ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第四十六話 愛子の悩み

散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された英字達。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、英字は、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)。に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、色々あった

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

A、戻る理由がない

 

そこまで聞いて愛子が、「真面目に答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。全く、迫力がないのが物悲しい。案の定、英字には柳に風といった様子だ。目を合わせることもなく、美味そうに、時折ユエやシアと感想を言い合いながらニルシッシルに舌鼓を打つ。表情は非常に満足そうである。

 

その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

英字は、憤慨するデビッドに目もくれず、呆れた様に食事を止めず答える。

 

「食事中だぞ? 行儀よくしろ」

 

全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さない英字から矛先を変え、その視線がシアに向く。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。

 

ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、英字の存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

 

つまり、英字と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせるシア。

 

よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 

あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。

 

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

思わず立ち上がるデビッドを副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。

 

「……小さい男」

 

それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレた。

 

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。

 

その瞬間、

 

ドパンッ!!

 

乾いた破裂音が〝水妖精の宿〟全体に響きわたり、同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。デビッドは、そのまま背後の壁に凄まじい音を立てながら後頭部を強打し、白目を向いてズルズルと崩れ落ちる。手から放り出されたデビッドの剣がカシャン! と派手な音を立てて床に転がった。

 

誰もが、今起こった出来事を正しく認識できず硬直する。視線は、白目を向いて倒れるデビッドに向けられたままだ。と、そこへ、大きな破裂音に何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んできた。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。

 

代わりに、フォスが入ってきた事で愛子達が我を取り戻した。デビッドに向けられていた視線は、破裂音の源へと自然に引き寄せられる。

 

其処には、愛子達にとって知識にはある物とは全然違うが、異世界にあるはずのない物、騎士達にとっては完全に未知の物、〝銃〟の様な物を座席に座ったまま構える英字の姿があった。一応、オンインバスター50の威力は死なない程度に調整してある。

 

詳細は分からないが攻撃したのが英字であると察した騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。しかし、直後、騎士達の殺気などとは比べ物にならない凄絶な殺気が、まるで天から鉄槌となって襲ってきたかのように降り注ぎ、立ち上がりかけた騎士達を強制的に座席に座らせた。

 

直接、殺気を浴びているわけではないが、英字から放たれる桁違いの威圧感に、愛子達も顔を青ざめさせてガクガクと震えている。

 

英字は、オンインバスター50をゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置いた。威嚇のためだ。そして、自分の立ち位置と愛子達に求める立ち位置を明確に宣言する。

 

「悪口程度なら構わない。そんな事にいちいち目くじらを立てるのも面倒だからな。だが武力行使に出るなら話は別だ。その場合は、殺す事はないにしても、二度と戦場に立てない体になると思え」

 

わかったか? そう眼で問いかける英字に、誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。

 

英字は、続いて愛子達にも視線を転じる。愛子は、何も言わない。いや、言えないのだろう。迸る威圧感のせいだけでなく、英字の言葉を了承してしまったら何も分からぬまま変わってしまった教え子を放置してしまうことになる。それは、愛子の教師としての矜持が許さなかった。

 

英字は、溜息を吐き肩を竦めると『スペルディア』を解いた。愛子から返事はなかったが、なんとなくその心情を察した英字は、無理に返事を求めなかった。他の生徒達は、明らかに怯えた様子だったので、敢えて関わっては来ないだろうと推測した。

 

凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。英字は、何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアに話しかけた。

 

「シア、これが"外"の普通だ。気にしていたらキリがないぞ?」

「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」

 

自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。そんなシアに、ユエが真っ直ぐな瞳で慰める様に呟く。

 

「……シアのウサミミは可愛い」

「ユエさん……そうでしょうか」

 

それでも自信無さ気なシアに、今度は英字が若干呆れた様子でフォローを入れる。ユエに優しくする様に言われる事が多くなってから、シアに対する態度が少しずつ柔らかくなっている英字の慰めだ。

 

「あのな、騎士連中は教会やら国の上層やらに洗脳じみた教育をされているから、そもそも自身の考えが正しいと疑わない。それに、兎人族は愛玩奴隷の需要では一番なんだろう? それはつまり、一般的には気持ち悪いとまでは思われてはいないという事だ」

「そう……でしょうか……あ、あの、因みに英字さんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」

 

英字の言葉が慰めであると察して、少し嬉しそうなシアは、頬を染めながら上目遣いで英字に尋ねる。ウサミミは、「聞きたいけど聞きたくない!」というようにペタリと垂れたまま、時々ピコピコと英字の方に耳を向けている。

 

「勿論気に入っているとも。こうして触っていれば、苛立ちが少しおさまるぐらいにはな」

 

英字は答えながらウサミミを揉み、序に頭を撫でておく。一気に元気を取り戻してヒュパ! と立ち上がった。

 

「え、英字さん……私のウサミミお好きだったんですね……えへへ」

 

シアが赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンし、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。

 

ついさっきまで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。しばらく、英字達のじゃれあいを見ていると、男子生徒の一人相川昇がポツリとこぼす。

 

「あれ? 不思議だな。さっきまで七葉のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」

「お前もか。つーか、あの二人、ヤバイくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前にいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」

「……七葉の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇! 明人!」

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

 

グツグツと煮えたぎる嫉妬を込めた眼で、ついさっき自分達を震え上がらせた英字を睨みながら、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男勢三人。すっかり、シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた女生徒達が、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていた。

 

チェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共に英字に問い掛けた。英字の事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があったのだ。

 

「七葉君……でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関する事になると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

 

「……まぁ、好意を寄せる相手の事で暴走すると言うのは、理解はできる」

 

神経過敏になっていきなり人殺とかマジか? とツッコミを入れたくなったが、愛する女性の事でカッとなってしまう事ついては、自分も大きなことは言えないので黙って手をヒラヒラと振るに止めた。そのおざなりな態度に、チェイスの眉が一瞬ピクッとなるが、微笑というポーカーフェイスは崩れない。そして、頭の回転が早いチェイスの見立てでは到底放置できない、目の前のアーティファクトらしき物に目を向け英字に切り込んだ。

 

「そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。一体、何処で手に入れたのでしょう?」

 

微笑んでいるが、目は笑っていないチェイス。先ほどのやり取りで、魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考える。そして、そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねないため、自分達が束になっても英字には敵わないかもしれないとは思いつつも、聞かずにはいられなかったのだ。

 

英字が、チラリとチェイスを見る。そして、何かを言おうとして、興奮した声に遮られた。クラス男子の玉井淳史だ。

 

「そ、そうだよ、七葉。それ銃?だよな!? 何で、そんなもん持ってんだよ!」

 玉井の叫びにチェイスが反応する。

 

「銃? 玉井は、あれが何か知っているのですか?」

「え? ああ、そりゃあ知ってるよ。俺達の世界の武器だからな。形とか全然違うけど」

 

玉井の言葉にチェイスの眼が光る。そして英字をゆっくりと見据えた。

 

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」

「私じゃないぞ」

 

英字はあっさりと否定する。「えっ」とキョトンとした顔をする二人に、英字は銃を抜いて説明する。

 

「この武器の名はオンインバスター50。とある科学者に作ってもらった武器だ。私が使ってはいるが、製作者ではない」

「その、科学者?と言うのは…」

「その科学者の名は『ジョージ狩崎』私が信頼を寄せる知人の一人だ」

「……七葉君、その武器が持つ意味を理解していますか? それは……」

「この世界の戦争事情を一変させる……と言うことか? 量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんなところか? 当然、全て却下だ。諦めろ」

 

取り付く島もない英字の言葉。あらかじめ用意していた言葉をそのまま伝えたようだ。だが、チェイスも食い下がる。オンインバスター50はそれだけ魅力的だったのだ。

 

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……覚悟をしろよ」

 

英字の静かな言葉に全身を悪寒に襲われ口をつぐむチェイス。そこへ愛子が執り成すように口を挟む。

 

「チェイスさん。七葉君には七葉君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。七葉君も、あまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に……七葉君は、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

「あぁ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出るつもりだ」

「どうして……」

 

愛子が悲しそうに英字を見やり理由を聞こうとするが、それより早く英字が席を立った。いつの間にか、ユエやシアも食事を終えている。愛子が引きとめようとするが、英字は無視してユエとシアを連れ二階への階段を上って……

 

「……!あぁ、そういえば」

 

ふと何かを思い出した様に呟いた英字は、首を傾げるユエとシアを置いて階段を下る。そのまま進み、ビクッと体を震わせる騎士達や愛子を通り過ぎて優花の前で立ち止まる。先程の英字の威圧感もあって身構える優花に、英字は口を開いた。

 

「優花だったか。こうしてここにいるという事は、無事あの場を切り抜け生き残ったと言うことか」

 

英字の声に、生徒達は鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。その声には

先程までの冷たさは欠片も無い。純粋に心配していた様な声音だ。英字は優花の頭に手を伸ばし、優しく撫でながら話を続ける。

 

「まぁなんだ、心配していた様な事は起きていない様で良かったよ」

 

英字はそう苦笑しながら、「達者でな」と言い残して今度こそ階段を上っていった。

 

後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。

 

「……本当に、生きてたんだ」

 

ポツリと、改めて己の中の実感を確かめる様な小さな呟きが沈黙の静けさを破った。その声に愛子達が視線を向ければ、優花が何とも言えない複雑な、本当に色々な感情を綯交ぜにした様な表情で階段の方を見つめていた。

 

「香織ちゃんの言う通りだったわね。まぁ助けを求めるどころか、自分でどうにかしちゃったみたいだけど。挙句こっちが心配されちゃったし」

「優花っち……大丈夫?」

「優花……」

 

独白する様な声音で話す優花を見て、奈々と妙子が気遣わし気に声を掛けた。そんな二人に、優花は苦笑いしながら肩を竦める。

 

「大丈夫って……そりゃあすんごいビックリしたけど、問題なんてある訳無いでしょ? クラスメイトが生きてたんだよ? "良かった"以外に思う事なんて無いでしょ」

「……うん、そうだよね! 私なんか、まだ信じられないけど……。だって、ねぇ……?」

「確かにね。何だか、その……なんていうか、ワイルド? になってたよね」

 

殺人鬼に遭遇してしまったと思うくらい怖かった。とは言えず、妙子が言葉を選びながらそんな事を言う。

 

すると会話の糸口を掴んだ様で、淳史達も会話に加わり始めた。

 

「おまけに、なんか滅茶苦茶強そうになってたしな」

「だよな。雰囲気とか、ハイリヒの王様とか前に見た皇帝なんかよりもよっぽどそれっぽいっていうか……。ていうか、あの威圧感……」

「それもだけどさ……やっぱ、俺達の事よく思ってないのかな?」

 

死んだと思っていたクラスメイトが生きていたのは素直に嬉しい。それは優花の言う通りで、恐怖を感じていた奈々や妙子も含めて淳史達も同じだった。心の奥で、ずっとズシリとした重みを与えていた何かが消えた様な気持ちだった。単純な言葉で表現するなら、やはり"安堵した"というのが一番近いだろう。

 

だが、それをそのまま言葉に出来なかったのは、当の本人が自分達の事などまるで眼中になかったから。また、以前とは比べ物にならない程鋭く重い雰囲気を放っており、その雰囲気に圧倒されてしまったというのもある。事実ここにいる物達は皆英字に対して、少なからず恐怖を抱いていた。

 

加えて、"無能"と蔑んでいた事、檜山達のイジメを見て見ぬふりをしていた事、そしてあの"誤爆"事件の事から、英字に対する態度を決めかねていたのだ。

 

結果、誰もが英字に対して積極的な態度を取る事が出来なかった。

 

淳史達が英字の変容に恐れややりきれなさ等様々な感情を抱く中、再び優花がポツリと呟く。

 

「お礼、言えなかったなぁ」

 

その言葉に、淳史達はハッとした様に顔を見合わせた。英字が自分達に無関心であるとか、その在り方が変わってしまっているだとか、そんな事に関心を向ける前に、自分達にはすべき事があったのではないか……。優花の様に、直接救われた訳では無いけれど、あの時クラスメイトの為に身命を賭してくれたのは事実だ。

 

優花が宿していた複雑な表情は、淳史達と全く同じ感情から来たものではなく、あの日のお礼をもう一度キチンと言えなかった事、言う事に意味が無い様に思えた事から来るものだった。

 

「園辺さん……」

 

そんな優花の様子に、愛子はどんな言葉をかけていいのか分からなかった。

 

愛子自身も、怒涛の展開と教え子の変貌に内心激しく動揺しており、離れていく英字を引き止める事が出来なかったのだ。どんな言葉なら、今の英字に届くのか……愛子自身はその答えを持ち合わせていなかった。

 

食事はすっかり冷めてしまい、食欲も失せた。目の前の料理を何となしに眺めながら、誰もが英字が退席した事で改めて"英字の生存"について深く考え始めるのだった。

 

あの時の〝誤爆〟を英字はどう思っているのか、英字は今、自分達をどう思っているのか……もしや、恨んでいるのではないか。そんな考えが脳内をぐるぐると巡り、皆一様に沈んだ表情でその日は解散となった。




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