聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
アウラグラ中央都市。
霧に侵されたこの世界で残存する数少ない都市の一つであり、元々は国家アウラグラの首都でもあった。その歴史は古く、かつてこの地に栄えていた文明が滅びた後もこの地だけは残っていた。
人類滅亡も差し迫っていると感じさせない穏やかな街並み。
地上に残された唯一の楽園、人々はそう呼び讃えている。
そんな街の警備隊の隊長であるエルヴィン・アウグストは、住民からの通報を受けてとある街道に足を運んでいた。
いつもは賑やかな通りだが今はまるでゴーストタウンのような静けさだ。
「進度1か」
目の前の抑え込まれている少女をガスマスク越しに見つめながら呟く。
年齢は十代半ばといったところか、華奢な体に似つかわない異常な怪力。
少女は必死にもがいており、訓練された軍人が二人係で抑え込むのがやっとというところだ。
「大人しくしろ『亜人』!」
「っ……!離して!」
人類が霧に浸食された姿である『亜人』。
霧に適応するように体が変化しており、身体能力が大きく向上している。
問題となるところは症状が進行していくにつれて理性を失い、最終的には化け物になる危険性があることだ。中央都市における唯一と言ってもいい脅威であり、発見次第すぐに拘束することが義務付けられている。
「もう一人の方はどうなってる」
「はっ、対象は大通りを北上中。現在追跡部隊が追走しております」
部下の一人から報告を受けつつ目の前の少女を観察する。
少女の目には敵意が宿っており、相変わらず反抗的な態度を取っていた。
「こいつはどうしますか?」
「いつものように検査室に送っておけ」
「はっ」
部下達は慣れた手つきで少女を拘束し連行していく。
少女は最後まで抵抗していたが、無駄だと悟ると次第におとなしくなっていった。
連れていかれる少女の背中が見えなくなったところでため息をつく。ここ最近こういった騒ぎが頻繁に起きているせいで気が滅入る。
中央都市の外では未だに化け物共との戦いが続いている。
そんな中でも人間同士で争わなければならないとはなんとも皮肉なことだろうか。
「目標作戦地点まで残り500m、まもなく接触します」
通信手の報告を聞きながらエルヴィンは指示を出す。
「足を止めろ、麻酔弾の準備は出来ているか?」
「準備完了しています」
狙撃銃を持った部下が返事をする。
姿を隠しながら対象が現れるのをじっと待つ。すると遠くから悲鳴が上がった。続いて怒号や何かが破壊される音が聞こえてくる。
「目標視認」
狙撃手が静かに告げる。
視線を向けるとそこには異形の姿となった男が暴れまわっていた。
全身からは血管のような赤い線が浮き出て脈打っている。
目は血走り、口から見える牙がさらに恐怖心を煽ってくる。
男は近くの建物を破壊するとこちらの存在に気付いたのか、視線をこちらに向ける。
「撃て」
彼の号令と共に銃弾が放たれる。
銃声とともに放たれた銃弾は真っ直ぐ目標へと向かい命中する。
通常の亜人であればこれで丸々一日は意識を失うものだ。
だが男は一瞬倒れこむもすぐに再び立ち上がった。
「……もう手遅れか」
こちらを明確な脅威と認識したのか男の体が変化しだす。
腕は肥大化し皮膚を突き破って鋭い爪が姿を現し、顔も面影がなく口元が裂けていき耳が尖っていく。そして何より目を引くのはその背にある黒い翼だろう。
先ほどまではかろうじて人間の形を保っていたが、今はもう見る影がない。
男は化け物になっていた。
「進度4悪魔型、目標を捕獲から討伐に切り替える。総員戦闘態勢に入れ!」
その言葉と同時に兵士たちは武器を構えなおし、そして全員が一斉に射撃を開始する。
十名以上による集中射撃、秒間百発以上の弾丸が標的を襲う。
着弾するたびに相手は大きく怯みうめき声を上げ動きを止める。
体を守るかのように体を包み込んでいる黒い翼は次第にボロボロになっていき攻撃が効いていることを実感させる。
「熱源反応!」
部下の一人が大きく叫ぶ。
男が黒い翼を開くと大きく開いた口に熱が集まり光を放ち始めているのが見える。
「熱光線を使うぞ!防御部隊前へ!」
それを見た瞬間にエルヴィンは叫ぶように指示を出し、防衛部隊が盾を持って前進する。
そして次の瞬間には凄まじい衝撃が彼らを襲った。
「ぐっ……」
激しい熱波が襲うがなんとか耐える。
視界の端で防衛隊の何人かの部下が熱波に飲み込まれているのが見えた。
「被害状況知らせ!」
「死者二名、重軽傷者多数!攻撃部隊に被害はありません!」
「チッ、引き続き攻撃を続行しろ!」
先ほどの攻撃で力を使い果たしたのか、そこから目立った反撃もなく、それから数分後、ようやく相手の体力が尽きたのか地面に倒れたまま動かなくなっていた。
警戒しながら近づくが動く気配はない。
しかしこのまま放っておけば再生し、再度暴れだすことは間違いない。
「こんな場所が楽園だなんて笑えるよな」
目の前に倒れ伏す男に語りかけながら、腰から大型のリボルバーを引き抜き頭部に狙いをつける。
「安心しな、きっと死後の世界は平和で穏やかに違いないさ」
引き金を引き、銃声が鳴り響く。
あれだけの銃弾を浴び続けたにもかかわらず原型をとどめていた肉体が一拍遅れて風船のようにはじけ飛ぶ。
「後始末に入れ」
「はっ」
マスクについた肉片をぬぐいながら部下に命令する。
その姿に付近の住民からは、次々と安堵の声が上がるがエルヴィンの顔色は優れない。
「今月だけでもう6回目、そろそろ限界だな」
「隊長、これは……」
「分かってるよ」
心配そうな部下の言葉を遮る。
亜人化の進行を抑制する薬は中央都市の住民に平等に配布されている。表向きには。
しかしここまで亜人が増えているということは、薬を受け取れない市民が増えてきたということだろう。
犯人について心当たりはある。
「救世主気取りの爺どもが」
食料などの必需品を生成する能力を持つ亜人、それをまとめて抱え込んだ組織『メシア』。
人類滅亡寸前、まともな食料自給など出来ないこの世界では掛け替えのない存在だ。
そんなわけでこの中央都市の権力はメシアの上層部に集中している状態になっている。
亜人を抱え込んでいることで薬が必要、という大義名分で必要量以上の薬をため込んでいるのは誰もが知るところではある。
「はぁ、やってらんねえよ」
死体やガレキの後処理を行っている部下たちを見ながら、戦闘用に被っていたガスマスクを外し煙草を取り出す。
そのまま煙草を口に咥え火をつけると、横から咥えていた煙草を取られる。
「駄目ですよ、隊長さん」
そちらに目を向けると、白衣を身にまとった白髪の女性がこちらを気だるげに見ていた。
白衣には検査室のマークと名札がついており、腰まで伸びた髪は無造作に縛られている。
不健康な生活を送っているのか肌は青白い。
ヘレン・アーミティッジ、それが彼女の名前だ。見た目は二十代後半といったところだろうか。
亜人でありながらその類まれなる頭脳で検査室の室長まで上り詰めた傑物である。
彼女は取り上げた煙草を一口吸うと、顔をしかめ吐き捨てた。
「いつも言ってますが吸いすぎです」
「こんな世界で健康に気を使って何になるんだよ」
新しく取り出した一本をくわえながらライターで火を付ける。
煙を肺いっぱいに入れると、独特の苦みが脳を刺激してくる。
その感覚を味わいながらゆっくりと吐き出すと、こちらを呆れた顔で見つめる彼女と目が合う。
「それで?」
「……はぁ、先ほど送られてきた少女の能力についての報告です」
亜人を検査室に送ったことは数えきれないほどある。
しかしわざわざ直接説明に来ることは、これまで一度もなかったため訝し気に眉をひそめる。
するとため息交じりに彼女は一枚の紙を差し出してきた。
渡された資料をざっと流し読みする。
「ミスティ・ホーキンズ十五歳、能力は物質の生成。普通ならメシア行きですね」
「おいおい、本当に見つかったのか」
思わず声が震えてしまう。
それはエルヴィンが長年探し続けていた能力だった。
これでこのくだらない争いに終止符を打てるかもしれない。そんな期待を胸に抱きながら詳細を読み進める。
「一対一で直接話がしてみたい」
「彼女同じ亜人の私ですら警戒してましたよ。無謀だと思いますけど」
「それでもだ」
そう言うと彼女は再び大きな溜息をつく。
そして諦めたように首を振った。おそらく許可が出たという事だろう。
彼女は確認を取ると言って部屋を出て行った。
数分後戻ってきた彼女に案内され、その人物がいる検査室へと向かう。
「この部屋です。監視システムは一時停止させてます」
「ああ、助かる。俺が死んだら――」
「責任問題になるのでやめて下さいね」
冷たく言い放ち去っていく彼女に苦笑いを浮かべる。
扉に手をかけ中に入ると、消毒液の匂いが立ち込めていた。
壁際には様々な機材が置かれ、その中央にぽつんと置かれたベッドの上に一人の少女が座っている。
長い金髪に碧眼で整った顔立ちをしているが、その表情は暗くどこか虚ろだ。
「ウィルは、死んだんですか」
名前は知らなかったが、ウィルとは十中八九あの悪魔に変貌してしまった男のことだろうと想像が付いた。
「ああ、手遅れだった。俺が殺した」
言い終わるか否かのタイミングで少女に殴り飛ばされ壁に叩きつけられる。
背中に強い衝撃が走り呼吸が一瞬止まる。
痛みに顔を歪ませながら彼女のほうを見ると、憎悪に満ちた瞳がこちらを見据えていた。
そしてそのまま彼女はこちらに近づいてくる。
「お前が!お前らが!」
なんとか立ち上がり身構えるが、彼女の動きは止まらずそのまま腹に拳が突き刺さる。
鈍い音と共に内臓が押しつぶされるような感覚に襲われる。
口から胃液が逆流するが、それすらも吐き出すことが出来ない。
膝をつきそうになるがなんとか耐え立ち上がる。
「そうだな、だが、話を聞け」
意識を失いそうになるのを必死でこらえ、震える声で訴えかける。
その必死の形相に気圧されたのか、それとも暴力を振るうことに慣れていない故の戸惑いか、理由は分からないが彼女は少しだけ距離を取り立ち止まった。
「君には、今、選択肢が与えられている」
一旦攻撃の意思がなくなったことに安堵し、エルヴィンは床に座り込みながら言葉を続ける。
「一つはメシアの一員となることだ。君にとっては何不自由のない本物の理想郷が待ってる」
「私は、あんな人たちの、街のみんなをほっとくような人の一員にはなりません!」
「それはよかった、クソッタレどもの一員になると言い出したらどうしようかと思ってた」
彼女は怒りと憎しみを込めた目で睨みつけていたが、その言葉に驚いたように目を見開く。
メシアに対する印象はあまり良くない、これは好都合だ。このまま話を続ければ彼女の心を動かすことが出来るかもしれない。
そう考えながら懐から煙草を取り出し火を付ける。
紫煙を肺いっぱいに吸い込むと、気分が落ち着くのを感じる。
ゆっくりと吐き出すと煙はゆらめき天井へと昇っていく。
「もう一つは『北』の最前線で補給係ってとこだが」
『北』という言葉に反応して、彼女が息を飲むのが分かる。
『北』の前線は化け物たちとの戦いの場であり、そこでは日々多くの命が失われていく。
そして、そこで戦い続ける戦士たちが亜人であることも知っているのだろう。
「そんなところに行かせる気は毛頭ない」
「え?」
予想外の答えだったのか彼女は呆けた声を出す。
エルヴィンは煙草を口にくわえたまま、彼女をまっすぐに見つめる。
彼女も目を逸らすことなくこちらを見ている。
その視線を受け止めながらゆっくりと口を開く。
「俺と一緒にメシアを潰さないか?」
しばらく沈黙が続いた。
彼女にとって予想外過ぎる提案に頭が追い付いていないのだろう。
無理もない、今まで迫害され続けた存在からの共闘の提案なのだから。
しかしすぐに我に返ったのか、彼女は険しい表情を浮かべる。
「信用、できません」
「だろうな」
当然の反応だな、と内心納得しながらまだ震えている足で無理やり立ち上がる。
それ見た彼女は突然の行動に警戒し数歩後ずさり距離を取る。
「じゃあ、また来る」
それだけ言うと彼女に背を向け部屋を後にする。
背後からは戸惑う声が聞こえたが気にせず廊下に出る。
そして扉が閉まると同時にその場に崩れ落ちた。
緊張が解けたせいなのか全身が痛むし、吐き気がひどいし視界が霞んでくるし最悪だ。
「……寝るか」
自室まで歩く気力もなく、こんな状態でまともに動けるはずもない。
しばらくの間ここで休んでいくことにした。
やることが山ほど出来た、そんなことを思いながらもエルヴィンの意識はそのまま闇に落ちていった。
数分後そんな意識を失ったエルヴィンに、ヘレンが歩み寄ってくる。
その表情はいつも通りの気だるげなものだったが、どこか瞳の奥では怪しい光が宿っていた。
彼女は倒れ伏しているエルヴィンのそばにしゃがみこみ、首筋に手を当てる。
そして何かを確認し満足げにすると、今度は耳元でささやくように語り掛ける。
「まだまだ足りていません、実力も、覚悟も、何もかもが」
どこか道具に向けたような冷たい言葉。
それとは裏腹に彼女の姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。
そして愛おしそうに頬を撫でると、そのまま唇を重ねる。
「頑張ってくださいね、私の英雄さん」
彼女の呟いた言葉は誰に聞かれることも無く消え去っていく。
残ったのは所有権を主張するかのように刻まれた首元の赤い刻印だけだった。