ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第三十一話 突入!ライセンの大迷宮

死屍累々。

 

そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物はひしゃげた頭部を地面にめり込ませ、またある魔物は頭部を粉砕されて横たわり、更には全身を炭化させた魔物など、死に方は様々だが一様に一撃で絶命しているようだ。

 

当然、この世の地獄、処刑場と人々に恐れられるこの場所で、こんなことが出来るのは……

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

ズガンッ!!

 

「……邪魔」

 

ゴバッ!!

 

「……」

 

パァンッ!!

 

英字、ユエ、シアの三人である。英字達はブルックの町を出た後(ユエ、シアのファンらしき人々の見送り付き)、ライドベンダーを走らせてかつて通った【ライセン大峡谷】の入口に辿り着いた。現在はそこから更に進み、【オルクス大迷宮】の転移陣が隠されている洞窟もとうに通り過ぎたあたりだ。

 

【ライセン大峡谷】では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。

 

シアの大槌が、その絶大な膂力をもって振るわれ文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃に為す術なく潰され絶命する。餅つきウサギも真っ青な破壊力である。

 

ユエは、至近距離まで迫った魔物を、魔力に物を言わせて強引に発動した魔法で屠っていく。ユエ自身の魔力が膨大であることもあるが、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力が莫大であることから、まるで弾切れのない爆撃だ。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くとも、超高温の炎がノータイムで発動するので魔物達は一体の例外もなく炭化して絶命する。

 

英字は、言うまでもない。ライドベンダーを走らせながらオンインバスター50で頭部を狙い撃ちにしていく。ユエを遥かに超える魔力とその回復速度、加えて魔力分解作用が無効化される為、そもそも魔力切れが発生しない。

 

谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。道中には魔物の死体が溢れかえっていた。

 

「ライセンの何処かにある、というのはやはり大雑把過ぎるな」

 

洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、それはそうなんだが……」

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」

 

そんな風に愚痴を溢し魔物の多さに辟易しつつも、更に走り続けて日が暮れ谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、英字達はその日の野営の準備をしていた。

 

野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、全て英字の所持品である。

 

今日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。クルルー鳥とは、空飛ぶ鶏の事だ。肉の質や味はまんま鶏である。この世界でもポピュラーな鳥肉だ。一口サイズに切られ、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理だ。肉にはバターの風味と肉汁をたっぷり閉じ込められたまま、スっと鼻を通るようなトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間、それらの風味が口いっぱいに広がる。肉はホロホロと口の中で崩れていき、トマトスープがしっかり染み込んだジャガイモ(擬き)はホクホクで、人参(擬き)や玉葱(擬き)は自然な甘味を舌に伝える。旨みが溶け出したスープにつけて柔くしたパンも実に美味しい。

 

大満足の夕食を終えて、その余韻に浸りながら、いつも通り食後の雑談をする英字達。テントの中にいれば、英字の付与した気配遮断の魔法で魔物が寄ってこないのでゆっくりできる。偶然通りがかる魔物は、テントに取り付けられた窓から英字が手だけを突き出して処理する。そして就寝時間が来れば、三人で見張りを交代しながら朝を迎える、という予定だ。

 

そしてそろそろ就寝時間だと寝る準備に入るユエとシア。最初の見張りは英字だ。テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にも拘らず快適な睡眠が取れる。すると、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。

 

「ちょっと、お花摘みに」

「手短にな」

 

英字はそう声を掛けると共に、シアに向けて宙に指を走らせる。すると二回、シアの身体を光が包み込んだ。不思議そうにするシアに、英字は

「音と臭いを消す魔法をかけておいた」と事も無げに口にする。「最早何でもありですねぇ」と言いながらシアはテントの外に出て行った。

 

その後暫くして……

 

「え、英字さ~ん! ユエさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

と、シアが魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかの様に大声を上げた。何事かと英字とユエは顔を見合わせ同時にテントを飛び出す。

 

シアの声がした方へ行くと、そこには巨大な一枚岩が谷の壁面に凭れ掛かる様に倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアはその隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! という様に興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化を全開にして、興奮しすぎだぞ」

「……うるさい」

 

はしゃぎながら英字とユエの手を引っ張るシアに、英字は少し呆れ気味に、ユエは鬱陶しそうに顔をしかめる。シアに導かれて岩の隙間に入ると壁面側が奥へと窪んでおり、意外な程広い空間が存在した。そしてその空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

その指先をたどって視線を転じる英字とユエは、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 

二人の視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

〝!〟や〝♪〟のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

「……何だこれは」

「……なにこれ」

 

英字とユエの声が重なる。その表情は、正に"信じられないものを見た"という表現がぴったり当て嵌まるものだ。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。

 

「何って、入口ですよ大迷宮の! おトイ……ゴッホン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

能天気なシアの声が響く中、英字とシアは漸く硬直が解けたのか、何とも言えない表情になり、困惑しながらお互いを見た。

 

「……ユエ。本物だと思うか?」

「…………………………ん」

「長い間だな。根拠は?」

「……"ミレディ"」

「やはりそこか……」

 

〝ミレディ〟その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

だがしかし、はいそうですかと素直に信じられないのは……

 

「何故こんなチャラチャラしているんだ……」

 

そういう事である。英字としては、オルクス大迷宮の内観を思い返し、それを鑑みて他の迷宮は発見からして判り辛いだろうと想像していただけに、この軽薄さは否応なく英字を脱力させるものだった。ユエも大迷宮の過酷さを骨身に染みて理解しているだけに、若干まだ誰かの悪戯ではないかと疑わしそうな表情をしている。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

そんな英字とユエの微妙な心理に気づくこともなく、シアは、入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「おい、シア。あんまり……」

 

ガコンッ!

 

「ふきゃ!?」

 

「不用意に動き回るな」と言おうとした英字の眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。宛ら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「……」」

 

奇しくも大迷宮への入口も発見した事で看板の信憑性が増した。やはり、ライセンの大迷宮はここにある様だ。まるで遊園地の誘い文句の様な入口に、「これでいいのか大迷宮」とか「オルクスのシリアスを返せ」とか言いたい事は山程あるが、無言でシアが消えた回転扉を見つめていた英字とユエは、一度顔を見合わせて溜息を吐くとシアと同じ様に回転扉に手をかけた。

 

扉の仕掛けが作用して英字とユエを同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗で、扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中を英字達目掛けて何かが飛来した。英字の"暗視"はその正体を直ぐ様暴く。

それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

英字が素早く腕を振るうと、計二十一本の矢は一瞬にして宙を舞う塵になり再び静寂が戻った。と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。英字達のいる場所は十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

「……」

「ふふ、面白いじゃないか」

 

ユエの内心はかつてない程荒れている。即ち「うぜぇ~」と。態々"ニヤニヤ"と"ぶふっ"の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。珍しく、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。

 

それに反して、英字は軽く笑みを浮かべていた。理由は不明だが、どうやら先程のトラップがお気に召したらしい。

 

そしてふと、ユエが思い出した様に呟いた。

 

「……シアは?」

「あぁ、そういえば」

 

ユエの呟きで英字も思い出した様で、くるりと背後の回転扉を振り返る。扉は一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないという事は英字達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、英字は直ぐに回転扉を作動させに行った。

 

果たしてシアは…… いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、英字ざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは、恐らく矢が飛来する風切り音に気がつき見えないながらも天性の索敵能力で何とか躱したのだろう。

 

だが、本当にギリギリだったらしく、衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。尤も、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではない様だ。

 

何故なら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「……善処しよう」

「うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまった事に滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。尤も、出会いの時点で百年の恋も覚める様な醜態を見ている上、英字にその気が無いので今更だった。

 

それでもシアの心情は理解できる為、英字は目を閉じた上で出来る限り視覚系の技能を遮断してシアを磔から解放する。その後アイテムボックスからシアの着替えを出してやり、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。

 

そしてシアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。しばらく無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。

 

よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「ムキィーー!!」

 

シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

 

発狂するシアを尻目に、英字は不敵な笑みで呟いた。

 

「ふふふ、ミレディ・ライセンは中々ユニークな発想の持ち主らしいな」

「……そういう問題?」

 

どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所の様だった。




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