ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第二十話 ハルツィナ樹海と残念ウサギ共

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国【フェアベルゲン】を抱える【ハルツィナ樹海】が遠くに見える。少しずつ樹海の輪郭が大きくなっているので、近づいているのがよく分かった。

 

ライドベンダーには英字の前にユエが、後ろにシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗る様に言ったのだが、断固としてライドベンダーに乗る旨を主張し言う事を聞かなかった。ユエが何度叩き落としても、ゾンビの様に起き上がりヒシッとしがみつくので、遂にユエの方が根負けしたという事情があったりする。

 

シアとしては、初めて出会った"同類"である二人ともっと色々話がしたい様だった。英字にしがみつき上機嫌な様子のシア。果たして、シアが気に入ったのはライドベンダーの座席か英字の後ろか……場合によっては手足をふん縛って引きずってやる! とユエは内心決意していた。

 

若干不機嫌そうなユエと上機嫌なシアに挟まれた英字は、遠くを見つつライドベンダーを走らせていた。

 

そんな英字にユエが声をかける。

 

「……英字様、さっきのは何?」

「さっきの?」

 

ユエが言っているのは帝国兵との戦いの事だ。先程の英字の攻撃は、最早神の所業と言っても差し支えないものだった。魔法の天才と言われたユエですら出来ない領域の術に、ユエはどうしても訊きたくなったのだ。その旨を伝えると、英字は簡潔な説明をする。

 

「さっきのあれか。あれは『重力操作』と言うのを使ってアイツらの身体ごと押し潰してやったのだ」

「重力操作?」

「あぁ、結構便利だぞ。自身の体に使えば体重を軽くして身体能力を上げられるし、何より敵の動きを封じるのにも使える」

「……そんなの、私にも出来ない」

 

そのやり取りに、英字の底の無さに内心驚嘆するシア。そして改めて、自分は英字やユエの事を何も知らないのだなぁと少し寂しい気持ちなった。

 

「あの、あの! 英字さんとユエさんの事、教えてくれませんか?」

「私達の事は話した筈だが?」

「いえ、能力とかそういう事ではなくて、なぜ奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのか、とか。お二人自身の事が知りたいです」

「……聞いてどうするの?」

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。お二人に出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっとお二人のことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になって英字の背に隠れるように身を縮こまらせた。出会った当初も、そう言えば随分嬉しそうにしていたと、英字とユエは思い出し、シアの様子に何とも言えない表情をする。

 

あの時は、ユエの複雑な心情により有耶無耶になった挙句、すぐハウリア達を襲う魔物と戦闘になったので、谷底でも魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかった。きっと、シアは、ずっと気になっていたのだろう。

 

確かに、この世界で、魔物と同じ体質を持った人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。かと言って、英字やユエの側が、シアに対して直ちに仲間意識を持つ訳ではない。

が……樹海に到着するまでまだ少し時間がかかる。特段隠す事でもないので、暇潰しにいいだろうと英字とユエはこれまでの経緯を語り始めた。

 

結果……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ユエさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そしてさり気なく、英字の法衣で顔を拭いている。

 

どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ユエが自分以上に大変な思いをしていた事を知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

 

しばらくメソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

 

「英字さん! ユエさん! 私決めました! お二人の旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にお二人を助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった三人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

勝手に盛り上がっているシアに、英字とユエが実に冷めた視線を送る。

 

「現在進行形で守られていて何を言っているんだ?」

「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……厚皮ウサギ」

「な、何て冷たい目で見るんですか……心に罅が入りそう……」

 

意気込みに反して、冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「……お前、単純に旅の仲間が欲しいだけだろう?」

「!?」

 

英字の言葉に、シアの体がビクッと跳ねる。

 

「一族の安全が一先ず確保できたら、お前は奴等から離れる気なんだろう? そこにうまい具合に“同類”の私達が現れたから、これ幸いと同行しようという訳か。その様な珍しい髪色の兎人族が一人で旅を出来るとは思えないからな」

「……あの、それは、それだけでは……私は本当にお二人を……」

 

図星だったのか、しどろもどろになるシア。実はシアは既に決意していた。何としてでも英字の協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れると。

 

自分がいる限り、一族は常に危険に晒される。今回も多くの家族を失った。次は本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。勿論その考えが一族の意に反する、ある意味裏切りとも言える行為だとは分かっている。だが"それでも"と決めたのだ。

 

最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる可能性が高い。しかし、圧倒的強者である英字達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。見た目の言動に反してシアは、今この瞬間も"必死"なのである。

 

勿論、シア自身が英字とユエに強い興味を惹かれているというのも事実だ。英字の言う通り"同類"である英字達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。一族の事も考えると、正にシアにとって英字達との出会いは"運命的"だったのだ。

 

「別に責めている訳ではない。だが妙な期待はするな。私達の目的は七大迷宮の攻略だ。恐らく奈落と同じで本当の迷宮の奥は珍獣バケモノ揃いだ。今のお前では瞬殺されて終わりだ。だからこそ、同行を許すつもりは毛頭ない」

「……」

 

英字の全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。英字もユエも特に気にした様子がないあたりが、更に追い討ちをかける。

 

シアは、それからの道中、大人しくライドベンダーの座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。

 

それから数十分して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それでは英字殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りでは、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

カムが、英字に対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った〝大樹〟とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

当初英字は【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えればそれなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境という事になり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので【オルクス大迷宮】の様に、真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そしてカムから聞いた"大樹"が怪しいと踏んだのである。

 

カムは英字の言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をして英字達の周りを固めた。

 

「英字殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づく者はおりませんが特別禁止されている訳でもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々はお尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。私もユエもある程度の隠密行動は可能だ」

 

英字はそう言うと"気配遮断"を使う。ユエも、奈落で英字に教わった方法で気配を薄くした。

 

「ッ!? これは、また……。英字殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「……こんなものか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見つけるのは不可能ですからな。いや全く、流石ですな!」

 

元々兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと同レベルと言えばその優秀さが分かるだろうか。普通に達人級といえる。

 

しかし、英字の"気配遮断"は更にその上を行く。普通の場所でも一度認識しても直ぐ様見失いそうで、こと樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失ってしまったハイレベルなものだった。

 

カムは人間族?でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。一方シアは、どこか複雑そうだった。英字の言う実力差を改めて示されたせいだろう。

 

「それでは、行きましょうか」

 

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

暫く道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくるが、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握している様だ。理由は分かっていないが、亜人族は亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

順調に進んでいると、突然カム達が立ち止まり周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然英字とユエも感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれている様だ。

 

樹海に入るに当たって、英字が貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういう訳には行かない。皆一様に緊張の表情を浮かべている。

 

『ウイングカッター』

 

すると突然、英字が静かに呟いた。すると英字背中から『赤い羽』がいくつか出現し、微かにヒュン…という風切り音が響く。

 

直後、

 

 ドサッ、ドサッ、ドサッ

 

「「「キィイイイ!?」」」

 

三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。途端慌てた様に霧を描き分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹滑り落ちてきた。その全てが両足を切断されている。バランスを失った猿の群れに向けてユエが手をかざし、一言囁く様に呟く。

 

「〝風刃〟」

 

魔法名と共に風の刃が高速で飛び出し、空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。その猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。

 

その後も度々魔物に襲われたが、英字とユエが静かに片付けていく。樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題も無かった。

 

しかし樹海に入って数十分が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、英字達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青褪めさせている。英字とユエも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

 

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

 

その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私達は……」

 

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

ドパンッ!!

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、英字の腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の光弾が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

 

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

 

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴った英字の声が響いた。"気配遮断"を解いて、技能ではないただの威嚇をしただけで全員が動けなくなる。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数千単位で連射出来る。周囲を囲んでいる者共も全て把握している。貴様等がいる場所は、既に私の間合いだ」

「な、なっ……詠唱がっ……」

 

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、英字は自然な動作でオンインバスター50をピタリと、とある方向へ銃口を向けた。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

 

「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、このもの達の命は私が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

 

威圧感の他に英字が殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。

 

(冗談だろ! こんな、こんなものが人間だというのか! まるっきり化物じゃないか!)

 

恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかというように、英字がオンインバスター50を構えたまま言葉を続ける。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵対しないなら殺す理由もないからな。さぁ選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の光弾が一瞬で自分達を蹂躙することを。その場合、万に一つも生き残れる可能性はないということを。

 

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 

「……その前に、一つ聞きたい」

 

虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めて英字に尋ねた。英字は視線で話を促した。

 

「……何が目的だ?」

 

端的な質問。しかし、返答次第では、ここを死地と定めて身命を賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問だ。虎の亜人は、フェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ないと不退転の意志を眼に込めて気丈に英字を睨みつけた。

 

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

てっきり亜人を奴隷にする為等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない"大樹"が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。"大樹"は亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所の様な場所に過ぎないのだ。

 

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからな。私達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内の為に契約を結んだ」

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「それはないな」

「なんだと?」

 

妙に自信のある英字の断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

 

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎる」

「……弱いと?」

「そうだ。大迷宮の魔物というのは、ここに比べればもう少し楽しめるぞ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「なんだ?」

「大迷宮というのは、"解放者"達が残した試練らしい。亜人族は簡単に深部へ行けるのだろう? それでは試練になっていない。だから、樹海自体が大迷宮というのは間違いだ」

「……」

 

英字の話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。英字の言っていることが分からないからだ。樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。普段なら、〝戯言〟と切って捨てていただろう。

 

だがしかし、今、この場において、英字が適当なことを言う意味はないのだ。圧倒的に優位に立っているのは英字の方であり、言い訳など必要ないのだから。しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。

 

虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかし英字程の驚異を自分の一存で野放しにする訳には行かない。この件は、完全に自分の手に余るという事も理解している。その為虎の亜人は英字に提案した。

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、英字は少し考え込む。

 

虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は英字達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、英字という危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

 

英字は、この状況で中々理性的な判断ができる男だと少し感心した。そして今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうすると、フェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。勿論、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越した事はない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索は酷く面倒そうだからだ。

 

「……いいだろう。先程の言葉、曲解せずに正確に伝えろ」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。英字は、それを確認するとスっと構えていたオンインバスター50をアイテムボックスに収納し、〝威圧〟を解いた。空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いた英字に訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのか英字が面白くもなさそうに告げる。

 

「お前達が攻撃するより、私が樹海ごとお前達を亡き者にする方が早い。……試してみるか?」

「……いや、だが下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかってる」

 

包囲はそのままだが、ようやく一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線は、英字に向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

 

しばらく、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエが英字に構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をする英字に、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中で、いきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)英字に呆れの視線が突き刺さる。

 

時間にして一時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

 

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼に、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族──所謂エルフなのだろう。

 

英字は瞬時に彼が"長老"と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、どうやら当たったらしい。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「七葉英字だ。お前は?」

 

英字の言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。"解放者"を何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答する英字。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら、解放者という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

 

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、英字に尋ねるアルフレリック。英字は難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻る英字にユエが提案する。

 

「……英字様、魔石とかオルクスの遺品は?」

「あぁ、そうだな、それなら……」

 

ポンと手を叩き、アイテムボックスから地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

 

アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

 

「後はこれだ。オルクスが付けていた指輪だが……」

 

そう言って、見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度は英字の方が抗議の声を上げた。

 

「その誘いは非常に嬉しいのだが私達の目的は大樹だ。問題無いなら、先にこのまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

 

あくまで邪魔する気か? と身構える英字に、寧ろアルフレリックの方が困惑した様に返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは四ヶ月後だ。……亜人族なら誰でも知っている筈だが……」

 

アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と英字を見た後、案内役のカムを見た。英字は聞かされた事実に眉を顰めた後、アルフレリックと同じ様にカムを見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

まさに、今思い出したという表情をしていた。英字の額に青筋が浮かぶ。

 

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行った事があるだけで、周期の事は意識してなかったといいますか……」

 

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、英字とユエのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! 英字殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、英字殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

 

青筋を浮かべた英字が、一言、ポツリと呟く。

 

「……ユエ」

「ん」

 

英字の言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

喧々囂々と騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

 

「〝嵐帝〟」

 

―――― アッーーーー!!!

 

天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。




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