とある長い通路の中。壁から放たれる青白い仄かな光が、壁にもたれ掛かりながら寄り添う三人の人影を映す。英字、ユエ、シアの三人だ。
英字を中心に右側にユエ、左側にシアが座り込んで肩にもたれ掛かっている。場には静寂が満ちているが、耳を澄ませばほんの僅かにスゥースゥーと呼吸音が聞こえる。ユエとシアの寝息だ。二人は英字の両腕を抱いたまま、その肩を枕替わりに睡眠をとっているのだ。
英字達がライセンの迷宮に入ってから大体三時間は経過しただろうか。動く部屋を強制的に脱出した英字達は、本来ゴーレム騎士達の間から続いていた筈の通路に降り立った。十分程歩いたところで、身体が空腹を訴えた。夕食を摂ってから暫く経っており、頃合いかと思い一度休息を取る事にしたのだ。
「どんな場所でも眠れるのは大事だ。が……ここは大迷宮だぞ?」
英字の苦笑い混じりの囁きが響く。見張り役として起きていた英字は、何となしに抱きしめられている腕をそっと解いて、ユエの髪を撫でる。僅かに頬が綻んだ様に見えた。英字の目元も僅かに緩む。
次いで反対側のシアに視線を転じると、英字の肩に盛大に涎を垂らしながらムニャムニャと口元を動かし実に緩んだ表情で眠っていた。そう言えば頭を撫でて欲しいと言っていたなと思い出し、そっとシアの髪も撫でる英字。ついでにウサミミもモフモフしておく。そうすると唯でさえだらしない事になっている表情が更にゆるゆるになってしまった。安心しきった表情だ。英字が見張り役をしている……いや、もしかしたら英字が傍にいるだけで安心なのかもしれない。
柔らかな青みがかった白髪やウサミミを撫でながら英字は苦笑を深める。
「まったく、私のような男のどこが……いや、これは『彼女』に対する冒涜だな」
一瞬、英字は自身についての悪態を吐こうとしたがそれは、自分の『妻』に対する冒涜と思い言葉を止めた。
シアに対して、ユエも求める様な妻に対するものと同じ感情を抱けるとは一切思わないが、それでもシアのポジティブな考え方や明るさ、泣き言を言いながらも諦めない根性は結構評価している英字。自然、撫でる手付きも優しくなる。
「むにゃ……あぅ……英字しゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~、……皆見てますよぉ~」
「ふんっ」
途端そのまま頭を掴んで反対側の壁に投げつける英字。ボコッという音を立て、ピクトグラムの様に壁に後を付けるシア。そこまで衝撃が来れば、流石に目も覚める。
「プギャ!!!?? はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」
ぜはぜはと荒い呼吸をしながら目を覚まし猛然と抗議するシアに、英字は冷ややかな目を向ける。
「目は覚めたかシア。夢の内容に関してはあまりとやかくは言えないが少しは控えろ」
「えっ? ……はっ、あれは夢!? そんなぁ~、せっかく英字さんがデレた挙句、その迸るパトスを抑えきれなくなって、羞恥に悶える私を更に言葉責めしながら、遂には公衆の面前であッへぶっ!?」
聞いていられなくなってデコピンを額に叩き込む英字。シアは、衝撃で大きく仰け反った挙句、背後の壁で後頭部を強打し涙目で蹲った。やっぱり、残念なキャラは抜け出せないらしい。
後頭部をさすりながら「何となく幸せな気持ちになったのですが気のせいでしょうか?」と呟く。おそらく、無意識に英字の撫でを感じていたのだろう。だが、それを言えば調子に乗るのは目に見えているので、英字は無視して言わないことにした。
シアが起きたので、英字はユエも起こす事にした。ユエは「……んぅ……あぅ?」と可愛らしい声を出しながらゆっくりと目を開いた。そしてボーっとした瞳で上目遣いに英字を確認すると目元をほころばせ、一度英字の肩口にすりすりするとそっと離れて身だしなみを整えた。
「うぅ、ユエさんが可愛い……これぞ女の子の寝起きですぅ~、それに比べて私は……」
今度は落ち込み始めたシアに、ユエは不思議そうな目を向けるが、〝シアだから〟という理由で放置する。
「ほれ、寝ぼけてないで探索開始だ」
しかし、ユエの女子力全開の可愛い仕草も英字には全くと言って良いほど通じなかったらしい。
三人は迷宮攻略を再開し、長い通路の先を行く。そして歩き続ける事十分程。遂に通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっている様だ。道自体は途切れており、十メートル程先に正方形の足場が見える。
「ユエ、シア。跳ぶぞ」
英字の掛け声に頷くユエとシア。ユエとシアを小脇に抱え、英字は通路から勢いよく飛び出した。英字達は眼下の正方形に飛び移ろうとした……その目の前で、正方形のブロックがスィーと移動し始めたのだ。
「”動く権利を剥奪する"」
それでも慌てるでもなく、何でもない様に直ぐに対応する英字。強欲の力でブロックが動く権利を剥奪し、その場に固定してした。
そこへ落ち着いて着地し、二人を降ろす。そのまま周囲を見渡して……
「あはは、常識って何でしょうね。全部浮いてますよ?」
シアの言う通り、英字達の周囲の全ては浮遊していた。
英字達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。
そんな空間には、大小様々な形の鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、不思議な事に英字達はしっかりと重力を感じている。恐らく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。
「恐らくだが、ここに術者がいるのだろう」
英字の推測にユエとシアも賛同する様に表情を引き締めた。取り敢えず、何処かに横道でもないかと周囲を見渡す。ここが終着点なのか、まだ続きがあるのか分からない。だが、間違いなく深奥に近い場所ではあるはずだ。
英字は、この巨大な球状空間を調べようと目を凝らした。その次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。
「逃げてぇ!」
「「!?」」
ユエは問い返す事もなくシアの警告に瞬時に反応し弾かれた様に飛び退いき、英字も気配を感じ視線を向ける。
その先には、隕石の様に赤熱化し迫る巨大な物体。英字は手を翳し、ぶつかる寸前で重力操作を使い無理矢理軌道を変える。
直後、
ズゥガガガン!!
隕石は変えられた軌道上のブロックに直撃し、木端微塵に爆砕した。ブロックを破壊すると、勢いそのままに通り過ぎていく。
それを見て、英字の顔に笑みが浮かぶ。あのサイズの物体が、今の今まで自分の危機感知に引っ掛からなかったのである。当たったとしても無傷ではあっただろうが。英字はこの後ぶつかるであろう存在への期待感を高めていく。
(面白いじゃないか)
「えへへ、"未来視"が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」
「……ん、お手柄」
どうやら、英字の感知より早く気がついたのはシアの固有魔法〝未来視〟が発動したからのようだ。〝未来視〟は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。
つまり、直撃を受けていれば少なくともシアは死んでいた可能性があるという事だ。改めて期待を込め、英字は通過していった隕石擬きの方を見やった。ブロックの淵から下を覗く。と、下の方で何かが動いたかと思うと猛烈な勢いで上昇してきた。それは瞬く間に英字達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもって英字達を睥睨した。
「ほほう、なかなかに面白そうだな」
「……すごく……大きい」
「お、親玉って感じですね」
三者三様の感想を呟く英字達。若干、ユエの発言が危ない気がするが、ギリギリ許容範囲……の筈だ。
英字達の目の前に現れたのは、宙に浮く巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。
辺りに静寂が満ち、まさに一触即発の状況。動いた瞬間、命をベットした殺し合いゲームが始まる。
そんな予感をさせるほど張り詰めた空気を破ったのは……
巨体ゴーレムのふざけた挨拶だった。
「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」
「「「……は?」」」
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