ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第二十五話 いつも厳しい人が優しくなるとかなり怖い

レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 

もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 

だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が、一人の人間に為すすべもなく再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。医療施設で力なく横たわるジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。

 

レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

 

長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。

 

相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。

 

だが、だとしても、己の目が曇っていたのだとしても……

 

「これはないだろう!?」

 

レギンは堪らず絶叫を上げた。なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。

 

「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」

 

ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑! その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。

 

実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵うことはまずないだろう。だが、この十日間、ハウリア族は、地獄というのも生ぬるい特訓のおかげでその先天的な差を埋めることに成功していた。

 

元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。

 

そして、敵の存在をいち早く察知し、気づかれないよう奇襲できるという点で、彼等は実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。ただ、生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。

 

英字が不在の間に来たスペルディアが施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい。ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を感じる暇も与えない。ハート○ン先任軍曹様のセリフを思い出しながら、四ヶ月間ぶっ通しで過酷な訓練を施した結果、彼等の心は完全に戦闘者のそれになった。かなり、やりすぎた感は否めないが……

 

躊躇いのない攻撃性を身に付けた彼等は、中々の戦闘力を発揮した。一族全体を家族と称する絆の強い一族というだけあって連携は最初からかなり高いレベルだった。また、気配の強弱の調整が上手く、連携と合わせることで絶大な効果を発揮した。

 

パル……必滅のバルトフェルド君など、すっかりクロスボウによる狙撃に惚れ込み、一端のスナイパー気取りである。

 

「一撃必倒! ド頭吹き飛ばしてやりまさぁ。〝必滅〟の名にかけて」

 

パル……必滅のバルトフェルド君の最近の口癖である。ちなみに、〝必滅〟は彼の自称だ。

 

そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

 

「レギン殿! このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿しんがりは私が務めっクペッ!?」

「トントォ!?」

 

一時撤退を進言してくる部下に、ジンを再起不能にされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。

 

それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。

 

霧の中から矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。それに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。

 

だが、それも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。レギン達は戦慄する。これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!? と。

 

しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。

 

「どうした〝ピッー〟野郎共! この程度か! この根性なしが!」

「最強種が聞いて呆れるぞ! この〝ピッー〟共が! それでも〝ピッー〟付いてるのか!」

「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱った〝ピッー〟か!」

 

兎人族と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が浴びせられる。ホントにこいつらに何があったんだ!? と戦慄の表情を浮かべる熊人族達。中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。

 

「クックックッ、何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」

 

カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。闘争本能に目覚めた今、見下されがちな境遇に思うところが出てきたらしい。前のカムからは考えられないセリフだ。

 

「ぬぐぅ……」

 

レギンは、カムの物言いに悔しげに表情を歪める。何とか混乱から立ち直ったようでその瞳には本来の理性が戻ってきていた。

 

ハウリア族の強襲に冷や水を浴びせかけられたというのもあるだろうが、ジンを再起不能にされた怒りの炎は未だ燃え盛らせつつも、今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚があるのだろう。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、レギン殿!?」

「レギン殿! それはっ……」

 

レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。だからこそ言葉を詰まらせ立ち尽くすことしかできなかった。

 

頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……

 

「だが断る」

 

という言葉と投擲されたナイフだった。

 

「うぉ!?」

 

咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに、レギン達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。大斧を盾にして必死に耐え凌ぐレギン達に、ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。

 

「なぜだ!?」

 

呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。

 

「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

 

カムの答えは実にシンプルだった。

 

「ぐっ、だが!」

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」

 

カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。どうやら、初めての人族、それも同胞たる亜人族を殺したことに心のタガが外れてしまったようである。要は、完全に暴走状態だ。

 

攻撃は苛烈さを増し、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。次の掃射には耐えられないだろう。

 

カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。ハウリア達も狂的な眼で矢を、石をつがえた。レギンは、ここが死に場所かと無念を感じながら体の力を抜く。そして、心の中で、扇動してしまった部下達に謝罪をする。

 

カムの腕が、レギン達の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる矢と石。スローモーションで迫ってくるそれらを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続け、そして……

 

「いい加減にしなさぁ~い!!!」

 

ズドォオオン!!

 

白き鉄槌が全てを吹き飛ばす光景を目の当たりにした。

 

「は?」

 

思わず間抜けな声を出してしまうレギン。だが、無理もないだろう。何せ、死を覚悟した直後、青白い髪を靡かせたウサミミ少女が、巨大な鉄槌と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけ、その際に発生した衝撃波で飛んでくる矢や石をまとめて吹き飛ばしたのだから。目が点になるとはこのことだ。周りの熊人族もポカンとしている。

 

怒り心頭! といった感じで登場したのは、もちろんシアである。英字の万物錬成で作成された大槌は、途轍もない重量を持っているのだが、まるで重さなど感じさせずブオンッと突風を発生させながら振り回し、ビシッとカムに向かって突きつけた。

 

「もうっ! ホントにもうっですよ! 父様も皆も、いい加減正気に戻って下さい!」

 

そんなシアに、最初は驚愕で硬直していたカム達だが、ハッと我を取り戻すと責めるような眼差しを向けた。

 

「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴等を殺せないだろう?」

「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」

 

シアの言葉に、カム達の目が細められる。

 

「ダメ? まさかシア、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」

「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」

「「「「いいのかよっ!?」」」」

 

てっきり同族の虐殺を止めに来てくれたのかと考えていた熊人族達は、シアの言葉に思わずツッコミを入れる。

 

「当たり前です。殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」

「ふむ、では何故止めたのだ?」

 

カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。

 

「そんなの決まってます! 父様達が、壊れてしまうからです! 堕ちてしまうからです!」

「壊れる? 堕ちる?」

 

訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。

 

「そうです! 思い出して下さい。英字さんは敵に容赦しませんし、スペルディアさんは問答無用だし、無慈悲ではありますが、二人とも魔物でも人でも『殺しを楽しんだ』ことはなかったはずです! 訓練でも、敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずです!」

「い、いや、我らは楽しんでなど……」

「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」

「顔? いや、どんなと言われても……」

 

シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア族。シアは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。

 

「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです」

「ッ!?」

 

衝撃だった。宿った狂気が吹き飛ぶほど。冷水を浴びせられた気分だ。自分達家族の大半を嘲笑と愉悦交じりに奪った輩と同じ表情……実際に目の当たりにして来たからこそその醜さが分かる。家族を奪った彼等と同じ……耐え難い事実だ。

 

「シ、シア……私は……」

「ふぅ~、少しは落ち着いたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃいけないかもと思っていたので」

 

シアが大槌をフリフリと動かす。シアの指摘と、ついでに大槌の威容に動揺しているハウリア達に、シアが少し頬を緩める。

 

「まぁ、初めての対人戦ですし、今、気がつけたのなら、もう大丈夫ですよ! 大体、英字さん達も悪いんです! 戦える精神にするというのはわかりますが、あんなのやり過ぎですよ! 戦士どころかバーサーカーの育成じゃないですかっ!」

 

今度は、英字達に対してぷりぷりと怒り出すシア。

 

と、その時、突如として地面が陥没した様な音が響き渡った。

 

シアの背後で「ぐわっ!?」という呻き声と崩れ落ちる音がする。そう言えば、すっかり存在を忘れていたとシアとカム達が慌てて背後を確認すると、陥没した地面に這いつくばっているレギンの姿があった。

 

「なにをドサクサに紛れて逃げ出そうとしている? 話が終わるまで正座でもしておくんだな」

 

霧の奥から英字がユエと共に現れる。どうやら、シア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に重力魔法をかけた様だった。

 

英字の言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、英字は〝威圧〟を仕掛けて黙らせた。ガクブルしている彼等を尻目に、シア達の方へ歩み寄る英字とユエ。

 

英字はカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。

 

「あ〜その〜何だ。……すまなかった。まさかスペルディアが来るとは思わなくてな、今回は完全に私の責任だ。本当にすまなかった」

 

ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があった。

 

「へ、陛下!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

「陛下! しっかりして下さい!」

 

故にこう言う反応になる。

 

今回のことは、英字自身、本心から自分のミスだと思っていた。外せない用事があったからとは言えスペルディアが来ることを頭に入れずに他の部下に訓練を任せてしまった。だからこそ謝罪の言葉を口にしたというのに……帰ってきた反応は正気を疑われるというものだった。

 

少しばかりイラッと来たが取り敢えずこの件は脇に置いておいて、レギンのもとへ歩み寄る。

 

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどちらがいい?」

 

英字の言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。今のセリフでは、場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしないと思われていた英字がだ。カム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目で英字を見ている。話が進まないので英字は取り敢えずスルーする。

 

レギンも意外そうな表情で英字を見返した。ハウリア族をここまで豹変させたのは間違いなく眼前の男だと確信していたので、その男が情けをかけるとは思えなかったのだ。

 

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

「あぁ。 但し、条件があるがな」

「条件?」

 

あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌と英字の頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。

 

「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」

「……伝言か?」

 

条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。

 

「〝貸一つ〟とな」

「……ッ!? それはっ!」

「どうする? 引き受けるか?」

 

言伝の意味を察して、思わず怒鳴りそうになるレギン。英字はどこ吹く風でレギンの選択を待っている。〝貸一つ〟それは、襲撃者達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。

 

長老会議が長老の一人を失い、会議の決定を実質的に覆すという苦渋の選択をしてまで不干渉を結んだというのに、伝言すれば長老衆は無条件で英字の要請に応えなければならなくなる。

 

客観的に見れば、ジンの場合も、レギンの場合も一方的に仕掛けておいて返り討ちにあっただけであり、その上、命は見逃してもらったということになるので、長老会議の威信にかけて無下にはできないだろう。無視してしまえば唯の無法者だ。それに、今度こそ英字が牙を向くかもしれない。

 

つまり、レギン達が生き残るということは、自国に不利な要素を持ち帰るということでもあるのだ。長老会議の決定を無視した挙句、負債を背負わせる、しかも最強種と豪語しておきながら半数以上を討ち取られての帰還……英字の言う通りまさに生き恥だ。

 

表情を歪めるレギンに英字が追い討ちをかける。

 

「それと、お前の部下の死の責任はお前自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな」

「ぐっう」

 

そしてレギオンはしばらく悩むと、その提案を受け入れる。

 

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

「そうか。ではさっさと帰れ。もし次私の部下に手を出したのなら」

 

英字の全身から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。

 

 

「その日がお前達の最後だと思え」

 

 

ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰路についた。若者が中心だったことも素直に敗北を受け入れた原因だろう。レギンも、もうフェアベルゲンで幅を利かせることはできないだろう。一生日陰者扱いの可能性が高い。だが、理不尽に命を狙ったのだから、むしろ軽い罰である。

 

そして霧の向こうへ熊人族達が消えていった。それを見届けると英字達は大樹に向かうのだった。




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