是非見ていってください。
魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱よどんだ空気とは明らかに異なる。
やがて光が収まり目を開けた英字の視界に写ったものは……洞窟だった。
「なぜだ?」
英字達は先程『解放者オスカー・オルクス』の隠れ家から、地上に繋がっていると思われる魔法陣から転移してきたのだ。
にも拘わらず、開けた視界に映ったのは代り映えしない岩壁、岩壁、岩壁……。不思議に思っても仕方無い。
そんな英字の服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくる英字にユエは自分の推測を話す。
「……秘密の通路……隠すのが普通」
「まぁそれもそうか。解放者の隠れ家への直通の道だ、隠蔽していて当然か」
そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じる英字。頭を掻きながら気を取り直す。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、英字もユエも暗闇を問題としないので道なりに進むことにした。
途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。
英字とユエはそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。ユエは湧き上がる感情を抑えきれず思わず溢れ出たという様な笑みを浮かべ、英字はそんなユエに微笑み、同時に求めた光に向かって進む。
近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落の様な澱んだ空気ではない、ずっと清涼で新鮮な風だ。そして、英字とユエは同時に光に飛び込み……、
待望の地上へ出た。
地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。
【ライセン大峡谷】と。
英字達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。
たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエが、誰が見ても分かる程頬が綻んでいる。
「戻って来たな?」
「……んっ」
優し気な声音で英字が訊けば、ユエは目一杯力の籠った返事をする。それで漸く実感が湧いたのか、ユエは太陽から目を逸らすと英字を見つめ、そしてガバッと英字に抱きついて魂の叫びを迸らせる。
「んーーっ!!」
感極まったのか、ユエは英字に飛び掛かる様に抱きついた。小柄とはいえ人一人に抱きつかれても、英字は小動もせずユエの頭を撫でて微笑みかける。英字はそのまま、ユエの気が済むまで好きな様にさせた。暫くの間、峡谷にはユエの笑い声が響いた。
漸く笑いが収まった頃には……すっかり魔物に囲まれていた。
「全く無粋な連中共だ、もう少し余韻に浸らせてやれ」
そう言いながら魔物を観察していた英字は、「そういえば、ここでは魔法が使えないのだったか」と溢す。王国の図書館に出入りしていた頃、有り余る時間で座学に勤しんでいた英字は【ライセン大峡谷】最大の特徴を頭に入れていたのだ。
「……分解される。でも力づくでいく」
ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということらしい。
「力づくって……効率は?」
「……十倍くらい」
どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。
「それなら私がやろう。ユエは身を守る程度にしておけ」
「うっ……でも」
「適材適所だ。ここは魔法使いにとって鬼門だ、任せておけ」
「ん……分かった」
ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。
そんなユエの様子に苦笑いしながら英字はおもむろにオンインバスター50を発砲した。相手の方を見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。
あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。
その隙を英字は見逃さず、すかさずその場にいる魔物の頭に光弾を撃ち込んだ。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに十秒もかからなかった。
それらの一連の流れを見た英字は、溜息を吐いて周囲の死体の山を見やる。
その傍に、トコトコとユエが寄って来た。
「……どうしたの?」
「いや、あまりにあっけなかったんでな。……ライセン大峡谷の魔物と言えば相当凶悪という話だったはずだが」
「……英字様が化物なだけ」
「それを言われると否定できないな」
そう言って肩を竦めた英字は、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らした。
「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」
「……なぜ、樹海側?」
「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろう? 樹海側なら、町にも近そうだしな」
「……確かに」
英字の提案にユエも頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮という訳ではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。英字の羽田の飛行やユエの風系魔法を使えば絶壁を超える事は可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので特に反対する理由も無い。
早速進行方向を決めた英字は、アイテムボックスから『黒い自販機』を取り出す。
「英字様、それは……?」
「これは『ライドベンダー』と言ってな、こう使うんだ」
英字はそう言うと懐から『セルメダル』を取り出しそれをライドベンダーに投入した後真ん中の黒いスイッチを押す。するとライドベンダーは『マシンバイクモード』に変形した。
「行くぞ」
英字は驚愕で固まるユエに声を掛け、ライドベンダーに跨る。正気に戻ったユエがその後ろにピョンと跳び乗って英字の腰にしがみついた。自分の腹部に回されたユエの手をポンポンと軽く叩くと、英字はエンジンを起動してライドベンダーを発進させた。
【ライセン大峡谷】は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。その為脇道などは殆ど無く、道なりに進めば迷う事無く樹海に到着する。英字もユエも迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快にライドベンダーを走らせていく。
暫くライドベンダーを走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である、少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画す様だ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
ライドベンダーを走らせ大きくカーブした崖に回り込むと、その向こう側に大型の魔物が見えた。嘗て見たティラノモドキに似ているが、それとは異なり頭が二つある。双頭のティラノサウルス擬きだ。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
「……あれは何だ?」
「……兎人族?」
「何故こんな所に? 兎人族とは谷底が住処なのか?」
「……聞いた事無い」
すると、そんな英字とユエをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちた後、四つん這いになりながら這う這うの体で逃げ出し、その格好のまま英字達を凝視している。
そして再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がるとその勢いを殺さず猛然と逃げ出した。
……英字達の方へ。
それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊し英字達に届く。
「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」
滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、英字達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう
「……はぁ、全く。ユエ、少し待っていろ」
「……助けるの?」
「まぁ流石に、な」
それだけ言って英字は超スピードで移動し、ウサミミ少女の前に立つ。
離れた所にいた英字がいきなり目の前に現れ、ウサミミ少女は当然混乱する。
「えっ? あれっ!?」
「『やっと見つけた』の意味。後で教えてもらうからな」
英字そう言うと双頭ティラノに向かって右手をかざす。すると双頭ティラノは何かに押し潰されたかのようにぐちゃぐちゃに潰れてしまった。
その振動と音にウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、恐る恐る英字の背後で顔を左右に振ってティラノの末路を確認する。
「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」
ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは『ダイヘドア』というらしい。
呆然としたままダイヘドアの死骸を見つめ硬直しているウサミミ少女だが、次の瞬間英字に声を掛けられる。
「さてと、怪我は…無いようだな」
「…! はい! 助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいます! 取り敢えず私の家族を助けて下さい! ものすっごくお願いしますっ! ……助けてくれたら……、そ、その、貴方のお願いを、な、何でも一つ、聞きますよ?」
頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。
「お願いです! お願いします、私の家族を助けて下さい!」
「待て待て、先ずは事情を話せ。まるで話が見えてこない」
峡谷にシアの叫ぶ様な懇願の言葉が響く。そんな彼女を宥めつつ、英字はユエにこちらに来る様にサインを送るそれを見たユエはすぐさま英字の傍に駆ける。
「でも早く行かないと! 間に合わなくなるんですっ! …って言うか、普通私みたいな美少女のお願いなら一も二も無く了承しませんか!?」
「そういう事は自分で言わないほうがいいぞ」
英字が呆れた様に言う。実際、彼女は英字の目から見ても十分な美少女と言える。
少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉や睫毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感動して思わず滂沱の涙を流すに違いない。
要するに、彼女が自分の容姿やスタイルに自信を持っていても何らおかしくないのである。寧ろ特に反応も興味も示さない英字が異常なのだ。
それ故に、矜持を傷つけられたシアは言ってしまった。言ってはならない言葉を……
「で、でも! 胸なら私が勝ってます! そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」
〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟〝ペッタンコじゃないですか〟
峡谷に命知らずなウサミミ少女の叫びが木霊する。そんな彼女が数秒後どうなったかは……語るまでも無いだろう。
「改めまして。私は兎人族ハウリアの長の娘、シア・ハウリアと言います。実は……」
語り始めたシアの話を要約するとこうだ。
シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。
また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。
そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。
当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。
百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。
しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。
国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。
また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。
故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。
行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。
しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。
女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。
全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。
流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。
しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。
そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……
「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」
最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。どうやら、シアは、ユエや英字と同じ、この世界の例外というヤツらしい。特に、ユエと同じ、先祖返りと言うやつなのかもしれない。
「事情は理解した。それで? 先程の『見つけた』とはどういう意味だ?」
先程から何度か呟かれている不思議な言葉は、何故シアが仲間と離れて単独行動をしていたのかという点と相まって甚だ疑問である。
「あ、はい。『未来視』といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……。後、危険が迫っている時は勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです! 私、役に立ちますよ! 『未来視』があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」
シアの説明する『未来視』は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。
これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。
どうやら、シアは、元いた場所で、英字達がいる方へ行けばどうなるか? という仮定選択をし、結果、自分と家族を守る英字の姿が見えたようだ。そして、英字を探すために飛び出してきた。こんな危険な場所で単独行動とは、よほど興奮していたのだろう。
「そのような固有魔法持ってて、何ぜバレたのだ。危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったのではないか?」
「……未来は、一生懸命頑張れば変えられます。少なくとも、私はそう信じています。でも、頑張りが足りなくて、変えられなかった未来も……。いつも後になって思うんです、私が本当に変えたいと願った未来が変えられなかった時、もっともっと頑張っていればよかったのにって……」
「……まぁ、そうだな」
英字がそう言うと意外な援護がシアに届く。
「……英字様、連れて行こう」
「なに?」
「!? 最初から貴女のこといい人だと思ってました! ペッタンコって言ってゴメンなッあふんっ!」
ユエの言葉に英字は不思議そうに、シアは興奮して目をキラキラして調子のいい事を言う。次いでに余計な事も言い、ユエにビンタを食らって頬を抑えながら崩れ落ちた。
「……樹海の案内に丁度いい」
「なるほどな」
確かに【ハルツィナ樹海】は充満する濃霧により、亜人族以外では必ず迷うと言われている。その為兎人族の案内があれば心強い。英字自身は恐らく濃霧の影響を受けない為、方向さえ合っていればいずれ辿り着くと思っていたが、自ら進んで案内してくれる亜人がいるならばそれに超した事は無い。
「まぁいいか。ではシア・ハウリア、お前の願いを引き受けよう。一族の下へ案内してもらうぞ」
その言動は少しばかり上から目線だが、それでも峡谷に於いて強力な魔物を片手間で屠れる強者との約束を取り付けた事に変わりはない。そして、望んだ未来への分岐点を無事に進む事が出来たと確信したシアは、飛び上がらんばかりに喜びを露わにした。
「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」
ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる。
「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それでお二人のことは何と呼べば……」
「そう言えば名乗ってなかったか……私は英字。七葉英字だ」
「……ユエ」
「英字さんとユエちゃんですね」
二人の名前を何度か反芻し覚えるシア。しかし、ユエが不満顔で抗議する。
「……さんを付けろ。残念ウサギ」
「ふぇ!?」
ユエらしからぬ命令口調に戸惑うシアは、ユエの外見から年下と思っているらしく、ユエが吸血鬼族で遥に年上と知ると土下座する勢いで謝罪した。
どうもユエは、シアが気に食わないらしい。何故かは分からないが……。例え、ユエの視線がシアの体の一部を憎々しげに睨んでいたとしても、理由は定かではないのだ。
「さてと、二人も早く乗れ」
英字がユエの内心を華麗にスルーしながらライドベンダーに跨り、シアに指示を出す。シアは少し戸惑っている様だ。それも無理はない。なにせこの世界にライドベンダーなどのバイク等と言う乗り物は存在しないのだ。しかし、取り敢えず何らかの乗り物である事は分かるので、シアは恐る恐るユエの後ろに跨った。
ユエが小柄なので、十分に乗るスペースはある。シアはシートの柔らかさに驚きつつ、前方のユエに捕まった。その凶器を押し付けながら。
その感触にビクッとしたユエは、徐に立ち上がると器用に英字の前に潜り込む。ユエの小柄な体格は、問題無く英字の腕の間にすっぽりと収まった。どうやら、背中に当たる凶器の感触に耐え切れなかったらしい。苦い表情で背後の英字に体重を預けるユエに英字は事情を察して溜息を吐く。
シアは「え? 何で?」と何も分かっていない様子だったが、いそいそと前方にズレると英字の腰にしがみついた。英字は特に反応する事も無くライドベンダーの動力を作動させる。
そんなユエの微妙な内心には微塵も気づかずに、シアは英字の肩越しに疑問をぶつける。
「あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう? それに、英字さんもユエさん魔法使いましたよね? ここでは使えない筈なのに……」
「それは道中でな」
そう言いながら、英字はライドベンダーを一気に加速させ出発した。悪路をものともせず爆走する乗り物に、シアが英字の肩越しに「きゃぁああ~!」と悲鳴を上げた。地面も壁も流れる様に後ろへ飛んでいく。
谷底では有り得ない速度に目を瞑ってギュッと英字にしがみついていたシアも、しばらくして慣れてきたのか、次第に興奮して来たようだ。英字がカーブを曲がったり、大きめの岩を避けたりする度にきゃっきゃっと騒いでいる。
英字は道中、ライドベンダーの事やユエが魔法を使える理由、英字の武器がアーティファクトの様な物だと簡潔に説明した。すると、シアは目を見開いて驚愕を表にした。
「え、それじゃあ、お二人も魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」
「ああ、そのとおりだ」
「……ん」
暫く呆然としていたシアだったが、突然何かを堪える様に英字の肩に顔を埋めた。そして、何故か泣きべそをかき始めた。
「……いきなり何だ? 騒いだり落ち込んだり泣きべそかいたり……情緒不安定なのか?」
「……手遅れ?」
「手遅れって何ですか! 手遅れって! 私は至って正常です! ……ただ、一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」
「「……」」
どうやら魔物と同じ性質や能力を有するという事、この世界で自分があまりに特異な存在である事に孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、『他とは異なる自分』に余計孤独を感じていたのかもしれない。
シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。英字には何となく、今ユエが感じているものが分かった。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に、魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において『同胞』というべき存在は居なかった。
だが、ユエとシアでは決定的な違いがある。ユエには愛してくれる家族が居なかったのに対して、シアにはいるということだ。それがユエに、嫉妬とまではいかないまでも複雑な心情を抱かせているのだろう。しかも、シアから見れば、結局、その『同胞』とすら出会うことができたのだ。中々に恵まれた境遇とも言える。
そんなユエの頭を英字はポンポンと撫でた。
英字もまた、親と呼べる存在がいなかった。800年もの間、意識のない状態で封印されて、目覚めた時には何もかもが知らない世界だった。だが、今の自分には頼れる仲間や部下が、愛する妻と娘と息子が居る。
だから、特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられたユエの孤独を、本当の意味では理解できない。それ故、かけるべき言葉も持ち合わせなかった。出来る事は、『今は』一人でない事を示す事だけだ。
英字のユエを慰めようという不器用ながらも心の籠った気遣いの気持ちが伝わったのか、ユエは無意識に入っていた体の力を抜いて、より一層英字に背を預けた。ゴロゴロと喉を鳴らしながら主人に甘える猫の様に。
「あの~、私の事忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは? 私、コロっと堕ちゃいますよ? チョロインですよ? なのに、折角のチャンスをスルーして、何でいきなり二人の世界を作っているんですか! 寂しいです! 私も仲間に入れて下さい! 大体、お二人は……」
「少し静かにしていろ。運転に集中できん」
「黙れ残念ウサギ」
「……はい……ぐすっ……」
泣きべそかいていたシアが、いきなり耳元で騒ぎ始めたので、思わず注意と罵倒を飛ばす英字とユエ。しかし、泣いている女の子を放置して二人の世界を作っているのも十分酷い話である。その上、逆ギレされて怒られてと、何とも不憫なシアであった。ただ、シアの売りはその打たれ強さ。内心では既に「まずは名前を呼ばせますよぉ~せっかく見つけたお仲間です。逃しませんからねぇ~!」と新たな目標に向けて闘志を燃やしていた。
暫く、シアが騒いでユエに怒鳴られるという事を繰り返していると、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいる様だ。
「! 英字さん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」
「分かっている、しっかり掴まっていろ」
英字は、ライドベンダーを一気に加速させた。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。
そうして走ること約三十秒。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。
今回は今までで一番長かったかもしれません。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!