ゴルゴ13-鉄火激るロアナプラ-   作:範馬勇太郎

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PART9『悪党見習い』

「……御協力に感謝します。……いえ、貴方は今でも我々の上官です。例えソビエト連邦軍が滅びようとも。では、御健勝で。中佐殿」

 

 ブーゲンビリア貿易のオフィスにて、この街で絶大な力を以て君臨するロシアン・マフィアの女頭目は、左半面のみとなったその美貌に懐古の念を滲ませながら受話器を置いた。

 電話越しで会話をしていた元上官は、彼女にとって忌まわしくも輝かしい過去の思い出そのものであり、無頼に堕ちた現在──亡者と成り果てた今現在では、その暖かな残滓との関わりは、決して求めてはならぬ戒めとなっていた。

 

 しかし、今回だけはその禁を破る。

 なにせその元上官は、女頭目──バラライカが唯一知る、ゴルゴ13と対峙した経験を持つソ連軍の軍人だったからだ。

 

「しかし奇妙な縁ですな。我々の教官だったイグナチオ・ムジル中佐がタンザニアでゴルゴ13と戦い、そしてアフガンで我々を救ったあのユーリ・マルトフと共に戦っていたとは、些か驚きを禁じ得ません」

「私も同感だよ軍曹。文字通り我々の命を救ったあの英雄までゴルゴ13と戦っていたとはな……相手が相手とはいえ、中佐達が米帝の特殊部隊(デルタ・フォース)とも共闘していたのは、少々複雑だが」

 

 バラライカと心境を同じくしているのか、副官のボリスもまた、常の朴訥とした表情に苦笑を浮かべていた。

 

 イグナチオ・ムジル元ソビエト連邦空挺軍中佐。彼はリャザンの空挺学校教官時代にバラライカ達を徹底的に鍛え上げており、その恩義はマフィアに身をやつした現在でも、バラライカ達にとって忘れられないものだった。

 そのムジル中佐が空挺特殊部隊(スペツナズ)を率い、米軍特殊部隊と共に“ゴルゴ13抹殺作戦(最後の戦場)”に参加していたのは驚きであったが、まさか“もう一人の恩人”もその作戦に参加していたとなれば、バラライカ達に妙な因縁を感じさせてしまうのも当然である。

 

 1979年に始まったソ連によるアフガニスタン侵攻は、山岳地帯でのゲリラ戦を想定していなかったソ連軍首脳の用兵の拙さもあり、1989年までの紛争期間を通して“ソ連のベトナム戦争”と言わしめる程、前線の戦闘部隊に様々な悲劇をもたらしていた。

 バラライカ以下遊撃隊も例外ではなく、碌な支援が無いままパンジシール渓谷の攻勢作戦に投入され、そこでムジャヒディンの大軍に包囲されてしまう。

 いかに精鋭部隊とはいえ、補給が途絶えた状態で大軍の攻囲を受ければ自力での脱出は不可能。更に、ムジャヒディンは多数の少年兵を最前線に送り込んでおり、タクビールを唱えながら自殺攻撃を繰り返す少年兵達の姿は、包囲殲滅の恐怖と併せてバラライカ達を発狂寸前まで疲弊させていた。

 

 一週間に及ぶ凄惨な包囲戦の後、ようやく陸軍による救出作戦が実行され、バラライカ達は生還を果たす事になるのだが、その救出部隊に加わっていたのがユーリ・マルトフだった。

 彼は地下道を巧みに利用した救出作戦で大いに活躍し、見事バラライカ達を救出。その戦功によりレーニン戦功賞を授与されており、バラライカ達にとって正真正銘の“アフガンの英雄”だった。

 

 そして、ムジル中佐とマルトフは、軍籍を離れた現在も、それぞれの故郷(ホーム)で健在である。

 旧ソ連はおろか、世界中でも数少ない、ゴルゴ13と鉄火を交えて生き残った存在だった。

 

「大尉殿、中佐はなんと」

 

 ボリスの言葉に、バラライカは少しだけ儚い表情を浮かべた。

 

「最初は敵前逃亡を勧められたよ。ゴルゴ13を前にしたのなら、逃げるのは恥ではないと」

 

 恩師と英雄が同胞の精鋭、そして仇敵の精鋭と共にゴルゴ13に挑み、そして敗れたという事実。バラライカは自身の遊撃隊がそれ以上の戦力であると断言できる程、現実が見えない者ではない。

 しかし、そのような現実を直視しても。

 彼女は儚い表情を一変させ、不敵な笑みを浮かべた。

 

「だが、言った本人もそれは意味がないと気付いたようだ。彼が語ったゴルゴ13との戦闘経験は、今次作戦に於いて実に有益な情報だった」

 

 ゴルゴ13の標的となれば、必ず死という結果をもたらされる。だからこそ、逃げずに戦うしかない。

 そして、結果的には失敗した機密作戦だったとはいえ、ムジル元中佐は守秘義務を破ってまでその詳細を惜しみなくバラライカへ伝えていた。

 それは、優秀だった教え子に期待してのことか。それとも、死が確定した教え子を哀れんでのことなのか。

 

 おもむろに葉巻を取り出したバラライカに、如才なくマッチの火を差し出すボリス。このように上官の機微を察知するのが上手だからこそ、長年に渡って彼女の副官が務まるのだ。

 故に、ボリスはこの時のバラライカが、作戦の成功を疑っていない事も察知していた。

 

「軍曹。市内の索敵分隊は四人一組(フォーマンセル)を徹底させろ。足りない人手は三合会の兵隊が補う。それから、市警には市外へ続く幹線道路の封鎖を要請しろ」

「はっ。ですが、三合会はともかくとして、市警連中にまともな“囲い”が作れるか疑問です」

「いないよりマシだ。我々の戦力を市内へ集中させる必要がある。それに」

 

 市警への不信感は主従にとって共通観念ではあったが、この状況では例え弱兵でも使い所がある。

 ロアナプラ市警署長のワトサップは、“ロアナプラの警察”としては非常に優秀な男だった。

 無論、ごく一般的な司法の番人としてや、彼が持つ市警戦力の評価ではない。この街に巣食うマフィアの犯罪行為を黙認する事で、相応の見返りをもらい私腹を肥やす手腕が、である。

 彼のこの汚職(サイドビジネス)は、その羽振りの良さを見る限り順調なのだろう。部下達も大同小異の汚職(アルバイト)に精を出しているせいか、ワトサップを告発しようとする者はここではいない。

 

「ワトサップには市外を固める事で治安軍の介入を防ぐよう徹底させることが本来の目的だ。奴のここでの価値は、それしかないのだからな」

 

 つまり、ロアナプラ市警と黄金夜会は共生関係であり、厄介事(ビッグ・トラブル)が発生した際は協調体制を取るのが常であった。

 警察の“ゴルゴ13捜索”を一旦打ち切らせ、代わりに市外へ続く幹線道路を封鎖する。ゴルゴ13をロアナプラへ“閉じ込める”役割を担わせるという意味もあるが、どちらかというとタイ王国国内治安維持部隊──通称“治安軍”による、ロアナプラへの捜査介入を防ぐ事を期待していた(事件を隠蔽する能力だけを見れば、ワトサップという男は掛け値なしに優秀だった)。

 ワトサップらが所属する国家警察庁とは違い、首相直属の組織である治安軍は、主な任務である麻薬取締や特定地域の警備に加え、蔓延する国内行政機関の汚職摘発にも余念がなく、ロアナプラを包む分厚いヴェールを剥がす機会も虎視眈々と狙っている。

 

 故に、派手な銃撃事件、その事件に国際的な超A級テロリストが絡んでいるなどと発覚しようものなら、即座に完全武装の治安部隊を送り込んでくるだろう。

 言わずもがなであるが、この治安軍の介入は、ロアナプラで悪人商売を続ける者達にとって歓迎出来る事態ではない。

 とはいえ、治安軍は国家権力の強化という錦の御旗の元、強引且つ残虐な捜査も平然と行っていた為、悪辣さで言えばマフィアやワトサップらとそれほど大差はなかったのだが。

 

「邀撃分隊は捜索分隊の発見報告があり次第、いつでも出撃可能です」

 

 諸々の指示を受けたボリスは、漲らせた戦意を隠さずにそう応えた。

 盤面は今の所激しい動きは見せていない。

 しかし、着々とゴルゴ13への包囲網は整えられつつあった。

 

 

 

「あの、失礼します」

 

 主従の作戦会議が一段落した所で、戦場には似つかわしくない無垢な声が聞こえる。

 オフィスのドアを控えめにノックすると、ホテル・モスクワで会計業務に勤しむニコライ・セルゲヴィッチ……コーリャが現れた。

 

「コーリャ。悪いけど決済業務は後回しにして。今は忙しいの」

 

 バラライカは葉巻を灰皿に押し付けながらそう言った。

 このような非喫煙者への配慮や口調の変化からも分かるが、バラライカは子供に甘い。なにせ、同胞を無惨に殺害したあの双子にすら、ある種の(なさけ)を抱いていたし、そもそもその甘さがマフィアに身をやつす原因にもなっていた。

 母が子を嗜めるような口調のバラライカに、コーリャは赤らんだ顔を少しだけ膨らませた。

 

「だ、だからこそです。私もなにかお手伝いできないかと」

「不要よ。今必要なのは兵士なの。会計士ではないわ」

 

 とはいえ、コーリャは若年とはいえ立派な男。作戦の詳細は情報漏洩を防ぐ為に知らされていないが、バラライカ達──遊撃隊が臨戦態勢(デフコン2)へ移行したのは、ホテル・モスクワに在籍していなくとも十分に察することができる。だからこそのこの申し出。

 コーリャの無垢で純粋な忠誠心と勇気に、バラライカは少しだけ表情を緩ませるも、変わらず突き放すように続けた。

 

「コーリャ。最前線では無能な味方ほど厄介なものはないの。そこはちゃんと理解しなさい」

「……はい、頭目」

 

 辛辣な言葉でも、その声色は優しい。

 コーリャは悔しそうにうつむくと、「失礼しました」と退出しようとした。

 

「失礼します、大尉殿、軍曹殿」

「わっ」

 

 ふと、部下の一人が開けられたドアの向こうから現れた。

 コーリャを押しのけるようにしてオフィスへ入ると、空気を読んで黙っていたボリスへ何事かを伝えた。

 

「……わかった。大尉殿、ラグーン商会が面会を求めています」

 

 取り次いだ内容をバラライカへ伝えるボリス。

 ラグーン商会の水夫見習い──ロックがレヴィを伴い、バラライカへ面会を求めている事を伝えた。

 

「相変わらず厄介事に顔を突っ込みたがる悪癖は抜けていないようね……」

 

 慈母が如き表情を一転させ、焼傷顔を不快そうに歪めたバラライカ。

 日本人特有の謙虚な礼節を隠れ蓑にしたロックの振る舞いは、常ならばバラライカにある種の寛容と愉悦をもたらしただろう。

 だが、今回の件ではそれは通用しない。

 

「コーリャ。戦場では後方支援部隊も重要よ。戦闘部隊に余計な手間をかけさせないという仕事もあるわ」

「え?」

 

 唐突にコーリャを呼び止めたバラライカ。

 声色は優しいが、表情はまったく笑っていなかった。

 

「ロックと面識はあったかしら?」

「え、えっと、ミスター・ロックとは少し挨拶した程度で」

「じゃあ丁度良いわ。良い機会だから顔を売っておきなさいな」

 

 それから、バラライカはコーリャに伝言を頼む。

 優しく諭したコーリャとは違い、超塩対応でロックの来訪に応じていた。

 

「今回ばかりは貴様の“趣味”に付き合うつもりは毛頭ない。鷲峰組の娘御、ラブレスの女中、そしてついこの間の米帝の虫共の件……今度こそ道化では飽き足らず、舞台監督(リングマスター)を気取りたいとでも思ったのなら、それは唾棄すべき発想だ。貴様好みの表現で言うと、今回の“演目”で貴様は配役(キャスティング)すらされていない。理解ったらさっさとラグーンの事務所へ帰れ……こう伝えてね、コーリャ」

 

 言っている内にバラライカの怒気が熱くなったのか。

 彼女の体温と反比例するかのように、オフィス内はロシアの氷風(ブリザード)が吹き荒ぶ。

 本気でイラついている時のバラライカが発する威に、コーリャは無論、ボリスもまた冷えた汗を背中に滲ませていた。

 

「わ、わかりました!」

 

 コーリャ少年は直立不動でそう言った後、逃げるように玄関先へ走っていった。

 

「……」

 

 コーリャを見送るボリスは思う。

 この敬愛する上官は、見込みのある者ほど辛く厳しく扱き、見込みのない者は真綿で包むように優しく使()()()()()のだ。

 しかし、この場合は少しだけ違うのかもしれないとも思い直す。

 あえて見込みのある者へ付けて、望外な才能を開花させようとしているのかも。

 優秀な懐刀でも、焼傷顔の真意をどちらとも判断できずにいた。

 

 

 

 

「だから言ったじゃねェかこのタコ助。無駄に姐御の機嫌を損ねやがって、ピラニアの生け簀に金玉漬けるイカれた趣味でもあんのか。オマケにこんな青びょうたんにタクシー代わりに使われているしよ」

 

 連続で門前払いをされては、ロアナプラの探偵としては立つ瀬がない。

 これじゃあガルシア君達の時みたいに居留守を使われた方がまだマシだな。

 ロックはそう嘆息し、超不機嫌モードで助手席に座る相棒の容赦の無い罵倒を聞きながら車のハンドルを握っていた。

 

「えっと、申し訳ありません、ミス・レヴェッカ、ミスター・ロック」

 

 そう肩を窄ませて後部座席に座るのは、怒りのアフガンツィの伝言をロック達へ伝えたコーリャ。

 ロックは得意のアルカイック・スマイルで応えた。

 

「いいよ、事務所へ帰るついでだし……えっと、セルゲヴィッチ君でいいかな?」

「ニコライでいいですよ、ミスター・ロック。ありがとうございます」

 

 コーリャは恐縮しつつも、人懐っこい笑顔をロックへ向けた。

 彼がロック達の車に同乗している理由は至極単純で、街の中心部にある銀行に用事がある為である。

 恐縮した様子を見せてはいるコーリャだが、トゥクトゥク代を節約するべくこうしてタクシー代わりにロック達を使い、且つロック達が断り辛い状況なのを見越していたので、やはりホテル・モスクワで会計士を務めるだけあって中々に肝が太かった。

 

「オイそろばん小僧。その呼び方は金輪際するんじゃねェぞ」

「も、申し訳ありません、レヴィさん」

 

 もっとも、不機嫌なレヴィを前に太々しく居続けられる者は、この街では極々限られてはいるが。

 座席のリクライニング越しに思い切りメンチを切られたコーリャは増々肩身を狭くせしめる。

 

「しっかし、何でお前みたいなのが姐御のとこにいるのかね」

 

 そのようなコーリャの様子は、レヴィの嗜虐心を大いにくすぐっていた。

 獲物を見つけた虎の如く、彼女は口角を引き攣らせながら続ける。

 

「もしかしてお前、会計士じゃなくて姐御の情夫(ツバメ)やってんじゃねェだろうな?」

「そ、そんなんじゃありません!」

 

 強く否定するコーリャの頬は赤く染まっており、口ごもりながら「もしそうなら嬉しいですけど」という言葉はレヴィ達には聞こえていなかった。

 戦時下に於いて、精神の安定を求めるからか、前線の兵士は得てして下世話な話題を好む。しかし、後方にて銃弾に晒されていない者は、余程の調子者でなければその限りではない。

「ケッ、つまらねえ」と早々にコーリャへ興味を無くしたレヴィに代わり、ロックが口を開いた。

 

「……ニコライ君、君は今回の件をどの程度まで知っているんだい?」

「頭目の命を狙っている殺し屋がいるんですよね? 皆さんピリピリしてますけど、正直いつも通りというか……」

 

 この時点で当事者の組織に身を置く者としては些か甘い認識かもしれないが、だからこそコーリャは傍から見れば無謀な申し出をバラライカへしていたのだろう。

 情報共有がロクにされていないのは、ある意味蚊帳の外に置かれているだけなのだが、実際はバラライカの()()が作用しているのが本当の所だろう。

 結局、バラライカから見れば、コーリャはまだ子供なのだ。

 

「姐御の様子見てそんなことしか宣えねえならとんだお花畑脳だなおめェは。姐御はな、ジョン・メイトリックスばりのワンマンアーミーと第三次大戦をおっ始めようとしてんだよ」

「えっ?」

 

 やや呆れた様子でそう言ったレヴィに目を丸くさせるコーリャ。

 補足するようにロックが続けた。

 

「バラライカさん達が相手にしようとしているのは、ゴルゴ13という超A級のスナイパーだ」

 

 ゴルゴ13の情報をコーリャへ伝えるロック。

 聞いている内に事の大きさが伝わったのか、コーリャの赤らんだ顔は蒼白となっていった。

 

「ゴルゴ13……そ、そんな大物に頭目が狙われているんですか?」

「まだそうとは決まっていない。もしかしたら他の人間が標的かもしれない。俺はそれを調べているんだけど……」

 

 ちらりとレヴィへ視線を向けると、彼女は仏頂面で煙草を吹かしていた。

 

「ゴルゴ13の標的が誰なんて、もうこの時点じゃ探っても意味ねェよ。仮に標的(マト)が姐御じゃなくても、今更『間違いでしたからみんなで仲良くビッグゲストをお迎えしましょう』なんて、温まった姐御の前で抜かしてみろ。死ぬほど疲れて永眠するハメになっちまう」

 

 レヴィは客観的に現状を分析していた。

 彼女は刹那的なロアナプラ住民にしてはひどく勘所に冴えており、煽るような口調ではあれ事実を端的に述べる事が出来た。もっとも、頭に血が上っている状態ではその限りではないが。

 

「……それでも、調べる意味はある。この街がこの街で居続ける為にも」

 

 ロックの言葉に、レヴィは苛ついたまま煙草を窓から放り捨てていた。

 

 

 

「……あの、ここで降ろしてください」

「えっ、でも、まだ銀行までは距離があるけど」

「いえ、いいんです。少し一人で考えたくて」

 

 唐突な途中下車の申し出に訝しむも、多感な年頃には少々キツい話だったかもしれないと思い直したロック。

 敬愛するバラライカが致死率100%の病を宣告されたに等しい現実に、コーリャは何を想うのか。

 ロックは応じるまま車を止め、コーリャへ言った。

 

「ニコライ君、あまり思いつめない方が良い。仮にバラライカさん達がゴルゴ13と戦っても、どちらが勝つかはまだ分からない。それに、君は俺と同じタイプの人間だ。荒事には向かない」

「……ご忠告、ありがとうございます。ミスター・ロック」

 

 未来のある若者が無駄に命を散らす必要は無い。

 言外にそう伝えたロックに、コーリャは儚い表情でそう応えていた。

 

「へっ、そろばんしか弾けねえのに姐御の鉄砲玉にでもなろうってのかねェ、アイツは。そんなに姐御のアソコを舐めたいのかね」

「よせよレヴィ。バラライカさんに特別な感情を持っていなくても、勤め先が明日には無くなるかもしれないって思うとナーバスにはなるよ」

 

 ようやく無意味な行脚から解放されたからか。機嫌よくそう嘲ったレヴィを窘めるロック。

 元サラリーマンのロックとしては、現在のコーリャの心境は察して余りあるものだ。

 もっとも、ロックの場合は勤め先から無慈悲に見殺しにされた上で、この悪徳の街で悪党としての才覚を萌芽させつつあったので、本質的にはロックとコーリャは似て非なるものであった。

 

「そういやこのあたり、四つ目があのアラバマ野郎にカチ込まれたネットカフェがあったな……クソ、あのクソったれの田舎もんのド音痴腐れソングを思い出しちまった」

 

 上機嫌になったかと思えば、また不機嫌になる女ガンマン。

 そりゃエダに“万年生理不順”と弄られるわけだと、ロックは口にしたが最後、顔の形が変形せしめるまで殴打されるような事を、なんだかんだで付き合いの良い相棒に対し思っていた。

 

「舞台、か」

 

 そして、ロックは想う。

 バラライカに突きつけられた、自身は配役されていないという言葉。

 事実だろう。

 ダッチもベニーも、黄金夜会の布告を目にした途端、早々にこの件に関わる事を止めた。もちろん、ロックにも同様に手を引けとも。

 浅瀬に留めておくべきなのは理解っている。深入りすれば、ゴルゴ13に“有罪”と断じられた者達と同じ末路に遭う事も理解していた。

 

 だが、それでも。

 ロックは()()()()()の為にも、この件にはギリギリまで関わるつもりでいた。

 

「役者が揃っていても、観客がいないと舞台は回らない」

 

 ゴルゴ13の脅威。

 それに対峙するマフィア達の暴力。

 両者の激突──分水嶺まで、もう僅かな時間しか残されていなかった。

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