ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第四十七話 忠告

夜中。深夜を回り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし愛子は未だ寝付けずにいた。

 

愛子の部屋は一人部屋で、それ程大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。

 

愛子は今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。愛子の頭の中は整理されていない本棚の様に、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。

 

考えねばならない事、考えたい事、これからの事、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。大切な教え子が生きていたと知った時の事を思い出し頬が緩むも、その後の非友好的ですらない無関心な態度に眉を八の字にする。

 

デビッドの言動により垣間見た英字の力に、そのように変貌しなければ生き残れなかったのかもしれないと、英字が経験したであろう苦難を思い、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。しかし、その後の二人の少女との掛け合いを思い出し、信頼できる仲間を得ていたのだと思い、再び頬を緩める。

 

と、そこへ、突如誰もいないはずの部屋の中から声が掛けられた。

 

「なにを百面相しているんだ、先生?」

「ッ!?」

 

ギョッとして声がした方へ振り向く愛子。そこには、入口の扉にもたれながら腕を組んで立つ英字の姿があった。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。

 

「な、七葉君? な、なんでここに、どうやって……」

「どうやってと言われると、普通にドアからと答えるしかないな」

「えっ、でも鍵が……」

「指紋認証も使われていないこの程度の構造の鍵くらい開けられるさ」

 

飄々と答える英字に、愛子はしばらく呆然とした後、驚きでバクバクと煩い心臓を何とか落ち着かせながら、眉をしかめて咎めるような表情になった。

 

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて……一体、どうしたんですか?」

 

愛子の脳裏に一瞬、夜這いという言葉が過ぎったが即行で打ち消す。生徒相手に何を考えているのだと軽く頭を振った。英字は、そんな愛子のお叱りを柳に風と受け流し、非常識な来訪の目的を告げた。

 

「まぁ、こんな夜遅くに訪れたのは悪かった。他の者達にこの訪問を見られたくなかったんだ。先生には教えておきたい事があったんだが、さっきは教会やら王国の連中がいたのでな。内容的に、奴等なら発狂でもして暴れそうだからな」

「話ですか? 七葉君は、先生達のことはどうでもよかったんじゃ……」

 

もしや、本当は戻ってくるつもりなのではと、期待に目を輝かせる愛子。生徒からの相談とあれば、まさに教師の役どころである。しかし、英字は、その期待を即行で否定した。

 

「いや、戻るつもりはないぞ? だから、そんな期待した目で見るのは止めてほしい……今から話す話は、先生が一番冷静に受け止められると思ったから話す。聞いた後、どうするかは先生の判断に任せる」

 

そう言って英字は、オスカーから聞いた〝解放者〟と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。

 

英字が、愛子にこの話をしようと思ったのは、もちろん理由がある。神の意思に従って、勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いている結果だ。勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たなゲームを始めると考えた方が妥当である。

 

英字が自分から伝えに行ってもよかったのだが、仮に伝えたとしても、あの正義感と思い込みの塊のような男が、英字の言葉を信じるとは思えなかった。

 

たった一人の言葉と、大多数の救いを求める声。

 

どちらを信じるかなど考えるまでもない。寧ろ、大勢の人たちが信じ崇める"エヒト様"を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。

 

だが、偶然に偶然が重なって、何の因果か愛子と再会することになった。英字は、知っている。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、と英字は考えた。

 

その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。

 

だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはずだ。英字は、大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在になると推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのである。

 

尤も、これらの考えは偶然愛子に再会した事からの単なる思いつきであり、英字自身、成功する確率は低いだろうと考えていた。英字としては『手が届く範囲の者は助けよう』とは、思ってはいるのだが、自分がクラスメイトに嫌われているのは理解している。嫌いな奴に助けられても、恨めしく思われるだけだろう。だからこそ愛子に真実を話したのだ。

 

英字から、この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「まぁ、教えられるのはこの程度だ、私が奈落の底で知った事はな。これを知ってどうするかは先生に任せる。戯言と切って捨てるも可、真実として行動を起こすも可。好きにしてくれ」

「と、七葉君は……もしかして、その"狂った神"をどうにかしようと……旅を?」

「ふっ、そんな気はない。向かってくるなら返り討ちにするが、敵対してもいないのに倒しに行くなど、面倒だ。それにこの世界に留まっているのは神代魔法に興味が湧いているからにすぎないしな」

 

もしやと思ってした質問を鼻で笑われた愛子は何とも微妙な表情だ。躊躇いなく他者を切り捨てる発言には教師として眉を顰めざるを得ない。尤も、自分もこの世界の事情より生徒達を優先しているので人の事は言えず、結果愛子は英字の発言の中で気になった事もあり、微妙な表情で話題を逸らす事になった。

 

「あの、さっきから思うんですけど、先生にその言葉遣いは……」

 

愛子が苦言を呈そうとすると、英字は、自身のステータスプレートを見せた。技能欄を隠した状態ではあるが、それでも尚驚くのは当然と言えよう。

 

「この天職……それに、年齢が……」

「あぁ。見た目こそこんなだがな、それとこっちが私の素だ。あぁそれとだからと言って敬語は使わないでくれよ。先生に敬語を使われるのは流石に抵抗がある」

 

開いた口が塞がらない愛子に、英字は続ける。

 

「それとな先生。私はこの世界の出身ではないが、先生達から見ても異世界の者だぞ?」

「そ、そんな……。じゃ、じゃあ、元から世界を渡る術が? そこまでして何故……」

 

そう訊かれ、誤魔化しは無駄だろうと、素直に話した。

 

「私には、大切な人がいる。その大切な人がかつて送っていた『学校生活』をしてみたいと思ったから……その顔だと、まだ訊きたい事がありそうだな? この際だ、一応聞いてもいい」

 

英字が促せば、愛子は慌てて次の質問に入る。

 

「では……、戻る方法に心当たりが? 先程の言葉からすると、何か手掛かりがあるのではないですか?」

「まぁ、そうだな。大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索したらいい。オルクスの百階を超えれば、それこそが本当の大迷宮だ。もっとも、今日の様子を見る限り、行っても直ぐに死ぬと思うがな。あの程度の〝威圧〟に耐えられないようじゃ論外だ」

 

一応英字の能力で戻れるのだがあえて言わないでおく。もし行ってしまえば『自分たちを送っていって』と面倒なことになるかもしれないからだ。それに英字自身もう少しこの世界に留まるつもりなので緊急の用がなければ帰ったりはしない。

 

暫く、沈黙が続く。静寂が部屋に満ちた。英字は愛子の様子から与えるべき情報を確かに与えられたと悟り、もう用は無いと踵を返して扉へと手をかけた。その背中に、オルクス大迷宮という言葉で思い出したとある生徒の事を伝えようと愛子が話しかけた。

 

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」

「……」

 

愛子から掛けられた予想外の言葉に英字の歩みが止まる。愛子は、背中を向けたままの英字にそっと語りかけた。

 

「皆が君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、君の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君を探すことが目的のようです」

「…………彼女は無事か?」

 

長い沈黙の後、英字は愛子に尋ねる。自分達に無関心な態度をとっていた英字の変化に、愛子は英字の興味を惹く機会を得たと言葉を続ける。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか?七葉君と白崎さんは仲がよかったですもんね」

 

にこやかに語る愛子に、しかし英字は否定も肯定もせず無表情で肩越しに振り返った。

 

「そう言う意味じゃないんだが……手紙のやり取りがあるなら伝えとくといい。メルドにも言ってあるが、彼女が本当に注意すべきは迷宮の魔物じゃない。仲間の方だと」

「え? それはどういう……」

「先生、今日の園部達の態度から大体の事情は察した。私が奈落に落ちた原因はベヒモスとの戦闘、または事故・・と言う事にでもなっているんじゃないか?」

「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと……七葉君はやはり皆を恨んで……」

「そんなことはどうでもいい。肝心なのはそこだ。誤爆? 違う。あれは明確に私を狙って誘導された魔弾だった」

「え? 誘導? 狙って?」

 

わけがわからないといった表情の愛子。だが、英字は、容赦なく愛子を更なる悩みに突き落とす言葉を残す。

 

「私は、クラスメイトの誰かに狙われたという事だ」

「ッ!?」

「まぁ、私も奴の思惑に乗って態と受けたのだから、一概に奴だけが悪いとも言えないがな」

 

顔面を蒼白して硬直する愛子に、「原因は白崎香織との関係だろう。嫉妬で人一人殺す様な奴だ、まだ無事なら彼女に後ろから襲われない様忠告しておくといい、まぁ奴がいれば問題はないと思うが」最後の文だけ愛子に聞こえない声で言い残し、英字は部屋を出ていった。

 

シンとする部屋に冷気が吹き込んだように錯覚し、愛子は両腕で自らの体を抱きしめた。大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子には、受け入れ難い話だ。だが、否定すれば英字の言葉も理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。

 

愛子の悩みは深くなり、普段に増して眠れぬ夜を過ごした。




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