後短いです。
蠍擬きを倒した英字は、サイクロプスの肉を宝物庫にしまいユエと共に次の階層を歩いていた。別に背負っていってもよかったのだが、長い封印で体力が衰えているユエのリハビリに丁度いいかと思い歩かせる事にしたのだ。
そんな訳で現在英字達は攻略を進めながら、偶に出会う魔物を片手間で倒しつつお互いの事を話し合っていた。
「そうすると、ユエは少なくとも三百歳以上という事か?」
「……マナー違反」
ユエが非難を込めたジト目で英字を見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。
英字の記憶が正しければ、三百年前の大規模な戦争の折に吸血鬼族は滅んだとされていた筈だ。
実際、ユエも長年物音一つしない暗闇に居た為時間の感覚は殆ど無いそうだが、それ位経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時に封印されたというから三百歳ちょいという事だ。
「吸血鬼とは、皆その程度の寿命を?」
「……私が特別。"再生"で歳もとらない……」
聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や"自動再生"の固有魔術に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸う事で他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年位が限度なのだそうだ。
因みに人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年生きている者がいるとか。
ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。
しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は『神』か『化け物』かといったところだろう。そして、ユエは後者だったという事だ。
欲に目が眩んだ叔父がユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分の下殺そうとしたが"自動再生"により殺しきれず、止むを得ずあの地下に封印したのだという。
ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけばあの封印部屋にいたらしい。
その為、あの蠍擬きや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。
ついでにユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。多分そうだろうと思っていた英字は「まぁそうだろうな」と特に驚きもせず返す。
また、本人曰く接近戦は苦手らしく、一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射する位が関の山なのだそうだ。尤も、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。
因みに無詠唱で魔法を発動できるそうだが、癖で術名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にする為になんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れない様だ。
『自動再生』については、一種の固有魔法に分類出来るらしく、魔力が残存している間は一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。
逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないという事。つまりあの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、蠍擬きの攻撃を受けていればあっさり死んでいたという事だ。
「そういえば、ユエはここがどの辺りか分かるか?」
「……わからない。でも……」
ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っている事があるのか話を続ける。
「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」
「反逆者?」
この世界に来てから初めて耳にする言葉な上に、そこはかとなく不穏な響きにユエに視線を転じる英字。ユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。
「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属の事。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」
ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。まだまだ下層への階段までは長そうで、二人は歩きながら話を続ける。
ユエ曰く、神代に神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかしその目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。
その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。
「……そこなら、地上への道があるかも……」
「成程。奈落の底から一々迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔術で地上とのルートを作っていてもおかしくはないか」
ユエの言葉に納得した様に返事しつつ、飛び掛かって来た魔物を見向きもせず真っ二つにする英字。ユエはそれをジーっと見ている。
「……そんなに驚く事か?」
口には出さずコクコクと頷くユエ。だぶだぶの外套を着て、袖先からちょこんと小さな指を覗かせ膝を抱える姿はなんとも愛嬌があり、その途轍もなく整った容姿も相まって、そこらの人間なら思わず抱き締めたくなる様な可愛らしさだ。
すると今度はユエが英字に質問し出した。
「……英字、どうしてここにいる?」
当然の疑問だろう。ここは奈落の底、正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。
ユエには他にも沢山聞きたい事があった。何故魔力を直接操れるのか、何故固有魔術らしき魔術を複数扱えるのか、何故魔物の肉を食って平気なのか。そもそも英字は人間なのか。
ポツリポツリと、しかし途切れる事無く続く質問に律儀に答えていく英字。面倒そうな素振りも見せず話に付き合っている。
英字が仲間と共にこの世界に召喚されたこと・自身が人間でないこと・自身の年齢がユエより上であることなど他愛もないことををツラツラと話すと、ユエが目を点にしていた。
「どうした?」
「……英字『様』、不思議な人」
「…何故いきなり様付けをするのだ」
「年上だから」
「……なるほどな」
それで何故か納得してしまった。
たった一言で無理矢理納得させたユエ。ある意味大物である。
それはさておき、話を続けるユエ。
「……英字様は、いつでも帰れるの?」
「勿論。奈落からも、この世界からもな。まぁ、暫くは留まるつもりだが」
英字がそう言った途端、ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。
「……私にはもう、帰る場所……ない……」
その言葉に、英字は歩みを止めた。
ユエが自分に新たな居場所を見ているという事は察していた。新しい名前を求めたのもそういう事だろう。だからこそ、英字が元の世界に戻るという事は、再び居場所を失うという事だとユエは悲しんでいるのだろう。
それを見ていた英字は、一つの案を出した。
「ならば、付いてこい」
「え?」
英字の言葉に驚愕を露わにして目を見開くユエ。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられる。
「先程話したが、私は魔王だぞ? 我が国には数多の種族がいるのだ。一人増えたくらいではなんの問題もない」
暫く呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。それに英字は「ダメだったら最初から提案などしない」と訊き返した。
すると今までの無表情が嘘の様に、ユエはふわりと花が咲いた様に微笑んだ。
その後暫く歩き、魔物の気配の無いそこそこのスペースを見つけた英字達は休憩を取る事にし、そこでサイクロプスの肉を焼いて食事をする事にした。
「ユエ、食事だ……おっと、魔物の肉は不味かったか?」
魔物の肉を食べるのが日常になっていたので英字は軽くユエを食事に誘ったのだが、果たして喰わせて大丈夫なのかと思い直し、ユエに視線を送る。
ユエは「食事はいらない」と首を振った。
「まぁ、三百年封印されて生きてるのだから食わなくても大丈夫だろうが……飢餓感等感じたりしないか?」
「感じる。……でも、もっと気になるものがある」
「? それは一体?」
腹は空くがもっと気を惹かれるものがあるというユエに、興味深そうな眼差しを向ける英字。ユエは真っ直ぐに英字を指差した。
「英字様の血」
「私の血か。ならば、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要という事か?」
「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」
「ふむ……」
吸血鬼は血さえあれば平気らしい。すると英字は少し思案顔になり、ユエに答えた。
「残念ながらそれは無理だユエ」
「…なんで」
英字の答えにユエは首を傾げる。
「先ほども言ったが、私の体はメダルの塊なのだ。私に血液などは通っていないのだよ」
ユエは「なるほど」と納得した。
なのでユエは我慢して魔物の血を吸うのだった。ちなみにやはり不味いらしい。
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