聖女育成物語~滅亡寸前の病んでる世界が救われるたった一つの方法~ 作:ヤンデレスキー
慌ただしい室内。
所狭しと並べられたモニターの前には多くの人が座り、忙しなくキーボードを叩いている。
「状況は?」
エルヴィンは目の前に立つリチャードにそう問いかける。
無数の無線が飛び交う中、よく通る声で彼は答える。
「捜索部隊が現在都市周辺の捜索は行っていますが、有力な情報は入ってません。それ以上外側となると……」
「化け物と遭遇しちまうか」
「はい」
二人は難しい顔をしたまま、モニターに映る映像を見続ける。
そこには破壊された街並みが映し出されており、凄惨な戦いの跡を感じさせる。
そこにあったはずの廃墟は跡形もなく吹き飛ばされており、巨大な爪痕が残されている。
「爺さんたちは?」
「この映像の場所付近を中心に探索してもらってますが、まだ報告は来てません」
「そうか」
エルヴィンは小さくため息を吐くと、腕を組み目を瞑り考える。
「……被害が出る前に捜索は打ち切るべきかと」
苦々しい表情でリチャードはそう提案する。
それはこの街の安全を考えれば当然の判断であり、誰も責めることなどできないだろう。
時間をかけすぎると化け物が集まり、この街へと攻め込んでくる可能性がある。
そうなってしまえばこの街を守りきることなどできるはずがない。
沈黙の中、無数に響く機械音だけが耳に残る。
どれくらい経っただろうか、ふとエルヴィンは目を開く。
そしてゆっくりと口を開いた。
「わかった、捜索部隊は戻せ」
「はっ!」
「それと外用の装備一式用意しとけ、俺が行く」
リチャードはその言葉を聞き一瞬驚くが、すぐに冷静さを取り戻す。
「一人でですか」
「奥まで行くなら人数なんて関係ないだろ。むしろ少ないほうが動きやすい」
「それはそうですが……」
「それに一人で行ったほうが一番確立が高いだろ、生存も救出も」
そう言いながら準備を進めていくエルヴィンの様子に諦めたのか、リチャードも自分の仕事に戻っていく。
その背中を見送った後、エルヴィンは改めてモニターに視線を移す。
「……命がけで、やるべきことなんですか?」
今までうつ向いて黙り込んでいたミスティがポツリと呟く。
彼女はエルヴィンの隣に立ち、モニターに映る悲惨な光景をじっと見続けていた。
「そうだ」
エルヴィンは迷いなく即答する。
だがそれを聞いたミスティは、納得がいかないといった様子だ。
その表情は悲痛に満ち溢れているように見え、今にも泣き出してしまいそうだった。
だがそれでも彼女は言葉を続ける。
自分に言い聞かせるように、そしてどこか懇願するように。
その声は震えながらもはっきりと響いてくる。
「そ、そんなのおかしいですよ。私には特別な力があっても、あの人にはないじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「じゃあなんで!か、勝手に出てった人なんてほっとけばいいじゃないですか!」
ミスティの叫びが室内に響き渡る。
その必死の訴えに周囲の人間がチラホラとこちらに視線を向けるが、気にすることなくミスティは訴える。
追いつめられたような表情を浮かべ、目に涙を溜めながら、彼女はひたすらに叫ぶ。
まるで駄々をこねる子供のように。
その姿は年相応の少女にしか見えない。
「なんでってお前、それが仲間ってもんだろ」
命を賭けて命令に従う、守るために命を賭ける。
だからこその対等な関係。
エルヴィンは当たり前のことを話すかのように、淡々と言葉を返す。
エルヴィンの言葉にミスティは呆然と立ち尽くす。
そして徐々に彼女の顔が赤く染まっていく。
怒りとも悲しみとも取れる複雑な感情を滲ませて。
「……そんなのずるい、ずるいずるいずるいずるいずるいずるい!」
ミスティは俯きながらそう何度も繰り返す。
握り締めた拳からは血が流れ落ちているが、そんなことを気に留めることなく同じ言葉を繰り返す。
その姿はまるで何かに取り憑かれたかのようであった。
しばらくするとミスティは肩を震わせながらフラフラとした足取りでエルヴィンの腕へと縋りつく。
「私のことを、私のことだけを見てください。私がいればいいって、そう言ってくださいよ」
ミスティの顔は真っ赤に染まり、瞳孔は大きく開いている。
そこには普段の面影はなく、ただ狂気だけが宿っていた。
「や、約束したじゃないですか、また連れてってくれるって」
腕を掴む力は次第に弱くなってゆく。
そして最後にはズルズルと崩れ落ちるようにして床へ座り込む。
うわ言の様に呟かれる言葉は徐々に弱々しくなり、やがて何も聞こえなくなる。
「ひ、ひとりにしないで……」
捨てられた子供のような目をしながら、ミスティは小さく呟く。
それは誰に向けた言葉なのか、彼女自身ですら分かっていないだろう。
ただ、無意識のうちにこぼれ落ちただけのものなのだから。
「ミスティ」
エルヴィンはミスティの名前を呼ぶと、しゃがみ込み視線を合わせる。
ミスティは焦点の定まらない目をしたまま、ゆっくりと顔を上げる。
その表情は不安で満たされており、今にも壊れてしまいそうなほど脆く見えた。
だからだろうか、エルヴィンは思わず手を伸ばし、優しく頭を撫でていた。
その行為に対してミスティは特に抵抗はせず、されるがままになっている。
「すまんな」
兄がいなくなったことによる心の隙間を埋めたかったのだろう。
ここまで壊れかけていたことに対して、エルヴィンは責任を感じてしまう。
「そんなに心配するな、帰ってくるって」
エルヴィンはそのまま安心させるように、ミスティの背中をさする。
それがエルヴィンにとって精一杯の慰めであり励ましだった。
それはまるで赤子をあやしているかのような光景だったが、それでもミスティは嬉しかったのか、少しづつ落ち着きを取り戻してゆく。
そのまま静かに眠りについたミスティを抱き抱え立ち上がると、リチャードから声が掛かる。
「子守りもいいですが、そろそろ……」
「分かってるよ、結婚もしてねえのに子供が出来た気分だ」
そう軽口を叩くと、エルヴィンはミスティをソファへと運ぶ。
そしてミスティに毛布をかけると、用意されたガスマスクなどを装備していく。
「ご武運を」
リチャードのその言葉を背にし、エルヴィンは戦場へと足を進めていった。