聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
その容姿は神々しく美しく、気高い心を持ち慈愛に満ちている。
そして穢れのない透き通るような肌を持ち、その瞳は全ての者を魅了するほどに美しい。
その存在は国の平和の象徴であり、希望。
それが聖女である。
「あ、あの、これは、どういう」
純白の衣に金の刺繍が施された豪華な服に身を包んだミスティが不安げな声で問いかける。
今、ミスティはエルヴィンに連れられて警備隊本部の一室にいた。
簡単な自己紹介などを終えた後、そこで用意された服を着せられ、髪を整えられ、化粧を施され、そして最後に香水をふりかけられた。
「リチャード、これどうだ」
「駄目です」
「……だよなあ」
おどおどとした様子はお世辞にも威厳のある態度とは言えないだろう。
顔を赤くし俯いているミスティを見て、エルヴィンとリチャードは同時に溜息をつく。
「まあ現時点では論外ですが、見た目はいいので訓練次第ですかね」
「そんなもんか、じゃあまずは演技指導か?誰に任せるか……」
警備隊室の中をぐるっと見渡すが誰も目を合わせようとしない。
演技などしたことがないような者ばかり当然の反応と言える。
だがそんな中一人だけがこちらをまっすぐに見つめ手を上げていた。
「ニオ」
「はい!」
「却下」
エルヴィンに名前を呼ばれた瞬間に目を輝かせて返事をするニオだったが、リチャードはそれを一蹴した。
「どう考えても無理です」
その言葉と同時にニオがリチャードに飛び掛かる。しかし簡単に避けられて、勢い余って壁に激突する。
建物全体が揺れたのではないかと錯覚するような音と振動。
机の書類は飛び散り、椅子は倒れ、窓が割れる。
「といってもなあ」
ニオが周囲の隊員に囲まれて説教されているのを横目に、エルヴィンはミスティに向き直る。
「本当に、亜人……いえ、そ、それよりこの恰好はなんですか!」
ミスティは自分の姿を見て頬を赤らめながら声を上げる。
ここに来るまでに着ていた簡素な衣服とは違い、今は布面積の少ない扇情的なデザインの服装をしていた。
胸元は大きく開き、下半身に至っては太腿の付け根ぎりぎりの位置まで切れ込みが入っている。
「なにって、聖女のコスプレだろ」
エルヴィンの言葉にミスティの顔が引きつる。
それを尻目に、彼は部屋の隅に置いてある姿見の鏡を持ってきて、そこに映る自分を見せる。
その姿を見たミスティは、一瞬固まった後すぐに悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。
ミスティの体が一瞬霧に包まれると服から切り込みなどがなくなり、落ち着いたデザインへと変貌していた。
「それが物質生成か」
「な、なんでもするとは確かに言いましたが、そ、それでもこんな場所で――」
「何勘違いしてんだ脳内ピンク」
「なっ!?」
耳まで真っ赤にして抗議の声を上げるミスティ。
しかしエルヴィンの一言で何も言えずに口をパクパクさせるだけになってしまう。
耳まで赤くしたミスティが小言を言い始めるが、エルヴィンは無視して話を続ける。
「メシアの爺どもが調子に乗ってるのは競合がいないからってのは分かるな?」
「……はい」
どこか腑に落ちない表情でミスティはうなずく。
「だから競合組織をこっちが作り出すわけだが、ただ作るだけじゃ意味がない。必要なのは人気だ」
「人気、ですか?」
「ああ、今の状況で真向から対抗するのは、作り出せる物量が違い過ぎて無理だ」
メシアで大量に作り出す物資に比べると、作り出せるのは雀の涙程度の量でしかないだろう。
こんなのでは対抗出来るわけがない。
ならばこちらが対抗できる規模になるまで増やしていくしかない。
「このままいけば待ってるのは緩やかな滅亡だ」
そう言ってエルヴィンは拳を強く握りしめる。
じわじわと削り取られていく警備隊員の命の炎。
それはまさに破滅へのカウントダウンと言ってもいい。
その顔には悔しさのような物が滲み出ており、ミスティはその様子に思わず息を飲む。
「あっちの組織にも現状を憂いてる亜人はそこそこいる。だからまずはそいつらを引き抜く」
「ど、どうやって」
「滅亡を待つしかないと諦めてる連中に思い知らせろ。希望はここにあると、そしてこの世界は救われると」
力強くそう言い切るエルヴィンを呆然と眺めるミスティ。
そんな彼女にエルヴィンは笑みを浮かべながら手を差し出す。
ミスティは少しの間迷った後、意を決したようにその手を掴んで立ち上がる。
「よし、ニオ」
「はいっ!」
説教の輪から抜け出してきたニオが元気よく返事をする。
大きな声にミスティがビクッと体を震わせる様子を見て苦笑いしながらエルヴィンは指示を出す。
「とりあえずは任せる、まずは人前でも堂々と出来るように度胸からだ」
「はい、お任せください!」
自信満々に胸を張るニオを見てミスティはまた小さく震える。
エルヴィンはそれに気づきながらもあえて触れずに話を先に進める。
「それとリチャード」
「はい、最低限の演技指導とそいつの暴走の制御ですね」
「ああ、頼むぞ」
これで当面の問題は解決した、後はどこまでやれるかだ。
ミスティの方をちらりと見ると、彼女は不安げな様子のままエルヴィンを見つめている。
安心させるように声を出そうとしたが、それよりも早く彼女が口を開く。
「私、頑張ります」
ミスティが緊張で強張っているのか、ぎこちなく微笑む。
「まあ、程ほどに頑張ってくれ。じゃあ俺はちょっと被害報告しにいかねえといけねえから」
その言葉と共にエルヴィンは部屋を出ていく。
エルヴィンが警備隊室から出て行った後、リチャードとニオはミスティを連れて訓練場に来ていた。
訓練場内では大勢の警備隊員たちが訓練を行っている。
リチャードは訓練の様子を見ながら時折アドバイスをしたり、ミスティを紹介して回ったりしていた。
「では訓練を始めます」
「はい!」
ニオの呼びかけにミスティが真剣な表情で返事をする。
「私が隊長から訓練を任されました」
「よろしくお願い――」
「で、あるならば半端な結果など許されない。求められるのは最高の結果、そうですね?」
「あ、あの」
「ミスティ、あなたは亜人になってから日が浅いと聞きました」
「は、話を」
ミスティの言葉を無視して一方的に話すニオ。
彼女のあまりの雰囲気の違いにミスティは戸惑っていた。
「亜人が恐ろしいですか?」
「……ッ」
ミスティは何かを言い返そうとするが、すぐに口を閉ざす。
「それとも自分の力が誰かを傷つけることが?まあどちらでもかまいません」
ニオはそこで一度言葉を切ってミスティを見る。
その視線を受けてミスティは無意識のうちに一歩下がっていた。
そして頭の中に過去の記憶が次々と浮かんでくる。
人間だったころの記憶が、思い出が、そして亜人に恐怖していた自分の姿が。
「今から殴ります。死にかけるまで何発も、何発も。もちろん抵抗してもらってもかまいません。むしろそのほうが力を振るうことにも慣れるので一石二鳥です」
ニオはそう言うとゆっくりと拳を構える。
ミスティは慌てて身構えるが、次の瞬間には腹に強い衝撃を受け、その場に倒れ込む。
「手加減はしますが、ぼーっとしてると死ぬほど痛いですよ」
「ストップ」
ニオがミスティの顔面目掛けて振り下ろそうとした腕をリチャードが掴む。
突然の出来事に呆然とするミスティをよそに彼らは淡々と話し始める。
「これが一番手っ取り早い」
「欲しいのは兵士じゃない、いじめてたって隊長に報告するぞ」
「……」
ニオはしばらく黙り込んだ後小さくため息をつく。
それと同時に殺気が霧散し、雰囲気がもとに戻っていく。
その様子にホッとするミスティだったが、まだ起き上がることが出来ずに地面に横になったままだ。
「すまない、君が隊長から特別扱いされてるから少し気にくわないんだろう」
「特別……」
「ただそいつの言ってることが全て間違ってるというわけではない」
そう言ってリチャードはミスティに手を差し伸べる。
ミスティは一瞬躊躇するが、彼の手を掴み立ち上がる。
「亜人になったなら力の制御は必要不可欠だ、日常生活をするにあたっても」
「そ、そういうことですか」
確かにあれだけの勢いで殴られた腹部に痛みはない。
ミスティは体の変化に戸惑いながらも安堵のため息をつく。
「じゃあまずは、そうだな、とりあえず全力疾走してくれ」
「は、はい!」
常識的な指示にミスティはほっとした表情を浮かべ、指示されたスタートラインへと向かう。
そして深呼吸をして走り出す準備を整え、足に力を入れる。
「時間は、最初だし五分程度にしておくか」
「え、ご、五分?」
「ああ、流石に最初から吐くまで走れとは言わない」
(あ、この人もまずい)
ミスティはリチャードの笑顔を見て、彼もまたニオと同じくどこかネジが外れているタイプの人間だと悟る。
「ニオ、追走しろ。いつものだ」
「……分かりました」
リチャードの指示を聞いて少し不服そうな顔をしながらも了承したニオ。
直後感じる獣のような殺意。
捕まったら死ぬ、そう本能的に感じ取ったミスティは全速力で走り出す。
「ではスタート」
その言葉と共にニオが猛スピードで追いかけてくる。
彼女は見た目からは想像できないほどの速度で距離を詰めてきて、あっという間にミスティの背後に迫る。
背後からの圧力を感じながら必死に足を動かす。
「度胸はこれでいい、逃げ足もあって困るものではない。問題は演技をどうするか……」
リチャードはそんなことを呟きながらも訓練場を後にする。
そして残されたミスティとニオの鬼ごっこは精神が耐え切れなくなり、ミスティが気絶することで終了した。