ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第五十四話 豊穣の女神

ウルの町

 

北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は現在、つい昨夜までは存在しなかった"外壁"に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 

この"外壁"は、英字が即行で作ったものだ。土系統の技能を使い、町全体を囲う様に一瞬で築き上げた物である。英字の魔力を付与して防御力を上げてあるため、そう簡単には突破できないようになっている。

 

町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前位には先陣が到着するだろうと。

 

当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられる者などそうはいない。彼等の行動も仕方の無い事だ。

 

だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。

 

漸く町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる“豊穣の女神”。恐れるものなど無いと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。畑山愛子、ある意味勇者より勇者をしている。

 

冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。

 

即ち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

 

居残り組の中でも、女子供だけは避難させるという者も多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝える事は何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子等だ。深夜をとうに過ぎた時間にも拘らず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

 

避難組は、夜が明ける前には荷物を纏めて町を出た。現在は日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは"豊穣の女神"一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも自分達の町は自分達で守るのだ! 出来る事をするのだ! という気概に満ちていた。

 

英字は、すっかり人が少なくなり、それでもいつも以上の活気があるような気がする町を背後に即席の城壁に腰掛けて、どこを見るわけでもなくその眼差しを遠くに向けていた。傍らには、当然の如くユエとシアがいる。何かを考えている英字の傍に、二人はただ静かに座っていた。

 

そこへ愛子と優花達、ティオ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来た。愛子達の接近に気がついているだろうに振り返らない英字に、デビッド達が眉を釣り上げるが、それより早く愛子が声をかける。

 

「英字君、準備はどうですか? 何か必要なものはありますか?」

「いや、問題無いさ、先生」

 

微動だにせず簡潔に答える英字。その態度に我慢しきれなかった様で、デビッドが食ってかかる。

 

「おい貴様、愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」

「デビッドさん、少し静かにしていてもらえますか?」

「うっ……承知した……」

 

しかし、愛子に"黙れ"と言われるとシュンとした様子で口を閉じる。その姿は、まるで忠犬だ。亜人族でもないのに、犬耳と犬尻尾が幻視できる。今は飼い主に怒られて、シュンと垂れ下がっている様だ。

 

「七葉君。黒ローブの男の事ですが……」

 

どうやら、それが本題の様だ。愛子の言葉に苦悩が滲み出ている。

 

「正体を確かめたいんだろう? 見つけても、殺さないでくれと?」

「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……七葉君には、無茶な事ばかりを……」

「取り敢えず、連れて来てやる」

「え?」

「黒ローブを先生のもとへ。先生は先生の思う通りに……私も、そうする」

「七葉君……ありがとうございます」

 

愛子は英字の予想外に協力的な態度に少し驚いた様だが、未だ振り向かない英字の様子から、今は集中したいのだろうと思い、その厚意を有り難く受け取り口を閉じる事にした。つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をつきながら、愛子は苦笑いしつつ礼を言うのだった。

 

愛子の話が終わったのを見計らって、今度はティオが前に進み出て英字に声をかけた。

 

「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ! お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「ティオか」

 

何だかんだで町に戻ってから、ほぼほぼ口を開かなかったティオの言葉に、英字は耳を傾ける。

 

「お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

「あぁ、そうだ」

「うむ、頼みというのはそれでな……妾も同行させてほし「それについては先程言った筈だ」…む?」

「お前は既に私の部下だ。私の部下となった以上、是が非でも連れていく」

 

両手を広げ、頬を薔薇色に染めながら同行を願い出るティオに、とっくにそのつもりだとはっきり言い切った英字。その発言に、そこまで求められた事の無いユエもシアも羨ましそうに目を向け、愛子や優花達は英字の物言いに驚いて開いた口が塞がらない。

 

「ま、まるで王様みたいな考えね……」

 

優花がそう言った途端、ふと疑問を覚えた英字の注意は愛子に向いた。

 

「なぁ先生、彼女達に私の事を言ってないのか?」

「えっ、いいんですか?」

「ここまできたんだ、別に構わない」

 

驚いた愛子は英字の了承を得ると、生徒と騎士達に向けて英字が自分達ともこのトータスとも違う世界の人間である事、自分達より遥かに年上である事を説明した。途端、当然と言えば当然だが皆驚愕に包まれる。

 

「驚いたか? これでもお前達の祖父母よりも年は上だ」

 

そう言いながら英字は、自身のステータスプレートを愛子達に投げた。天職とステータス、技能欄は隠されているが、そこに書かれた年齢に皆驚くしかない。

 

「そ、それじゃあ、あの戦い方とか技って……」

「長年の経験で積み、学んだものだ」

 

恐る恐る訊く淳史に、英字は当然の様に答える。と、そこで新たな疑問が生まれたのか、愛子が質問を投げてきた。

 

「あの、それでは七葉君。そこまで凄い力を持って、自分の世界でどんな事をしていたのですか?」

 

愛子の質問に、英字は「そう言えば、まだ言ってなかったか」と零しつつ、その質問に答えた。

 

「とある国の王をしている」

 

途端、彼等は更なる驚愕に包まれた。と同時に、愛子や生徒達はどこか納得したところがあった。これまでの英字の行動には、その端々にどこか上に立つ者としての振舞を感じさせるところがあった。それが気のせいではなく、長年の癖の様なものだと判明した。一つ謎が解けた気分だ。

 

するとどうだろうか。途端に過去の自分の英字に対する行いが凄まじく恐ろしいものに思えた。

 

その後、英字は「だからと言って敬語はやめてくれよ。同級生に敬語を使われるのは、むず痒いからな」と念を押した。

 

なんてやり取りをしていると、英字の答えを聞いてからずっと黙っていたティオが震えながら口を開く。

 

「う、嬉しいのじゃ……! ご主人様は、妾をこんな体にした責任をとってくれるのじゃな! 奴隷として飼ってくれるのじゃな!?」

 

全員の視線が「えっ!?」と言う様に英字を見る。それすら視線を向けず、言外に纏う雰囲気でどういう事かとティオに問うた。

 

「あぅ、またそんな全てを踏み潰す様な空気で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾強いじゃろ?」

「そうか?私からすればそこまでだが」

 

英字にサラッと強さを否定され、それに愛子達が驚いているのを尻目に、奴隷宣言という突飛な発想に辿り着いた思考過程を説明し始めるティオ。

 

「里でも妾は一、二を争う位でな。特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられる事も、痛みらしい痛みを感じる事も今の今までなかったのじゃ」

 

近くにティオが竜人族と知らない護衛騎士達がいるので、その辺りを省略してポツポツと語るティオ。

 

「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! それも手加減された上で! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」

 

一人盛り上がるティオだったが、彼女を竜人族と知らない騎士達は、一様に犯罪者でも見るかの様な視線を英字に向けている。客観的に聞けば、完全に婦女暴行である。「こんな可憐なご婦人に暴行を働いたのか!」とざわつく騎士達。あからさまに糾弾しないのは、被害者たるティオの様子に悲痛さが無いからだろう。寧ろ、嬉しそうなので正義感の強い騎士達もどうしたものかと困惑している。

 

「……つまり、英字様が新しい扉を開いちゃった?」

「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様無しではダメなのじゃ!」

 

ユエが嫌なものを見たと表情を歪ませながら既に尊敬の欠片も無い声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げる。そんなカオスな状況が大群が迫っているにも関わらず繰り広げられ、英字が無視を決め込もうとし始めた時、遂にそれは来た。

 

「……来たか」

 

英字が突然、目を開いて北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、英字の"望遠の邪眼"にははっきりと見えていた。

 

それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。

 

ブルタールの様な人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えている蜥蜴型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもった蟷螂型の魔物、体の至る所から無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇──

 

大地を鳴動し、土埃が雪崩の如く巻き上がり、蠢く群れの光景は宛ら黒き津波の様。猛烈な勢いで進軍する悪鬼羅刹の群れは、その土埃の奥から赤黒い殺意に塗れた眼光を覗かせる。その数は、山で確認した時よりも更に増えている様だ。目算で五万、或いは六万に届こうかという大群である。

 

更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。飛竜型の魔物に比べれば、その体躯は小さく見劣りするものの、体から立ち昇る赤黒い瘴気と尋常でない雰囲気が、嘗て見たライセン大迷宮の飛竜ハイベリアよりは強力だろうと伺わせる。

 

そして。そんな何十体というプテラノドン擬きの中に一際大きな個体がいる。その個体の上には薄らと人影の様なものも見えた。恐らく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが十中八九、清水幸利だろう。

 

「……英字様」

「英字さん」

 

英字の雰囲気の変化から来るべき時が来たと悟るユエとシアが、英字に呼びかける。英字は立ち上がり、そして後ろで緊張に顔を強ばらせている愛子達に見たものを告げる。

 

「来たぞ。予定よりかなり早いが、到達まで三十分というところだ。数は六万弱。複数の魔物の混成だ」

 

魔物の数を聞き、更に増加していることに顔を青ざめさせる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に、英字は誰に聞かせるでも無くポツリと呟く。

 

「まぁ、問題はないな」

 

特に気にした風でも無く一人納得した様に頷く英字に、愛子は不思議がりつつも眩しいものを見る様に目を細めた。

 

「……、君をここに立たせた先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」

 

愛子はそう言うと、護衛騎士達の「本当に彼に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」という言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていった。

 

優花達も、愛子に続いて踵を返し駆け戻ろうとする。が、数歩進んだところで優花が立ち止まった。何かに迷う様に難しい表情をして俯き気味に突っ立っている。

 

優花が一緒に来ていない事に気が付いた奈々が、淳史達にも声を掛けて立ち止まった。そして訝しそうな表情をしながら、優花の名前を呼ぶ。

 

しかし優花は奈々達の呼び掛けに応じず、何かを振り切る様にグッと表情に力を入れると顔を上げ、踵を返し駆けだした。そう、魔物の群れの方へ視線を向けている英字の方へ。

 

「あ、あのさ! 七葉!」

 

少し言葉に詰まりながら、それでも大きな声で英字に呼びかける優花。英字は、優花へ視線を向けた。ユエやシアも、何事かと振り返っている。

 

無言で用件を問う英字の視線に、優花は少なからずたじろぐ様な様子を見せたが……直後には、何故かキッと眦を吊り上げて英字を睨む様な眼差しで、

 

「あ、ありがとね! あの時助けてくれて!」

 

と言った。なんだか表情といい口調といい声量といい、傍から見ると喧嘩を売っている様にも見えるのだが、その言葉から分かる通り優花渾身のお礼だったらしい。

 

「あの、えっと、その……それで……」

 

再び言葉に詰まる優花だったが、一つ大きく深呼吸すると、

 

「無駄にしないから! 七葉にとってはどうでもいい事かもしれないけど、それでも無駄にしないから!」

 

そう叫んだ。このままではいけないと、心折れたままではいけないと、そう決心して再び立ち上がったあの日の想い。自分達が無能だと思っていた英字が、自分達の脅威をまるで意にも介さず焼き払ってくれたが故に、今自分達は生きている。

 

救ってくれた事。クラスメイトを逃がす為に、隠していた力を振るってくれた事。

 

決して無駄にはしない。たとえ、英字と比べるべくもない程弱くても。そうだとしても、立ち止まる事だけはしない。

 

見れば、少し離れた場所にいて優花の言葉を聞いていた淳史達も、英字を真っ直ぐに見ながら深く頷いている。優花と気持ちは同じだという事だろう。

 

そんな優花達に英字は「そうか」とだけ言って、あっさりと視線を彼方へと戻してしまった。

 

礼の言葉を受け取ってもらえたのか、もらえてないのか。決意は届いたのか、届いてないのか。それすらも分からず、少しの間優花は所在無さ気に立ち尽くすと、やがて奈々達の方へと引き返した。

 

「園部」

 

その背に突如、英字が声を掛ける。まさか声を掛けられるとは思っていなかったらしい優花は、リアルに小さくピョンと跳ねる程驚きを露わにした。淳史達も驚いている中、英字は告げる。

 

「私も千年以上王として様々な人間を見てきたが、お前の様に、非力の身ながらその境地に至る者はそうはいない」

 

戦いとは縁の無い世界に生まれ、トラウムソルジャーに文字通り真っ二つにされかけるという想像もしたくない殺され方一歩手前を経験しておきながら、優花はその後奈々達やクラスメイト達を助ける為に直ぐ駆け出した。今尚トラウマに囚われている程の恐怖を抱えながら、それでも駆け出したのだ。英字はその精神を、得難いものだと認識していた。

 

「え、えぇっと……?」

 

意図の分からない英字の言葉に、優花は戸惑った様に視線を彷徨わせる。だが直後、体を傾け自分を指差して告げられた英字の言葉にハッと息を吞んだ。

 

「私が断言する。お前は死なん。生きて、帰りを待つ両親と必ず再会出来る」

「……」

 

優花は言葉も無く、まじまじと英字を見つめる。前方に視線を戻しながら「頭の片隅にでも留めておけ、気休めかもしれないが」と付け足された、傍から見ると随分軽く聞こえる言葉。

 

しかし優花にとっては、まるでこびり付いて取れなかったヘドロを吹き飛ばされたかの様な、そんな力強い言葉だった。優花だけでなく、淳史達にとっても英字は『死』を認識させた核だ。だからこそ、その英字から「生きて帰る」と言われたら、心を揺さぶられない訳が無かった。

 

「……ありがと」

 

風に攫われる程小さな、囁きの様な礼の言葉。優花は苦笑いにも似た笑みを英字の背に向けると、スッと踵を返して駆け出した。迎える淳史達は何とも言えない表情をしているが、そんな彼等に「行くわよ!」と元気に声を掛ければ──根性のある愛ちゃん護衛隊のリーダーの号令だ。淳史達は「応!」と強く返し、一緒に駆け出した。

 

その応えは、今までより少し力強さを増している様だった。

 

そうして英字の下に残ったのは、ウィルとティオ。二人共何か用が残っていた様だが、空気を読んで静かにしていたらしい。

 

ウィルは英字に何か声を掛けようか掛けまいか迷っている様な様子を見せたが、もう時間も無いと頭を振り、ティオにだけ何かを語りかけると、英字に頭を下げて愛子達を追いかけていった。

 

そんなウィルの様子に首を傾げて疑問を浮かべる英字に、ティオが苦笑いしながら答える。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういう訳で助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

竜人族は教会等から半端者と呼ばれる様に、亜人族に分類されながらも魔物と同様に魔力を直接操る事が出来る。その為、英字や天才であるユエの様に全属性無詠唱無魔法陣という訳にはいかないが、適性のある属性に関しては同様に無詠唱で行使出来るらしい。

 

「そうか。ならその魔力はもう少し後にとっておけ」

 

自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、しかし英字はそう言って遠回しに助力は不要だと伝える。疑問顔のティオだったが、英字は「少し…嫌な予感がするからな」と曖昧な答えで濁すだけだった。

 

そうこうしていると、遂に肉眼でも魔物の大群を捉える事が出来る距離になってきた。壁際に続々と弓や魔法陣を携えた者達が集まってくる。大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

それを見て、英字は前に出る。地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。人々の不安を和らげようと思ったわけではなく、単純にパニックになってフレンドリーファイアなんてされたら堪ったものではないからだ。

 

突然、壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて自分達を睥睨する白髪の少年に困惑したような視線が集まる。

 

そして英字は、アイテムボックスから、グリードドライバーとグリードバイスタンプを取り出すと、そのまま変身する。

 

 

 

 

        グリード

 

 

 

 

         『変身』

 

 

 

 

       スクランブル

 

 

      全てを欲して!

 

 

       全てを奪え!

 

 

   仮面ライダーグリード‼︎

 

 

      Lump of desire

 

 

 

 

英字は、いや、グリードは、その場にいる全員が、自身が纏った鎧に釘付けになったことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。グリードは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたように英字を見た。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 私達人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

グリードは、そう言うと地面からメダガブリューを取り出し、セルメダルを『四枚』投入する。

 

 

 

 

ガブッ!ガブっ!カブッ!ガブっ!ゴックン!

 

 

 

 

そして直ぐさまメダガブリューをバズーカモードに変形させると、魔物の群れに向かって引き金を引いた。

 

 

 

 

プ・ト・ティラーノ・ヒッサ〜ツ‼︎

 

 

 

 

セルメダルを多く入れた為、ティオ相手に放ったものとは、比べ物にならない威力となっている光線が、魔物達をチリに変えていく。

 

そして、黒ローブを乗せた、プテラノドン擬き以外のすべての魔物を葬った。

 

殆どの魔物を駆逐し終わったグリードは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。

 

「愛子様、万歳!」

 

グリードが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 

ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにグリードに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。

 

グリードは、しれっと反対に向き直った。英字が、ここまで愛子を前面に押し出した理由は、二つある。

 

一つは、この先、グリードの活躍により教会や国が動いたとき、彼等がグリードに害をなそうとすれば、愛子は確実に彼等とぶつかるだろうが、その時、〝豊穣の女神〟の発言権は強い方がいいというものだ。

 

町の危急を愛子様・・・の力で乗り切ったとなれば、市井の人々は勝手に噂を広め、〝豊穣の女神〟の名はますます人々の心を掴むはずだ。その時は、単に国にとって有用な人材というだけでなく、人々自身が支持する女神として、国や教会も下手な手出しはしにくくなり、より強い発言権を得ることになるだろう。

 

二つ目は単純に、大きな力を見せても人々に恐怖や敵意を持たれにくくするためだ。一個人が振るう力であっても、それが自分達の支持する女神様のもたらしたものと思えば、不思議と恐怖は安心に、敵意は好意に変わるものである。教会などから追われるようになっても、協力的な人がいる……といいなというものだ。

 

もっとも一番の理由は、単に町の住民にパニックになって下手なことをされたくなかっただけなので、咄嗟に思いついた程度の手である。

 

グリードは、背後から町の人々の愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつ結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、アイテムボックスからオンインバスター50を取り出すと、黒ローブを乗せた、プテラノドン擬きに向かって発砲する。

 

ドパンッ!

 

そして、撃たれたプテラノドン擬きは、背中に乗せた、黒ローブごと地面『ドサッ』と、音を立てて落ちる。

 

それを見たグリードは、ライドベンダーを取り出しマシンバイクモードに変形させると、一気に加速し瞬く間に黒ローブに追いつく。後ろからキィイイイ! という耳慣れぬ音に意識を取り戻し、振り返った黒ローブが、異世界に存在しないはずのバイクを見てギョッとした表情をしつつ必死に手足を動かして逃げる。

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

悪態を付きながら必死に走る黒ローブの後頭部を、勢いそのままに殴りつけるグリード。黒ローブの男は、顔面から地面にダイブし、シャチホコのような姿勢で数メートルほど地を滑って停止した。

 

「……」

 

グリードは、ローブの中身を除き、無言のまま、ライドベンダーをアイテムボックスに戻し、黒ローブの男……清水幸利を担ぎそのまま町へと踵を返した。




英字を変身させたのは、メダガブリューの威力を上げる為です。

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