MILLENNIUM   作:のすとら

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序章 マルスへと向かう世界
2008/03/03 ノストラダムスの大予言


 

「――1999年7の月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために」

 

 呟いたのは白衣と眼鏡の研究者然とした男。

 年は40前後だろうか。ボサボサの髪と無精髭のせいで正確な年齢は分からない。

 ただし。伸ばされた髪の色は黒く、肌は黄色人種特有の色をしていた。

 

「先生、急にどうされたのですか? 確か、ノストラダムスの予言……でしたよね?」

「レクシー。君はこれをどう思う」

 

 そんな男を“先生”と呼んだのは”レクシー”と呼ばれた年若い少女。

 年の頃は10代前半くらい。

 彼女のポニーテールも男と同じ黒髪だが、肌は白色人種のそれであり、瞳は美しい青色をしている。

 

「どう、と問われましても。人類が滅ぶだの恐怖の大王だの荒唐無稽も甚だしいですよ。第一、未来予知などありえません。そんなものは全て大昔の詐欺師の戯言。人間が悪意をもって考え出した下らない妄想です。科学の徒が信ずるものではありません」

「あはは、それなら僕は科学者失格だね」

「……まさか、先生は信じていらっしゃるのですか?」

 

 それまで人形染みて表情を動かさなかった少女が、男の答えに驚愕を露わにする。

 しかし、それも当然だろう。

 ノストラダムスの予言は完全なる出鱈目であったことなど、子供でも知っている常識なのだから。

 

「信じているという言葉は適切ではないかもしれない。僕は知っているんだ、かの予言が事実であるとね」

 

 しかし。男は不気味なほどの確信を持って肯定する。

 

「おや。どうしたんだい? 何か言いたそうだね?」

「いえ、その……」

「何も気にせず言って良いんだよ。僕たちは“家族”なのだから」

 

 男が頭を撫でながら優しく促すと、少女は「先生を疑う訳ではありませんが」と前置きして言葉を紡ぎ始めた。

 

「今は西()()2()0()0()8()()です。ノストラダムスが予言した滅亡の年は1999年ですよね?」

「その通りだね」

「ならば、予言は外れたという事ではないのですか?」

 

 少女の疑問は当然のものだ。

 予言された年を過ぎても人類は滅亡していない。

 しかし、その動かざる事実を示されても尚、男は一切の動揺を見せなかった。

 

「君の指摘はもっともだ。でもね、そもそもの話、ノストラダムスの予言には1999年に人類が滅亡するなんて書かれてはいないんだ」

「そう、なのですか?」

「丁度いい機会だから、今日の授業はこの内容にしよう。いつかは絶対に話さなければならなかったのだしね」

「それは一体……?」

「僕が君たち孤児を引き取り育てている理由に関わるってことさ。君だって、僕が善意だけでそんな事をしたとは思っていなかっただろう?」

 

 つい先程“家族”などと口にしておきながら、男はそんなことを宣った。

 少女にしてみれば裏切られたように感じることは明白で――

 

「勿論です、先生」

 

 ――しかし、少女は眉1つ動かさずに即答した。

 

「そうと知っても君たちは僕の“お願い”を聞いてくれるよね?」

「はい」

 

 男は否定されない確信と共に言葉を紡ぎ。

 少女は当然のように肯定した。

 

「たとえ、それがどんな内容でも?」

「当然です。先生の“お願い”ならば如何なる内容でも実行します」

 

 少女にとって男は“先生”であり“親”であり“神”だった。

 男にとって少女は“生徒”であり“子”であり“駒”だった。

 

「それなら良いんだ。みんなを呼んできて欲しい。今日の授業を始めよう」

 

 

◇◇◇

 

 

「そもそもノストラダムスの予言とは何か。これは、フランスのミシェル・ド・ノートルダムが1555年に著した『予言集』に記されていた一つの詩に端を発する。ノストラダムスとは彼のペンネームだった」

 

 白衣の男は所々表面が剥げ落ちた黒板を背に、集まった子供たちに“授業”を開始した。

 

「ミシェル・ド・ノートルダムはとても優秀で偉大な医者だ。とりわけ有名なのはペスト対策。原因たるネズミの駆除と、居住空間を清潔に保つこと。彼は実に科学的な対策で抑え込もうとしていたと伝えられている。……そんな人物が、ただの妄想を書き連ねるわけがないと、もっと早くに気付くべきだったのだがな」

 

 子供の数は6名。男子と女子が半々の3名ずつ。

 髪の色や瞳の色はバラバラだったが、ただ1つ真剣に男の話を聞いているという点では共通していた。

 

「……おっと。すまない、話が逸れた。それでは、アダム。一般的に“ノストラダムスの大予言”と称される『百詩篇』の第10巻72番を読んでみてくれ」

 

 男の言葉に従い、“アダム”と呼ばれた白髪紅眼の少年が「はい」と応じながら立ち上がる。

 そして、何1つ見ることもなくスラスラと諳んじ始めた。

 

L'an mil neuf cens nonante neuf1 sept mois(      1999年7の月      )

 Du ciel viendra vn grand Roy deffraieur(  空から恐怖の大王が来るだろう  )

 Resusciter le grand Roy d'Angolmois.(  アンゴルモアの大王を蘇らせ  )

 Auant apres Mars regner par bon heur.( マルスの前後に首尾よく支配するために )

「エクセレント。素晴らしい。流石はアダムだ。……さて、次はイブ」

「は、はい!」

 

 アダムが着席し、次に“イブ”と呼ばれた少女が立ち上がる。

 艶やかなブロンドの髪と、何よりも瞳の色が目を引く少女だった。

 青を基調に黄色や朱色の混じった虹彩。それは、海と陸を描いているように見えることからアースアイと呼ばれる瞳だった。

 

「今の文章の中に“人類が滅亡する”という記述はあったかな?」

「え、えっと……な、無かった、です……」

「その通り、大正解だ」

 

 少女がオドオドと自信なさげに答えれば、男は優しく褒め讃えた。

 それだけで少女は花の咲いたような笑顔を浮かべる。

 

「1973年の事だ。とある日本人が予言に自己の解釈を加えて本を出した。1999年に人類が滅亡するという間違った内容を記述して、だ」

 

 男は一冊の本を片手に掲げながら、話を続けていく。

 

「そして。この突拍子もない話が、僕の故郷の日本では大真面目に信じられた。……おや、ヴィクトリア。何か質問かい?」

「質問失礼致します、先生。なぜ人々はそのような話を信じたのでしょう?」

 

 挙手をして疑問を呈する少女。

 “ヴィクトリア”と呼ばれた少女は燃えるような赤い髪と、鮮やかな金の瞳を有している。

 

「良い質問だね。要因は様々あるけれど、やはり当時の人々の多くが不安を……ノストラダムス風に言うならば“恐怖”を抱えていた事が大きいだろう」

 

 男は少女の質問に一切気分を害することなく、優しく答えていく。

 

「時は核戦争も視野に入る米ソ冷戦の真っただ中。今後世界はどうなっていくのだろう……そんな漠然とした不安が常に存在した」

 

 生徒の質問に淀みなく答える姿は正しく“先生”。

 白衣の男が多種多様な知識を有している事は明らかだった。

 

「公害問題も深刻化していたし、オイルショックを切っ掛けに高度経済成長も終焉を告げた。挙げれば切りがない程に不安の種が存在していたんだ」

 

 男は遠い目をしながら語る。

 あるいは、昔日を思い出しているのかもしれなかった。

 

「そこに加えて2000年問題。1999年から2000年に切り替わるタイミングでコンピュータが誤作動を起こすかもしれないと騒がれ始めた……いわゆるミレニアム・バグだね。これは現実味があって想像しやすい危機だった。要するに、具体的な形の無かった“滅亡”に現実感が伴ってしまったのだ。……だからこそ、多くの人々が予言を本気で信じて右往左往したのだろうね」

「先生、質問よろしいでしょうか」

 

 すると、男とよく似た眼鏡をかけた栗毛の少年が言葉を発する。

 

「質問を許可しよう。何かな、カイ」

「感謝します、先生。当時の先生は予言に対してどのような行動をしていらしたのですか?」

 

 “カイ”の質問に対し、男は軽く笑みを浮かべる。

 

「私かい? 私は行動という行動はしていなかったね。冷ややかな目で慌てる人々を眺めていただけだったよ」

 

 けれど。その笑みは楽し気なソレではなく、ただ過去の己の過ちを自虐するような笑い方だった。

 

「当時の私は、予言を一切信じていなかった。信じる人間は大馬鹿者だと思っていたし、1999年が何事も無く過ぎた時は「ほれ見た事か」と内心で笑っていた。正に僕の隣で予言が成就しようとしているとも知らず、呑気にね」

 

 男はゆっくりと部屋の窓際へ歩を進める。

 彼はボロボロのカーテンを開けると、今まさに雨を降らせている黒い雲を見上げながら力なく呟く。

 

「2000年に僕の子供が生まれたんだ。……そこからだったよ。常識、平穏、人並みの幸福。持ちうる全てが音を立てて崩れていったのは」

 

 雷が落ちる。強烈な光と、少し遅れて轟音。

 部屋の電気がチカチカと瞬いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは超能力や魔法……そんな言葉でしか言い表せない、既存の科学・常識で説明の出来ない力だった」

 

 そこで男は一度言葉を区切る。

 そして。

 

「瞬間、僕は理解した。ノストラダムスの予言の真実を」

 

 静かに、されど力強く。

 その言葉を口にした。

 

()()()()()()()()()()()()()()。この記述がそもそも妙だった」

 

 男は語る。

 

「宇宙から飛来するのか? 空中に突如として顕現するのか? 違う。そうじゃなかった」

 

 男は語る。

 

「古今東西、様々な文化圏に“()()()()()()()()()()()”という考え方が存在する」

 

 先程までのように生徒たちへと話を振る事もなく。

 

「天……即ち、空だ。ノストラダムスの予言は、1999年に恐怖の大王が母体に宿るという事を意味していたんだよ」

 

 己の激情を押し殺すように。

 ただ淡々と淡々と。

 

「1999年に受精した受精卵は約10か月の時を経て産声を上げる。何とも出来過ぎた話だが、その年は2000年。記念すべきミレニアムイヤーなのさ。……実に皮肉に満ちているよ」

 

 男の拳は内心を映し出すように力強く握りしめられていて。

 伸びた爪が手の平に食い込み、僅かに出血さえしている。

 

「そもそもの話。かの予言は1999年に恐怖の大王。次に大王がアンゴルモアとやらを蘇らせる。その次に支配を行う。そういう3段階で記述されている」

 

 だが。男は痛みなど感じていないかのように、ただただ言葉を紡いでいく。

 ポタリ、と。血が一滴、床の上へ垂れた。

 

「1999年に受精した存在が2000年に産まれ、成長した後に支配を行う。そういう話だったんだよ、あれは」

 

 そこまで言って。

 男は遂に。

 それまで抑え込んでいた感情の関が決壊したように。

 壁を殴りつけ、声を荒げた。

 

「知っていたら子供などつくらなかった! 知っていたら堕胎させていた! ノストラダムスめ! 随分と迂遠な言い回しをしてくれる! お前はどっちの味方だったんだ!」

 

 ピシャリ、と。

 再びの落雷が部屋を強烈に照らす。

 暫し部屋を静寂が支配する。

 男の荒い吐息だけが聞こえる時間が続いた。

 

「……すまない。取り乱してしまった。えっと、何か質問はあるかな」

「ならよォ、センセイ。センセイの子供が“恐怖の大王”サマだったってオチかァ?」

 

 ほとんどの子供たちは男の様子に驚いていたようだったが、唯一人、紫のメッシュが特徴的な少年だけは異なっていた。

 彼は両手を頭の後ろで組んだりしながら、アメジストのような瞳は真っ直ぐに向けて。

 何も気にせず質問を投げかけた。

 

「アレックス。君にはいつも助けられるね。君は本当に気配りが上手だ」

「う、うるせェ、さっさと答えやがれ!」

 

 照れ隠し、なのだろう。

 “アレックス”と呼ばれた少年は、バンと机を叩きながら声を荒げた。

 

「……ただ、すまない。僕には分からないんだ。分からないんだよ、アレックス」

「あァ?」

 

 

◇◇◇

 

 

「支配とは、本来1人によって行われるものでは無いんだ」

 

 男は再び黒板の前へと戻り、最初の落ち着いた声音で話し始めた。

 

「創作物の世界なら、強大な神様やら魔王様が世界全てを支配するという事は珍しくないのかもしれない。しかし、現実は……これまでの人類の歴史はそうでは無かった」

「すみません、先生」

「どうしたのかな、レクシー?」

「アドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリン。何人かの個人が独裁者として名を残していますよね?」

 

 黒髪の少女の問いかけに対し、男は「その通りだね」と前置いた上で続けた。

 

「確かに、彼らがトップにいたのは事実だ。けれどね、如何なる独裁者も1人で支配などしていないんだよ」

 

 男は黒板に三角形を描き、底辺に垂直な線を何本か引いて区切っていく。

 男が描いたのは、ピラミッド図などと呼ばれる図形だった。

 

「人間社会においては、支配層と被支配層の関係性によって支配が成立する」

 

 男はピラミッドの頂上を指し示しながら続けていく。

 

「そう、支配層。層なのだ。故に1人ではない。如何なる独裁者も1人では支配など出来ないのだ」

 

 ピラミッドの上部3割程度を赤のチョークで色付ける。

 

「支配を支える軍がある。軍の中にも当然上下関係が存在する。商売流通その他諸々全てにおいて上下関係が存在し、それらが1つの支配体制を形成するのだ」

 

 次に、残りの下部7割を青く色付けながら言葉を紡いでいく。

 

「イメージしやすいのは植民地支配だろうか。あれは被支配層たる原住民と、支配層たる侵略者。2グループの関係性が1つの支配体制を形成している。ノストラダムスの予言に記された“支配”もまた、恐怖の大王1人によるものではない。恐怖の大王を中心とした勢力による支配。即ち――」

 

 完成した2色に色分けされたピラミッド図を指し示しながら。

 彼は遂に、予言の真実を口にする。

 

「私たち旧人類が、新人類たちに支配されることを表している」

 

 

◇◇◇

 

 

「要するに、だ。西暦2000年に産まれた全ての子供が、摩訶不思議な超常の力を操る新人類なのさ。……ちなみに、私はコレを『ミレニアム』と呼称している」

 

 男は黒板に「MILLENNIUM」と文字を書き連ねる。

 

「私の子供は新人類ミレニアムだった。しかし、アレが将来的に指導者となる“恐怖の大王”なのかは分からない。そういう意味だったのさ、さっきの質問への答えは。分かってくれたかい、アレックス?」

「あ、あぁ……何となくは」

 

 少年の答えに満足げに頷いた男は、どこか自らに言い聞かせるように続けた。

 

「実はね。この事は、なにも特別な事では無いんだ。僕たちホモサピエンスの祖先もネアンデルタール人を始め、多くの人類を押しのけて地球の支配者になった。それが今度は淘汰される側に回るというだけの事だからね」

 

 部屋の隅にあった地球儀。そこまで移動した男は、回しながら続きを述べていく。

 

「自分の子供の異常な力を目にした時、僕は確信したよ。時代が変わるのだと。私たち旧人類の文明は終わるのだとね」

 

 ふと。

 ピタリと地球儀を男は止めた。

 そして。

 

「だけど。それを僕は認めない。受け入れない。たとえ最後には予言通りになるのだとしても、完全に敗北する瞬間まで僕たちは全力で抗わねばならない」

 

 閃光。轟音。

 先程よりもずっと近くに雷が落ちたようだった。

 

「今、人類は進化の時に直面している。私たち旧人類と、我が子たち新人類。どちらが地球の未来を描くに相応しいか。それを決める進化の時だ」

「ようやく分かりました。先生が何故、私たちを引き取り育ててくれたのか」

 

 黒髪の少女レクシーの言葉に、男は大きく頷く。

 そして、6名の少年少女に告げた。

 

「君たちには僕たち旧人類の守護者として戦ってもらう。そのために僕は君たちを引き取って育てた。何か異論はあるかい?」

 

 尋ねながら、男は少年少女1人1人の顔を見渡していく。

 

「アレックス」

「あるわけねェだろォ」

「レクシー」

「先に申し上げた通りに」

 

 アレックス、レクシー。由来は“人類の守護者/擁護者”。

 

「カイ」

「僕の全ては先生の為に」

「ヴィクトリア」

「異論などあるわけございませんわ」

 

 カイ、ヴィクトリア。由来は“勝利”。

 

「アダム」

「先生が居なければ死んでいた命だしね」

「イブ」

「わ、私も……い、異論ありません!」

 

 アダム、イブ。由来は人類の始まりの2人。

 

「――さぁ、戦争(マルス)を始めよう。地球の支配権を賭けて」

 

 

 

 

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