聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
夜が明けて訓練場にエルヴィンが訪れると、そこには訓練場でぐったりと倒れるミスティの姿があった。
「……ニオ?」
「はい!申し訳ありません!ですがあと少しで形になると思うので少々お待ちを!」
元気よく返事をするニオとは対照的に、ミスティは声を出す気力もないのか荒い呼吸を繰り返すだけ。
その姿に頭を抱えつつ、リチャードに問い詰める。
「いや、待て待て待て!おいリチャード!?」
「はい」
「はいじゃねえよ、お前暴走しないように見とけって」
「ですから傷一つないでしょう?」
「いや……えぇ……そういう意味じゃなかったんだけどな……」
エルヴィンはそう言うとため息をつき、ミスティの状態を確認する。
確かに怪我らしいものは見当たらない。
しかしそれはあくまでも肉体的なものであって精神的にはズタボロだろう。
現にミスティの顔色は青白く、体は小刻みに震えていた。
「おい、生きてるか」
「た、助けて」
かすれた声で助けを求めるミスティ。
そして迷子の子供が親を見つけた時のように、ミスティはエルヴィンの腕に縋りつく。
近づくと彼女の目じりには涙の跡があり、鼻水も垂れ流しになっていることが分かった。
「あと!少しで!形に!なるので!」
「や、やだ!やめて!離して!」
その縋りつく様子を見たニオが引きはがそうとするが、ミスティはさらに強くしがみついてきた。
もはや何が何だか分からない状況になりつつある中、場を収めるためにニオの両頬を片手で掴み動きを止める。
「あほか、中止だ中止」
「ふぁい」
何が嬉しいのか満面の笑みのニオに呆れながら、とりあえず訓練場の片づけを始めることにした。
「いったん人目に晒してみるかと思ったが、無理そうか」
荒れ切った訓練場の様子を見ながらそう呟くと、その言葉にミスティはガクガクと頭を横に振る。
「いけます!も、もう訓練はいや!」
「わかってるよ、訓練はなしだって」
「やれます!私ちゃんとやれますから!」
彼女をどうにか落ち着かせようとするが、パニック状態のミスティには声が届かない。
腕にしがみつく力がさらに強くなるが、常識の範囲内であるため、無意識での力のセーブがうまく出来ていることが分かった。
「隊長の話はちゃんと聞きなさい」
「ひっ」
「あと離れろ」
再度引きはがそうとしているニオの顔を今度は覆う形で掴む。
そして想定していた結果とは違うが、訓練の成果は出ているため一応褒めることにした。
「まあうん、よくやったニオ」
「ふぁい!もふぃろんでふ!」
手でさえぎられ、今度はくぐもった返事になるニオ。
エルヴィンはそんな彼女から手を放し、改めてミスティに向き直る。
「外に出しても問題なさそうなら、ちょうどいいか」
ミスティは突然の言葉に目を丸くし、ぽかんとした表情を浮かべる。
そして数秒後、ようやく理解できたのか徐々に顔に生気が戻ってくる。
「じゃあリチャード、先に連絡しといてくれ」
「はい、分かりました」
リチャードは小さく頭を下げると、その場を後にする。
その後姿を見送ると、ミスティが疑問を投げかけてくる。
「えと、どこへ?」
「ついてからのお楽しみだ」
そう言ってエルヴィンは楽しげな笑顔を見せる。
そして少し不安そうな表情を浮かべるミスティを連れて街へと繰り出した。
訓練所から外に出てしばらく歩く。
すると見えてくるのは様々な露店が立ち並ぶ通り。
そこでは多くの人が行きかい、活気のある光景が広がっていた。
「な、なんでこの人まで」
「こちらのセリフです」
すっかり苦手意識が付いたのか、ミスティはニオから距離を取りつつエルヴィンの後ろに隠れるように移動する。
そんな様子をニオは不機嫌さを隠そうともせず、鋭い視線を向けている。
「ニオは案内役兼顔見せだな。ちゃんとついて来ないと、はぐれるから気をつけろよ」
そんなやり取りをしながら、三人は人の波をかき分けながら進む。
次第に人通りは少なくなっていき、ついにはほとんど人がいなくなった。
そのままニオを先頭に、複雑な裏路地を奥へ奥へと進んでいく。
「よし着いた」
「着いたって、行き止まりですけど」
そこは薄暗い場所で、ゴミなどが散乱している。
とてもではないが人が生活するような場所ではない。
ミスティは不思議に思いながらもエルヴィンに問いかける。
「まあ見てな、おい開けてくれ」
その言葉と共にエルヴィンは壁に手を当てる。
直後、ゴゴッという音と共に壁に切れ目が入り、隠し扉のように左右に開く。
その先に広がるのはこれまた暗く狭い通路だった。
しかし今まで通ってきた道とは異なり、清潔感がありしっかりと整備されていることが分かる。
エルヴィンを先頭に、ミスティとニオが続いていく。
そしてしばらくして開けた場所にたどり着く。
「……すごい」
ミスティは思わず呟いた。
目の前に広がっていたのは、まるで童話の世界に出てくるような街並みだった。
石畳の道にレンガ造りの建物、遠くに見える噴水や花壇。
太陽の光があまり入らないせいか、どこか陰鬱な雰囲気があるがそれが逆に神秘的な美しさを生み出している。
「ニオ、爺さん探してきてくれるか?」
「はっ!」
エルヴィンがそう言うと、ニオはすぐに走り出す。
その姿を見送った後、二人は近くのベンチに腰掛ける。
「ここには表で暮らせない奴らが隠れて集まってる」
「……ということは」
「ああ、ここにいるのは全員亜人だ」
エルヴィンはそういうとポケットからタバコを取り出し火を付ける。
「そうだな……よし、適当に見て回るか」
ミスティはこくりと無言のままうなずく。
そしてそのまま二人で並んで歩き始めた。
周囲の景色を見ながらゆっくりとした足取りで散策を続ける。
最初は緊張していたミスティも、徐々に慣れてきたのか辺りを観察する余裕も出てきた。
「お、隊長だ。隣のは新入りか?」
ふいに声をかけられた二人が振り返ると、そこには人間くさい仕草をしている全長30cmほどの鳩のような生き物がいた。
「……鳥?」
「おう、なんだ嬢ちゃん俺みたいなのを見るのは初めてか?」
ミスティはその問いに対し、肯定の意味を込めて首を縦に振る。
するとその鳩は得意げな顔になりながら、自慢するように語り始める。
「まあそりゃそうか!ここまで進度が進んで正気を保ってる類まれなる精神力、並大抵のもんじゃねえ!つまりは俺みたいな選ばれし存在ってわけだ!」
ミスティは突然始まったマシンガントークに圧倒され、何も言えないでいた。
それを察してエルヴィンが助け舟を出す。
「ハト、聖女だ」
「ほう!おいおいこりゃビッグニュースじゃねえか!皆に知らせてこねえと!」
それだけ言い残すと、鳩はバタバタと羽音を響かせながら飛び去っていった。
その様子をミスティは呆然と見つめていた。
「えっと……」
「気にするな、いつもの事だ」
「は、はぁ」
ミスティは戸惑いながらも納得し、再び街並みを見て回り始める。
そしてしばらく歩いていると、一つの露店で足を止める。
扱っているのは普通のアイスであったが、その主人はまるでそこだけ黒く塗りつぶしたかのように闇に染まっていた。
その姿を見てミスティは一瞬身構えるが、エルヴィンは気にした風もなく話しかける。
「一つくれ」
「……」
差し出されたアイスに戸惑っていたミスティだったが、意を決して一口食べる。
「普通だ……」
「だろ?亜人も人間も大して変わらない」
「……そうですね」
色々と吹っ切れたのかミスティの顔には自然な笑みが浮かんでいた。
二人はその後も露店からいくつか購入し食べながら街を歩いていった。
「じゃあそろそろ戻るか」
「え?」
「ニオもそろそろ探し終わって戻ってきてる頃だろうしな」
「……はい」
遊び足りないのか少し不満げな様子にエルヴィンは苦笑する。
「またくればいいだろ」
エルヴィンが苦笑交じりにそう言うと、ミスティは少し顔を赤らめうつ向く。
「ま、まだあともうちょっとだけ、駄目ですか?」
「はぁ、しょうがねえなあ」
エルヴィンはそう返すと先を歩き出す。
それを慌てて追いかけるミスティ。
「ふ、ふふっ」
誰にも聞こえないようにミスティは声を漏らす。
私は特別だから、この人は守ってくれる。言うことを聞いてくれる。
ミスティ自身にそんな自覚はないが、優越感がほの暗く徐々に徐々に胸を支配していく。
後ろからエルヴィンを見つめるその瞳には聖女に似つかわしくない、どろどろとした怪しい光が一瞬だが確かに宿っていた。