「さて、お前達には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」
フェアベルゲンを出た英字達が、一先ず大樹の近くに拠点を作って一息ついた時の、英字の第一声がこれだった。拠点といっても、英字が「無礼への賠償として貰っていく。文句は無いな?」と族長達を脅して強奪したフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ。その中で切り株等に腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。
「え、えっと……英字さん。戦闘訓練というのは……」
困惑する一族を代表してシアが尋ねる。
「そのままの意味だ。どうせこれから数ヵ月間は大樹へは辿り着けないのだろう? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱なお前達を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」
「な、何故、その様な事を……?」
英字の据わった目と全身から迸る威圧感にぷるぷると震えるウサミミ達。シアが、あまりに唐突な英字の宣言に当然の如く疑問を投げかける。
「なぜ? なぜと聞いたか? シア」
「ひぃ!?」
より鋭くなった視線に怯えるシアを尻目に英字が語る。
「いいか? 先程気に入ったとは言ったが、元々私とお前達と交わした約束は、案内が終わるまで守るというものだ。ならば、案内が終わった後はどうするのか。それをお前達は考えているのか?」
ハウリア族達が互いに顔を見合わせ、ふるふると首を振る。カムも難しい表情だ。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。
「まぁ、考えていないだろうな。考えたところで答えなどないしな。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前達は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、私の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」
「「「「「「……」」」」」」
全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情で俯く。そんな、彼等に英字の言葉が響く。
「お前達に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」
誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。
「そんなものいいわけがない」
その言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。
「そうだ。良い訳が無い。ならばどうするか、答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる障害を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」
「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族の様に特殊な技能も持っていません……とても、その様な……」
兎人族は弱いという常識が英字の言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦う事など出来ない。どんなに足掻いても英字の言う様に強くなど成れるものか、と。
英字はそんなハウリア族に言い放つ。
「私とて無敵ではない。敗北した事も当然あるし、何度も折れそうになったさ。昔の私ならユエにも手も足も出なかっただろうな」
「え?」
英字の告白にハウリア族は例外なく驚愕を顕にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物も、戦闘能力に優れた熊人族の長老も、苦もなく一蹴した英字が自身の部下であるユエよりも弱かったなど誰が信じられるというのか。
「だが、それでも当時の私が折れなかったのはな」
英字は無意識の内に拳を血が滲み出るほどの力で握りしめる。
「失いたくないものがあったからだ。失うのが怖かったから、それを守れるだけの力を求め、結果今の私がある」
そこまで言うと英字は拳を握りしめていない方の手で首にかけている『ペンダント』を軽く触りながら続ける。
「今のお前達は無力かもしれない。だが、戦闘訓練を受けると言うのなら、抗えるだけの力を与えると約束しよう」
さぁどうする? そう問いかける英字の視線に、黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。
「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」
樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。
しかし一族を窮地に追い込んだのは紛れもなく自分が原因であり、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容出来ない。とあるもう一つの目的の為にも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。
不退転の決意を瞳に宿し、真っ直ぐ英字を見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。
「英字殿……宜しく頼みます」
言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。
「分かった、だが覚悟はしておけ。あくまでお前達自身の意志で強くなるのだ、私は唯の手伝いに過ぎない。私は人に教えるのは不得手だ、直感頼りだからな。途中で投げ出した者を優しく諭すなんて事はしない、死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択だからな」
英字の言葉にハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。
英字はハウリア族を訓練するにあたって、先ず彼等一人一人に合わせて作った装備を彼等に渡した。先に渡していたナイフの他に反りの入った片刃の小剣、日本で言うところの小太刀だ。
これらの刃物は、タウル鉱石製などの衝撃にも強い鉱石でできているので、その細身に反してかなりの強度を誇っている。
そして、その武器を持たせた上で基本的な動きを教える。だが英字の使う武術などはほとんどが独学で学んだものなのでその道のプロのようにコツなどをうまく教えるのは難しい。
故に、型などを必要とする武術よりは戦いを有利に進めるための『合理的な動き』を叩き込みながら、適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませる。ハウリア族の強みは、その索敵能力と隠密能力だ。いずれは、奇襲と連携に特化した集団戦法を身につければいいと思っていた。
ちなみに、シアに関してはユエが専属で魔法の訓練をしている。亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使えるはずだからだ。時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調のようだ。
だが、訓練開始から二日目。英字は額に青筋を浮かべながらイライラした様にハウリア族の訓練風景を見ていた。確かに、ハウリア族達は、自分達の性質に逆らいながら、言われた通り真面目に訓練に励んでいる。魔物だって、幾つもの傷を負いながらも何とか倒している。
しかし……
グサッ!
魔物の一体に、英字特製の小太刀が突き刺さり絶命させる。
「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」
それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。
ブシュ!
また一体魔物が切り裂かれて倒れ伏す。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」
首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。
バキッ!
瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。
「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」
その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。
「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」
「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」
「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」
「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」
「「「「「「「「族長!」」」」」」」」
いい雰囲気のカム達。そして我慢できずにツッコミを入れる英字。
「お前達……、一体どういうつもりだ‼︎ もしや、その下手な三文芝居で私を小馬鹿にしてるんじゃないだろうな!!!」
そう、ハウリア族達が頑張っているのは分かるのだが、その性質故か、魔物を殺すたびに訳のわからないドラマが生まれるのだ。この二日、何度も見られた光景であり、英字もまた何度も指摘しているのだが一向に直らない事から、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうなのである。
英字の怒りを多分に含んだ声にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。
更に英字の額に青筋が量産される。
見かねたハウリア族の少年が、英字を宥めようと近づく。この少年、ライセン大峡谷でハイベリアに喰われそうになっていたところを間一髪ハジメに助けられ、特に懐いている子だ。
しかし、進み出た少年は英字に何か言おうとして、突如、その場を飛び退いた。
訝しそうに英字が少年に尋ねる
「どうした?」
少年は、そっと足元のそれに手を這わせながら英字に答えた。
「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」
英字の頬が引き攣る。
「お、お花さん?」
「うん! 英字兄ちゃん! 僕、お花さんが大好きなんだ! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」
ニコニコと微笑むウサミミ少年。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに少年を見つめている。
英字は、ゆっくり顔を俯かせた。白髪が垂れ下がり英字の表情を隠す。そして、ポツリと囁くような声で質問をする。
「……時々、お前達が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その〝お花さん〟とやらが原因か?」
英字の言う通り、訓練中、ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのだ。気にはなっていたのだが、次の動作に繋がっていたので、それが殺りやすい位置取りなのかと様子を見ていたのだが。
「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」
「はは、そうだよな?」
苦笑いしながらそう言うカムに少し頬が緩む英字。さっきのはきっとこの子が子供だからに違いない。英字はそう結論付ける。が、しかし……
「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」
カムのその言葉に英字の表情が抜け落ちる。幽鬼のようにゆら~りゆら~りと揺れ始める英字に、何か悪いことを言ったかとハウリア族達がオロオロと顔を見合わせた。英字は、そのままゆっくり少年のもとに歩み寄ると、眼前の花を踏み潰した。ご丁寧に、踏んだ後、グリグリと踏みにじる。
呆然とした表情で足元を見る少年。ようやく英字の足が退けられた後には、無残にも原型すら留めていない〝お花さん〟の残骸が横たわっていた。
「お、お花さぁーん!」
少年の悲痛な声が樹海に木霊する。「一体何を!」と驚愕の表情で英字を見やるハウリア族達に、英字は額に青筋を浮かべたまま口を開く。
「ああ、よく分かった。よ~く分かったよ。私が甘かった。私の責任だ。お前達という種族を見誤った私の落ち度だ。まさか生死がかかった瀬戸際で花や虫に気を遣うとはな……お前達は戦闘技術や実戦経験以前の問題だ。これは私だけの手に負えんな……」
「え、英字殿?」
不気味に肩を震わせる英字に、ドン引きしながら恐る恐る話しかけるカム。その返答は行動によって示された。
次の瞬間英字の背後に黒い穴のようなものが現れた。英字は黒い穴『ゲート』の魔法を発動させ、『その先にいるもの達』を呼び寄せたのだ。
それは、4体の異形だった。
それら4体の異形は姿も形も色も、違えど共通して鎧の様な肌全てに生き物の特徴を持っていた。
一体は黄色いネコ科を思わせる姿を。
一体は黒や白の重量級生物を思わせる姿を。
一体は青い水生系生物などを思わせる姿を。
一体はオレンジ色の爬虫類を思わせる姿をしていた。
「「「「我らが王よ。何なりとご命令を」」」」
それら4体の異形は英字を前にして膝をついていた。
「あぁではまずお前達にはそこにいるハウリア族に稽古をつけてやれ。頼んだぞ『インウィディア』『グラ』『ルクスリア』『アケディア』」
「「「「了解いたしました。我らが王」」」」
そして英字はハウリア族達に呼び掛ける。
「聞いての通りだ。これより私を含めた5人がお前達の指導教官だ。分かったな?」
困惑するハウリア族達を他所に、英字の決定が樹海に響き渡った。
それ以降、樹海の中に〝ピッー〟を入れないといけない用語とハウリア達の悲鳴と怒号が飛び交い続けた。
種族の性質的にどうしても戦闘が苦手な兎人族達を変えるために取った訓練方法。戦闘技術よりも、その精神性を変えるために行われたこの方法を、地球ではハー○マン式と言うとか言わないとか……
はい遂に、他のグリード達が出てきました。
因みに黄色いネコ科のグリードがインウィディア。重量級生物のグリードがグラ。水生系のグリードがルクスリア。爬虫類のグリードがアケディアです。それぞれ日本語で、嫉妬・暴食・色欲・怠惰を意味します。
因みに踏み潰したお花さんは、後で英字が元に戻しておきました。
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