ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART8『銃器職人プライヤチャット』

 結論から言えば、ロックの推理は半分は当たっていた。

 

 ロック達がフォンと会う前。

 下着姿でだらしなく腹を出しながら寝こけているレヴィを、ロックが起こすのに苦労をしていた頃。

 

 マップラオの市場で雑貨屋を構えるプライヤチャットという老人は、朝寝と洒落込んでいた所を店子から叩き起こされ、ひどく不機嫌な様子だった。

 

「いってぇ何事だ」

 

 刺青が走る両腕を鬱屈そうに回しながら店舗へ現れる老人。

 雑貨屋を営んでいる老店主、というのがプライヤチャットの現在ではあるが、彼が“趣味”で銃器職人(ガンスミス)も営んでいることは、この街の筋者で知らぬ者はいない。

 レヴィの得物であるベレッタ92Fのカスタム“プライヤチャット・ソード・カトラス”も、その銘の通り彼が拵えた珠玉の逸品である。ハード(粗略)な扱いにも十全に耐えうる程の信頼性があり、レヴィはこの愛銃により屍山血河を現在も築き続けていた。

 

「すみません、親爺さん……あの、お客です」

「あぁ?」

 

 申し訳無さそうに店子の男がプライヤチャットへ頭を垂れる。

 商品を買いに来た客なら、わざわざこうしてお伺いを立てる必要は無い。

 つまり、“銃器職人プライヤチャット”に用がある客が来店した……という次第である。

 

「一見か?」

「は、はい。紹介客なんですが」

「アホかてめぇは。バオの野郎やリロイの小僧の紹介でもこんな時間に通すんじゃねえって何度も言ってんだろうが」

「で、でも」

「うるせェ、とっとと追っ払え」

 

 趣味とはいえロアナプラ、いやタイ国内でも指折りの職人であるプライヤチャット。

 ご多分に漏れず、腕の良い職人ならではの気分屋、そして頑固さを発揮し、店先で待つ客を追い払うよう店子に指示を出す。

 普通なら、店子も老店主の意を如才なく汲み、言われるがまま客を追い払うだろう。

 

 しかし、この時は常とは違い、その場から動こうとしない。

 まるで目の前の雷親爺よりも、店先に佇む客の男を恐れているかのようだった。

 

「でも、紹介したのはバオさんでもリロイさんでもなくて……」

「誰の紹介でも同じだ馬鹿野郎」

 

 店子の様子を訝しむも、プライヤチャットは依然態度を変えず。

 この街を支配するマフィア達──例え三合会やホテル・モスクワの首領からの依頼でも、それは変わらないだろう。

 不機嫌そのままに階上の自室へ戻ろうとした。

 

「あの、デイブ・マッカートニーって人からの紹介なんです」

 

 ピタリと、プライヤチャットは動きを止めた。

 ゆっくりと振り返り、店子を見る。

 

「……確かなんだろうな?」

「は、はい。確かにその名前を。でも、マッカートニーなんて名前は聞いた事ありませんし……や、やっぱり断るように」

「待て」

 

 店先に出ようとした店子を止めるプライヤチャット。

 そのまま顎をしゃくり、客を通すよう指示をする。

 

「奥へ通しな」

「え、でも」

「いいから早く通せ。それと、客が帰るまで店は開けなくていいぞ」

「え、あ、はい」

 

 ますます困惑する店子だったが、この気難しい職人がこれ以上臍を曲げるとますます面倒な事になるのを知っている為、言われるがままに客を通した。

 

「えっと、ミスター。こちらへどうぞ」

「……」

 

 店内に現れた一人の男。

 ラフな服装に帽子を被り、口ひげを生やしている。長さが50cmほどある長方形のアタッシュケースを持っていた。

 一見したところ、プーケットやパタヤ等の歓楽街じゃ満足できず、より強い刺激を求めてロアナプラへ訪れた観光客、といった風である。

 しかし、男は何事にも動じなさそうな太い眉の下に、機械のような怜悧な眼光を備えていた。

 どう見てもただの観光客で通すには無理がある風貌だ。

 

「只者じゃないよな、あのお客……あの時のメイドといい、怖くないのかな親爺さんは」

 

 プライヤチャットの元へ訪れる客は、総じて何かしら険のある客ばかり。

 そのような客を相手に物怖じしない老職人を見て、店子は畏れ半分、呆れ半分でそう呟いていた。

 

 無論、この時訪れた客の正体は。

 今現在、この街の悪党共と対峙する──ゴルゴ13である。

 

 

 

「しかしデイブとはな……また懐かしい名前が出たもんだぜ。奴は変わり者だが、職人としての腕前はそりゃあ見事なもんだった」

 

 ゴルゴ13を工房へ通すと、プライヤチャットは懐かしそうに目を細めた。

 工房内は彼の謹製である様々な銃器が陳列されており、それらを製造、メンテナンスする為の専用工具もそこかしこに並べられていた。

 

「奴に対抗できる職人はアメリカじゃ五人もいねぇだろうよ。そういや、ドイツにいるバルデマーって小僧も奴と同じくらい才能があったな。まあ、俺に言わせりゃデイブもバルデマーもまだまだ甘いところがあってな。そもそも銃器職人ってのは──」

「……俺は老人の長話を聞きに来たのではない」

 

 話に浸るプライヤチャットを容赦なく遮るゴルゴ13。

 そのまま手にしたアタッシュケースを机の上に置くと、プライヤチャットへ目配せをした。

 

「随分せっかちだなおめえさんはよ。ちったぁ敬老精神ってのをだな……まあいい。お前さんが何を注文するのかは聞くが、それで何をするつもりなのかは聞かねえってのが渡世の筋ってもんだ」

 

 プライヤチャットはアタッシュケースを開けながらそう言った。

 これまでも素性が良く分からない客の相手をして、その客の依頼に応え続けていた。

 そして、自身が携わった銃が、どのような用途で使用されたのかも、彼は知ろうとしない。

 知っても意味がないのもあるし、そもそも“紹介”というある種の信用(フィルター)を経た上である為、必要もなかったからだ。

 この処世術こそ、プライヤチャットが趣味と公言しているとはいえ、悪徳の都で銃器職人である事を許されている所以であった。

 

 アタッシュケースを開けると、中には部品毎に分解されたアサルトライフル──M-16が収められていた。

 

「アーマライト、A2だな。コルト社に買収されちまっているが、こいつは未だにアーマライトの名がよく似合う……で、こいつをどうしたいんだ?」

 

 一頻り確認した後、プライヤチャットはゴルゴ13の注文を尋ねる。

 銃を持参した客の場合、なにかしらのカスタム、またはメンテナンスを依頼するのが常であった。

 

銃身(バレル)を含めた部品の清浄(クリーニング)……マイクロロッキングシステムも圧搾空気で清浄をした後、防塵処理を施してくれ。それから、銃弾のカスタムも頼みたい」

 

 そう言って、ゴルゴ13は懐からドル紙幣の分厚い束を取り出し、プライヤチャットの前に無造作に置いた。

 バーツ以外にも米ドルが当然のように流通しているのは、国際的な犯罪都市であるロアナプラならではだろう。

 だが、このような大金を前にしても、プライヤチャットはため息交じりで一瞥するのみだった。

 

「何か面倒な条件がありそうだな」

 

 プライヤチャットもまた立派なロアナプラ市民。

 旨味のある話ほど裏を疑うことは、悪徳の都の住民にとって最早呼吸と同じレベルで身に付いた習性だ。

 

引き金(トリガー)部分の整備に潤滑油(ガンオイル)は使うな」

「なに?」

 

 職人の顔となったプライヤチャット。

 この妙な注文に怪訝な表情を浮かべる。

 

「冗談言うんじゃねえ。引き金と逆鉤(シアー)の噛み合わせが滑らかだからこそ、撃鉄(ハンマー)撃針(ピン)をスムーズに叩くんじゃねえか。油を差さねえと反発力(トリガー・プル)が大きくなって精度が落ちるし、最悪中で暴発しちまう」

「……その銃ならば問題はない」

「あぁ?」

 

 そう言うと、ゴルゴ13は銃把(グリップ)部分を指し示した。

 変わらず怪訝な表情を浮かべるも、プライヤチャットは手慣れた手付きで分解し、中を検める。

 

「こ、こいつぁ……!?」

 

 そして、驚愕の表情を浮かべた。

 

「引き金、逆鉤、撃鉄……全ての部品の接合部分が鏡のように研磨されている。こんな見事な磨き方は生まれてこの方見たことがねえ。まるで“サムライ・ソード”のような美しさだ……!」

 

 興奮気味にM-16の機関部を吟味する老職人。

 日本は山形に棲まう名人が磨き上げた各部品。それは決して機械による研磨ではなく、刀剣研ぎ師の神様と謳われた職人による完璧な研磨が施されていた。

 同じく名職人であるプライヤチャットは、その価値をよく理解していた。

 

「こ、この銃身も」

 

 そして、プライヤチャットは弾丸を発射する上で──弾丸を正確に射出する上で、最も重要な銃身部分を見留める。

 銃身を天井の照明に向け、まるで天体観測をするように筒の中を覗き込んだ。

 

「顕微鏡で覗かなくても分かるぜ。こんな完璧なストレート・バレルは生まれてこの方見たことがねえ。ミクロン単位でこの銃身は“真っ直ぐ”だ。どんな精密加工機械(NCマシン)でもこんな削り出し(チェンバリング)は出来やしねえ。機械を超えた、職人の“完璧な技”だ……!」

 

 銃身部分も当然のように世界最高峰の技術が注ぎ込まれていた。

 スイスはチューリッヒに棲まう名工が手掛けたA2用の銃身。素体の選定だけでも8年もの歳月をかけたそれは、精密加工の神様と謳われた職人が心血を注いで拵えたスーパー・バレルだ。

 同じく名職人であるプライヤチャットは、その価値を十分過ぎるほどよく理解していた。

 

「……なるほどな。この引き金なら羽のように軽い引き味を出せる。それも、暴発しないだけの抵抗摩擦を残したまま。たしかに、油なんか差しちまったら逆に付着した粉塵が残って、この研磨の()()()を損ねちまう。そして、この銃身なら、M-16でも650メートル先のコインすら撃ち抜けるだろうよ。これだけの逸品なら、そりゃそんじょそこらの職人には任せられんわなぁ」

 

 ひとしきり感心した後、そう納得をしたプライヤチャット。

 2000万挺も生産されたM-16。

 しかし、目の前のM-16は世界にただ一つしか存在しない──傑作突撃銃(アサルトライフル)アーマライトA2だ。

 だからこそ、この超ハイエンド銃の整備は腕の確かな職人でしか成し得ない。

 ほんの僅かな火薬(ガンパウダー)が付着しているだけで、スーパー・バレルの精度は落ち、その真価を発揮できないだろう。

 

「こんな凄ェ銃が拝めたんだ、言われなくても完璧に仕上げてやるよ。で、もうひとつあったな。銃弾のカスタムだったか」

 

 それから、プライヤチャットはゴルゴ13のもう一つの注文である銃弾のカスタマイズについて尋ねる。

 職人魂を震わされたからか、先程までと打って変わり、ひどく上機嫌だ。今の彼なら、例えタイ国王の肖像画に小便をかけてこいと言われても二つ返事で請け負うだろう。

 ゴルゴ13はそのようなプライヤチャットに構わず、無表情のまま淡々と注文を告げた。

 

「……この銃弾をカスタムしてほしい」

 

 ゴルゴ13はそう言って小銃弾のケースを取り出す。

 プライヤチャットはそれをまじまじと見つめた。

 

「グリーンチップか。ベルギーのファブリック・ナショナル社が作ったNATO共通弾SS109、米軍じゃM855なんて言われてる弾だな。で、こいつをどうしたいんだ?」

 

 NATO加盟国を中心とした西側諸国での共通規格弾である5.56ミリNATO弾は、1950年代に米国レミントン社が自社の.223レミントン弾をベースに、米国アーマライト社と共同開発したM193普通弾がその始まりである。

 この銃弾を系譜とし、ベルギーのFN社が1980年代に開発したSS109弾が、現在の5.56ミリNATO弾として採用されている。

 従来のM193弾と区別する為、米軍が採用したSS109──M855普通弾は、先端を緑色に着色しており、グリーンチップの通称で呼ばれていた。

 当然、プライヤチャットはM855弾の性能や特性も熟知している。

 

「500メートル以上の射程距離で確実に標的の体内で弾頭が停止するよう調整しろ」

「なにぃ?」

 

 故に、このゴルゴ13の注文に、またも怪訝な表情を浮かべた。

 

「そりゃ無茶というか、矛盾しているぞ。確かにグリーンチップは前のM193と比べて射程は長くなったし、先端内部を空洞化して命中時に体内で倒弾、いわゆる破砕(フラグメンテーション)を起こして殺傷力を高めるよう設計されてはいるが、だいたいは倒弾する前に貫通しちまう」

 

 プライヤチャットの指摘の通り、M855は従来のM193に比べて様々な改良が施されてはいたが、カタログスペック通りにはいかないのが兵器の現実でもある。

 M855は先端部分を改良する事で、意図的に倒弾を起こして殺傷能力を高めてはいたが、倒弾する為の必要な距離、命中してからの人体内部での距離が足りず、実際は弾頭が傾く前にそのまま貫通してしまう事が多かった。

 これは弾芯を銅等で覆ったフルメタルジャケット(完全被甲)弾である以上、どうしても避けられない特性でもあり、貫通力向上や低コスト化を旨とする軍用小銃弾の限界でもあった。

 プライヤチャットは続ける。

 

「かといって火薬(ガンパウダー)を減らして威力を調整しちまうと、今度は初活力(マズルエネルギー)が足りずに有効射程が短くなる……長射程を確保した上で、確実にフラグメンテーションを起こすようにするってなると……」

 

 プライヤチャットは顎に手をやり、しばらく唸りながら考えを巡らす。

 その間、ゴルゴ13は沈黙を続けていた。

 

「……こうなりゃ弾頭自体を変えちまうしかねえな」

 

 目処が立ったのだろうか。

 プライヤチャットはゴルゴ13へ向き直り、この仕事の受注を告げた。

 

「注文の弾はなんとかしてやる。何発作ればいい?」

 

 老職人の火、未だ消えず。

 心做しか生気が漲っているかのような、活力ある様子でそう言ったプライヤチャット。

 ゴルゴ13は無表情のまま応える。

 

「20発で良い。10発は試射で精度を確認する……」

「わかった。M-16の整備もあるから、まあ一週間は時間をくれ」

 

 プライヤチャットはこの難しい依頼をこなすべく、しばらくは工房へ籠もりきりになるだろう。

 とはいえ、久しく感じていなかった職人魂を刺激されたことで、彼にしては珍しく漲った様子だった。

 レヴィあたりに見られたら、年寄りの冷や水とでも揶揄されるだろうか。

 

 しかし。

 プライヤチャットは知らなかった。

 ゴルゴ13という、不可能を可能にするプロフェッショナルからの依頼。

 死神の鎌を研ぐということが、どれほどの困難が伴うのかを。

 

「24時間で終わらせろ」

「なにぃ!?」

 

 とうとう怪訝を通り越し、驚愕の声を上げるプライヤチャット。

 この無茶な要求に怒りを露わにする。

 

「明日までにやれとか無茶振りすんじゃねえ! 儂を殺す気かっ! ちったぁ年寄りってもんを労りやがれこの人殺しめっ!!」

「……」

「そ、そんなに睨まなくてもいいじゃねえかよ……」

 

 しかし、ゴルゴ13があからさまに不機嫌になった事で、その勢いは萎んでしまう。

 とはいえ、無茶な要求である事には変わらない。

 プライヤチャットは前言を撤回し、この依頼を断ろうとした。

 

「……デイブなら、()()()()()()()は一日で終わらせるのだがな」

「うっ……!」

 

 だが、ゴルゴ13の一言で、職人の魂……いや、職人の矜持を大いに刺激された。

 言葉を詰まらせるプライヤチャット。

 ゴルゴ13は一瞥した後、アタッシュケースと銃弾ケース、そして札束を回収した。

 

「他を当たる。邪魔をしたな」

「……待て」

 

 立ち去ろうとするゴルゴ13を呼び止めるプライヤチャット。

 足を止め、老職人へ視線を向けるゴルゴ13。

 変わらず、怜悧な眼光にて老職人を見つめていた。

 

「……やってやる」

 

 そして。

 しばしの沈黙の後、老職人は再び自身の“火”を燃えたぎらせた。

 

「やってやるぞ! あんな鉛中毒の若僧に馬鹿にされてたまるかっ!!」

「……」

 

 プライヤチャットの熱を受けても尚、ゴルゴ13の鳶色の瞳は冷たい温度を保ち続けている。

 しかし、再びアタッシュケースと銃弾、札束を机の上に置いた。

 プライヤチャットは札束には目もくれず、猛然とM-16の整備と銃弾の製作に取り掛かった。

 

「お前さんの注文は寿命が縮む。作業の邪魔だ、出ていってくれ!」

「……」

 

 そして、今度こそ工房を後にするゴルゴ13。

 最後まで表情を変えず、その内心は余人には伺えず。

 プライヤチャットはしばらく作業を続けながら、ふとこう呟いた。

 

「しかしデイブの野郎……とんだ客に見込まれたもんだな……」

 

 アメリカはニューヨークの地にて腕を振るい続けている同業者へ、プライヤチャットは幾許かの同情を込めてそう呟いていた。

 

 

 

「……」

 

 プライヤチャットの店を出たゴルゴ13。

 そのまま雑踏に紛れ、街の中に消えていく。

 彼が向かった先は、サータナム・ストリートへ繋がる街路だった。

 

 

 

 

「親爺さんなら工房に籠もってますよ。明日まで誰も入れるなって。あの様子じゃプミポン国王が来ても追い返すんじゃないかな」

 

 かくして、ゴルゴ13が立ち去った後。

 ロックとレヴィはプライヤチャットの店を訪れたのだが、店子にこのように言われ、肝心の老職人には会えずにいた。

 

「オーケイ、わかったよ。明日また出直すわ」

「いやでも少しくらいは……お、おい、レヴィ!」

 

 意外というべきか、レヴィはそれを受けあっさりと引いた。

 尚も留まろうとするロックの首根っこを掴み、駐車している車まで引きずる。無理やり運転席へ座らせると、自身は助手席に乗り込み、慣れた手付きで煙草に火を付けた。

 

「ロック、爺さんがああなっちまったら今日は無理だ。無理やり押し掛けようもんなら工房にある軽機で蜂の巣にされんぞ」

 

 紫煙の中に、やや不機嫌な気分を見せるレヴィ。

 普段以上に見切りが良いその様子に、ロックは渋々とエンジンキーを回した。

 

「ったく、それにしてもあの爺……あたしのカトラスを作った時はあんなに真剣(ガチ)じゃなかったのに、一体どういう風の吹き回しだ」

 

 忌々しそうにそう言って煙草を吹かす。

 だが、どこか取り繕うような彼女の様子を見留めたロック。

 紫煙の向こうにあるその横顔へ視線を向けた。

 

「……まだ怒っているのか」

「バァカ。そういうんじゃねえよ」

 

 不快だとでも言うように、レヴィは鼻を鳴らしながらそう言った。

 ロックもそれ以上は追及せず、車を走らせた。

 短気直情な気があるレヴィにしては珍しく、憤怒を押し殺すようにフィルターを噛み締めている。

 どうも、彼女はこの探偵行がお気に召さない様子だ。

 

「レヴィ。フォンにも言ったけど、これは俺達の安全を確かめる意味でも必要なんだ。申し訳ないけど、もうしばらく付き合ってほしい」

「安全を確かめる、ねェ」

 

 ロックの言葉を反芻するように、そう呟いたレヴィ。

 彼女はロックの表情を一瞥すると、能面のような表情を纏わせ、重たい紫煙を吐いた。

 

「……この稼業を続けているとな、このままじゃ腹の底に氷の塊を呑む羽目になっちまうって、経験で理解っちまうんだ」

 

 車窓から街を眺めながら、レヴィは続ける。

 

「弾丸が頭のすぐ脇をかすめ、自分の髪が焦げた匂いを嗅いで……そういう背筋の凍る思いをした後で、しばらく経って悪寒が身体の中で居残り続ける……火が付きそうなラム酒(バカルディ)をしこたま呑んでハラワタを焼いても、ずっと居座り続ける“機械のような氷”だ」

「……」

 

 眼に映るロアナプラの風景は、いつもと変わらぬ賑わいを見せている。

 だが、どこか薄暗く感じられるのは、果たして彼女の心情故か。

 

「理解るか? これはあたしの事じゃねぇ。ロック、あんたの事だ」

 

 吸い殻を灰皿に押し付けると、レヴィはロックの方へ向き直る。

 まるで、ロックの身体を這う冷気に当てられたかのように、冷たい瞳を向けていた。

 

「あたしが銃で、自分は弾丸。ついこの間はそう言ったよな。ところが、今回のあんたは弾丸じゃなくて、間抜けな釣り針だ。食い付かれたが最後、あっという間に引っ張り込まれて暗い海の底にドボンだ」

 

 レヴィはロックの胸元を指差しながら、そう告げる。

 容赦のなく、この無鉄砲な相棒を咎め続けた。

 

空砲(ブランク)ぶち込まれるだけじゃなくて、片金もがれる程の目に遭わねぇと理解らねぇのか? あたしが言いたいのはな、ロック。今回のヤマはあたしらには一切関係ねぇ。今回の博打はそもそも張る必要なんてどこにもねぇんだよ」

「……」

 

 ロックは沈黙を返した。

 その黒色の瞳は、真っ直ぐに前を向き続けている。

 

「……意外だな」

「あ?」

 

 そして、ロックが発したその言葉。

 レヴィの表情が、にわかに歪む。

 

「レヴィがゴルゴ13をそこまで恐れているってことが」

「……そうじゃねぇよ、アホ」

 

 レヴィは、その凍てついた視線に殺気すら込めながら、ロックを睨み付けた。

 

「ゴルゴ13とやらが凄ぇ凄ぇスナイパーなのは正直どうでもいいんだよ。問題は、姐御の方だ」

 

 苛立ちを少しでも抑えようとでもしているのか、レヴィは二本目の煙草に火を付ける。

 濃い紫煙を吐き出し、言葉を続けた。

 

「ロック、姐御を舐めてかかるなよ。あの焼傷女が全力で暴れようとしているんだ。相手になった連中は、ことごとく墓の下で蛆の餌になっている。それを理解してれば、そもそも首を突っ込もうなんて道理はカケラもねぇはずだろうが」

「……それは、理解している。少くとも、俺は自殺願望者じゃない」

 

 レヴィの言葉を受けて、ロックは素直にそう応えた。

 死は覚悟の上だとか、妙に気取った答えをしたものなら、運転中でも容赦なく彼女の鉄拳が飛んで来ただろう。

 握りしめた拳の行き先を無くし、レヴィは苛立たしげに紫煙を吐いた。

 

「……今日はあと一軒だけだ。それと、明日の親爺。それまでは付き合ってやる。やりてえようにやってみろって言った手前もあるしな」

 

 これ以上は、もう口にしても仕方がないだろう。

 レヴィはそう考えると、ロックの悪癖について混ぜ返す事を止めた。

 

「ありがとう、レヴィ。いつも気を遣わせて」

 

 ロックのその感謝に、レヴィは応えない。

 沈黙を保ったまま、再び車窓から見えるロアナプラの風景を眺め続けていた。

 

 そして、彼らが向かった先は。

 サータナム・ストリートに事務所を構える、ブーゲンビリア貿易のオフィスだった。

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