聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
――あなたには、代わりがいるもの。
その言葉が頭から離れなかった。
ミスティが去ってからも、ニオはその場から一歩も動けず、ただ呆然としていた。
どれくらい時間が経っただろうか。
辺りはすっかり暗くなり、街灯に明かりが点り始めている。
「違う」
ぽつりと漏れたその否定は何に対してなのか、それすら分からないままニオは一人佇んでいた。
「隊長は、私のこと、必要として」
本当か?本当にそうか?あの人のことだ、きっとそうだ。
いや、そもそもそんなことを考えること自体が烏滸がましいのではないか?
考えれば考えるほど、頭がおかしくなってしまいそうだった。
――あなたには、代わりがいるもの。
「違う!!!」
ミスティのこちらを明確に下に見る視線を思い出す。
聖女に対する特別扱い、そもそも自分にしか出来ないことはあるのか。
様々な不安が頭の中でぐるぐると回る。
ニオは思わず走り出す。
どこに向かって走っているのかも分からないまま、ひたすらに足を動かし続ける。
そしていつの間にか、見覚えのある場所へと辿りついていた。
外へと繋がっている門だ。
「そうだ、外……」
そう思った時には、既にその扉を押し開けていた。
街の外へと続く道を駆けていく。
外は真っ暗で街灯などはもちろん存在しない。
それでも、ニオは迷いなく進んでいく。
自分が何をしたいのか、どうすればいいのか、今の彼女には分からなくなっていた。
ただ一つだけ分かるのは、この胸の内に渦巻く感情の正体だけだ。
不安。
価値を示さなければいけない。
他の誰でもない、自分自身の価値を。
自分は彼の隣に相応しい人間でなくてはならない。
「頭いてえ……」
翌朝、エルヴィンは酷い頭痛で目を覚ました。
まだ酔いが残っているのを感じるが、いつまでも寝ているわけにはいかない。
そう思い立ち上がろうとすると、コーヒーの匂いが鼻腔を刺激した。
その香りに誘われるように台所へと向かうと、そこにはヘレンの姿があった。
彼女はこちらに気付くと小さく微笑む。
「おはようございます」
「おう、おはよ。なんだ来てたのか」
差し出されたカップを受け取り、その中身を一口飲む。
じんわりとした温かさと共に苦みが口の中に広がっていく。
ふと見渡すとテーブルの上には料理が並べられており、今まさに朝食の準備をしているところだったようだ。
慣れた手つきで次々と皿を並べていく彼女の姿は、どこか楽し気に見えた。
「ありがとな」
「いえ、ついでなので」
そう言いながら、ヘレンは自分の分のコーヒーを注ぐ。
そのまま向かい合うように席に着くと、おもむろにヘレンが話し始める。
「それで彼女はどうですか?」
「ミスティのことか?まあ最初はトラブルがあったがなんとかなんだろ」
「そうですか、それなら私も頑張ったかいがあります」
「ん?ああ、そうだな」
いつもの気だるげな様子とは違い、どこか生き生きとしているように見える。
「なんだ今日は随分機嫌がいいな」
直接そう問いかけると、ヘレンは少し驚いたような表情を浮かべる。
だがすぐにいつもの落ち着いた顔に戻り、ふっと息をつく。
「すいません、ようやく進むかと思うとどうしても」
「いや悪いってわけじゃないが」
その言葉に何か引っかかるものを感じながらも、エルヴィンは食事を口に運ぶ。
相変わらず美味いなと思いながら食べ進めていると、不意に玄関のチャイムが鳴る。
誰か来たのかと不思議に思っていると、再びピンポーンという音が鳴り響く。
「私が出ましょうか?」
「いや、それは流石におかしいだろ」
エルヴィンは仕方ないと立ち上がり、玄関へと向かう。
そして扉を開けるとそこにはリチャードが立っていた。
「お楽しみのところ申し訳ありません」
リチャードは女物の靴があることを確認すると、そう軽口を叩く。
だがその表情には微かに焦燥感のようなものが浮かんで見えた。
「そういうわけじゃないが、何があった」
「街の外で大規模な戦闘の痕跡が発見されました」
「場所は?」
「正門から北東へ約3キロ、化け物の死体がいくつか発見されています」
エルヴィンは頭の中で地図を思い浮かべるが、そこにあるのは遥か昔に放棄された都市の一つだった。
廃墟と化した街に誰かがいるとは考えにくい。
では一体誰が?その疑問はすぐに解消されることになる。
「それと、ニオが帰っていないと」
「……今はどこにいる」
「不明です」
「分かった、準備したらすぐ行く」
「はっ」
エルヴィンは急いで部屋に戻ると、ヘレンから声がかかる。
「大変そうですね」
「ああ、すまんが」
「ええ、分かってます。お気をつけて」
エルヴィンは着替えをすますと、最低限の荷物だけ持って家を出る。
「じゃ、行ってくる」
それだけ言い残して、エルヴィンは走り去っていく。
その様子を後ろ見送るヘレンの顔には笑みが浮かんでいた。
「思ったより早かったですね」
変化を期待して投げた小石が思った以上に機能している。
そんなことを思いながら、食べ終わった食器を片付ける。
「まずは一人」
ヘレンは蛇口から流れ出る水を眺めながら、ただ静かに呟く。
食器についていた汚れが水で洗い流されていく。
そして汚れ一つなくなった真っ白に輝く食器を満足そうに見つめていた。