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ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。
まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。
魔法特化のユエにとっては相当負担のかかる場所である。何せ、上級以上の魔法は使用できず、中級以下でも射程が極端に短い。五メートルも効果を出せれば御の字という状況だ。何とか、瞬間的に魔力を高めれば実戦でも使えるレベルではあるが、今までのように強力な魔法で一撃とは行かなくなった。
また、魔晶石シリーズに蓄えた魔力の減りも馬鹿にできないので、考えて使わなければならない。それだけ消費が激しいのだ。魔法に関しては天才的なユエだからこそ中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。
よって、この大迷宮では身体強化が今まで以上に重要になってくる。当然の様に分解作用が無効化されている英字としては、シアを鍛える良い機会だと感じていた。
で、その肝心要のウサミミはというと……
「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」
戦槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探す様に周囲を見渡していた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしい事になっている。その理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さを考えれば容易に想像がつくだろう。
シアの気持ちが良く分かる様で、なんとも言えないユエ。凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるという事がある。ユエの心理状態が正にそんな感じだ。それとは逆に、英字は何故か笑みを浮かべている。
現在それなりに歩みを進めてきた英字達だが、ここに至るまで実に様々なトラップや例のウザい言葉の彫刻に遭遇してきた。シアがマジギレしていなければ、ユエがキレていただろう。
遂に「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発する様になったシアを引っ張りつつ、底意地の悪すぎるトラップが仕掛けられてない注意深く周囲を観察しながら英字達は通路を進む。
すると、暫くして複雑怪奇な空間に出た。階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせて出来た様な場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当に滅茶苦茶だった。
「これはまた、ある意味迷宮らしいと言えそうな迷宮だな」
「……ん、迷いそう」
「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。この滅茶苦茶具合が奴の心を表しているんですよぉ!」
「……気持ちは分かったが、そろそろ落ち着いたらどうだ」
未だ怒り心頭のシア。それに呆れ半分同情半分の視線を向けつつ、英字は「さて、どう進んだものか」と思案する。
「……英字様。考えても仕方ない」
「まぁ、そうだな。取り敢えず進むしかないか」
「ん……」
ユエの言葉に頷く英字。英字は早速、入口に一番近い場所にある右脇の通路に適当に傷をつけて目印とし、進んでみる事にした。
通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物の様に無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる鉱物の様で薄青い光を放っている。
英字が試しに"鑑定"を使ってみると、"リン鉱石"と出た。どうやら空気と触れる事で発光する性質を持っている様だ。最初の部屋は、恐らく何かの処置をする事で最初は発光しない様にしてあったのだろう。そんな事を思い浮かべながら長い通路を進んでいると突然、
ガコンッ
という音を響かせて英字の足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけ英字の体重により沈んでいる。英字達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。
その瞬間、
シャァアアア!!
そんな刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。
「二人共、私の背後にいろ」
英字は二人にそう指示しつつ、首の高さの刃を掴んで握り潰す。腰の高さの物も軽く虫を払う様に手を振れば、まるで砂の塊の様に簡単に木端微塵になる。後ろから「はわわ、はわわわわ」と動揺に揺れる声が聞こえてくるが、苦悶の声ではない様なので怪我はしていないのだろうと推測する英字。破片が飛ぶかと思い背後に来る様言ったが、問題無かった様だ。
第二陣を警戒して暫く注意深く辺りを見回す英字。しかし、どうやら今ので終わりらしい。「ふう…」と息を吐き後ろを振り返ろうとして、英字は微かな金属音を捉えた。
自身の耳を信じるまま、頭上に向けて火炎弾を放つ。直後、頭上からギロチンの如く無数の刃が射出され、そのまま英字の火炎弾に触れて溶ける間も無く蒸発する。やはり、先程の刃と同じく高速振動していた。
微笑を浮かべて天井を見つめる英字。ユエとシアは硬直している。
「完全な物理トラップか。いいぞ、実に大迷宮らしくなってきたじゃないか」
英字はこの迷宮に入ってから、少しばかり上機嫌で笑顔を浮かべている。どうやらこの迷宮の典型的なまでの『古代遺跡とそこに仕掛けられたトラップ』という状況がお気に召したらしい。
「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。ていうか、えさん! あれくらい普通に対処して下さいよぉ! 焼け死ぬかと思いましたよ!」
「すまないな、少しばかり気が昂ってな」
「少しって……死ぬところだったんですがっ!」
「無傷だったのだから良いではないか」
「そりゃそうですけどね!?」
楽し気に笑う英字に、掴みかからんばかりの勢いで問い詰めようとするシア。そんなシアにユエが言葉の暴力を振るう。
「……お漏らしウサギ。死にかけたのは未熟なだけ」
「おもっ、おもらっ、撤回して下さいユエさん! いくらなんでも不名誉すぎますぅ!」
シアの「○○ウサギ」シリーズに新たに加わった称号の不名誉さに、シアが我慢出来ず猛抗議する。この迷宮に入ってから、この短時間で既に二度も死にかけたというのに意外に元気だ。やはり、シアの最大の強みは打たれ強さなのだろう。本人は断固として認めないだろうが。
シアが文句を言った通り、完全な不意打ちに迎撃を選択したが、英字ならさっきの刃も障壁を張るなりで受け止められただろう。身に纏う法衣自体も妻が作ってくれた特製の物でかなりの防御力を誇っている為、そもそもあの程度では汚れすら付かない。
しかし、先程のトラップは唯の人間を殺すには明らかにオーバーキルというべき威力が込められていた。並みの防具では、歯牙にもかけずに両断されていただろう。英字の様に埒外の化物や、神代の素材を用いた武器防具でも持っていなければ回避以外に生存の道はない。
「でもまぁ、あの程度なら問題ないか」
シアとユエの喧嘩? を尻目に、そう独りごちる英字。どれだけ威力があっても、唯の物理トラップでは英字は傷つけられないだろう。そして、ユエには"自動再生"がある。トラップにかかっても死にはしない。となると……必然的にヤバイのはシアだけである。その事に気がついているのかいないのか分からないが、シアのストレスが天元突破するであろう事だけは確かだった。
「あれ? 英字さん、何でそんな試す様な目で私を……」
「何でもない、行くぞシア」
英字達は、トラップに注意しながら更に奥へと進む。
今のところ、魔物は一切出てきていない。魔物のいない迷宮とも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。それこそトラップという形で、いきなり現れてもおかしくない。
英字達は、通路の先にある空間に出た。その部屋には三つの奥へと続く道がある。取り敢えず目印だけつけておき、英字達は階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。
「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」
階段の中程まで進んだ頃、突然、シアがそんなことを言い出した。言葉通り、シアのウサミミがピンッと立ち、忙しなく右に左にと動いている。
「そういう事を言うと大抵、直後に何か『ガコン』……すまない」
「わ、私のせいじゃないすぅッ!?」
「!? ……フラグウサギッ!」
英字とシアが話している最中に、嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールの様なよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。
「成程、その系統のトラップか」
英字は即座に翼を生やし、それと同時に重力操作を発動しユエとシアを浮かせて滑り落ちない様に引き上げる。
「このタイプも典型だな」
「た、助かったですぅ……」
ユエはともかく、経験の浅いシアでは一瞬で滑っていただろう。
そのまま三人は、長いスロープを抜けて広い空間に出た。そして、全員が何気なく下を見て盛大に後悔した。
カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ
そんな音を立てながら夥しい数の蠍が蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。嘗ての蠍擬きの様な脅威は感じないのだが、生理的嫌悪感はこちらの方が圧倒的に上だ。即座に浮遊しなければ蠍の海に飛び込んでいたかと思うと、全身に鳥肌が立つ思いである。
「「……」」
「さ、流石にこれはちょっと……」
思わず黙り込む二人と難しい顔をしつつ蠍の海に火炎弾を投げる英字。蠍達の断末魔を聞きつつ、何気なく天井に視線を転じる。すると、何やら発光する文字がある事に気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまう英字達。
"彼等に致死性の毒はありません"
"でも麻痺はします"
"存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!"
わざわざリン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。ここに落ちた者はきっと、蠍に全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。
「「……」」
また違う意味で黙り込むユエとシア。「相手したら負けだ」と二人に言い聞かせ、何とか気を取り直すと周囲を観察する。
「……英字様、あそこ」
「ん?」
すると、ユエが何かに気がついた様に下方のとある場所を指差した。そこにはぽっかりと横穴が空いている。
「横穴か……どうする? 元の場所に戻るか、あそこに行ってみるか」
「わ、私は、英字さんの決定に従います」
「……同じく」
「シア、お前の"選択未来"はどうした?」
「うっ、それはまだちょっと。練習してはいるのですが……」
〝選択未来〟シアの固有魔法だ。仮定の先の未来を垣間見れる。但し、一日一回しか使用できない上、魔力も多大に消費するのであまり使えない固有魔法だ。シアの強みは身体強化なので、魔力が枯渇しては唯の残念なウサギになってしまう。一応、日々鍛錬をしており、消費魔力が少しずつ減ってきていたりするのだが……十全に使いこなすにはまだまだ道のりは遠そうである。
「まぁ私が使ってもいいんだが、それでは意味がないからな。では横穴を行くとしよう」
「ん……、ん!?」
「はい!?」
何気なく言われてつい流しそうになって、英字の言葉に思わず二度見した二人。二人の驚いた顔に、英字も意外そうな顔になる。
「ど、どうした、いきなり大声を出して」
「どうした、じゃありませんよっ! 英字さんも使えるんですか!?」
「あぁ、そう言えば言ってなかったな。私は相手を見て発動する技能、所謂『邪眼』と言うのがあってな、そのうちの一つ『未来視の邪眼』を使えばシアと同じ未来を見る事ができる」
「……初耳」
「使っていないのは、やっぱり魔力消費消費が激しいからですか?」
「いや、単純に目が疲れるんだ。この後戦闘があるかもしれないと言うのに目が疲れて隙を作るなど論外だからな」
英字は何でもない様に言いつつ、浮かせた二人を伴って移動し横穴へと辿り着いた。
ユエとシアの二人は、この先も嫌らしいトラップがあるんだろうなぁとウンザリおもんしていた。
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