聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
被害状況の報告のためメシア本部へと呼び出されたエルヴィン。
呼び出された部屋の扉の前に立ちノックをする。するとすぐに返事があった。
「失礼します」
部屋に入ると敬礼をし名を名乗る。
目の前の椅子に座っている肥え太った男は無言のまま顎をしゃくり座るように促す。
そして机に両肘をつくと手を組み、そこにアゴを乗せると口を開いた。
彼の名はジェフ・ハリソン。
メシア本部のまとめ役にして現在はこの都市の最高責任者だ。
元々はただの政治屋だったが、どこからか大量に物質生成の能力を持った亜人を引き連れメシアを作り出した。
表向きは聖人を気取っているが、その本性は権力欲が強いだけの狡猾な男であることをエルヴィンはよく知っていた。
「それで被害は?」
「死者四名、重軽傷者――」
「ああ、違う違う。わかるだろ?物資のほうだよ」
報告をしている最中に遮られる。
その様子にエルヴィンは報告書を見ながら淡々と答える。
「ふむ、少し使いすぎだね」
「進度4まで状態が進行していたので」
進度は数字多くなるにつれて戦闘力が高くなる。
3で対人兵器クラス、5になれば戦略兵器並の被害をもたらすとされている。
「そうは言うが、我々だってそんな毎回毎回大量に物資を生み出せるわけではない」
そう言うとハリソンは立ち上がり窓の外を見る。
そこには大きな建物があり、その周りにはいくつもの建物が並んでいる。
それはこの都市にある全ての施設であり、また同時に都市に住む人々でもあった。
しかしそれらの建物は所々が崩れており中には半壊しているものまである。
その光景を見て満足げにうなずくと再びエルヴィンの方へ向き直る。
「やはり君たちには少し荷が重かったかな?」
「……亜人の暴走を止めるには亜人の力が必要です。何度も申し上げておりますが『北』から亜人を呼び戻すことを検討するべきかと」
その言葉にハリソンは顔をしかめる。
だがそれも一瞬のことで再び元の表情に戻ると諭すように語り掛ける。
まるで子供でもあやすかの様な口調だった。
「それについては既に結論が出ただろう?市民たちは亜人の脅威におびえている、これは民意なのだよ」
そう言いながら先ほど見ていた都市の惨状を再び見る。
少し前までは活気あふれる街道だったが、今は見る影もなく瓦礫だけが転がっている。
人々は皆不安そうな顔を浮かべており、ハリソンはそんな様子を見て愉悦に浸っていた。
「それでこれは相談なのだが……」
そこで一度言葉が区切られる。
「入ってきたまえ」
するとハリソンの言葉と共に扉が開かれ一人の男が入ってくる。
年の頃は二十代前半と言ったところだろうか。
短く斬り揃えられた黒髪に黒い瞳、背は高く体つきもしっかりとしており鍛えられた肉体は服の上からも見て取れるほどだった。
しかしその瞳からは生気が感じられず、人形めいた印象を受ける。
服装は白を基調とした軍服となっており、どこか神官のような雰囲気をしていた。
「ジャック、挨拶をしなさい」
その言葉に従い一歩前に出るとその男は敬礼をする。
「メシア私兵隊隊長、ジャック・ペンローズ」
それだけを言うと再び黙り込む。
その様子を見るとハリソンは満足したのか笑顔になる。
そして再度エルヴィンへと視線を向けると話し始める。
「彼は優秀な兵士でね、今までにも多くの任務をこなしてきた」
エルヴィンは無言のままハリソンの話を聞く。
「後任ですか?」
「それは分からない、警備隊は市民からの人気が高いからね」
ハリソンはそういうと懐に手を入れる。
そこから取り出したものは一枚の写真だった。
そこにはエルヴィンが写っており、さらに後ろには彼の部下達が並んでいた。
「十年前のあの大襲撃で襲い来る化け物を撃退し、この街を守り切った警備隊は英雄だ。現にここ以外の街は軒並み化け物に飲み込まれた」
ハリソンは写真を手に持ち眺めるとエルヴィンの顔を見つめる。
そして写真を机に置くと、両手を擦り合わせるような仕草をしながら話を続ける。
その様子は明らかに何かを企んでいるものだった。
それに気づいたエルヴィンであったが、下手に反論するわけにも行かず黙って聞いていた。
「だが街の被害もそろそろ無視できない状態だろ?そろそろ世代交代も考える時期かと思ってね」
大人しく警備隊の権限をよこせ、言外にそんな意味が滲みだしている。
警備隊というものはこの都市において独立している。
そのためいくら権力を握っているとはいえ、独断で勝手に兵士を使うというのは難しい。
「まあこれはあくまで相談だよ、相談」
「……考えておきます」
エルヴィンはそう答えるしかなかった。
その答えに満足したのかハリソンは再び微笑む。
その後、いくつか事務的な会話をしたのちに部屋を出る。
扉を閉め、しばらく廊下の突き当りまで歩いたところでようやく一息つく。
(さすがに疲れるな)
結局はいつも通り、こちらの意見など聞き入れられないまま話は終わった。
しかし今回の件でエルヴィンには一つだけ疑問があった。
なぜわざわざジャックを紹介したのか、という点だ。
確かに彼の実力ならばこの都市の戦力として申し分ないレベルにあることは見て取れた。
だがそれと同時に問題もあった。
ジャックと呼ばれた男について、エルヴィンは情報を持っていない。
「私兵隊、今まで裏でこそこそ動いてたの知ってるが……」
メシアの私兵集団、その存在自体は以前から知っていた。
しかしそれがどのような活動をしているかは一切不明であり、また名前すらも秘匿されていた。
だからこそハリソンが彼を紹介した理由が分からなかったのだ。
「なんかの準備が出来たってことか?」
推測しようにも現状では情報が少なすぎる。
そのせいもあって余計に思考が深まる。
そんなことを考えているといつの間にか出口付近まで来ていた。
外は既に暗くなっており、夜空には月が出ており辺りを照らしている。
その明かりを頼りに門まで辿り着くとそこには一人の女性が待ち構えていた。
「お待ちしておりました、エルヴィンさん」
クロエ・オベール。メシア所属の亜人である。
最初に見つかった物資生成の能力の持ち主でもあり、この都市の現状を憂いている亜人の一人でもある。
腰まである長い黒髪に黒い瞳、そして白を基調とした服に身を包んでいる。
その容姿は整っていると言って差し支えないが、同時にある種の近寄り難さを醸し出していた。
彼女は恭しく頭を下げると、エルヴィンに向けて語り掛ける。
「そろそろ無くなるころかと思いまして」
そういうと彼女はそっと煙草を一箱差し出してくる。
「いつもすまんな」
「いえ、ご遠慮なさらずに……どうぞ?」
エルヴィンは礼を言いながら受け取る。
そのまま懐からライターを取り出すと火を付ける。
深く吸い込み煙を吐き出すと少し気分が落ち着く気がした。
それを見たクロエは嬉しそうに笑みを浮かべるとゆっくりと口を開く。
「それで調子はどうですか?」
「一応最後のピースはそろった」
「そうですか!それは、ええ、喜ばしいことですね」
まるで自分の事のように喜ぶクロエ。
その姿を見て心が安らぐ、それと同時に罪悪感が湧き上がってくる。
「メシアは――」
「大丈夫です、私は失敗してしまったので……」
エルヴィンの言葉を遮るようにしてクロエはそのまま喋り続ける。
「私が上手くやれればこんなことにはなってなかったでしょう」
「そんなことはないだろ」
「……ふふっ、あなたがそう言うならそうなのかもしれませんね」
増えてきた亜人のまとめ役である彼女はメシアから離れることが出来ない。
立場が邪魔をして自由に動くことも出来ず、こうして会う機会も徐々に減っている。
「少し、ほんの少しだけ羨ましいです」
そう言う彼女の顔はとても寂しげだった。
「こうなる前に出会っていれば私が、なんて」
冗談っぽく笑いながら語る彼女だったが、その言葉が本音であることは明白だった。
それを理解したエルヴィンは言葉を掛けようとしたが何も思いつかなかった。
「ままならんな」
「ええ、本当に」
二人はしばらく黙り込むと、どちらからともなく歩き始める。
エルヴィンとクロエ、繋がっていた二人の影は別々となり夜の闇へと消えていった。