英字がクラス全員から最弱のレッテルをつけられてから二週間が経っていた。
現在、英字は訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。その手には〝北大陸魔物大図鑑〟というなんの捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。
何故そんな本を読んで訓練に参加しないのか、それには訳があった。
最初こそ訓練を受けていたのだが大介達馬鹿どものせいで気が散って仕方がなかったのである。
これでは訓練に集中できないとメルドに相談した結果、英字は非戦闘系の職業であるからと戦闘訓練を免除してくれたのだ。
「我々では貴方様に見合った訓練をつけることができないと思いまして失礼ではありますが夜に訓練場の扉を開けておくのでそこを使って訓練するのが宜しいかと思います」
彼の言い分は一理ある確かに他のクラスメートと一緒にやる様な訓練では英字はいつまで経っても強く慣れないのは彼自身が一番よくわかっていた。
だからこそその提案はとてもありがたい申し出だった。
そして昼は本を読んでこの世界の知識を学び、夜は訓練場で英字発案オリジナル特訓メニューをこなす毎日をこの二週間送っていたのだ。
その結果英字のステータスはこの様になっている。
七葉 英字(真名セブギル) 2159歳 男 レベル:21
天職:欲望の魔王/仮面ライダーグリード
筋力:測定不能
体力:測定不能
耐性:測定不能
敏捷:測定不能
魔力:測定不能
魔耐:測定不能
英字から見てもかなり上がっている。
因みに光輝はと言うと
天之河光輝 17歳 男 レベル:10
天職:勇者
筋力:200
体力:200
耐性:200
敏捷:200
魔力:200
魔耐:200
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読
高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
まぁ英字からして見れば微々たる成長なのだが。
「さってと勉強再開」
この世界のことを知ろうとしていたが、どうにもムカつくものがあった。
「どんな世界でも亜人などは差別されてしまうのか悲しい者だな」
窓の外の青空を見ながらそんなことを呟いた。
英字の言うとおり、亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】の深部に引き篭っている。
なぜ差別されているのかというと彼等が一切魔力を持っていないからだ。
神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。そして、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。
それ故、魔法は神からのギフトであるという価値観が強いのだ。もちろん、聖教教会がそう教えているのだが。
そのような事情から魔力を一切持たず魔法が使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族と考えられているのである。
じゃあ、魔物はどう言うレッテルなのか? ということだが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられていない。ただの害獣らしい。
なんともご都合解釈なことだと、英字は内心呆れた。
なお、魔人族は聖教教会の〝エヒト様〟とは別の神を崇めているらしいが、基本的な亜人に対する考え方は同じらしい。
この魔人族は、全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが、南大陸中央にある魔人の王国ガーランドでは、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てるようで、ある意味、国民総戦士の国と言えるかもしれない。
人間族は、崇める神の違いから魔人族を仇敵と定め(聖教教会の教え)、神に愛されていないと亜人族を差別する。魔人族も同じだ。亜人族は、もう放っておいてくれといった感じだろうか? どの種族も実に排他的である。
英字がいた世界にも亜人への差別主義もあったし奴隷も人間より亜人の方が多かったが、英字が魔王となってからは亜人への差別を禁止とし奴隷制度そのものを無くした。
最初の頃は反感もあったが人とは不思議な者で時間が経つにつれて誰も気にしなくなっていった。
しかしながら亜人の中にも例外はある。
【海上の町エリセン】は海人族と言われる亜人族の町で西の海の沖合にある。
亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族だ。
その理由は、北大陸に出回る魚介素材の八割が、この町から供給されているからである。全くもって身も蓋もない理由だ。
「利益さえ出せば差別しないとか何処の独裁国家だよ?」と、この話を聞いたとき英字は内心盛大にツッコミを入れたものだ。
ちなみに、西の海に出るには、その手前にある【グリューエン大砂漠】を超えなければならない。この大砂漠には輸送の中継点として重要なオアシス【アンカジ公国】や【グリューエン大火山】がある。この【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つだ。
七大迷宮とは、この世界における有数の危険地帯をいう。
ハイリヒ王国の南西、グリューエン大砂漠の間にある【オルクス大迷宮】と先程の【ハルツェナ樹海】もこれに含まれる。
七大迷宮でありながらなぜ三つかというと、他は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認はされていないからだ。
一応、目星は付けられていて、大陸を南北に分断する【ライセン大峡谷】や、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】がそうではないかと言われている。
「いつかは帝国にも行ってみたいものだな」
帝国とは、【ヘルシャー帝国】のことだ。この国は、およそ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだ。
この国には亜人族だろうがなんだろうが使えるものは使うという発想で、亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。
帝国は、王国の東に【中立商業都市フューレン】を挟んで存在する。
【フューレン】は文字通り、どの国にも依よらない中立の商業都市だ。経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。
欲しいモノがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市である。
「さてと久々に彼らの訓練を見てみるか」
別に行く必要はないのだがなんとなく気になったので今日はクラスメイトの訓練を見学してみることにする。
王宮までの道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程にも王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声、実に日常的で平和だ。
(やはり何処に行っても民が幸せに暮らしているところを見ると心が安らぐな)
そんなことを心の中で思いながら王宮に向かっていく。
訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。
さっそく観覧席に向かって見学しようとするが、それを邪魔するかの様に声が掛けられる。
そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組(英字命名)である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとに英字にちょっかいをかけてくるのだ。
「よぉ、七葉。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」
「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」
「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」
一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。
「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。七葉~感謝しろよ?」
そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。
「放っておいてくれないか?」
なるべく刺激しない様にやんわりと断った。
「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
そう言って、檜山は英字の脇腹めがけて拳を繰り出す。
まぁぶっちゃけ全然痛くないのだがいくら王とは言えど我慢の限界というものはある。
(他に人目は…無い、だったらコイツらには憂さ晴らしに付き合ってもらうとするかな)
『サイレントフィールド』
そう英字が唱えると檜山一向と英字をつつみこむ様に紫色のドームが広がった。
「これでこの中でどれだけ暴れようとも音が漏れる心配はないこれなら思う存分暴れられるというものだ。さぁどうした稽古をつけてくれるんだろう?」
「ち、調子に乗んなっ! やれ!」
檜山の号令に取り巻きの中野、斎藤が詠唱を開始する。
「ここに焼撃を望む、"火球"!」
「ここに風撃を望む、"風球"!」
一般人からすればかなりの威力だろうが英字からして見ればそよ風とマッチ程度のものである。
ふぅ、と彼が軽く息を吹きかけるだけで火球と風球は消えてしまった。
「「なっ!?」」
「このぉ!」
二人が驚愕で固まるのと引き換えに、今度は近藤が迫って来た。鞘ではなくむき身の剣である辺りに余裕の無さが垣間見える。
「ふんっ」
「ぐはっ」
英字はその剣を躱すと近藤の首に手刀を決めた。
「「れ、礼一!」」
その光景に中野と斎藤が動揺した瞬間、英字は高速で二人の元に近づき、手のひらを二人の胸に当て『発勁』を食らわせた
「は…、へ……?」
あっという間に取り巻き達が沈み、開いた口が塞がらない檜山。英字はそんな檜山に向かって口を開く。
「そちらからの攻撃はもう終わりか?」
「あっ…」
「なら次はこちらの番だ」
そのまま右手に殺気を乗せるとそのまま檜山めがけて拳を振り下ろす。しかしその音は周りには聞こえない。
「やれやれ最初から挑みにこなければ怪我をせずに済んだものを」
そう愚痴をこぼしながら倒れた檜山達にに治癒の魔法をかけ記憶をいじってここで英字戦ったことを忘れさせておいた。
「七葉くん!」
その声に顔を向ければ、香織が手を振りながら駆け寄って来ていた。その後ろを光輝と龍太郎、苦笑気味の雫が歩いてくる。いつも勇者パーティ四人組だ。
「どうしたの? 貴方が下に来るなんて珍しいわね」
「いやたまには見学をと思ってたんだけどそうしてたら彼らを見つけてさ」
そう言って英字は先程までいた場所を指差す。そこには揃って居眠り(気絶)している檜山達一向の姿が。
「まったく、人目につかないからってこんな所でサボってたなんて…」
「普段から少し不真面目なところがあったけど、まさかここまでとは」
「ったく、こいつらは…」
続けて口々に苦言を呈していた。すると次の瞬間には香織が目を輝かせて距離を詰めてきた。
「じゃあさ七葉くんも一緒に訓練しない?」
「いや、やめておくよそうゆうの苦手だしさ、それにいつも練習をサボってる僕が言っても邪魔になると思うし」
「でも…」と尚も粘ろうとする香織の肩に雫が手を置いた。
「香織、七葉君も困ってるでしょ。彼の言う通りよ」
親友にそう言われ、渋々ながら漸く香織も引き下がる。
「でもね七葉君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」
渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言う英字。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。
「だが、七葉自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。七葉も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、七葉の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」
何をどう解釈すればそうなるのか。英字は半ば呆れながら、ああ確かに天之河は基本的に性善説で人の行動を解釈する奴だったと苦笑いする。
天之河の思考パターンは、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。
しかも、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣に英字を思って忠告しているのだ。英字は既に誤解を解く気力が萎なええている。
ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。
それがわかっているのか雫が手で顔を覆いながら溜息を吐き、英字に小さく謝罪する。
「ごめんなさいね? 光輝も悪気があるわけじゃないのよ」
「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」
作り笑顔で大丈夫と返事をする英字。
「ほら、もう訓練始まっちゃうし僕の子は気にしないで行ってきなよ」
英字にに促され一行は訓練に戻る。香織のみずっと未練がましそうな視線を向けていたが。
訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」
そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で英字は天井を見ながら、「楽しみだ」と思った。
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