前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ライドベンダーアウトタイプが爆走する。サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれるので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。
車内はベンチシートになっており、運転席には当然英字が乗り、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っている。愛子が英字の隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。
元々ユエは英字と相乗りしたかったのだが、「今は控えろ」と言われたのと、愛子の話の内容を英字に聞かされて知っているので、渋々、愛子に隣を譲った。愛子もユエも小柄なのでスペースには結構余裕が有る。
逆に、後部座席に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。
シアは言わずもがな、優花や妙子は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな奈々が普段の軽いノリもどこかに、シアや優花の身体の一部を見てはアヒルの様に唇を尖らせ、自分の胸をペタペタと触っている。帰って来るのは悲しい感触だけだ。
尤も、一番居心地が悪いのはシアだろう。
先程からシアの胸元を凝視する奈々と妙にキラキラした眼差しの妙子に挟まれて、英字との関係を根掘り葉掘り聞かれている。異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。
興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。優花などは頬杖を突き、如何にも「興味はありません」といった様子だが、耳を欹てているのが丸判りだ。視線もチラチラしているので、英字とシアの馴れ初めに内心興味津々なのだろう。
一方、英字と愛子の話も佳境を迎えていた。
英字から当時の状況を詳しく聞く限り、やはり故意に魔法が撃ち込まれた可能性は高そうだとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。心当たりを聞けば、英字は鼻で笑いつつ全員等と答える始末。
うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと柔らかいシートが眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。ズルズルと背もたれを滑りコテンと倒れ込んだ先は英字の膝である。
英字としても愛子を乱暴に扱うのは何となく気が引けたので、どうしたものかと迷った挙句、そのままにすることにした。何せ、愛子の寝不足の原因は、自分の都合で多大な情報を受け取らせた英字にもあるのだ。これくらいは、まぁ仕方ないかと珍しく寛容を示した。
「……英字様、愛子に優しい」
「……まぁ、色々世話になった人だからな」
愛子を膝枕しながら運転を続ける英字。それをキャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女。それから何故か非常に鬱陶しい視線を向けて来る男子生徒。
これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない騒がしさだった。
北の山脈地帯
標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。
また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。
ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、英字達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。
英字達は、その麓に四輪を止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。
英字は、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、ライドベンダーアウトタイプをアイテムボックスの中に戻すと、代わりにとある物を取り出した。
それは先程ウルの町で出していた。ライドベンダーだった。優花達は何故バイクに変形するライドベンダーを今出したのか理解できなかったが、英字は、手に持っていたセルメダルを投入すると真ん中の黒いボタンではなく、ジュースの缶のような物がある部分のボタンを押す。
タカ缶
機械のような音声がライドベンダーから聞こえると下の方についている
排出口『ドロイドシューター』から大量の赤い缶が出てきた。
優花達は一瞬「喉が渇いたのか?」と思ったが、英字が缶のてっぺんにある『プルトップスターター』を引いてそのまま缶を手に乗せていると次の瞬間、赤い缶はタカのような物に変形した。
「『タカカンドロイド』周りに人、もしくはその痕跡がないか捜索してくれ」
英字がそう言うと、タカカンドロイド達は山の方へ飛んでいった。
「あの、あれは……」
タカに変形し遠ざかっていく缶達を見ながら愛子が代表して聞く。
「あぁ、あれは『タカカンドロイド』と言って、簡単に言えば自律可能なロボットだ」
それに対する英字の答えは自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。
"タカカンドロイド"
ライドベンダーと同じく鴻上ファウンデーションが開発した代物で、索敵や護衛などに幅広く使えるカンドロイドシリーズの一つに数えられる万能アイテムだ。それを英字なりに改造し、タカカンドロイドが見た光景を英字は、直接自身の目で見ることを可能にしたのである。
本来敵を探索するために使うタカカンドロイドはこの手の捜索活動にはピッタリだと英字は判断したのだ。
タカカンドロイドが見た光景は直接英字の目に映るため、英字が出向かずとも広範囲を見渡せるという考えだ。
既に彼方へと飛んでいったタカカンドロイド達を遠くに見つめながら、愛子達はもう一々英字のする事に驚くのは止めようと、恐らく叶う事の無い誓いを立てるのだった。
英字達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。
魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならばウィル達冒険者パーティも、その辺りを調査した筈である。そう考えて、英字はタカカンドロイドをその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。
凡そ一時間と少し位で六合目に到着した英字達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡が無いか調べる必要があったのと……
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、七葉達は化け物か……」
予想以上に愛子達の体力が無く、休む必要があったからである。
勿論、本来愛子達のステータスはこの世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山如きでここまで疲弊する事は無い。ただ、英字達の移動速度が速すぎて殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。
四つん這いになり必死に息を整える愛子。昇と明人は仰向けに倒れながら今にも死にそうな呼吸音を響かせており、奈々は少しばかり女子として見せてはいけない顔になっている。
意外にも倒れ込んでいないのは優花と妙子だ。二人共近くの木に寄りかかり、相当きつそうな表情ではあるが倒れ込む様な気配は無い。二人共にどちらかと言えば前衛職の天職である事が関係しているのだろう。
優花は"投術師"、妙子は"操鞭師"である。前者は投げナイフやダーツ等投擲技術の才を、後者は鞭は勿論としてロープ状の物を操る技術の才を発揮する。
見た目ちょっと不良っぽい優花が投擲用ナイフを手慰みにジャグリングしたり、おっとり系ギャルの妙子が鞭を巧みに振り回したりする姿は……生徒達の間でもとびっきりシュールという意見と、何だか凄く似合っているという意見が半々だった。
なお、淳史と昇も一応前衛職なのだが体力で負けているという点は、きっと指摘してはいけないのだろう。そんな事をすれば、今度こそ彼等の心はポッキリと逝ってしまうかもしれない。
英字はそんな愛子達に若干呆れた視線を向けつつも、どちらにしろ詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行く事にした。ここに来るまでに、タカカンドロイド達からの情報で位置は把握している。未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて放置し、英字達は先に川へと向かった。ウィル達も休憩がてらに寄った可能性は高い。
ユエとシアを連れて山道から逸れて山の中を進む。シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。
そうして英字達が辿り着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が高いシアが周囲を探り、英字も念の為タカカンドロイド達を何機か呼び戻し周囲を探るが魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて英字達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。途中、ユエが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむという我儘をしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見る英字。ついでにシアも便乗した。
川沿いに上流へと移動した可能性も考えて、英字はタカカンドロイド達を上流沿いに飛ばしつつ、ユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺める。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしている。
するとそこへ、漸く息を整えた愛子達がやって来た。置いていかれた事に思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。淳史達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。
愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しむ。先程から淳史達男衆のユエ達を見る目が鬱陶しいので軽く睨み返すと、ブルリと震えて視線を逸らした。そんな様子を見て、愛子達が英字に生暖かい眼差しを向ける。特に、優花達は車中でシアから色々聞いたせいか実にウザったらしい表情だ。
「ふふ、七葉君は、ホントにユエさんとシアさんを大事にしているんですね」
愛子が微笑ましそうに、優花達に聞こえない様に小声で言う。
何を言っても自分にとっては望ましくない反応が返ってきそうなので、英字は肩を竦めるに留める。すると、代わりにユエが行動で示した。当然だと言う様に英字の膝の上にポスッと腰を落とす。そして、柔らかなお尻をふにふにと動かしてベストポジションを探る。
「……ん」
そして満足のいくポジションを見つけ、そのまま英字に寄りかかり全体重を預けた。それが信頼の証だとでも言うように。それを見てシアが寂しくなった様で、英字の背後からヒシッと抱きつく。英字の背中にシアの豊かな胸部が押し付けられる。
突如発生した桃色空間に愛子と優花は頬を赤らめ、奈々と妙子はキャーキャーと歓声を上げ、淳史達男子はギリギリと歯を噛み締めた。
英字は英字で、二人を振り解く事無く目を閉じている。周囲の反応には興味が無いらしい。だがそんな英字の表情も、次の瞬間には一気に険しくなった。
「……これは」
「ん……何か見つけた?」
英字がどこか遠くを見る様に呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。
「川の上流に……これは盾か? それに鞄もまだ新しい……当たりかもしれない。ユエ、シア、行くぞ」
「ん……」
「はいです!」
英字達が阿吽の呼吸で立ち上がり、出発の準備を始めた。
愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていく英字達に必死になって追随した。
英字達が到着した場所には、タカカンドロイドで確認した通り小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。
但しラウンドシールドは拉げて曲がっており、鞄の紐は半ばで引き千切られた状態でだ。
英字達は注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。英字はシアにウサミミ探査を指示しながら、自らも感知系の能力を強め、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。
先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には折れた剣や、血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強張っていく。
特に、死の恐怖に一度は心を折られた優花達はオルクス大迷宮で死にかけた時の事を思い出したのか、一見して分かる程顔色を悪くしている。震えそうになる身体を必死に抑えようとしているのが分かった。
そんな愛子や優花達を尻目に暫くの間点在する争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。
「英字さん、これペンダントでしょうか?」
「ん? あぁ、遺留品かもしれない。確かめよう」
シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットの様だと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。恐らく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近の物……冒険者一行の誰かの物かもしれない。なので一応回収しておく。
その後も、遺品と呼ぶべき物が散見され、身元特定に繋がりそうな物だけは回収していく。どれ位探索したのか、既に日は大分傾きそろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。
未だ野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言った所。山は越えていないとは言え、普通なら弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくない筈で、英字達は安堵どころか逆に不気味さを感じていた。
暫くすると、再びタカカンドロイドが異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いった所に大規模な破壊の後があったのだ。英字は全員を促してその場所に急行した。
そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされた様だ。
その様な印象を持ったのは抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けた様に何本もの木が半ばからへし折られ、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。
「ここで本格的な戦闘があった様だな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールという魔物がいたな。だがこの抉れた地面は……」
英字の言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。
英字はしゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。
ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられる様に逃げてきた様だが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも精神的にも町から遠ざかるという思考が出来るか疑問である。
従って、英字は念の為タカカンドロイド達を上流に向かわせながら自分達は下流へ向かう事にした。ブルタールの足跡が川縁にあるという事は、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いという事だ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。
英字の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。
すると今度は、先程のものとは比べ物にならない位立派な滝に出くわした。英字達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。と、そこで英字の"気配感知"に反応が出た。
「これは……」
「……英字様?」
ユエが直ぐ様反応し問いかける。英字は暫く集中して滝を見つめる。そして「これは」と少し驚いた様な声を上げた。
「気配感知に掛かった、恐らく人間だ。場所は、あの滝壺の奥だ」
「生きてる人がいるってことですか!?」
シアの驚きを含んだ確認の言葉に英字はタカカンドロイド達をを缶に戻してしまいつつ頷いた。人数を問うユエに、「一人だ」と答える。
愛子達も一様に驚いている様だ。それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等の内の一人なら奇跡だ。
「ふっ」
英字は滝壺に向けて右手をかざす。すると、突風が巻き起こり、滝と滝壺の水が紅海におけるモーセの伝説の様に真っ二つに割れ、そして飛び散る水滴は、まるで停止ボタンを押した映像の様に完全にその動きを止めた。英字が風の刃で滝壺を切り裂き水を操作して、割れた水を戻らないようにしたのである。
詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に、応用して行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、かつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。
英字は愛子達を促して、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。
洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れない事から、きっと奥へと続いているのだろう。
その空間の一番奥に、横たわっている男を発見した。
傍に寄って確認すると、二十歳位の青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は蒼褪めて死人の様な顔色をしている。だが大きな怪我は無く、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけの様だ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいる事と関係があるのだろう。
気遣わし気に愛子が容態を見ているが、英字は手っ取り早く青年の正体を確認する為上体を起こし、頬を軽く叩く。
「んっ、んんぅ……」
呻きながら目を覚まし、右へ左へと視線を彷徨わせる青年。愛子達がホッと安堵の溜め息を漏らす。英字はそんな愛子達をスルーして、未だ夢現の青年に近づくと端的に名前を確認する。
「お前がウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」
「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」
状況を把握出来ていない様で目を白黒させる青年に、英字は再び問いかける。
「お前がウィル・クデタか?」
「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」
一瞬青年が答えに詰まると、英字の眼がギラリと剣呑な光を帯び、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら本当に本人の様だ。奇跡的に生きていたらしい。
「そうか。私は英字、七葉英字だ。フューレンのギルド支部長イルワからの依頼で捜索に来た。どうやら首の皮一枚繋がった様だな」
「イルワさんが!? そうですか、あの人が……また借りができてしまった様だ。……あの、貴方も有難う御座います。イルワさんから依頼を受けるなんて余程の凄腕なのですね」
尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのブタとは大違いである。それから各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。
要約するとこうだ。
ウィル達は五日前英字達と同じ山道に入り、五合目の少し上辺りで突然十体のブルタールと遭遇したらしい。
流石にその数のブルタールと遭遇戦は勘弁だとウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いている内にどんどん数が増えていき、気がつけば六合目の例の川にまで追い立てられていた。
そこでブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出する為に盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。
漆黒の竜だったらしい。
その黒竜はウィル達が川沿いに出てくるや否や特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。
ウィルは、話している内に、感情が高ぶった様で啜り泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認する事もせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つ事しか出来なかった情けない自分、救助が来た事で仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。
「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」
洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しく摩る。ユエは何時もの無表情、シアは困った様な表情だ。
が、ウィルが言葉に詰まった瞬間、意外な人物が動いた。
英字はツカツカとウィルに歩み寄ると、その胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして息がつまり苦しそうなウィルに、意外な程透き通った、しかし少しばかりの怒りが混じった声で語りかけた。
「お前、何を言っているんだ。自分のせいでみんな死んだ?生き残ったことが悪い?生き残ったことに喜んでいる自分は最低?…ふざけるな!確かに、お前を生かすために六人の人間がその命を投げ出した。だが、彼らのその行為は、誰かに押し付けられてやった物ではないはずだ!それにお前には、お前の帰りを待つ家族がいる。お前は、自分の家族をお前が死んだことで悲しませたいのか!いいか!親より先に子が死ぬなんてのはな、最低最悪の親不孝だ!そう言う人間こそ最低と言うんだ!」
「だ、だが……私は……」
それでもなお自分を責めるウィルに、英字は顔を近づけ確とその眼を捉えて続ける。
「私だって死ぬのは怖いさ。だって私が死んだら……妻も娘も息子も悲しむからだ。……昔私は、無茶をした。その結果死にかけて、なんとか生き残ったが、妻と子供達にすごい怒られたよ。……その時の彼女達の顔が忘れられない。もう二度と彼女達の悲しむ姿を見たくない。彼女達を置いて死ぬのは、私にとって、自分が死ぬより辛いんだと、あの時初めて知ったよ。お前の家族だって、お前に生きていてほしいと今でも思い続けている。だがらこそお前は、生き続けなければならないんだ。だから、『生き足掻け‼︎』天寿を全うするその日まで。それが、お前にできる、死んだ者達に対する最大限の贖罪になるんだ」
「……生き、続ける」
涙を流しながらも、英字の言葉を呆然と繰り返すウィル。
英字はウィルから手を離し、自分に向けて「何をやっているんだ、馬鹿か私は」とツッコミを入れる。
彼の様な精神状態になる人間を、英字は幾度も見た事がある。戦争や災害で家族や仲間を失った人間は、この手の状態に陥る事がある、「何故自分が生き残ってしまったのか」「自分が死ねばよかったのに」「誰かを犠牲にしてまで生き残りたくなかった」と。実際その後自ら命を断つ者も大勢いた。
そんなウィル姿に英字は、昔の自分を『自分の命を軽く見ていた頃の自分』、大切な物を守るためなら自分は死んでも構わないと思っていた、昔の自分自身を重ねてしまったらしい。心配している家族の気持ちすら無視した様なウィルの自罰意識に、英字はつい口を出さずにはいられなかった。
勿論、完全なるお節介だ。その自覚がある英字は恥じた様に顔に手を当て天を仰ぐ。そんな英字の下にトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッと英字の手を握った。
「……大丈夫、英字様は間違ってない」
「……やれやれ。ミレディより若いはずなんだがな、ついつい説教臭くなってしまった」
英字が苦笑気味に笑えば、ユエは甘える様にその手に頬ずりする。シアはジト目になり、そのウサミミは「また私を除け者にしてぇ!」と言わんばかりにみょんみょんしている。
一方愛子達は、英字の言葉を聞いて胸に何か重たい物を打ち込まれた様な気持ちになっていた。愛子以外は知らないが、千年以上もの間国を治め、戦場に立ってきた者の言葉なのだ。その重みは尋常ではない。
再会してからというもの、英字は基本的に無関心な態度ばかりを見せていたが、道中の足を用意した時は優しさが、今の言葉には溢れんばかりの熱と重みが宿っていた様に感じる。
その力は特に、今この瞬間も死の恐怖に囚われている優花達の内側に、まだ微かではあるが確かに伝わっていた。まるで、冬の寒さに凍えていた体が手足の先からじんわりと温まっていくかの様に。
暫くして一行は、早速下山する事にした。日の入りまでまだ一時間以上は残っているので、急げば日が暮れるまでに麓に着けるだろう。
ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それは英字達の任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査など以ての外である。ウィルも足手纏いになると理解している様で、撤退を了承した。
淳史達は「町の人達も困っているから調べるべきでは」と微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかった事と、英字に「お前達は自分達の恩師を、"生徒を無事に帰せなかった無能"にしたいのか?」と釘を刺された事により、結局下山する事になった。
だが、事はそう簡単には進まない。滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎する者がいたからだ。
「グゥルルルル……」
低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼を羽搏かせながら空中より金の眼で睥睨する。
……それは正しく"竜"だった。
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