呼ばれたイタリア人の対面に座る。

 武闘派だった前任者からコーサ・ノストラのロアナプラ支部を引き継いだこの男は、常に人を小馬鹿にするように話を混ぜ返す性質があった。とはいえ、“ロニー・ザ・ジョーズ”という徒名(あだな)を持つ事が、彼が口上の達者だけで今の立場に収まったわけではない事を伺わせていた。

 

「ロクなエンタメが無えド田舎出身の分際で随分と吹きやがるね。お宅の国じゃ四六時中放送されているプロパガンダが唯一の娯楽なんだろ?」

「さえずるわねぇ。今日はナポリのお友達がいないのに、そんなにイキり散らかしてて大丈夫かしら?」

 

 嘲りの笑みを浮かべながら葉巻を咥えるバラライカ。ロニーは自身の郎党は連れてはいたものの、彼の同盟者であるナポリ系マフィア(カモッラ)のボスは同席していなかった。

 

「トマーゾはちょいとした野暮用だ。軍隊ごっこで遊んでるイワン共と違って暇じゃないのさ俺達は」

「貧乏暇なしってやつかしら。イタ公の懐事情は漫談と同じでお寒い限りね」

 

 顔を合わせればこのような嫌味の応酬を繰り広げるバラライカとロニー。黄金夜会という協定に属する間柄ではあるが、所詮は悪徳の都で主導権を争う間柄でもあった。

 とはいえ、バラライカはこれをいつもの“ジャレ合い”で済ますには、少々の引っかかりを覚えていた。

 開口一番に放たれた“生前葬”というワード。それは、この場にいる全員が今現在発生している懸念事項……それもバラライカ達と同程度の情報を持っている事を示唆していた。

 

「程々にしろよ、お二人さん」

 

 ふと、ツンと香り立つ高級煙草(ジタン)を燻らせながら、場を諌めるようにそう言った中国人の男。

 漆黒のスーツをダンディに着こなし、古風なティアドロップのサングラスにポマードで撫でつけられた艶髪は、彼の粋すぎる伊達男ぶりを自然に演出していた。

 ロアナプラ最大勢力である三合会を率いる、張維新(チャン・ヴァイサン)その人である。

 

「ミスター・ロニー。ミス・バラライカを()()のは構わんが、今日の話はお前さんが無関係だという保証はないぜ」

 

 飄逸とした空気を漂わせながらそう言った張。ロニーは鼻白むも、用意されたグラッパのグラスに口をつけた。

 黄金夜会の連絡会に出席した者達には、それぞれの故国の酒が振る舞われるのが慣例であり、度々剣呑な空気になる会合に幾分かの落ち着きを与えていた。

 

「じゃあさっさと本題に入ろうじゃないか。この辺境の田舎街にいらっしゃる予定のクソ有名人をどう饗すか……ぜひとも各々の金言を賜りたいものだ」

「ロニー、その前にそのビッグ・ゲストが誰なのか、答案の答え合わせといこう」

 

 張はそう言って全員へ視線を向けた。常の彼は呆れるほど涼しげで邪気の無い面立ちをしており、それ故についた渾名が『ベイブ』なのであるが、当人はそれをまったく気に入ってはいない。

 そして、今の張の表情は、さながらこれから挽歌を唄うとでもいうように鬱々げな空気を醸し出していた。

 

「それぞれがこの街に根を下ろし、それぞれがそれなりの情報網を持って日々を凌いできた……情報の出どころを言う必要は無いが、掴んだネタは出し惜しみせずに共有して欲しい」

 

 張の言葉を受け、それまでブラックデス(テキーラ)を舐めながら黙っていた出席者最後の一人、コロンビアはマニサレラ・カルテルのボスであるグスターボが口を開いた。

 

「セニョール・張。ゴルゴ13を知らねえモグリはこの中じゃいねえだろうよ。俺達を含めて、あんたらの国でも奴に因縁がある連中はゴマンといるだろうしな」

 

 早々に解答を述べたグスターボ。

 特に異論が挟まれていない事が、彼の答えが正解であることを告げていた。

 ゴルゴ13。

 この超A級スナイパーは、グスターボが所属するマニサレラ・カルテルは無論、コロンビア中の麻薬カルテルからも蛇蝎の如く憎まれている存在だ。

 

 1971年、ニクソン大統領が威信をかけて始めた麻薬撲滅戦争。90年代半ばとなった現在、この戦争の趨勢がカルテル側の敗北で終わろうとしているのは、巨大組織メデシン・カルテルの本拠地であるメデシン市が、スマートな観光都市として生まれ変わろうとしている事実からみても明らかだろう。

 しかし、カルテル側は米国の軍事力だけに屈したとは認識していなかった。

 厳重な警護、そして巧妙な身分偽装(カバー)。例え米軍の特殊部隊ですら、それらを突破してカルテルの要人を暗殺せしめるのは困難を伴う。しかし、現実にはカルテルの幹部どころか、首領クラスですら次々と容易く暗殺される始末。

 この殺しの下手人が誰であるのかは言うまでもない。

 

「先に言っておくぜ。俺達はこの千載一遇の好機を逃すつもりはねえ」

 

 少々顔を強張らせながらそう続けるグスターボ。

 グスターボが今置かれている立場は、この場にいる全員が承知している。最近は欠席しがちである彼が連絡会に参加したことからも、この件について並々ならぬ熱意を入れている事が窺えた。

 

「俺達がゴルゴ13を()ったのなら、グリンゴ(アメリカ人)共もチカーノ(メキシコ人)共もこれ以上俺達にデカイ面は出来なくなる。本国(コロンビア)のお歴々方もさぞ喜んでくれるだろうしな」

 

 一気に言い終えたグスターボは、息継ぎをするようにグラスを呷った。彼の眼には、追い詰められた者特有の血走ったものが浮かんでいた。

 麻薬撲滅作戦により、マニサレラ・カルテルを始めとしたコロンビアの麻薬組織は壊滅的な損害を被っている。それに反比例するかのように、中南米の顔役はメキシコの麻薬カルテルへ移ろうとしていた。現にこのロアナプラでも、マニサレラ・カルテルの縄張りはメキシコのヌエヴォ・ラレド・カルテルに徐々に侵食されている。

 

 だからこそ、ここでゴルゴ13を殺害する事が出来れば。

 米国はコロンビア・カルテルに対峙するリスクを見直す必要が出てくるだろうし、メキシコ・カルテルは覇権を争う事を諦めるだろう。コロンビア・カルテルは中南米は無論、世界中でその威信を回復せしめることが出来る。

 つまるところ、ゴルゴ13の殺害は、悪党共にとって最高の名誉であり、唯一無二の箔付けでもあるのだ。

 

「勇ましい限りね。アブレーゴも中々に骨のある奴だったけど、良き後継者に恵まれたということかしら」

 

 皮肉を隠さぬようにそう言ったバラライカに、グスターボはジロリと睨みを向ける。

 マニサレラ・カルテルの前任者であるアブレーゴ。彼は件の“女中狩り”が失敗したことで、コロンビア革命軍(FARC)との関係性を重視したコロンビア本国の意向により処刑されていた。

 そして、アブレーゴへ直接引導を渡したのがグスターボだった。彼はそのままアブレーゴの後釜に座ったのであるが、先代亡き後のカルテルの運営が芳しくないのは先述の通りである。

 

「コロンビアの。起死回生を狙ってGクラスのトロフィーを頂こうってのは結構だがな、ショートサイズのメイドにすら苦戦していたお前さん方じゃ、それが組織の()()()になるとしか思えないがね」

 

 バラライカに続きロニーがそう言うと、グスターボは増々渋面を強めていった。

 

「……チャンスはある。噂通りゴルゴ13のターゲットが、このセニョリータ・バラライカなら、俺達にも付け入る隙はある」

 

 そう言ってバラライカへ視線を向けるグスターボ。

 泰然と葉巻を燻らせていたバラライカは、増々嘲るように口角を歪めた。

 

「そうね……せいぜい漁夫の利を狙うと良い。我々の銃火に巻き込まれなければ、それも可能だろう」

 

 バラライカの紫煙が混じった言葉。場の緊張度が高まる。

 彼女は常に明快にしている己の立場を暗に告げていた。

 ホテル・モスクワは、行く手を遮る全てを容赦しない、と。

 

「ひとつ、情報を提供しよう。ゴルゴ13は既に市内へ潜伏している」

 

 そして、続けられた言葉で、緊張はピークに達した。

 グスターボは眼を向いてバラライカを見やり、ロニーも口を真一文字に閉じて油断なくバラライカを見つめる。

 張はサングラスの下に鋭い視線を浮かべながら、好敵手の火傷顔を見ていた。

 

「我々はゴルゴ13の所在を確認した後、速やかに撃滅を図る……邪魔立てをするなら貴様らごと殲滅するまでだ」

 

 ゴルゴ13に対する宣戦を布告したバラライカ。

 例え誰が相手だろうが、敵対する者は排撃し、そして撃滅する。必要なら親兄弟、飼い犬に到るまで。

 決してブレないこの姿勢こそが、ホテル・モスクワがこの街で一大勢力として君臨し続ける理由だった。

 

「なるほど、そいつは実に素敵な話だミス・バラライカ。なら、俺達は勝者に祝勝パーティを開いてやろう。賞品は括約筋の締りが良いロシア女(マダム・ロシアス)にすれば完璧だな」

「ロニー、プレゼント企画を考えるのはまだ早いぜ。さっきも言ったが、これはお前さんが無関係でいられる話じゃないんだ」

 

 事の深刻さを理解していない風でそう茶化すロニーに対し、バラライカの眼が据わった瞬間、張が割って入るようにそう窘めた。

 

「ゴルゴ13がこの街に現れたのは事実だろう。しかし、狙いがミス・バラライカだと誰が決めた?」

「……何が言いたい?」

「つまり、ここにいる誰もが標的であってもおかしくないってことだよ、ロニー」

 

 張の言葉は意外でもなかったのだろう。

 ロニーはひょうげた態度を収め、猜疑心に塗れた空気を発した。

 

「ならゴルゴ13へ依頼を出した奴も、この中にいる可能性があるんじゃないか? 商売敵を消すには実に都合が良い買い物だからな」

「疑心暗鬼に陥るのは良くない傾向だぞロニー。それに、それを言ったらあんたらには前科があるのを俺達は忘れたつもりはない」

 

 張の指摘に、ロニーはさも面白くないといった体で口をつぐんだ。

 前任者が企んだとはいえ、例の双子がもたらした騒乱は、この街でのコーサ・ノストラの権勢を大いに後退させる結果となっていた。自身が新たにファミリーを率いるようになってからはようやく以前と同程度の規模を取り戻しつつあったが、それでも同じヘマをするつもりは毛頭無い。

 

「そもそも、高い買い物をする余裕が無いのはどこも同じだろう?」

 

 それから、張はどこで知ったのやら、他所の台所事情を容赦なくあげつらった。

 

「ロニー、お前さんのところはアルバニア人のあれこれで余計な出費が嵩んだはずだ。中共の嫌がらせは俺達もよく知っているからな」

「……」

 

 張の言葉に、ロニーは沈黙を以て応えた。

 件の資金清浄のゴタゴタが絡んだ件は相手が相手だっただけに、予想外の出費をロニー・ファミリーへもたらしていた。もっとも、性能の良い洗濯機を買った経費としては許容範囲内ではあったが、ゴルゴ13への高額報酬を用意できるだけの余裕は今の彼らには無かった。

 

「それからバラライカ。あんたのところも本国でなにかと物入りの時期だろう?」

「まあ、そうね。今日もここに来る前に降って湧いた雑務を処理する羽目になっていたわ」

 

 ロニーとは違い、バラライカはすんなりと張の言葉を認めた。

 ロシア連邦では近々迎える大統領選挙に向け、裏社会を介した実弾(金銭)の激しい応酬が繰り広げられている。必然、ホテル・モスクワはタイ支部にも上納金の増額を命じていた。

 

「マニサレラ・カルテルについては言うまでもないだろう」

 

 最後にそう言われ、グスターボはひくりと頬を引き攣らせるのみ。

 日に日に縄張りを減らしている彼らでは、ゴルゴ13への報酬は、それこそ金庫をひっくり返しても揃えることは不可能だった。

 

「かくいう我々の財布も少々寂しいものでね。来年のイベントに備えるべく、余計な出費は抑えていかなきゃならん」

 

 張はそう言って肩を竦めた。

 97年、香港返還。

 19世紀から英国に奪われ続けていた香港の主権が中華人民共和国へ返還される事は、張が所属する三合会を含めた香港黒社会も無関係ではいられなかった。

 これまで通りの商売ができる保証もなく、組織の存続を図るには、これまで以上に多額の袖の下を役人へ通す必要が出てくるだろう。

 

「どこもかしこも景気の悪い話だな」

「そうともロニー。だからこそ、我々三合会はこの街の勢力図が大きく変わる事を望まない」

 

 様々な勢力による多くの抗争を経たロアナプラの現在は、この会合に参加する四大勢力(実質的には三大勢力だが)による均衡が保たれていた。

 水商売から麻薬取引に至る、表と裏で営まれる彼らの商い。そこから得られる収益は、この安定度と比例している。

 ロアナプラの天秤が傾くのを座視することは、張はもちろん、この場にいる全員にとって死活問題であった。

 

「誰が狙われているにせよ、この街で権益を担う組織が果たす責任ってのもある……ゴルゴ13がただの観光でロアナプラに現れたとは思えん。奴がこの街の誰かを狙っているとしたら、天秤を動かすに値する人間が狙われていると断じるのは道理だろう。故に」

 

 それから、張はゆっくりと一同を見回し、こう言った。

 

「この脆くか弱い街を守る為、たまには日頃の因縁を忘れようじゃないか。三合会はホテル・モスクワ、コーサ・ノストラ、マニサレラ・カルテルと共闘体制を取ることを提案する」

 

 張が放ったこの提案。

 ロニーは険しい表情を浮かべたまま喉の奥で唸り声を上げ、グスターボは血走った眼をことさら大きく見開いた。

 バラライカは相変わらずこの世に現出した煉獄を愉しむかのように魔性の笑みを浮かべている。

 張の真意を推し量るように、場は重苦しい沈黙に包まれていた。

 

「……正気か、三合会の。あのゴルゴ13と街総出でやり合うつもりだってのか?」

 

 沈黙を破るようにロニーが問い掛けると、張は迷い無く答えた。

 

「ゴルゴ13はロアナプラの存続を脅かす存在だ。そして、我々三合会は街の存続を基幹として動く。これまでも、そしてこれからもだ」

 

 それから、張はバラライカへと視線を向けた。

 これから死の舞踏(ワルツ)を共に踊ろうとでも言うように。

 

「これこそが、ロアナプラ流の饗しだと思わないか?」

 

 紫煙と酒気が漂う中、張は超一流のゲストを一人占めしようとしたバラライカを責めるように口角を歪めていた。

 焼傷顔は、白紙扇の顔をじっと見つめる。

 

 ああ、やはりお前は、同じ血染めの夢の続きを見ようとしているのだな。

 そして、それはたかが()()()に邪魔をされる云われは無い。

 そう言いたいのだな、張。

 

 バラライカは堂々たる戦乙女(淑女)ぶりで、この宿業ともいえる因縁を抱く男へ応えていた。

 

「ならば共に踊るとしよう。極上の晩餐をゴルゴ13へ馳走してやろうではないか」

 

 G線上へ、悪党共のアリア(旋律)が鳴り響こうとしていた。

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