夜明け。
月が輝きを薄れさせ、東の空が白み始めた頃。英字、ユエ、シアの三人はすっかり旅支度を終えて"水妖精の宿"の直ぐ外にいた。手には移動しながら食べられる様にと握り飯が入った包みを持っている。
極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながら英字達は遠慮無く感謝と共に受け取った。
朝靄が立ち込める中、英字達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、ライドベンダーで飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。
ウィル達が北の山脈地帯に調査に入り、消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。英字もウィル達が生きている可能性は高くないと考えているが、万一という事もある。生きて帰せば、イルワの英字達に対する心象は限りなく良くなるだろうし、何より英字の気持ちがマシになる。よって出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いな事に天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。
幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進みやがて北門が見えてきた。すると、英字はその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動く訳でも無く、何やら屯している様だ。
朝靄を掻き分け見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。
「……何となく想像はつくが、一応聞こう。何をしているんだ?」
英字が半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬気圧された様にビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取ると英字と正面から向き合った。少し離れた場所で移動用に用意したらしい馬を撫でながら、何やら話し込んでいた優花、妙子、奈々達女子組。そして淳史、昇、明人の男子組も英字達がやって来た事に気付いて、愛子の傍に寄ってくる。
「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多い方が良いです」
「却下だ。行くのは勝手だが、共には無理だ」
「な、何故ですか?」
「単純に足の速さが違う。先生達に合わせて進んでいられる程暇ではない」
見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。一瞬、お前達、乗馬出来るのか? と疑問に思った英字だが、スルーする。乗れようが乗れまいが、どちらにしろライドベンダーの速度に敵うはずがないのだ。
だが英字の言葉に優花が周囲を見回し、そして首を傾げて訝し気な表情になる。どう見ても英字の周囲には、優花達が用意した様な移動手段(馬)が見当たらないからだ。
「足の速さが違うって……、ねぇ常磐。まさか馬に乗るより走った方が速いとか言うんじゃないわよね? 私等の事はどうでもいいからって、流石にそれは断りの言葉として適当過ぎない? 仮に本当にそうだとしたら……昨日の威圧感といい、どこまで人間辞めてるのって感じなんだけど?」
優花の割と失礼な物言いに、英字は思わず苦笑する。
優花の英字が人外という表現は正しい。事実生身でも普通に馬より速く、何なら二人を抱えるのが面倒なのでライドベンダーに乗っているが、本来なら自分で走った方が速いのだ。
実は英字に話しかけるのに内心では割とテンパっていた優花が思わず本音を溢しただけなのだが、英字の実力を目の当たりにする前に大正解に辿り着いてしまった様だ。
「な、何よ?」
「いや、確かに私が足で走った方が速いのは事実だが、それでは彼女達が置き去りになるからな」
そう言いながらユエとシアを指す英字と、まさかの事実に固まる一同。そんな生徒達を置き去りに、アイテムボックスからマシンベンダーモードのライドベンダーを取り出しセルメダルを投入し真ん中の黒いボタンを押す。
すると突然、自動販売機の形をしたライドベンダーが、バイクの形をした、マシンバイクモードに変形し、ギョッとなる愛子達。
「まぁそんな訳で私の愛機、ライドベンダーの出番だ。私が走らずとも、そのままの意味で移動速度が違うと言った通りだろう?」
ライドベンダーの重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。
そこへ、クラスの中でもバイク好きの昇が若干興奮した様に英字に尋ねた。
「こ、これも昨日の銃みたいに七葉の?」
「あぁ、私が取引をしている『鴻上ファウンデーション』が作ってあるものを買った物だ。それでは、私達は先に行く。そこを退いてくれ」
おざなりに返事をして出発しようとする英字に、それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でも英字達に着いて行きたかったのだ。
理由は二つ。
一つは、昨夜の英字の発言の真偽を探るためだ。〝クラスメイトに殺されかけた〟という愛子にとって看過できないその言葉が、本当に英字の勘違いでなく真実なのか、そして真実だとして英字は相手に心当たりはないのか。もしかするとこの先起こるかもしれない不幸な出来事を回避するためにも英字からもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度英字達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。
もう一つの理由は、現在、行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関しては、まだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、英字達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。
因みに、園部達がいるのは半ば偶然である。
愛子が英字より早く正門に行って待ち伏せする為に夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、昨夜からあれこれ考え過ぎて眠りの浅かった優花が愛子の部屋からの物音に気が付いて発見したのだ。
旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、優花は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんが今日の英字の捜索活動について行くつもりなのだと知り、衝動的に「じゃあ私も行きます! 四十秒で支度します!」と同行を申し出たのである。
そして一応、愛ちゃん護衛隊だからという建前で愛子に納得してもらい、自分一人という訳にはいかないと他のメンバーを叩き起こし、捜索隊に加わってもらったのである。
なお騎士達は、英字達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……。
愛子は英字に身を寄せると小声で決意を伝える。
英字は、話の内容が内容だけに他に聞かれない様に顔を寄せた愛子に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈がある事に気がついた。きっと英字の話を聞いてから、殆ど眠れなかったのだろう。
「七葉君、先生は先生として、どうしても七葉君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。七葉君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、七葉君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」
「……」
英字は、愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。愛子の行動力(空回りが多いが)は理解している。誤魔化したり、逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。
愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性を捨てないなら押し問答している時間も惜しい。英字は一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。
「…わかった。同行を許そう。といっても話せることなんて殆ど無いと思うが……」
「構いません。ちゃんと七葉君の口から聞いておきたいだけですから」
「はぁ、全く、先生はブレないのだな。何処でも何があっても先生と言うわけか」
「当然です!」
英字が折れたことに喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。
「……英字様、連れて行くの?」
「あぁ、この人は、どこまでも〝教師〟だからな。生徒の事に関しては妥協しないだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になるだろう」
「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」
英字が折れた事に、ユエとシアが驚いた様に話しかけた。そして英字の溜め息混じりの言葉に、愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれた様だ。
英字自身も、ブレずに生徒達の"先生"であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。
「でも、そのバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」
すると優花が尤もな事実を指摘する。馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシアを置いて行くのも無理な話だ。
「それもそうだな。…はぁ、仕方がない、試作品だが試すにはいい機会だ」
英字はそう言うと、ライドベンダーをアイテムボックスの中にしまい、代わりにある物を出した。
それは、先程のライドベンダーと色合いや模様は似ているが、どう見ても車にしか見えなかった。
「これは、『ライドベンダーアウトタイプ』。先程のライドベンダーを私なりにアレンジした物だ」
優花達は「後ろの席に乗れ」と言い残し、さっさと運転席に行く英字に驚愕を始めとした複雑な眼差しを向けるのだった。
はい。と言うわけで今回はオリジナルマシンとして、ライドベンダーアウトタイプを出しました。
ライドベンダーを改良した乗り物は後二つあるので楽しみにしてください。
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