ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART7『調査(トレース)開始』

 ラグーン商会一同も諸々の“厄介事”の気配を敏感に感じ取り、それを回避すべく情報を収集していたが、結局のところ大した成果は得られずにいた。

 というより、イエローフラッグにてバオが奇妙な東洋人と邂逅した事実を鬱々げに語った事に加え(この時のロックとレヴィは得体のしれない物を見るかのように顔を引き攣らせていた)、一夜明けてからのマフィア達──黄金夜会連名により、ロアナプラ中の筋者へある布告がされた事で、ラグーン商会の面々はゴルゴ13の来訪が現実であると嫌でも認識していた。

 

「これじゃ私が調べるまでも無かったわね」

 

 ランサップ通りに連なる屋台街。

 多分に漏れず、国際色豊かで雑多な出店群は品揃えからして統一感のかけらもなかったが、余程おかしな人間でなければその雑然さに紛れ、余人を気にせずに剣呑な話し合いも可能だった。

 そこで、ロックはレヴィを伴い一人の中国人女性と対面していた。

 

「それでも礼を言うよ、フォン。正直、情報はいくらあっても良いから」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ロック」

 

 スーツ姿のアジアンビューティーは、そう言ってロックへ黒眼鏡越しに微笑む。ロックも微笑みを以てそれに応えており、隣に座るレヴィといえばさも面白くもないといった様子でずるずるとシンハーを啜っていた。

 

 フォンと呼ばれた女性。

 ロアナプラでは馮亦菲(フォン・イッファイ)と名乗る彼女は、元は中国人民解放軍の技術士官李欣林(リー・シンリン)であり、人民解放軍が将来のサイバー戦力増強の為の基幹人員とするべく養成したハッカーである。

 そして、現在の彼女は(エクス)が名前の前に付きがちなロアナプラ住人の例に漏れず、己の過去を全て捨て、この街にて新しい人生を始める事が出来た。

 それはロックの尽力があったからでもあり。

 彼女は根深い所で同類であるロックに、恩義と共に幾許かの複雑な感情も持っていた。

 

「といっても、私に調べられる事は限られているわ。G()については解放軍の情報部ですら碌な情報を持っていないもの。あなたのところのハッカー君が調べたものと大差は無いと思う」

 

 そう言って、フォンはバッグから数枚の書類を取り出す。

 そこには彼女が一晩かけて調べたGの──ゴルゴ13の情報が載っていた。

 

「そうかな。君の見識もあった方がいいと思うけど」

 

 それに目を通すロック。確かにフォンの言う通り、ベニーがネットワーク上から調べた内容と比べ、特段に目新しいものはない。むしろ、その怪物性に凄味が増しただけである。

 

「ロック。これ以上彼──ゴルゴ13を調べるのはリスクが大きいわ」

「というと?」

「彼に対する“望まない調査(トレース)”は命を落としかねないって事よ」

 

 剣呑極まりない事を口走るフォンに、ロックは少しばかり生唾を呑み込む。レヴィは相変わらず不機嫌な様子で煙草を吹かしていた。

 

「作家、ジャーナリスト、保険調査員……今まであらゆる人間がゴルゴ13を調べてきた。そして、深入りした者は殆どが死亡している。彼に“有罪(ギルティ)”と判断されたからよ。そして、数少ない生き残りも、ゴルゴ13に関しては皆口を閉ざしている……つまり、言い換えればここまでが“安全圏”なのよ」

 

 そう言って、フォンは黒縁の眼鏡越しにロックを見る。

 眼鏡の下で、憂慮が混ざった眼差しを浮かべていた。

 

「それに、黄金夜会が布告した内容は知っているわよね? これって、“狩りの邪魔をするな”って意味なのよ。どう転ぶにせよ、この争いに下手に顔を突っ込んで無事でいられる保証はない」

 

 テーブルの上に置かれたロックの手。フォンはその上に自身の手を重ねながら、“探偵稼業”という彼の悪癖を自制するよう促していた。

 その様子を目の端で捉えたレヴィは「ケッ」と悪態を一つ吐き、乱暴にシンハーを呷っていた。

 ちなみにフォンの前には度数の強い汾酒(フェンチュウ)が置かれていたが、鋼鉄の肝臓を持つ彼女にとってソフトドリンクとさして変わらぬ為、これは酔いの勢いではない。

 

「もちろん理解っているよ。でも、危険を回避するにも情報はあった方が良いだろう?」

「そうだとしてもよ。今回はただのマフィアの抗争と思わない方がいい」

 

 連絡会──黄金夜会の会合。

 張維新からゴルゴ13に対する共闘の要請を受諾した各組織は、予測される()()を鑑み、連名で以下の布告を発していた。

 

『新顔の東洋人には手を出すな』

 

 この布告について一言で言えば、バラライカが戦い易い状況を張がお膳立てしたというだけの話だが、その裏にある各人の思惑はそう単純ではなかった。

 

「姐御と旦那がヤル気になってんだ。有象無象の雑魚を紛れさせたくなかっただけだろ」

 

 黙っていたレヴィが投げやりにそう言うと、フォンは否定とも同意とも取れるような態度で続けた。

 

「ウチのボスを見てるとどうもそれだけじゃなさそうだけどね、二挺拳銃(トゥーハンド)。まあ、ボスは郎党にサブマシンガンを持たせて素直に引きこもり中なのは確かだけど」

 

 フォンはコーサ・ノストラはロアナプラ支部のボスであり、自身の雇い主にして庇護者でもあるロニーの様子をそのように語った。

 ホテル・モスクワ──遊撃隊(ヴィソトニキ)が出張る以上、その戦いは軍事行動と同意義であり、彼らが行う作戦に()()が入り込む余地はない。

 とはいえ、マニサレラ・カルテルのグスターボのように、ゴルゴ13を倒して名をあげようとする輩は、殺人を生業にする者が多いロアナプラでは少なからずいるだろう。例え無謀と理解っていてもだ。

 

 だからこそ、黄金夜会(実際は張の思惑により)は、遊撃隊──バラライカが思う存分戦えるよう、傘下組織に至るまで手出し無用と布告を打っていた。

 この布告に逆らう者はいない。

 ゴルゴ13に殺されるより前に、マフィア達の制裁が下されるのを、この街に棲む者はよく理解していた。

 

「そもそも懸賞金が出ないんじゃ、余程切羽詰まった人じゃないと動くことはしないわよね」

「やはり、ミスタ・ロナルドは」

「ウチのボスは合理的だから」

 

 結局、コーサ・ノストラは“消極的な協力”を採る方針のようだ。

 無論、資金や物資の支援は行うつもりではあるが、鉄火場にファミリーの兵隊を送り込むような事態を避けたとも言える。

 事がマフィア側の敗北に終わる事を見越しているかのような、やや卑劣ともいえる態度ではあるが、ロックは違う感想を抱いていた。

 

「……なるほど。張さんらしい。少なくともこれで他の組織に()()()()()()()()ことが無くなった」

 

 ロックは張の意図を正確に見抜いていた。

 ゴルゴ13の標的(ターゲット)になる以上、その魔弾から逃れる事は極めて困難である。

 それこそ持ちうる全戦力を以て対処しなければならない。しかし、それは他勢力に後背を突かれるリスクもあった。

 連絡会で協調していれど、黄金夜会に属する勢力は所詮、鎬を削りあう潜在的な敵同士。隙を見せれば容赦なく相手の喉笛に牙を立て合う間柄だ。

 そして、如何にホテル・モスクワの精鋭である遊撃隊といえど、ゴルゴ13を主敵に据えた状態で二正面、三正面作戦を戦い抜ける能力があるかは疑問だ。

 

 コーサ・ノストラもマニサレラ・カルテルも、“ゴルゴ13打倒”という功名心よりも、実際はホテル・モスクワへの恨みの方が強い。

 特にマニサレラ・カルテルは一度目の女中騒動で直接ホテル・モスクワと対決し、そして敗北という屈辱を味わっている。二度目の女中騒動では米軍やFARC等の他勢力の思惑が複雑に絡み合った為、彼らはホテル・モスクワへ銃を向けなかったが、ゴルゴ13は既存の組織、勢力とは一切関わりがない存在。

 彼に対する直接的な敵対行動さえ取らなければ、“的争い”を行っても“有罪”とはならないのだ。

 

「ボスは平和主義者というわけじゃないからね。マニサレラ・カルテルも表面上はともかく、実際はおとなしくしていると思うわ」

 

 狡猾なロニーの性格を知っているだけに、フォンはロックのこの推測に頷いた。

 コーサ・ノストラは諸々の勘定を行った上で(けん)に回り、マニサレラ・カルテルは手を出せば三合会まで敵に回す状況となった。

 ホテル・モスクワ同様、彼らもまた二正面作戦を戦う事は出来ないのだ。

 

「だからといってドでかい花火が打ち上がる事には変わりねえよ。姐御と遊撃隊が制限無しで暴れるんだ、下手に近づけば一瞬でひき肉にされちまう。兵隊どもの件じゃさぞフラストレーションが溜まっていただろうしな」

 

 割り込むようにレヴィがそう言った。

 心做しか右腕をさすっているのは、“温まったバラライカと遊撃隊”に関わるとロクでもない目に遭うことを経験から知っているからだろう。

 そのようなレヴィの心情はさておき、ロックは思考を続ける。

 ひとつ、気になる事があった。

 

「……張さんの意図は理解った。でも、ここまでお膳立てした彼の意思が分からない。なぜリスクを冒してまでバラライカさん側に立ったんだろう」

「それは私にも見当がつかないわね。張維新の事はまだよく知らないけど、彼の風評を聞く限りじゃ、何か策があっての事なんだろうけど……」

 

 ともあれ三合会が全面的にホテル・モスクワの支援をする事実は変わらない。

 張の腹の内は、フォンはもちろん、少なくない付き合いを持つロックでも読む事は難しい。

 彼は現実的な知恵者であり、享楽的な傾奇者でもある。

 一見浅薄な事柄でも、裏では深謀遠慮が働いた結果であり、そのまた逆もあり得るからだ。

 

「知るか。旦那にゃ旦那の都合があるだけだろ。それがどんな結果になっちまうにせよな」

 

 悩む二人に対し、レヴィは雑に応えた。

 思惑は読めねど、彼女は張について唯一知っている事がある。

 それは、打った手がどのような結末を迎えるにせよ、彼はそれを享受できるほどの底しれぬ胆力を備えている事だった。

 

「とにかく、うかつに首を突っ込むのは止めた方がいいわ。噂通りホテル・モスクワの頭目が標的なら尚更。巻き込まれる危険を回避する為にゴルゴ13の動向を調べるのも、そもそも彼について調べる事が危険なのはさっき言った通りよ」

 

 レヴィに続き、フォンは改めてそう忠告した。

 これまでもロアナプラでは紛争紛いの騒乱が度々発生していたが、今回もそれらと同等、いやそれ以上に周囲を危険に巻き込む可能性が高い。

 出来ることといえば、安全と思われる場所で嵐が過ぎ去るのを待つのみ。

 そういった意味では、ロニーは実に如才ない選択をしていたが。

 

「……本当にバラライカさんが標的なのかな」

「え?」

 

 ロックはふとそう呟いた。

 一連の流れ、最初から感じていた違和感。

 

「もしゴルゴ13の標的がバラライカさん達……黄金夜会とは無関係な人物だったら? そう考えると、バラライカさんや張さんがしている行動は、文字通り何も意味がない、ただの自殺行為だ」

 

 ゴルゴ13の情報が記された書類を見ながら、ロックは続ける。

 

「もちろんバラライカさん達がこの怪物を相手にただで死ぬとは思えないし、むしろ逆にゴルゴ13を倒す事が出来るのかもしれない。だけど、それでも無駄な血が流れるのは確かだ。ゴルゴ13の標的を突き止める事ができたら……それを回避できる」

「でもロック、本当にミス・バラライカが標的かもしれないわよ。それに、それを調べるのは危険だって──」

「バラライカさんがゴルゴ13の標的なのか、それを確かめないとそもそもこの危険を回避することすら、この状況じゃ難しい。ゴルゴ13も人間である以上、この街でまったく痕跡を残さずにいられるのは不可能だ。注意深く()()追跡して(辿って)いけば、ゴルゴ13に気づかれずに答えを見つける事も可能だ」

「それは、そうかもしれないけれど……」

 

 滔々と語るロック。

 フォンは彼が発する気圧に押され、それ以上思い留まるよう忠告することが出来なかった。

 

「フォン。これに書いてあるゴルゴ13が使用する銃だけど」

「え、ええ。M-16A2アサルトライフル。銃身(バレル)やスコープを特注したカスタム銃だけど、基本的には米軍とかが使用している同じM-16よ」

「彼は狙撃する時、これしか使わないのかな?」

「基本的にはだけど、状況に応じて普通の狙撃銃を使う時もあるかも知れないわね。いくらカスタムをしているとはいえ、M-16は近距離での戦闘を想定した突撃銃だもの」

 

 元軍人だからか、銃火器については淀みなく説明するフォン。

 ロックは続けて質問する。

 

「じゃあ、銃を現地調達する事もあり得るのか」

「あるでしょうけど……でも、今回は愛銃を持参すると思うわ」

「フォン、なぜそう思う?」

「理由はふたつ。ひとつは、持ち込みが容易だから。タイ政府は銃規制に熱心だけど、実際はザルもいい所よ。銃を分解して適当な家電製品にでも紛れ込ませれば、アサルトライフルの持ち込みも容易いわ。それこそ、あなたの故国とは比べものにならないでしょうね」

 

 それはそうだろうと、ロックは頷いた。

 銃規制がザルじゃなければ、年がら年中硝煙が立ち込めるロアナプラの惨状に説明がつかないからだ。

 フォンは続ける。

 

「もうひとつは、想定された状況が市街戦に発展する可能性が高いからよ」

 

 そして、フォンはゴルゴ13について、ある種の“考察”を述べた。

 

「これはあくまで想像だけど……ゴルゴ13が突撃銃であるM-16で狙撃をし続けているのは、彼が単独で依頼を遂行するからよ。潜入、狙撃、そして離脱。それぞれに付随する戦闘……敵地の真っ只中、それも市街地でそれらを成し遂げるには、極限まで狙撃性能を高めた突撃銃の方が都合が良い。ライフルは拳銃のように二挺抱えるのは難しいからね」

 

 淀んだ目を浮かべて黙り込むレヴィを見やりつつ、フォンはゴルゴ13がM-16を使用する理由をそう推測する。

 ゴルゴ13の仕事は、不可能と言われるような困難な依頼ばかり。それ故に、一つの銃で遠距離狙撃と近距離交戦、両方の機能を持つ銃が望ましい。

 その意味では、ドイツのG3、ベルギーのFAL等のアサルトライフルも同等の性能を持っており、イギリスのL85、オーストリアのAUG、フランスのFA-MASなどはより革新的な機能──機関部を銃床に収納したブルパップ方式を採用している為、狙撃性能を損なうことなく取り回し性の向上も達成している。

 性能だけでみれば、M-16以上の銃は多く存在しているのだ。

 

 だが、それらの銃は各国が採用した実績(ベストセラー)があるものの、実際の生産数ではM-16と圧倒的な差があった。

 20ヶ国以上が正式採用しているG3ですら総生産数は800万挺ほど。M-16は採用国がそれよりも少ないにも関わらず、米軍が正式採用しているおかげか総生産数は2000万挺に達しようとしていた。

 M-16より生産数が多い突撃銃は、コピー品を含め世界中で使用され、数億挺も生産されたロシアのAKシリーズのみである。

 

「つまり、整備する部品も、他の突撃銃に比べて手に入りやすいってことか」

「そう。世界最高のプロフェッショナルだからこそ、銃のメンテナンスにも相当気をつけているはずよ」

 

 ゴルゴ13は伊達や酔狂でM-16を使用しているわけではない。

 様々な、そして確かな理由があってこそ、彼はM-16を使用し続けているのだ。

 

「まさに“一人の軍隊”、か……でも、流石に銃弾も持参するとは思えないな」

「そうね。今回のように()()が待ち構えているような状況を想定するなら、それなりに弾数を多く揃える事も十分考えられるわ。いくらタイの税関がゆるゆるとはいえ、何百発もライフル弾を持ち込むのは流石に難しいだろうし……」

「となると、そこは現地調達するしかない……そして、この街で銃弾が手に入る場所は、ひとつしかない」

 

 暴力教会。

 この街で余所者が銃は無論、弾薬を調達できる所は“認可された”あの教会しか存在しない。

 それこそ大量の弾薬を必要とするなら尚更である。

 

「でも、聞く限りじゃ暴力教会のシスター・ヨランダが顧客の情報を漏らすとは思えないけど」

「それは理解っているよ。カマをかけても上手に躱されるのは目に見えている……でも、おかげでひとつ光明が見えた」

 

 だが、暴力教会──シスター・ヨランダが一筋縄ではいかないのは、ロックは重々承知していた。

 ストレートに「ゴルゴ13はあなたのところに弾を買いに来ましたか?」などと聞いたが最後、ヨランダは大いに失望し、ラグーン商会との窓口をロックから変えるようダッチに伝えるだけだろう。

 暴力教会とラグーン商会は持ちつ持たれつの関係であり、互いに良い取り引き先である為、ここは商売上余計な事は出来ない。

 

「ヨランダの婆さんじゃなくてあの糞尼に聞こうとしてんなら無駄だぞ。あいつはああ見えて情報の出しどころをきっちり弁えているからな」

 

 補足するようにレヴィがそう言うと、ロックは当然のように首肯する。

 

「エダも簡単にこちらの質問に答えるような人じゃないのは理解っているさ。銃弾の調達じゃなくて、銃の整備に目を向けるんだ」

「あん?」

 

 そして、レヴィはロックに胡乱げな目を向けた。

 同じように疑問の目を浮かべるフォンにも説明するように、ロックは言う。

 

「レヴィ。ラブレス家の件でガルシア君達を連れていた時、銃職人(ガンスミス)の工房に行ったのは覚えているか?」

「プライヤチャットの親爺か? ありゃ確かに腕利きの職人だけど、所詮年寄りの趣味でしかねえし、そもそも(ブレット)を商っているような場所じゃ」

「だから調達じゃなくて整備だよ。あの時、工房に立て掛けられていた銃は、アサルトライフルもいくつかあった。その中に、M-16もあったはずだ」

 

 件のラブレス家の一件。

 ロックは張の依頼により、ラブレス家の当主ガルシア・フェルナンド・ラブレスと、その従者であり護衛のファビオラ・イグレシアスが探すロベルタ──ロザリタ・チスネロスの捜索に協力していた。

 その際に銃職人の工房にも訪れており、ロックは陳列棚にM-16が掛けられていた事を記憶していた。

 

「……ロック、簡単なメンテでも、あの親爺は一見の依頼には応えねえぞ」

 

 レヴィの愛銃もその工房にて制作されており、銃職人の老人についてはよく知っている。件の捜索も、レヴィの仲介があったからこそ、ロック達はプライヤチャットでロザリタの動向を知る事が出来た。

 しかし、ロックは首を振りつつ応える

 

「それでも、プライヤチャットの工房に来ている可能性はある。大事な仕事だからこそ、仕事道具のコンディションを最高に高める必要があるのはどの世界でも同じだ。親爺さんがやらなくても、M-16を完璧に整える為のメンテナンス用品は、あそこでしか手に入らない」

 

 そして、ロックはこう付け加える。

 

「それに、もしかしたら銃のメンテ以外にも何か依頼しているかもしれない。親爺さんが応じる紹介を携えるくらい、ゴルゴ13なら可能だろう。なにせ、世界最高のプロなんだから」

「……」

 

 ロックの言葉に、レヴィはますます瞳を濁らせる。

 そして、ため息をひとつ吐いた。

 

「……ロック、親爺の所を尋ねるなら早いとこ行った方がいい。先に車に戻ってろよ」

「ああ、わかった。フォン、色々とありがとう」

「いいえ。こちらこそあまり役に立てなくてごめんなさい」

 

 これ以上は時間の無駄だとばかりに、レヴィはそう言って話を終わらせた。

 どちらにせよ“火の粉を避ける”というダッチの至上命令がある以上、これ以上ここで時間を費やすのは良くない。

 相手が相手だけに相当の注意が必要だが、それでも行動が早いに越したことはないからだ。

 もっとも、当事者でない以上出来ることは限られており、ロック達が傍観者である事実は変わらなかった。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

 

 

「……おい、四つ目」

 

 ロックが席を立ち、路駐している車へ向かったのを見たレヴィは、残った汾酒を豪快に飲み切り、同じく席を立とうとしたフォンを呼び止める。

 くいくいと指を曲げ、彼女を呼び寄せた。

 

「何よ──ッ」

 

 訝しむフォンが近づいた瞬間、レヴィは素早く彼女の襟を掴み、自身の顔へ引き寄せる。

 至近距離で睨みをきかせ、ドスの利いた声を上げた。

 

「あまりしゃしゃるんじゃねェよ。今回の件はてめェには一切関係ねえ。おとなしくイタ公とイタ飯屋に引きこもってろ」

「……それって忠告? それとも警告かしら?」

 

 凄まれても尚、フォンは臆することはなく、口角を歪めながら応える。

 挑発的な物言いに、レヴィの眉間の皺に深みが増した。

 

「半端に焚き付けんじゃねえって言ってんだよ。てめェはあいつを殺してえのか?」

「私は焚き付けてなんかしてないわ」

「あいつの与太に付き合った時点で同じなんだよ馬鹿野郎」

 

 レヴィはそう詰責する。

 フォンとの会話で、ロックが余計な“使命感”に火を灯してしまった事を責めていた。

 

「あいつはな、弾丸なんだよ。それもぶっ放したが最後、どこに飛ぶか分からねェ銀の弾丸だ。てめェが考え無しに弾倉(マガジン)の中で火を付けちまったらどうなる? 銃ごと()()()()になるのは馬鹿でも考えがつくだろうが」

「……彼が弾丸なら、あなたは銃ってこと?」

 

 熱く(たぎ)るレヴィ。

 冷たく激るフォン。

 二人は互いに粘ついた感情を胸に秘め、互いの瞳を睨んでいた。

 

「ああそうだよ。撃鉄を叩くのはあたしの役目だ。だから──」

「彼の無茶に付き合うからには、それなりの関係性を求めた。そして、銃と弾丸と言われた。本当は、別の関係を求めていたのに」

「──今なんつった?」

 

 一気に場の空気が凍る。

 レヴィの怒気に()()が混じった瞬間だった。

 

「彼の為に命を賭ける。だから、それに値する証を必要とした。生死を預け合う相棒として、確かな儀式を求めた」

「……」

「でもその様子じゃ、あなたが望む答えは返ってこなかった。擦れた乙女心を満たせなかったのは同情するけど、彼が()()()()()じゃないのはあなたも理解していたはず。でも、それでも、あなたは聞かずにはいられなかった。求めずにはいられなかった」

「……言いてえことはそれだけか、四つ目」

 

 レヴィは掴んでいたフォンの襟を離していた。

 その手は、ホルスターに吊り下げられた拳銃(ソード・カトラス)の銃床へ伸びていた。

 この世のすべてを恨み、そして妬むかのような目を浮かべるレヴィ。

 フォンの目はレンズが逆光に反射し、よく見えない。

 しかし、視線ははっきりとレヴィを捉えていた。

 

「癇癪起こして私を撃ち殺すのは構わないわ。でも、それで何かが変わるとは思わないことね」

「そうかよ」

 

 額に銃口を突きつけられたフォン。

 周囲に人影はなく、まるでレヴィとフォンだけが、この世界に存在しているかのような。

 引き金(トリガー)に指をかけるレヴィ。

 フォンはそれを意に介さないように言葉を続ける。

 

「彼は物語の終わりを見届けるまで、決して行動するのを止めない。そして、彼が生きてそれを見届けるには──それは、あなただけしか出来ない」

「……」

「そういう意味じゃ、正直嫉妬するわ。私にはとても無理だもの。人には、それぞれ役割と能力があるのだから。でも、これだけは覚えておいて」

 

 僅かに日が陰り、レヴィは見た。

 フォンの強靭な意志がこもった瞳を。

 

「人は、自分が一番良いと思う事をやるしかない。例えそれが、他人から見てどう映っていようと。一度決めたら状況がどうなろうと、人はそれを信じるしかないのよ」

 

 言い終えたフォン。

 レヴィは沈黙を続け、静寂があたりを包む。

 そして、レヴィがゆっくりと拳銃をホルスターに収めた事で、その静寂は終わりを告げた。

 

「……どいつもこいつも好き勝手言いやがって」

 

 踵を返し、レヴィはロックが待つ車へと足を向ける。

 去りゆくレヴィの後ろ姿を、フォンは確りと見つめ続けていた。

 

「……」

 

 去り際に、ちらりと見えたレヴィの表情。

 それは、死者の国の薄暗い墳墓の底から、銃を担ぎ現出した髑髏の如き表情だった。

 

 そして。

 その歩みは、茨の冠を被った髑髏へ向かっているように見えた。

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