ザァーと水の流れる音が響き、冷たい微風が英字の頬を撫でる。
「かなり深いところまで落ちた様だな」
そんなことを言いながら英字は辺りを散策する。
英字がこの空間に辿り着いたのは、はっきり言って偶然だった。
落下途中の崖の壁に穴が開いており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。
周りを見てみるとその様な滝が無数にあって、「面白そうだな」と思った英字は濡れない様に障壁を張り、ウォータースライダーの如く流されたのである。
今英字が進んでいる進路はまさに洞窟といったものだった。
低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋に似ている。
但し、大きさはそれとは比較にならないほど大きく広い。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。
狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。隠れる場所も豊富にあり、万が一のことを考えて英字は警戒しながら進んでいった。
そうやってどれくらい歩いただろうか。遂に初めての分かれ道に辿り着いた。英字はどの道を進むか悩んでいた。
暫く考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして岩陰に身を潜める。
そっと顔だけ出して様子を窺うと、英字のいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。
ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。
そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。はっきり言ってかなり気持ち悪い。
(見たところベヒモスくらいの強さはありそうだな)
英字はウサギを観察しながら、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで一歩踏み出そうとした。
その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。
「グルゥア!!」
そして獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。
その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。
どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。
再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察する英字、誰がどう見ても、狼がウサギを捕食する瞬間だ。
……しかし
(この戦い、ウサギ側が勝つな)
英字はそう確信する。
「キュウ!」
可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。
ドパンッ!
およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。
すると、
ゴギャ!
という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。
次にウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて・・・・・・・・地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。
ベギャ!
断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。
その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。
今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。
飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。
最後の一匹が、グルルと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。
「グルゥア!!」
咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。
しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。
二尾狼は、仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。
蹴りウサギは、
「キュ!」
と、勝利の雄叫び? を上げ、耳をファサと前足で払った。
「素晴らしい」
それを見届け、英字はゆっくりとした足取りで蹴りウサギに近づく。
当然、蹴りウサギはばっちり英字を見ていた。
赤黒いルビーの様な瞳が英字を捉え細められている。やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごと英字の方を向き、足を撓めグッと力を溜める。
「だがな……」
英字が呟くと同時、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。直後、英字に砲弾の様な蹴りが突き刺ささり……
───蹴りウサギの足が切断されていた。
そのまま何が起きたか理解できず呆然としている蹴り兎の頭を、英字が鷲掴みにする。
「残念だったな私は先ほどの『子犬』共とは訳が違うぞ」
そして、英字は蹴りウサギの頭を地面に叩きつけた。するとゴシャッという音と共に辺りに脳漿と血が飛び散り、後にはピクリともしない蹴りウサギの死骸が残るのみ。
「今日晩御飯はウサギの丸焼きだな……ん?」
そこで英字は後ろから新たな殺気を感じたためその殺気を放っているものに向けて視線を動かす。
その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、たとえるなら熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。
その爪熊がいつの間にか接近しており、英字を睥睨していた。辺りを静寂が包む。
「……グルルル」
すると突然、爪熊が低く唸り出した。
そして爪熊が剛腕を振るい、ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃が英字の左側面に襲い掛かる。そして……
「……熊肉も追加だな、しかし鳥や豚はいないのか?」
その攻撃を片手で受け止めながらそんなことを考えつつ、爪熊の胸の辺りに右手を置くと、『スクラップハート』と唱えるすると爪熊はばたりと倒れた。
英字は先ほど唱えた魔法で爪熊の『心臓』だけを破壊したのだ。
「さて、そろそろ寝床を決めなければな」
そろそろ腰を落ち着けようと思い、英字は少しでも魔物の少ない場所を探そうと索敵スキルを発動する。すると、
「なんだあれは?」
何か気になるものを発見したのか、自身の右側にある壁に視線を向ける。英字はそのまま壁に手を触れ「万物錬成」を発動する。
すると壁が形を変え、人が一人通れる程度の穴ができる。英字はウサギと熊の肉を抱え、穴を潜っていった。
その後暫くして、穴は独りでに塞がっていった。
「これか」
「万物錬成」で掘り進めた先で、英字はバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石を発見する。
その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。
英字は徐に、鉱石の下に溜まっている水を掬って口にする。途端、何やら力が湧いてくる感覚を覚え、英字は「これはこれは」と片眉を上げた。
英字は知らないが、実はその石は〝神結晶〟と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だったりする。
神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。
直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。
その液体を〝神水〟と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているという。
まぁそれはそれとして、英字は持っていた肉を置き腰を下ろす。
「では、食べるとするかな」
そう呟くと万物錬成で薪を作るとその薪に魔法で火をつけそのまま肉を丸焼きにした。
ある程度火を通すとそのまま肉にかぶりついた。
「……まっず」
はっきり言って全然美味しくなかった。これは調味料をかけても美味しくならなそうである。
まぁそれでも不味いだけで食べられない訳ではない為、英字は残りの肉に手を掛けた。
肉を全て食べ終わった英字は、その場で横になる。
「ん?」
不意に不快感を感じ、英字は体を起こした。外から魔物が来る様な気配は無く、不快感は内側から感じる。英字は直ぐ様心当たりがわかった。先程食べた魔物の肉が原因だ。
魔物の肉は人間にとって猛毒だ。魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。
この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔法を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。
とにかく、この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。
過去、魔物の肉を喰った者は例外なく体をボロボロに砕けさせて死亡したとのことだ。
だが、英字は『状態異常無効』と言うスキルを所持していたため毒が効かなかったのだ。
「何だったんだ今のは?」
英字が疑問を覚えていると、ふと何かが落ちる音がした。視線を向けると、そこには英字のステータスプレートが落ちていた。
不思議に思い英字はプレートを起動してみる。すると、
七葉 英字 2159歳 男 レベル:22
天職:欲望の魔王/仮面ライダーグリード
筋力:測定不能
体力:測定不能
耐性:測定不能
敏捷:測定不能
魔力:測定不能
魔耐:測定不能
「レベルが上がっているだと?」
(特にトレーニングはしていないはずだが、まさか魔物の肉を摂取するとレベルが上がるのか?)
そう考えがまとめると英字は焚き火の火を消して眠りにつく。
(そうと決まればこれからは魔物を見つけたら積極的に摂取するとしよう)
そんなことを考えながら。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!