ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第二十四話 魔王様だって時には失敗する

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

 

同行を許されて上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身を捩らせてた。それは、英字と問答した時の真剣な表情が嘘の様に残念な姿だった。

 

「……キモイ」

 

見かねたユエがボソリと呟く。シアの優秀なウサミミは、その呟きをしっかりと捉えた。

 

「……ちょっ、キモイって何ですかキモイって! 嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。私、思わず胸がキュンとなりましたよ~、これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ~」

 

シアは調子に乗っている。それはもう乗りに乗っている。そんなシアに向かってユエはうんざりしながら呟いた。

 

「……ウザウサギ」

「んなっ!? 何ですかウザウサギって! いい加減名前で呼んでくださいよぉ~、旅の仲間ですよぉ~、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりが無いとかじゃあないですよね? ねっ?」

「……」

「何で黙るんですかっ? ちょっと、目を逸らさないで下さいぃ~。ほらほらっ、シアですよ、シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア」

 

必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを尻目に今後の予定について話し合いを始める英字とユエ。それに「無視しないでぇ~、仲間はずれは嫌ですぅ~」と涙目で縋り付くシア。旅の仲間となっても扱いの雑さは変わらない様だった。

 

その後、シアが英字の直接指導で格闘術を一通り覚えたり、英字が「少し約束事で留守にする」と言ってニ週間程姿を消したりして、長い様で短い四ヶ月が過ぎていった。

 

そしてハウリア族大改造の最終日、霧をかき分けて数人のハウリア族が、英字の部下であるグリード達に課された課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。

 

シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何年も会っていないような気がしたのだ。

 

早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。

 

歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線を英字に戻した。そして……

 

「陛下。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

「へ、陛下? と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」 

 

父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 

「私は一体でいいと言った筈なんだが?」

 

英字の課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。英字の疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。

 

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、陛下。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたまま英字に物騒な戦闘報告をする。

 

それを呆然と見ていたシアは一言、

 

「……誰?」

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことですか⁉︎ 英字さん! 父様達に一体何がっ!?」

「お、落ち着け! ど、どういうことも何も……訓練の賜物……らしいぞ」

「らしいって、父様達を鍛えたのって英字さん達ですよね!何で他人事なんですか⁉︎」

「いや…確かに最初は私も部下と一緒に鍛えてやったのだが二週間前に『D』との約束事を果たしていた時に私の部下の一人である『スペルディア』が来ていた様でな、他の4人の代わりにハウリア族を鍛えていたらしいのだが……奴は根っからのドSでなそんな奴が訓練した結果こうなってしまったと言うわけだ」

「いやいや、何が『と言うわけだ』ですか!その人どんだけやばいんですか!? 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

 

樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。一体どうしたんだ? と分かってなさそうな表情でシアと英字のやり取りを見ているカム達。先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が……何というか……ワイルドになっている。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。

 

そんな時、彼らの背後から一人の異形が英字達の方に向かって来た。その見た目は紫色の恐竜や翼竜を思わせる姿をしていた。

 

「魔王様。帰ってたんですね」

「あぁ、『スペルディア』か」

 

そう、彼こそが英字の部下の一人『スペルディア』である。シアはスペルディアの胸ぐらを掴むと猛抗議をし始めた。

 

「貴方がスペルディアさんですね!なんてことしてくれたんですか!人の家族をこんなに豹変させて!」

「あぁ?お前魔王様の新しい部下か。いやでも死ぬよりかはマシだろ」

「どこがマシなんですか!」

 

シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながらスペルディアに凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。英字はというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしていた。

 

埒があかないと判断したのか、シアの矛先がカム達に向かった。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 

縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。

 

だが……

 

「何を言っているんだシア? 私達は正気だ。ただこの世の真理に目覚めただけさ、陛下の部下であらせられるスペルディア殿のお陰でな」

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「この世の問題の九割は暴力で解決できる」

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん」

 

ショックのあまり、泣きべそを掻きながら踵を返し樹海の中に消えていこうとするシア。しかし、霧に紛れる寸前で小さな影とぶつかり「はうぅ」と情けない声を上げながら尻餅をついた。

 

小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。

 

「あっ、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ」

「あ、姐御?」

 

霧の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。シアは、未だかつて〝姉御〟などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを〝シアお姉ちゃん〟と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。

 

そんなシアを尻目に、少年はスタスタと英字とスペルディアの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。

 

「陛下、スペルディア殿! 手ぶらで失礼します! 報告と上申したいことがあります! 発言の許可を!」

「あ、あぁ? 何だ?」

 

少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少し、いやかなりやり過ぎたかもしれないと若干どもる英字。少年はお構いなしに報告を続ける。

 

「はっ! 課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

「なるほどやはり先手で潰しにかかってくるか。で?」

「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

「う~ん。カムはどうだ? こいつはこう言ってるが?」

 

話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

 

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。

そしてその問いに答えたのは英字ではなくスペルディアだった。

 

「……出来るんだな?」

「肯定であります!」

 

最後の確認をするスペルディアに元気よく返事をしたのは少年だ。スペルディアは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け! ハウリア族諸君! 勇猛果敢な戦士諸君! 今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する! お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない! 力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる! 最高の戦士だ! 私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん! 唯の〝ピッー〟野郎どもだ! 奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」

 

スペルディアの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ? と言わんばかりだ。変わり果てた家族を再度目の当たりにし、崩れ落ちるシアの泣き声が虚しく樹海に木霊する。流石に見かねたのかユエがポンポンとシアの頭を慰めるように撫でている。

 

しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。

 

「パルくん! 待って下さい! ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ? 君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか? ね? そうしましょ?」

 

どうやら、まだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。何故、花で釣っているのか。それは、この少年が、かつてのお花が大好きな「お花さ~ん!」の少年だからである。

 

シアの呼び掛けに律儀に立ち止まったお花の少年もといパル少年は、「ふぅ~」と息を吐くとやれやれだぜと言わんばかりに肩を竦めた。まるで、欧米人のようなオーバーリアクションだ。

 

「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身。花を愛でるような軟弱な心は、もう持ち合わせちゃいません」

 

ちなみに、パル少年は今年十一歳だ。

 

「ふ、古傷? 過去を捨てた? えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」

「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは」

「そんな、あんなに大好きだったのに……」

「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ」

 

繰り返すが、パル君は今年十一歳だ。

 

「それより姐御」

「な、何ですか?」

 

〝シアお姉ちゃん! シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」

「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!? ていうか必滅ってなに!?」

「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」

「あ、こらっ! 何が〝ではっ!〟ですか! まだ、話は終わって、って早っ! 待って! 待ってくださいぃ~」

 

恋人に捨てられた女の如く、崩れ落ちたまま霧の向こう側に向かって手を伸ばすシア。答えるものは誰もおらず、彼女の家族は皆、猛々しく戦場に向かってしまった。ガックリと項垂れ、再びシクシクと泣き始めたシア。既に彼女の知る家族はいない。実に哀れを誘う姿だった。

 

そしてそれを見ながら英字は誓ったのだった。

 

「スペルディアには二度と訓練には参加しない様言っておかねばならないな」




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