聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
悪魔型の亜人が街で暴れてから数日がたったとある日。
現在エルヴィンは書類に埋もれた警備室で、被害状況などの詳細をまとめる作業を行っていた。
周囲は慌ただしく物資の在庫状況の報告などが飛び交っており、皆忙しそうにしている。
そんな中でエルヴィンのやる気のない声が響いていた。
「だりぃ」
「手動かしてください」
だらけているエルヴィンの机に書類が置かれる。
差し出してきた人物に目線を向けると、そこにはこの警備隊の副隊長である男がこちらを呆れるような視線で見つめていた。
リチャード・ラニアン。エルヴィンに続く古株ということで長年の付き合いでもある。
髪を後ろに撫で付けており、眼鏡をかけた如何にもな真面目そうな男といった風貌で、いつも眉間にシワを寄せて難しげな顔をしている。
「今時手書きってお前さあ」
「もう全部ぶっ壊れたのでしょうがないですね。部品の申請はしてますが修理にはまだ時間は掛かるでしょうし」
リチャードが席に戻り作業を続ける様子を横目に、差し出された書類にサインをする。
そしてまた溜息をつくと、再びペンを置き大きく伸びをする。
「誰か酒ー」
「はっ、只今!」
椅子に深くもたれかかりながら酒を要求すれば、近くにいた別の部下の一人が即座に反応して椅子を立ち上がる。
勢いよく立ち上がった影響で肩まで伸びた灰色の髪がふわりと揺れる。
彼女の名はニオ・アメティス。警備隊所属の唯一の亜人であり、狙撃部隊に所属をしている女性である。
見た目は二十代前半くらいだろうか。
その年齢にしては少々小柄ではあるが、しっかりと引き締まった体つきをしており、健康的な肌色をした活発そうな印象を受ける美人と言えるだろう。
仕事に対して実直、真面目に取り組んでいる姿からエルヴィンも信頼を置いている人物である。
「おいやめろバカ」
「……」
「聞いてんのか、お前のことだぞ狂信者」
リチャードがニオの肩を掴むも即座に振り払われる。
「触るなヒョロガリ」
「よし殺す」
拳を振り上げるリチャードに対しニオが迎撃体勢を取る。
そして始まる蹴る殴るの醜い争い。しかしいつもの事なので誰も止めようとしない。
止めるだけ無駄だということを知っているからだ。
そもそも二人とも本気でやり合っているわけではなく、じゃれ合いのようなものだ。
だがいつまでも放置しておくわけにもいかないため、仕方なく仲裁に入ることにする。
「ニオ、やっぱいいや」
「はいっ!」
エルヴィンが名前を呼べば先程までの態度とは打って変わって素直に従う。
その姿を見たリチャードも舌打ちをして作業に戻っていく。
そんな二人の様子を見ながら、エルヴィンは深い溜息をついた。
あの日、亜人の少女ミスティ・ホーキンズと協力関係の交渉を行ってから数日が経っている。
「そろそろまずいよなあ」
まだメシアにミスティ・ホーキンズの存在はバレてはいない、だがそれも時間の問題だ。
未だに何の進展もない状況に焦りを隠せないでいると、部屋の扉がノックされる。
その音に反応して全員が動きを止めそちらに顔を向けた。
「どうした?」
「失礼します。隊長に面会を求めている人物がいます」
入ってきた隊員の言葉を聞いて、エルヴィンは眉をしかめる。
メシアの誰かがまた文句でも言いにきたのだろうと当たりをつけ、うんざりした気持ちで口を開く。
「誰だ?」
「ミスティ・ホーキンズと名乗ってます」
「おいおいまじか!」
その名前を聞いた瞬間に椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
突然の行動に驚いたリチャード達が固まって動けずにいるのを気にせず、急いで部屋を出るとそのまま階段を駆け下りていく。
一階へと降りると受付前に佇むミスティの姿を見つける。
そしてすぐに彼女の元へ走り寄った。
「ここに来たってことはそういうことでいいんだな!」
「え、え?あ、あの、ちょっと」
「正直時間の猶予はない、とりあえず事務所で――」
興奮しながら捲し立てるように話すエルヴィンだったが途中で言葉を止める。
あからさまに困惑している、その様子からするにどうやらエルヴィンの求めていた答えとは違うようだ。
「ああ、すまん違ったか」
「こ、これ、届けてほしいって言われたので……」
「ってことはヘレンからか?」
手渡された手紙を受け取り、その場で開封して中身を確認する。
中に入っていたのは錠剤とその解析結果だった。
亜人化促進薬、服用することで名前の通り亜人化を促進させる効果が見込まれる。
現在分かっている副作用は、肉体の急激な変化による肉体及び精神への負荷。
そして効果が切れた後に起こる反動。
これは予想ではあるが恐らく死に至るであろうという事が書かれている。
「こんなもんどこで手に入れた」
「分かんないんです。でも、それ飲んで兄さんが、だから、悪いのは、それって、分かってたのに」
次第に嗚咽がまじっていく声で呟く彼女の表情からは罪悪感と後悔が滲み出ていた。
エルヴィンは何も言わず、ただ黙って彼女を見ていた。
そしてしばらくすると落ち着きを取り戻したのか、涙を拭うとこちらを見上げてくる。
「ここなら誰がこんなことしてるのか見つけられるって聞いて来ました」
彼女の真っ直ぐとした視線に射抜かれる。
その目には強い意志が込められているように見えた。
覚悟を決めた人間特有の輝き、エルヴィンはそんな彼女の様子に思わず笑ってしまう。
この状況で笑うなんて不謹慎かもしれないが、それでもこみ上げる笑いを抑えられなかった。
「よし、じゃあ俺らがそれをバラまいてるやつを見つけて殺す、その代わり」
「なんでもやります」
即答だった。
彼女は自分の命の危険があるにもかかわらず迷わずそう言ったのだ。
その言葉には嘘偽りなど微塵も感じられない。
「よく言った、じゃあまずは事務所に衣装用意してるからそれに着替えろ」
「はい、……はい?」
予想外のことを言われ呆然とするミスティ。
「ミスティ・ホーキンズ、お前は今日から聖女様だ」
そして物語は動き出す。