英字とその一行を乗せたライドベンダーアウトタイプが、行きよりもなお速い速度で帰り道を爆走する。速度を優先した為に、乗り慣れていない英字以外のメンバーに間断無いミキサーのシェイクの如き衝撃を与えていた。
「な、七葉~! もうっ、ちょっとぉ! 何とかならないのかぁ!?」
「ふ、振り落とされるぅううう!」
「昇ぅ! 今助けっあべっ──舌がっ、俺の舌がぁ!」
淳史が急造で拵えられた座席にヤモリの様に張り付きながら叫び、昇が座席から半分以上体を投げ出され、それを助けようとして明人が舌に破滅的打撃を負ってのたうち回る。
と、その時。ウルの町と北の山脈地帯の丁度中間辺りの場所で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見した。英字の目には、先頭を鬼の形相で突っ走るデビッドやその横を焦燥感の隠せていない表情で併走するチェイスの表情がはっきりと見えていた。
しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。彼等から見ればどう見ても魔物にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。対応の速さは、流石、超重要人物の護衛隊と賞賛できる鮮やかさだった。
別に攻撃されたところで、英字としては突っ切ればいいので問題無かったが、愛子はそんな風に思える訳も無く、先程から借りてきた猫の様に大人しくしているティオや青い顔で座席にしがみつく淳史達が攻撃に晒されたら一大事だと、自分が転げ落ちない様に掴まり立ちながら必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。
いよいよ以て、魔法を発動しようとしていたデビッドは、高速で向かってくる黒い物体の上からニョッキリ生えている人らしきものに目を細めた。
普通ならそれでも問答無用で先制攻撃を仕掛けるところだが、デビッドの中の何かがみょんみょんと働きストップをかける。言うなれば、高感度愛子センサーとも言うべき愛子専用の第六感だ。
手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。怪訝そうな部下達だったが、やがて近づいてきた黒い物体の上部から生えている人型から聞き覚えのある声が響いてきて目を丸くする。デビッドは既に、信じられないという表情で「愛子?」と呟いている。
一瞬、まさか愛子の下半身が魔物に食われているのでは!? と顔を青ざめさせるデビッド達だったが、当の愛子が元気に手をブンブンと振り、「デビッドさーん、私ですー! 攻撃しないでくださーい!」張りのある声が聞こえてくると、どうも危惧していた事態ではないようだと悟り、黒い物体には疑問を覚えるものの愛しい人との再会に喜びをあらわにした。
シチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ! 飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に! と両手を広げていた。
騎士達が、恍惚とした表情で両手を広げて待ち構えている姿に、英字は嫌そうな顔をする。なので、愛子達は当然デビッド達の手前で英字が止まってくれるものと思っていたのだが……英字はアクセルを思いっきり踏み、更に加速した。
距離的に明らかに減速が必要な距離で、更に加速した黒い物体に騎士達がギョッとし、慌てて進路上から退避する。
英字のライドベンダーアウトタイプは、笑顔で手を広げるデビッド達の横を問答無用に素通りした。
愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は笑顔のまま固まった。そして、次の瞬間には、「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げて、猛然とライドベンダーアウトタイプを追いかけ始めるのだった。
「七葉君! どうして、あんな危ないことを!」
愛子がプンスカと怒りながら、車中に戻り、英字に猛然と抗議した。
「止まる理由がないだろう、先生。止まれば当然の様に事情説明を求められる。そんな時間があるのか? どうせ町で事情説明するのだから二度手間になるだろう?」
「うっ、た、確かにそうです……」
若干納得いってなさそうだが、確かに勝手に抜け出てきた事や英字のアレコレも含めれば多大な時間が浪費されるのは目に見えているので口を噤む愛子。英字の隣の座席に返り咲いていたユエが、英字の耳元に顔を寄せそっと聞いた。
「……本音は?」
「笑顔の騎士達が気持ち悪かった」
「……ん、同感」
ウルの町に着くと、悠然と歩く英字達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。英字としては、愛子達とここで別れてさっさとウィルを連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、寧ろ愛子達より先にウィルが飛び出していってしまった為仕方なく後を追いかけた。
町の中は活気に満ちている。料理が多彩で豊富、近くには湖もある町だ。自然と人も集う。まさか一日後には、魔物の大群に蹂躙されるなどは夢にも思わないだろう。英字達はそんな町中を見ながら、屋台の串焼きやら何やらに舌鼓を打ちながら町の役場へと向かった。
英字達が漸く町の役場に到着した頃には、既に場は騒然としていた。
ウルの町のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々囂々たる有様である。皆一様に信じられない、信じたくないといった様相で、その原因たる情報を齎した愛子達やウィルに掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。
普通なら「明日にも町は滅びます」と言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだろうが、今回ばかりはそうそう無視など出来ない。何せ"神の使徒"にして"豊穣の女神"たる愛子の言葉である。そして最近、魔人族が魔物を操るというのは公然の事実である事からも、無視などできよう筈も無かった。
因みに道中での話し合いで愛子達は、報告内容からティオの正体と黒幕が清水幸利である可能性については伏せる事で一致していた。
ティオに関しては、竜人族の存在が公になるのは好ましくないので黙っていて欲しいと本人から頼まれた為。黒幕に関しては、愛子が未だ可能性の段階に過ぎないので不用意な事を言いたくないと譲らなかった為だ。
愛子の方は兎も角、竜人族は聖教教会にとっても半ばタブー扱いである事から、混乱に拍車をかけるだけという事と、バレれば討伐隊が組まれてもおかしくないので面倒な事この上ないと秘匿が了承された。
そんな喧騒の中に、ウィルを迎えに来た英字がやって来る。周囲の混乱などどこ吹く風だ。
「おいウィル、勝手に突っ走るな。自分がまだ保護対象だという自覚を持て。報告が済んだなら早急にフューレンに向かうぞ」
その英字の言葉にウィル他、愛子達も驚いた様にソウゴを見た。他の重鎮達は「誰だこいつ?」と、危急の話し合いに横槍を入れたソウゴに不愉快そうな眼差しを向けた。
「な、何を言っているのですか? 英字殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」
信じられないと言った表情で英字に言い募るウィルに英字は、軽く冷静に返す。
「見捨てるもなにも、どの道町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろう? 観光の町の防備なんてたかが知れている……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろう。少々他の者より早く避難するだけの話だ」
「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かある筈! 英字殿も……」
"英字殿も協力して下さい"。そう続けようとしたウィルの言葉は、英字の呆れたと言わんばかりの眼差しと取り付く島もない言葉に遮られた。
「何度も言っているが、私の仕事はお前をフューレンに連れ帰る事、この町の事は依頼の管轄外だ。いいか? まず第一に確保すべきはお前の安全だ。それも理解できないようなら……気絶させてでも連れて行く」
「なっ、そ、そんな……」
英字の醸し出す雰囲気から、その言葉が本気であると察したウィルが顔を蒼褪めさせて後退りする。その表情は信じられないといった様がありありと浮かんでいた。
ウィルにとって、ゲイル達ベテラン冒険者を苦も無く全滅させたティオすら圧倒した英字は、ちょっとしたヒーローの様に見えていた。
なので、容赦の無い性格であっても町の人々の危急とあれば、何だかんだで手助けをしてくれるものと無条件に信じていたのだ。なので、英字から投げつけられた冷たい言葉に、ウィルは裏切られた様な気持ちになったのである。
言葉を失い、英字から無意識に距離を取るウィルに英字が決断を迫る様に歩み寄ろうとする。一種異様な雰囲気に、周囲の者達がウィルと英字を交互に見ながら動けないでいると、ふと英字の前に立ち塞がる様に進み出た者がいた。
愛子だ。彼女は、決然とした表情で英字を真っ直ぐな眼差しで見上げる。
「七葉君。君なら……君なら魔物の大群をどうにか出来ますか? いえ……出来ますよね?」
愛子は、どこか確信している様な声音で英字なら魔物の大群をどうにか出来る、即ち、町を救う事が出来ると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。
愛子達が報告した襲い来る脅威をそのまま信じるなら、敵は数万規模の魔物なのだ。それも、複数の山脈地帯を跨いで集められた極めて強力な。
それはもう戦争規模である。そして、一個人が戦争に及ぼせる影響など無いに等しい。それが常識だ。それを覆す非常識は、異世界から召喚された者達の中でも更に特別な者──そう勇者だけだ。
それでも、本当の意味で一人では軍には勝てない。人間族を率いて仲間と共にあらねば、単純な物量にいずれ呑み込まれるだろう。
なので、勇者ですらない目の前の少年(の様に見える魔王)が、この危急をどうにか出来るという愛子の言葉は、たとえ“豊穣の女神”の言葉であっても俄かには信じられなかった。
英字は愛子の強い眼差しに、顎に手を当てる素振りを見せると、試す様な物言いになる。
「やるやらないはさておき、可能か不可能かで言うなら可能だな」
「やっぱりそうなんですね?」
「あぁ」
愛子と英字のやり取りに、どういう事だと眉を顰める町の権力者達。そんな彼等に目もくれず、愛子は英字の目を見据えて真剣な表情のまま頼みを伝える。
「七葉君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われる事になります」
「……意外だな。あなたは生徒達の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに見ず知らずの人々の為に、その生徒に死地へ赴けと? その意志も無いのに? まるで戦争に駆り立てる教会の詐欺師共の様な考えだな?」
英字の揶揄する様な言葉に、愛子は「うっ」と言葉に詰まる。心の内の葛藤を示す様に、唇を嚙みしめ眉間に皺を寄せる。
しかしその眼差しを英字へ真っ直ぐに向けて、何かを確かめる様に見つめる事数秒。やがて愛子は、逡巡を振り払うかの様に決然とした表情になった。それは"先生"の表情。日本に居た頃から、生徒が何か問題を抱えた時に決まって浮かべていた表情だった。
近くで愛子と英字の会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、英字の言葉に含まれる教会を侮蔑する様な言葉に眉を顰めているのを尻目に、愛子は真剣な声音で口を開いた。
「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい。その気持ちは今でも変わりません。でも、それが出来ないから……なら今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思う事は、人として当然の事だと思います。勿論、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」
愛子が一つ一つ、自分の言葉を確かめる様に言葉を紡いでいく。
「七葉君、私より長く生きている君の考えは、今の私では分かりません。もしかしたら、私達とは違う物事が見えているのかもしれません。二十五年程度しか生きていない先生の言葉など…君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」
英字は黙ったまま、先を促す様に愛子を視界に収めている。
「七葉君。先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰った時日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺す事に、力を振るう事に慣れて欲しくないのです」
「……」
「七葉君、君には君の価値観があり、君の基準で動いているのでしょう。それに、先生が口を出して強制する様な事は出来ません。ですが、私は知っています。学校で生徒として振舞っていた時の君を。昨日園部さんに話しかけていた時、とても優しい顔をしていた事を。それが君の元々持っていた他者を思い遣る気持ちだという事を。ですからどうか、その優しさを、私達を守ってくれた経験と知恵をもう一度、私達の為に使って頂けませんか?」
一つ一つに思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合う英字に余す事無く伝わってゆく。町の重鎮達や優花達も、一部訝し気ながらも愛子の言葉を静かに聞いている。
特に生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになり、バツの悪そうな表情で俯いている。それと同時に、愛子は今でも本気で自分達の帰還とその後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。
英字は、例え世界を超えても、どんな状況であっても、全くブレずに“先生”であり続ける愛子に、内心感心せずにはいられなかった。
愛子が本人の言葉の通り英字よりも、はるかに年下の愛子の言葉など、年長者として、または戦士、権力者として「軽い」と切り捨ててしまってもいいだろう。
だが英字には、そんな事をする気は起らなかった。今も真っ直ぐ自分を見つめる"先生"に、それこそ英字の経験から見ても滅多にいない、人格者としての器を見たのだ。
英字は愛子から、すぐ傍に立つユエへと視線を転じる。ユエはどういう訳か、懐かしいものを見る様な目で愛子を見つめていた。しかし英字の視線に気がつくと、真っ直ぐに静かな瞳を合わせてくる。その瞳には、英字がどんな答えを出そうとも付いていくという意志が見えた。視線を変えれば、シアも同様の意志を目に宿している。
英字はそれを確認した後、愛子に再度向き合う。
「……先生は、この先何があっても、私の先生か?」
それは、言外に愛子を試す言葉。
「当然です」
それに、一瞬の躊躇いもなく答える愛子。
「……私がどんな決断をしても? それがたとえ、先生の望まない結果を生むことになったとしてもか?」
「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。七葉君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」
英字はしばらく、その言葉に偽りがないか確かめるように愛子と見つめ合う。わざわざ言質をとったのは、英字自身、できれば愛子と敵対はしたくなかったからだ。英字は、愛子の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめると、徐に踵を返し出入口へと向かった。ユエとシアも、すぐ後に続く。
「な、七葉君?」
そんな英字に、愛子が慌てたように声をかけた。英字は振り返ると、愛子の〝先生ぶり〟には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返す。
「先生の頼みだからな、なんとかしよう」
「七葉君!」
英字の返答に顔をパァーと輝かせる愛子。
「先生からの必死の頼みを、無碍にするわけにはいかないからな。それにこの町は、私も気に入っているしな」
そう言って、両隣のユエとシアの肩をポンっと叩くと再び踵を返して振り返らず部屋を出て行った。ユエとシアが、それはもう嬉しそうな雰囲気をホワホワと漂わせながら、小走りで英字の後を追いかけてゆく。
パタンと閉まった扉の音で、愛子と英字の空気に呑まれて口を噤んでいた町の重鎮達が、一斉に愛子に事情説明を求めた。
愛子は肩を揺さぶられながら、英字が出て行った扉を見つめていた。その顔に、英字に説得が伝わった喜びは既にない。英字に語った事は、紛れもない愛子の本心だ。
だが結果、年長者で歴戦の戦士とはいえ、大切な生徒に魔物の大群へ立ち向かう事を決断させた事に変わりはない。力を振るう事に慣れて欲しくないと言いながら、戦いに赴かせるという矛盾を愛子は自覚している。愛子は内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。
願わくば、生徒達が皆元の心を失わないまま、お家に帰れます様に……
しかし、愛子のその願いは既に叶わぬものだ。愛子自身、昨夜の英字の話を聞いて、その願いが既に幻想であると感じている。しかし、それでも願う事は止められない。
重鎮達の喧騒と敬愛の眼差しを向ける生徒達に囲まれて、愛子は悟られない程度に溜息をつくのだった。
因みに英字達と一緒に役場に来ていたティオは、「妾、重要参考人の筈じゃのに……こ、これが放置プレイ……流石、ご主ry」と火照った表情で呟いていたが、それを拾う者はいなかった。
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