ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第四十話 看板娘は覗きたい

「ふふっ、あなた達の痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

上弦の月が時折雲に隠れながらも、健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せていた。その光は、地上のとある建物を照らし出す。もっと具体的に言えば、その建物の屋根からロープを垂らし、それにしがみつきながら何処かの特殊部隊員の様に華麗な下降を見せる一人の少女を照らし出していた。

 

スルスルと三階にある角部屋の窓まで降りると、そこで反転し、逆さまになりながら窓の上部よりそっと顔を覗かせる。

 

「この日の為にクリスタベルさんに教わったクライミング技術その他! まさかこんな場所にいるとは思うまい、ククク。さぁ、どんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげる!」

 

ハァハァと興奮した様な気持ちの悪い荒い呼吸をしながら室内に目を凝らすこの少女、何を隠そうブルックの町"マサカの宿"の看板娘ソーナちゃんである。

 

明るく元気でハキハキした喋りに、くるくると動き回る働き者。美人という訳ではないが野に咲く一輪の花の様に素朴な可愛さがある看板娘だ。町の中にも彼女を狙っている独身男は結構いる。

 

そんな彼女は現在、持てる技術の全てを駆使してとある客室の"覗き"に全力を費やしていた。その表情は、彼女に惚れている男連中が見れば一瞬で幻滅するであろう……エロオヤジのそれだった。

 

「くっ、やはり暗い。よく見えないわ。もう少し角度をずらして……」

「こうか?」

「そうそう、この角度なら……それにしても静かね? もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」

「魔法使えば遮音くらいは出来るだろ?」

「はっ!? その手があったか! くぅう、小賢しい! でも私は諦めない! その痴態だけでもこの眼に焼き付け………………」

 

繰り返すが、ここは三階の窓の外。ソーナの様に馬鹿な事でもしない限り、間近に声が聞こえる事など有り得ない。ソーナは一瞬で滝の様な汗を流すと、ギギギという油を差し忘れた機械の様にぎこちない動きで振り返った。そこには……

 

空中に仁王立ちする、無表情の英字だった。

 

「ち、ちがうんですよ? お客様。これは、その、あの、そう! 宿の定期点検です!」

「こんな夜中に?」

「そ、そうなんですよ~。ほら、夜中にちゃちゃっとやってしまえば、昼に補修しているところ見られずに済むじゃないですか。宿屋だからガタが来てると思われるのは、ね?」

「成程、評判は大事だな?」

「そ、そうそう! 評判は大事です!」

「ところで、この宿で最近覗き魔が出る様だが……そこについてどう思う?」

「そ、それは由々しき事態ですね! の、覗きだなんて、ゆ、許せません、よ?」

「ああ、その通りだ。覗きは許せないな?」

「え、ええ、許せませんとも……」

 

ソーナは英字と顔を見合わせると「ははは」と笑い始めた。但し、小刻みに震えながら汗をポタポタ垂らしているという何とも追い詰められた様な笑いだったが。

 

「反省しろ」

「ひぃーー、ごめんなざぁ~い!」

 

英字がソーナの顔面にアイアンクローを決め込む。メリメリと音を立ててめり込む英字の指。空中でジタバタともがきながらソーナは悲鳴を上げ、必死に許しを請う。

 

ソーナは一般人の女の子だ。それに対するお仕置きにしては、少々やりすぎなのではと思うレベルで力を入れる英字。

 

これが初犯なら、まだもう少し手加減くらいしただろう。しかし、ライセン大迷宮から帰還した次の日に再び宿に泊まった夜から毎晩、あの手この手で覗きをされればいい加減配慮も薄くなるというものだ。

 

因みに、それでもこの宿を利用しているのは飯が美味いからである。

 

既にビクンビクンしているソーナに溜息を吐きながら脇に抱え直す英字の。ソーナは、ようやく解放されたとホッと安堵の息を吐く。

 

しかし、ふと見た下には……鬼がいた。満面の笑みだが、英字と同じく眼が笑っていない母親という鬼が。

 

「ひぃ!!」

 

ソーナが気がついたことに気がついたのだろう。ゆっくり手を掲げると、おいでおいでをする母親。まるで地獄への誘いだった。

 

「今回は、尻叩き百発じゃあきかないかもな」

「いやぁああーーー!」

 

英字がポツリとこぼした言葉に、今までのお仕置きを思い出して悲鳴を上げるソーナ。きっと、翌の朝食時には、お尻をパンパンに腫らした涙目のソーナを見る事ができるだろう。毎晩毎朝の出来事に溜息を吐く英字であった。

 

ソーナを母親に引渡し、宿の部屋に戻った英字は、そのままベッドにドサッと寝転んだ。

 

「……お疲れ様」

「おかえりなさいです」

 

そんな英字に声を掛けたのは、勿論ユエとシアだ。窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らし、二人の姿を淡く浮かび上がらせる。対面のベッドの上で女の子座りしているユエ、浅く腰掛けたシア。二人共ネグリジェだけという何とも扇情的な姿だ。二人の美貌と相まって、一枚の絵画として描かれたのなら、それが二流の書き手でも名作と謳われそうである。

 

「あぁ全くだ。……にしても一体何が彼女を駆り立てるんだか。屋根から降りてくるなんて尋常ではないぞ? 流石に、いくら飯が美味くても別の宿を探すべきかもな」

 

呆れた様な口調でそう話す英字に、シアはクスリと笑って立ち上がり英字のベッドに腰掛ける。ユエもいそいそと立ち上がると英字のベッドに移動し、横たわる英字の頭の下に自らの膝を入れた。所謂膝枕である。瞬間、英字は頭を上げて身体を起こす。その表情は美少女に膝枕をされたとは思えない顰めっ面だ。シアは一瞬不満気な顔になるが、直ぐに元の顔に戻る。

 

「きっと、私達の関係がソーナちゃんの女の子な部分に火を付けちゃったんですね。気になってしょうがないんですよ。可愛いじゃないですか」

「……でも、手口がどんどん巧妙になってるのは……心配」

「昨日なんて、シュノーケル自作して湯船の底に張り込んでたからな……水中から爛々と輝く眼を見つけたときは、流石にゾッとしたぞ」

「う~ん、確かに、宿の娘としてはマズイですよね…一応、私達以外にはしてないようですが……」

 

ソーナの奇行について雑談しながら、シアが、そっと英字に体を寄せる。自然と伸びた手が英字の手と重なり自分の胸元へと誘導していく。シアの表情は紅潮していて、これから起こる事に緊張している様だ。

 

英字は握られたシアの手をそっと握り返し……壁に叩きつけた。

 

「ぎゃんっっ!!!??」

 

「お前達、部屋は隣だろう。何故勝手に入ってしかもそのまま寝ようとしているんだ?」

 

頭から床に落ちたシアを心配する事も無く、ユエも含めて何故部屋にいるのか尋ねる英字。

 

 

「そ、それは、なし崩し的にベッドイン☆出来ないかなぁ~と……」

「……」

 

頬を赤らめるシアと、激しく首肯するユエ。英字は頭を抱えて溜め息を吐く。

 

「お前達を抱くつもりは無いと何時も言っているだろう」

「いいえ、私の勘では、英字さんはデレ始めてます! 最初の頃に比べれば大分優しいですもの! このまま既成事実でも作ってやれば…グヘヘ『メキョバキッ』らめぇーー! 壊れるぅーー!」

 

聞くに耐えないシアのお粗末な計画に、素早く距離を詰めてアイアンクローする英字。

 

シアは、鳴ってはならない音を響かせつつもどうにか解放してもらい、痛む頭を抱え込みながらうずくまりベッドの端でブルブルと痛みに耐えた。ウサミミが「ひどいよぉ~、ひどすぎるよぉ~」とでも言っているかの様にプルプルミョンミョンしている。そんなシアを放置して、英字はユエに視線を転じる。ユエは、真っ直ぐ英字を見つめていた。

 

「ユエ、お前もシアを止めろ。と言うか、今までなら直ぐ止めただろう、どういう心境の変化だ?」

 

英字の疑問にユエは少し考える様に首を傾げた。英字の言う通り、ライセン大迷宮を後にしてからというもの、ユエのシアに対する態度が寛容なのだ。以前は英字にくっつこうものなら問答無用に弾き飛ばしていたのだが、最近は多少のスキンシップなら特に何も言わなくなった。それでも、過剰な…例えばキスを迫ったりすると不機嫌そうになるのだが……

 

「……シアは頑張った。これからも頑張る。英字様と私が好きだから」

「まぁ、そうだろうな……」

「……私も……嫌いじゃない」

「何だかんだでお前達仲はいいからな。それは見ててわかる」

 

ソウゴはユエの少ない言葉から、要はユエがシアを気に入っているというレベルを超えて大切に思いつつあるという事を察した。

 

 それは事実だ。

 

ライセン大迷宮では、峡谷よりも遥かに強力な魔法分解作用が働いていたせいで、ユエは十全に力を発揮できなかった。それをカバーしたのは、他ならぬシアだ。

 

シアは、ほんの少し前まで争いとは無縁の存在だった。無縁どころか苦手ですらあった。平穏を愛する最弱の種族──その評判通りの兎少女だったのだ。

 

そんな彼女が、恐怖も不安もあっただろうに、唯の一度も弱音を吐く事無く英字とユエに付いて来た。大迷宮という地獄へ。そして歯を食いしばり、遂には上々の結果まで叩き出した。

 

それは偏に、英字に対する恋情とユエに対する友情の為だ。二人と一緒にいたいからこそ、シアは己を変え全身全霊を以て前へ進んだ。

 

ユエにも独占欲や嫉妬心は当然ある。故に、シアの英字に対する気持ちは認め難い。だからこそ、当初はそれなりにキツイ対応をして来たのだが……どれだけ邪険にしても真っ直ぐ飛び込んでくるシアに、何度も伝えられる友愛に、そして大迷宮攻略という形でそれらを証明した事に……有り体に言えば絆された。

 

思えば、ユエには友人というものがいたという記憶がない。封印される前は勉学に政務にと忙しく、立場的にも対等な友人というものはいなかった。つまりボッチだった。そこへ「仲間ですぅ~!」と裏表なく真っ直ぐぶつかってきてくれるシアの存在は、英字の事を除けば、実は元々悪い気はしていなかったのだ。

 

そんな訳で、最近は英字の事に関しても、「まぁ、シアなら少しくらい……」という寛容さが示されているのである。

 

「……それに」

「ん?」

 

言葉を続けるユエに視線を向ける英字。その瞳には、自信と妖艶さと覚悟と誠意と、その他の全てが詰まった様な煌くユエの微笑みが映った。余人ならばあまりに可憐且つ魅力的で、思わず息を詰めるだろう。それ自体が引力を持っているかの様に視線は吸い寄せられる。しかし英字は胡乱気な目でユエを見つめ返す。

 

「……英字様の心は、もう私が持ってる」

「……」

 

例え誰が英字を好きになろうと、例え英字が誰を懐へ入れようと。一番は、特別は……この私である。それはそういう宣言だ。ユエの宣戦布告だ。今まで出会った人達への、そしてこれから出会うであろう人達への、そしてまだ見ぬ英字の妻への宣戦布告である。

 

「……………はぁ」

 

もう何も言えない英字。もう頭を抱えたい気分だ。抱く気も、男女の関係にもなるつもりは無いと何度も言っているのにこれなので、英字は遠く故郷の妻子達が恋しくなった。参ったと言わんばかりの表情で左手薬指の指輪を撫でる。

 

すると……

 

「ぐすっ、あの、せめて私の存在を忘れるのだけは止めてもらえませんか? 虚しさとか寂しさが半端なくて……ぐすっ」

 

シアがベッドの隅で三角座りをし泣きべそを掻きながら、二人を見つめていた。

 

あまりに哀れな姿においでおいでをするユエ。「ユエざぁ~ん!」と叫びながら、シアは、ユエの胸に飛び込みスンスンと鼻を鳴らす。よしよしと頭を撫でられる感触が気持ちよくて次第にトロンとした眼になり、そのまま寝息を立てるシア。

 

英字は、そんな様子を見て苦笑いしながらポツリとこぼす。

 

「友達というより母じゃないか?」

「……子供なら英字様の子がいい」

「……お前も大概脳内ピンクだな」

「……シアにも少し優しくしてあげて?」

「善処はしよう」

「ん……大好き」

「ふざけてないでシアを連れて戻れ」

 

結局、言っても中々戻らなかったので力尽くで追い出して寝る事になった。この日以降、調子に乗って毎晩英字に特攻しては手痛いお仕置きをされるという事が繰り返される事になる。

 

因みに、壁に叩きつけられた時のシアの悲鳴でソーナちゃんの誤解とか好奇心とか妄想とかたが更に深まり、やたらと高い潜入スキルを持つ宿屋の看板娘が爆誕するのだが……これはまた別の話。




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