【ハイリヒ王国】の王宮の一角には、この世界に召喚された異世界の生徒達専用に開放された食堂兼サロンがある。生徒一人一人に専属の侍従が付けられており、このサロンに来て生徒達が視線を彷徨わせれば、それだけで要望有りと判断して彼等が傍に寄って来る。そうして飲み物でも食べ物でも、頼めば洗練された仕草と共に直ぐに用意してくれるのだ。
部屋に関しても生徒達には一人一人に専用の部屋が与えられているのだが、異世界の地で一人部屋に引き籠るのは酷く寂しく強い孤独を感じてしまうせいか、一部の例外を除いて大抵はこのサロンで雑談やら何やらで時間を潰す日々を送っていた。
勿論、彼等がこの世界に招かれたのは無為な時間を過ごす為ではない。魔人族という人間族の怨敵と戦争をし勝利する為だ。
では何故そんな彼等彼女等の大半が、日も高い日中にサロンで雑談に時間を浪費しているのかというと……
有り体に言って、心が折れたからだ。
生徒達は数ヵ月前に、死を目の当たりにした。【オルクス大迷宮】という陽の光が届かない地の底で、慈悲など欠片も持たない魔物の殺意を叩きつけられ、誰もが己の死を幻視する程追い詰められ、実際に一人のクラスメイトが死に誘われて消えてしまった。
──剣と魔法のファンタジー
夢と希望の詰まった心躍るそのイメージは、圧倒的な現実の非情さと予想を軽く超えて来る不条理の前にあっさりと砕け散った。戦場に出れば死ぬ。そんな当たり前の事を、彼等は大きすぎる代償と共に骨身に刻み込まれてしまったのだ。
意気揚々と魔法を練習し、己の天職が示す才能に一喜一憂し、魔物を屠る快感に酔いしれる。そんな気持ちは既に微塵も湧き上がりはしない。
どんな人間でも死ぬ時は死ぬ。
それを真に理解した彼等は戦えなくなったばかりか、王都の外に出る事が出来なくなった。
当然、王国や聖教教会上層部はそんな生徒達を戦いへと促した。強引な手法を取った訳ではない、あくまで言葉による説得だ。だがそれでも、ただでさえ追い詰められていた生徒達の心はその説得の言葉に更に追い詰められる事になった。従わなければ、ここを追い出されるのではないか? そうなれば誰の庇護も無いまま、この命が酷く軽い世界に放り出されるのではないか? と。
そんな時だ。その有する天職の希少性と特性から、生徒達とは別行動で各地の食料問題を解決する為に遠征していた──畑山愛子教諭が帰還したのは。
帰還した愛子は帰らぬ人となった少年の事を聞き、激しく取り乱した。しかし愛子は、一見して分かる程追い詰められている生徒達を見ると直ぐ様立ち上がった。毅然とした態度と不退転の意志、そして自分の希少性すら利用した交渉で上層部からの戦線復帰を促す説得を止めさせたのだ。
結果、生徒達は戦いに出る必要も無く、愛子の庇護の下王宮での暮らしを確約されこうしてサロンで身を寄せ合って雑談しているのである。
「なぁ聞いたか? 天之川達、遂に七十階層に到達したんだってさ」
「マジかよ。ついこの間、未踏区域の六十六階層の攻略に入ったばっかじゃん」
「流石勇者パーティってか? 俺達みたいな凡人とは出来が違うんだよな」
肩を竦めて、すまし顔でそんな事を言った男子生徒の一人──玉井淳史は、しかしその表情に何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。一番強いのは羨望だろうか。
九死に一生を得て、それでも尚前人未到の魔境へ挑み続けている光輝達に、それが出来ている事に羨む気持ちを持たずにはいられない様だ。同時に、自分に対する情けなさと、その事実から目を逸らしている事の気まずさ、それでもあの日の事を思い出せば不可避的に湧き上がる根源的な恐怖の色がチラついていた。
それは淳史に限った事ではなく、今このサロンにいる居残り組の大半も同じ気持ちだった。日本に、家に帰りたい。その為には魔人族との戦争に勝利して、自分達をこの世界に召喚した聖教教会の信仰する創世神エヒトの力を借りなければならない。そう分かっていても、心は奮い立たない。恐怖の黒が、意志の白を塗り潰してしまう。
「そうだよね。やっぱ香織ちゃんとか雫っちとか、ああいう特別っぽい子じゃないとねぇ」
「そうそう。雫とかマジ格好良かったもんね。私、うっかり惚れちゃいそうになっちゃったよ~」
「あはは、なにそれ~。百合は鈴だけで十分だって!」
「えっ、鈴ちゃんってガチなの!?」
「いや、あれは中身がオッサンなだけっしょ」
淳史達男子と同じく、女子達も表面上は明るくお道化る様に、されどどこか羨望と後ろめたさを宿した表情で上滑りの会話を続ける。そこへ男子達も参加して、何の意味も無い虚しく乾いた会話が続いていく。まるで会話が途切れる事を恐れる様に。
そんな彼等彼女等の様子を、サロンに控える侍従達も露骨な視線を向ける者は皆無であったものの、様々な目で見ていた。
神に選ばれておきながら、或いは仲間が今も戦っているというのにこんな所で何を無意味な時間を過ごしているのかという冷ややかなもの、生徒達の心に巣食った恐怖を察し、そして故郷に帰れない現状に憐憫を宿したもの、ただの学徒だった彼等をここまで追い詰めてしまった事に対する申し訳なさそうなもの、既に見切りをつけたのか、何の感情も浮かんでいない無関心なもの……。
侍従達の垣間見せるそれらはそのままこの国の貴族達や聖教教会関係者が居残り組に向ける感情だった。勿論、所属によって比率は変わるが。
そして居残り組も、何となく自分達に向けられる感情の空気は感じ取っていた。それがまた、彼等の現実逃避と傷の舐め合いに等しい乾いた会話へ傾いていく。
そこへ、ポツリと小さな呟きが零れ落ちた。
「……雫様とて、女の子である事に変わりはないでしょうに……」
それは誰に聞かせるでもない、本当に思わず漏れ出た独り言だったのだろう。だがタイミングが悪かった様で、丁度会話が途切れた直後に放たれたその言葉はサロンの全員に届いてしまった。
生徒達がハッとした様に呟きを漏らした侍従──普段は雫の専属をしているニアへ視線を向けた。ニアは、明らかに余計な事を口走ったと言いたげな様子で直ぐに頭を下げるが……
「……何だよ、何か文句でもあんのかよ」
淳史が眉根を寄せて、低く唸る様な声音をニアへ向ける。剣呑な雰囲気を発してはいるものの、しかしその視線は斜め下へ逸らされている。それがニアへの反応が半ば八つ当たり的なものであると如実に示していた。
「いえ、文句などではありません。申し訳ありませんでした」
再度ニアは、生徒達に向けて深々と頭を下げる。しかし淳史は、そんなニアの殊勝な態度が癇に障った様で、尚言い募るべく口を開いた。
「誰も謝れなんて言ってねぇだろ、馬鹿にしてんのかっ!? 八重樫さんだって変わんないって……つまり変わらないのに俺達だけ戦わないのが情けないって、そう言いたいんだろうが! はっきり言ったらどうだよ!!」
「お、おい。淳史、それくらいにしとけって」
「メイドさんに当たってどうすんだよ」
癇癪を起した子供の様に怒声を上げる淳史に、友人の相川昇と仁村明人が宥める様に声を掛ける。
「うるせぇよ、俺はただっ……ただ……、くそっ」
「淳史……」
「玉井くん……」
言葉にならない鬱屈した感情が渦巻いて、苛立たし気な様子を露わにする淳史。傍らの昇と明人が何とも言えない表情で淳史から視線を逸らし、女子生徒の何人かも淳史に声を掛けようとしては口を紡ぐ。全員分かるのだ。淳史の言葉に出来ない、まるで蜘蛛の巣にでも搦め捕られたかの様な重く粘ついた心情を。
俯いて表情を隠す淳史に、ニアが一歩進み出る。
「淳史様。ご気分を害する様な発言をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ただ決して、淳史様を含め皆様に皮肉を申し上げた訳では無いのです。どうか、それだけは……」
「ニアさん……、いやその、俺の方こそ……すみません……」
改めて深々と頭を下げながら、確かに誠意を感じる態度と声音で謝罪するニアに淳史は気まずそうに視線を逸らしながらも、少し気持ちが落ち着いた様で謝罪を返す。実際のところ、悪い所が無い女性に癇癪を起した挙句頭を下げさせているのだ。居た堪れない事この上ない。
そんな淳史にニアは僅かに微笑むと、今度は流さず自分の発言の真意を伝えようと口を開く。
「皆様も。先程の私の不用意な発言でご気分を害されたのなら謝罪致します。しかし、私は雫様付きの侍従として、いえ…一人の友人として思うのです。雫様もまた、時には誰かに守られ、頼り、甘えるべき女の子であるべきだと」
「……でも、雫っちは超強いし。何時だって頼りになるし……正直、弱っちい雫っちなんて想像出来ないんだけど」
「そうだよね……」
居残り組の女子──宮崎奈々が苦笑いを浮かべながらそう言い、友人である菅原妙子が同意する。
「確かに、雫様に付いてお世話をしていても彼女が弱みを見せたところなど見た事がありません。ですが、完璧な人間などいる筈がありません。雫様もまた、少し前まではただの学徒でしかなかった十代の女の子です。ならば今は大丈夫でも……やっと生還したこの王宮で、心安らぐ暇も無く皆様の"雫様なら出来て当然"というお気持ちが彼女を追い詰めていくのではないかと、私はそれを危惧しているのです」
「ニアさん……」
想像以上に雫の事を考えての発言だった事に、奈々達や淳史達が僅かに動揺した様に身動ぐ。
雫の専従として任じられたニアは、騎士の家系の出だ。幼い頃から父や兄達に囲まれて剣術を嗜んでおり、同じく幼少の頃より剣術を習ってきた雫とはお互いのよく似た家庭環境等が相まって直ぐに打ち解けた。最初は神の使徒に対する世話という重圧に終始緊張しっぱなしだったニアだったが、今では友人であると抵抗無く言えるくらいである。だからこそ前人未到の階層に挑んでいる異世界の友人の事を本心から心配しており、故にこそ、居残り組の雫達を特別扱いする発言に心が波立った。大きすぎる期待が、雫の心を擦り減らしてしまうのではないかと。
その時、このサロンにいながら特に会話には参加せず、どこか遠い目をして静かに座り込んでいた女子生徒の一人がポツリと呟きを口にした。
「皆……変わらない、か……」
「優花? どうしたの、大丈夫?」
「ひ、久しぶりに優花っちが喋った……マジで大丈夫?」
妙子と奈々が少しの驚きと心配を含んだ様子でもう一人の友人──園辺優花へ注意を向ける。
二人の驚きと心配は尤もだった。なにしろあの日、九死に一生を得て生還した日から、優花はまるで生気を失くした様に無気力状態に陥っていたのだ。本来なら、少し勝気な言動が目立つ良くも悪くもパワフルな少女なのだが、口数は激減して友人達が連れ出さなければ一日中自室の椅子に腰かけ、外をボーっと眺めているだけという重症振り。居残り組の中でも一際精神的ダメージが深い者として認識されていた訳であるから、そんな優花が自主的に話し出した事は確かに驚くに値する出来事だった。
しかし当の本人はそんな友人二人の様子にも気が付かない様子で、虚空を見つめたまま言葉を続ける。
「……そうだよね。雫だけじゃない、香織ちゃんや坂上くんも、永山くん達も、檜山達も、きっと天之川くんだって……変わらない。でも、彼は違う……。天之川くんだって、同じなのに……、なら……もしかして……」
意味を成さない言葉の羅列。誰に聞かせるでもない、心情の吐露。ずっと塞ぎ込んでいた優花の中で、何かが動き出した。
一人ブツブツと呟く優花に心配そうな表情を深める奈々と妙子だったが、虚空を見つめる優花の瞳が少しずつ光を取り戻していく様を見て、互いに顔を見合わせる。優花の様子に何事かと注目していた他の生徒達も、互いに顔を見合わせて困惑の表情を浮べている。
「ニアさん、愛ちゃん先生の出発って何時でしたっけ?」
「愛子様ですか? 確か……明日の朝には出ると聞き及んでおりますが。行先は湖畔の町ウルですので、帰還には二~三週間かかると思います」
「うわぁ、明日か……うん、逆に良いかな。こういうのは時間を置くと萎えちゃうし」
ニアの返答を聞いた優花は苦笑いしつつ、勢いよく椅子から立ち上がった。その躍動感と力強さを感じる動きに、奈々と妙子は思わず瞠目する。ここ最近全く見なかった友人の姿だ。思わず奈々が問う。
「ちょっ、ちょっと優花っち。いきなりどうしたの? 訳わかんないんだけど」
「うん、なんていうか……いい加減じっとしてられないなって思ってさ。だから私、明日の愛ちゃんの遠征に付いて行くよ」
さらりと告げられた優花の決断に、奈々や妙子だけでなく居残り組全員がポカンと間抜け面を晒す。それも当然だろう。優花こそ、心折られた生徒の筆頭という有様だったのだ。空虚な瞳と無気力な態度、時折恐怖に顔を歪める……。王国に帰還してから、ずっと優花が見せていた姿だ。それがいきなり元に戻った様で、奈々達は困惑せずにはいられなかった。
「お…おい、園辺。マジでどうしたんだよ? 何かお前、おかしいぞ? ちょっと落ち着けって」
我に返った淳史が、何やら焦った様子で窘めの言葉を送る。
「私は落ち着いてるわよ玉井くん。それにいきなりじゃないし。……ずっと、このままじゃいけないとは思ってた。"彼"が死んで、怖くて、訳わかんなくて、頭の中グチャグチャで……でも、何かしなきゃって思ってた。それは玉井くんも、皆も一緒なんじゃない?」
「っ……」
優花の言葉に、淳史は息を呑む。同時に、言葉も飲み込んでしまったかの様に口を閉ざした。他の居残り組は、総じて気まずそうに視線を逸らしている。
そんな仲間の姿に、しかし優花は何を言うでもなく、寧ろどんな気持ちなのかはよく分かっていると言いたげに肩を竦めると、サロンの扉に向かって歩き出した。
「ま、待てよ園辺! 本当に行く気か!? 今度こそ本当に死ぬかもしれないんだぞ! ここは漫画の世界でも映画の世界でもないんだっ、ご都合主義なんて起こらないんだぞ! だから……だからアイツは死んじまったんじゃねぇか! 無能のくせに馬鹿やらかして、あっさり死んじまったじゃねえかっ!! 俺は! 俺はアイツみたいな馬鹿にはなりたくない! 園辺……お前も早まるなよ」
激しい剣幕で叫んだ淳史だったが、次第に力を失って俯きながら優花を引き留める。そんな淳史に……否、居残り組の仲間達に、優花は振り返らず静かな声音で答えた。
「……でも、その"馬鹿な人"に私は救われた。……ううん、私達皆が救われた」
「それはっ」
「別にさ、玉井くん達もついて来いなんて言わないよ。ただ、私は無駄にしたくない、それだけ。勿論、一緒に行ってくれる人が多いなら嬉しいけどね」
肩越しに振り返り少し強張った表情で、それでも笑みを浮かべる優花に淳史は開いた口が塞がらない。だがやはり言葉は出ず、そのまま糸の切れた人形の様に椅子へ腰を落とした。優花はそのまま部屋を出ていく。
妙子と奈々は未だ呆然としている、或いは悔しげにも見える表情で俯いている居残り組を置いて慌てて優花の後を追った。廊下で追いついた二人は、困惑を隠せない様子で優花に話しかける。
「ねぇ優花、本当に愛ちゃん先生に付いて行くの? 今度こそ死んじゃうかもしれないんだよ?」
「分かってる。でもやっぱり、このままじゃいられないから。天之川くん達に付いて行く度胸は無いけど、せめて愛ちゃんの護衛くらいはしてみせる」
意志の固さが表れた声音と瞳に、奈々と妙子は顔を見合わせた。そして、奈々がおずおずとした様子で尋ねる。
「優花っち。……あのさ、もしかして、七葉の事……」
「何言ってんのよ。私、そこまで単純な性格じゃないから」
「そうなの?」
「当たり前でしょ。大体、香織ちゃんのあの鬼気迫る訓練を見て、まだ生きてるって信じてる姿を見て横槍を入れようなんて奴がいたら、それはそれで勇者でしょ。そんな度胸があるなら、そもそも居残りなんてしてないし」
「それは、まぁ……」
園辺優花──あの日、【オルクス大迷宮】で暗闇へと消えた七葉英字にトラウムソルジャーの凶刃から間一髪で救われた女子生徒こそ、彼女だった。それ故に邪推した奈々だったが、優花の回答と表情を見れば、英字に対し恋慕とまでは言わずとも複雑な想いを抱いているのは明らかだった。好奇心旺盛な奈々をして、揶揄するのを躊躇う程には。
優花としては、自分の言葉に偽りは無かった。ただ、本当に無駄にしたくなかったのだ。救われた自分の命も、英字の選択も。彼は自分達を進ませる為にあの時あの選択をしたのだ。なのに救われた自分が立ち止まっているなんて、彼に対する酷い裏切りに思えて。そんな自分にだけは成り下がりたくなかった。
「それにここだけの話、何だか私も……まだ生きている様な気がしてきて……」
そう言う優花の脳裏に浮かぶのは、奇怪な形をした銃から放たれる光弾、それを従える"彼"の姿。その背中は、まるで物語に出てくる王様の様で……。
そんな発言に驚きつつも優花の心情を長年の友人二人は察した様で、一度互いに顔を見合わせると苦笑しながら頷き合う。そして二人共に自分達も遠征に付いて行くと告げる。
「……いいの? 別に私に合わせる必要は無いわよ?」
「優花っちがアイツに救われた事を無駄にしたくないなら、私だって優花っちに救われた事を無駄にしたくないし。優花っちが行くなら、私も行くよ~」
「うん。優花だけ見送るなんて出来ないよね。それに私も、無駄にしたくないって想いは同じだから」
英字に助けられた優花は、恐慌状態に陥っている周囲を正気に戻し、一部の生徒達の態勢を整えて仲間を守った。その一部の生徒には、奈々と妙子も含まれていたのだ。優花によって正気を取り戻せた事が自分達の命を繋いだ事を、奈々も妙子も分かっていた。だから優花が立ち上がるというのなら、二人にも留まるという選択肢は無かった。
「そっか。ふふっ、それじゃあ愛ちゃんを魔物と教会から派遣されるイケメン護衛騎士達から守る旅に、一緒に行こうか」
期待していなかった訳ではないが、やはり友人二人が一緒に来てくれるというのは嬉しいもので、優花は頬を綻ばせながら茶目っ気たっぷりに号令をかけた。奈々と妙子も「お~!」と威勢よく応答する。
笑い合う三人の瞳に巣食っていた恐怖の影は先程までより断然薄れており、光が宿り始めていた。
朝靄のかかる日の出前の早朝。薄らと白み始めた東の空と、朝のキンとして清涼な空気が程よい目覚ましとなっている。しかし、そんな絶好の旅日和を約束した様な空気の中で、一人ムスッとした表情を晒す人物がいた。
畑山愛子教諭、本日の主役だ。
「……皆さん、やっぱり考え直しませんか? 先生の護衛なら騎士さん達がキチンとしてくれますから」
「いいえ愛ちゃん先生、寧ろその騎士連中こそ危険なんです。愛ちゃんを引き込みたい教会が送り込んだハニートラップなのは明らかなんですから」
「そうだよ愛ちゃん先生。揃ってイケメンだからって、ふらついちゃ駄目だよ?」
「まぁ、どちらかと言うとミイラ取りがミイラになった感はあるけどね。それでも愛ちゃん先生は私達の愛ちゃん先生だから、用心に越した事は無いし」
昨夜の内に準備を済ませ、愛子に付いていく事を宣言した優花、奈々、妙子の言葉に愛子はガクリと肩を落とした。既に昨夜の内に危険だからと散々した説得は全て空振りだったのだ。最早何を言っても無駄なのは明白である。
因みに、優花の言う様に教会が愛子に対してハニートラップを仕掛けているというのは邪推ではない。愛子の王国各地の農地改革・開拓の遠征には神殿騎士の護衛隊が付いているのだが、それが揃いも揃ってイケメンばかりであり愛子にアプローチをかけているのだ。それもこれも、この世界の食料事情を一変させる可能性を秘めた愛子を繋ぎ止める為。尤も、妙子の言った様に生徒達が愛子に好意を寄せるのと同じ理由で、今やイケメン騎士軍団は愛子信者になりつつある。愛子本人は乙女ゲームの主人公の様に気付いてないが。
愛子は自分を心配して、或いは慕って付いて行きたいと言ってくれる事や、もう一度頑張りたいと奮い立ってくれた事に嬉しく思いつつも、やっぱり危険性を否定できない旅の同行に複雑になる頭を抱えていると、やがて王宮の方からガヤガヤと喧騒が聞こえ始めた。
愛子達が視線を向ければ、丁度集合場所に馬車や馬を牽いて騎士達がやって来るところだった。だがその中に、意外な人物達が混じっており、その彼等が何やら神殿騎士達に食って掛かっている様だった。目を剥く愛子と、意外そうな表情をする優花達。
「た、玉井君? それに相川君と仁村君まで! まさか、あなた達まで……」
「あぁ愛ちゃん先生、おはようっす。俺達も同行するんで、よろしく」
神殿騎士達を睨みつけていた淳史達が、実に軽い様子で愛子へ挨拶する。それに対し愛子は苦言を呈しようとするが、その機先を制する様に優花が声を掛けた。
「……行くんだ? ちょっと意外」
「うっせ。……お前だけじゃねぇんだ、切っ掛けが欲しかったのは。俺達だって同じだ、他の奴等は……やっぱりまだ無理みたいだけどな」
「そっか。うん……じゃあ私達だけでも一緒に頑張りますか」
肩を竦めて、あっさり淳史達の同行を受け入れた優花。「愛ちゃん護衛隊ここに結成!」と号令を飛ばせば、淳史達も緊張と恐怖を表情に浮かべながらも元気よく「応っ」と返す。
その後出発前にもう一人生徒が愛ちゃん護衛隊に加わり、神殿騎士達と小さな衝突を繰り返しつつ一行は農地改革・開拓の遠征へと出発した。"もう一度"と、決意を胸に秘めて。
「うぅ、また流されてしまいました……。生徒一人説得できない、私はダメな先生です。ぐすっ」
馬車に揺られながらしょげる愛子。その様子にイケメン騎士達が身悶えているのは言うまでも無く、手を出そうとする彼等へ優花達が「ガルルッ!」と唸り声を上げたのは言うまでもない。道中、絶えず愛子を挟んで火花が散り、護衛対象である筈の愛子の胃がマッハでダメージを受けていたのだが……それに気付く者はいなかった。
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