ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第六十五話 海人族の少女

メアシュタット水族館を出て昼食も食べた後、英字とシアの二人は迷路花壇や大道芸通りを散策していた。シアの腕には、露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えられている。今は、バニラっぽいアイスクリームを攻略中だ。

 

「よく食べるな、そんなに美味いか?」

「あむっ……はい! とっても美味しいですよ。流石フューレンです。唯の露店でもレベルが高いです!」

「食べ過ぎてふっ…」

「?何か言いました?」

「いや、何でもない」

 

一瞬「食べ過ぎて太るなよ」と言いそうになったが、女性にそれは失礼だと思い、言葉を止めた。

 

不思議そうにしながら手を止めていたが、再度露店の甘味を堪能するシア。そんなシアに苦笑いしながら横を歩く英字は、突如その表情を訝しげなものに変え足元を見下ろした。

 

それに気がついたシアが、「ん?」と首を傾げて英字に尋ねる。

 

「どうかしましたか、英字さん?」

「いや、気配感知で人の気配を感知したんだが……」

「気配感知なんて使っていたんですか?」

「基本は常時展開してる」

「う~ん? でも、何が気になるんです? 人の気配って言っても……」

 

シアは誤魔化す様に周囲を見渡して「人だらけですよ?」と首を傾げた。

 

「いや、そうではなくてな……私が感知したのは下だ」

「下? ……って下水道ですか? えっと、なら管理施設の職員とか?」

「だったら、気にしないんだがな。何か、気配がかなり小さい上に弱い……これは!」

 

途中で言葉を切ると、英字はシアを抱えると足元の地面に穴を開る。

 

二人は地面をすり抜けて落下していった。そのまま水路の両サイドにある通路に着地すると、二人は水路に目を向ける。

 

「っ! 英字さん、私にも気配が掴めました! 私が飛び込んで引っ張り上げますね!」

「いや、私がやる」

 

折角デート用に用意した服が汚れるなど気にした風もなく下水に飛び込もうとするシアの首根っこを掴んで止めた英字は、水流に向かって手を伸ばす。

 

するとその手から『青白い触手』が2本伸びて水路を流されてきた子供を掴み、そのまま通路へと引き上げた。

 

「この子は……」

「まだ息はある……取り敢えずここから離れるぞ。臭いが酷い」

 

引き上げられたその子供を見て、シアが驚きに目を見開く。英字もその容姿を見て知識だけはあったので、内心では少し驚いていた。しかし場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。

 

子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま下水通路に万物錬成で横穴を開けた。そしてアイテムボックスから毛布を取り出すと小さな子供を包み、抱きかかえて移動を開始した。

 

とある裏路地の突き当たりの地面に突如ポッカリと穴が空く。そこからピョンと飛び出したのは、毛布に包まれた小さな子供を抱きかかえた英字とシアだ。英字は穴を塞ぐと、改めて自らが抱きかかえる子供に視線を向けた。

 

その子供は、エメラルドグリーンの長い髪と、幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをした、見た目三、四歳ぐらいの女の子だった。

 

そして何より特徴的なのは、英字とシアが驚いた理由である耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状の鰭が付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉の様な小さな手には、指の股に折り畳まれる様にして薄い膜が存在していた。

 

「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」

「まぁ、真面な理由ではないのは確かだな」

 

海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。

 

西大陸の果て、グリューエン大砂漠を超えた先の海、その沖合にある海上の町エリセンで生活している。彼等はその種族の特性を生かして、大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。その為亜人族でありながらハイリヒ王国から公に保護されている種族なのである。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だ。

 

そんな保護されている筈の海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れている等ありえない事だ。犯罪臭がぷんぷんしている。

 

英字とシアが何とも言えない表情で顔を見合わせていると、海人族の幼女の小さな可愛らしい鼻がピクピクと動き始め、直後その目がパチクリと目を開いた。

 

最初は困惑した様に視線を泳がせていた海人族の幼女は、やがてその大きく真ん丸な瞳を英字にロックオンした。無言で、只管じぃーっと英字を見つめ始める。

 

英字も何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。

 

意味不明な緊迫感が漂う中、シアが呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥ~と可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、遂に英字から視線を逸らすと、今度は未だに持っていたシアの露店の包みをロックオンした。

 

シアが「これですか?」と首を傾げながら、串焼きの入った包みを右に左にと動かすと、まるで磁石の様に幼女の視線も左右に揺れる。どうやら相当空腹の様だ。シアが包みから串焼きを取り出そうとするのを制止して、英字は幼女に話しかけながら錬成を始めた。

 

「君、名前は言えるか?」

 

女の子はシアの持つ串焼きに目を奪われていたところ、突如地面が動き出し、四角い箱状の物がせり上がってくる光景に驚いた様に身を竦めた。そして、英字から名前を聞かれて視線を彷徨わせた後、ポツリと囁く様な声で自身の名前を告げた。

 

「……ミュウ」

「そうか。私は英字で、そっちはシアだ。それでミュウ、あの串焼きが食べたいなら、まず体の汚れを落とした方がいい」

 

英字は、完成した簡易の浴槽に自身の能力で水を出し、更に水温を調整し即席の風呂を用意した。

 

下水で汚れた体のまま食事を取るのは非常に危険だ。幾分か飲んでしまっているだろうから、解毒作用や殺菌作用のある魔法も掛けておく。

 

返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは、「ひぅ!」と怯えた様に身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。

 

英字はシアに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。

 

 

 

 

暫くして英字がミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布に包まれてシアに抱っこされているところだった。抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

 

「あっ、英字さん。お帰りなさい。素人判断ですけど、ミュウちゃんは問題ないみたいですよ」

 

英字が帰ってきた事に気がついたシアが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながら英字に報告をする。ミュウもそれで英字の存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、再びジーっとソウゴを見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。

 

英字はシアの言葉に頷くと、買ってきた服を取り出した。シアの今着ている服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それにグラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。子供用とは言え、店で買う時は店員の目が非常に気になった。

 

英字はミュウの下へ歩み寄ると、毛布を剥ぎ取りポスッと上からワンピースを着せた。序に下着もさっさと履かせる。そして、ミュウの前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。

 

更に、ドライヤーをアイテムボックスから取り出し、湿り気のあるミュウの髪を乾かしていく。ミュウはされるがままで、未だにジーと英字を見ているが、温風の気持ちよさに次第に目を細めていった。

 

「……何気に、英字さんって面倒見いいですよね」

「まぁ、これでも娘と息子がいる父親だからな、最初の頃は大変だったが、今はいい思い出だ」

 

ミュウの髪を乾かしながらシアの言葉に何でもない様に答える英字。シアは頬を緩めてニコニコと笑う。

 

「で、今後の事だが……」

「ミュウちゃんをどうするかですね……」

 

二人が自分の事を話していると分かっているようで、上目遣いでシアと英字を交互に見るミュウ。

 

英字とシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。

 

結果、たどたどしいながらも話された内容は、英字が予想したものに近かった。

 

即ちある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたら逸れてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいという事だ。

 

そして砂漠越え等の幾日もの辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋の様な場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいたのだとか。

 

そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくる事は無かったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 

愈々ミュウの番になったところで、その日偶々下水施設の整備でもしていたのか地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。

 

三、四歳の幼女に何か出来る筈が無いと思われていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。ミュウは汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだ。幼いとは言え海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつく事は出来なかった。

 

だが慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけば英字の腕の中だったという訳だ。

 

「客が値段をつける……、オークションか。それも人間族の子や海人族の子を出すのなら裏のオークションだろうな」

「……英字さん、どうしますか?」

 

シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われている事からも分かるのだろう。

 

だが、英字は首を振った。

 

「……いや、保安署に預ける」

「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」

 

英字の言葉にシアが噛み付く。ミュウをギュッと抱きしめてショックを受けたような目で英字を見た。

 

英字の言う保安署とは、地球で言うところの警察機関のことだ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるということで、完全に自分達の手を離れるということでもある。なので、見捨てるというわけではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

 

英字は、そんなシアに噛んで含めるように説明する。

 

「シア。迷子を見つけたら保安署に送り届けるのは当然のことだ。まして、ミュウは海人族の子だ。必ず手厚く保護してくれるだろう。それどころか、海人族をオークションに掛けようなど大問題だ。正式に捜査が始まるだろうし、そうすれば他の子達も保護されるだろう。いいかシア。これは大都市には付き物の闇だ。ミュウが捕まっていたところだけでなく、公的機関の手が及ばない場所では普通にある事だ。つまり、これはフューレンの問題だ。どちらにしろ、通報は必要だ……お前の境遇を考えると、自分の手で何とかしたいという気持ちはわからんでもないがな……」

「そ、それは……そうですが……でも、せめてこの子だけでも私達が連れて行きませんか? どうせ、西の海には行くんですし……」

「……シアその前に私達は大火山に行くんだぞ。まさか、迷宮攻略に連れて行く気か? それとも、砂漠地帯に一人で留守番させるか?大体誘拐された海人族の子を勝手に連れて行けば、私達も誘拐犯の仲間入りだ」

「……うぅ、はいです……」

 

どうやら、シアはこの短い時間で相当ミュウに情が湧いてしまったようだ。

 

自分の事で不穏な空気が流れていることを察したのか、ミュウはシアの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もシアにはかなり気を許しているようだ。それがまた、手放すことに抵抗感を覚えさせるのだろう。

 

しかし、英字の言っていることは当然の事なので、肩を落としながらも頷くシア。英字は、屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来るようにゆっくりと話し始めた。

 

「いいか、ミュウ。これから、君を守ってくれる人達の所へ連れて行く。時間は掛かるだろうが、いつか西の海にも帰れるだろう」

「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

 

ミュウが英字の言葉に不安そうな声音で二人はどうするのかと尋ねる。

 

「悪いが、そこでお別れだ」

「やっ!」

「やっ!と言われてもな……」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! 二人といるの!」

 

思いの外強い拒絶が返ってきて英字は「まぁ当然だよな」と目を伏せる。

 

ミュウは、駄々っ子の様にシアの膝の上でジタバタと暴れ始めた。今まで割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれは英字とシアの人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は結構明るい子なのかもしれない。

 

英字としても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、どっちにしろ公的機関への通報は必要であるし、途中で大火山という大迷宮の攻略にも行かなければならないのでミュウを連れて行くつもりはなかった。なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして、一向に納得しないミュウへの説得を諦めて、抱きかかえると強制的に保安署に連れて行くことにした。

 

ミュウとしても、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったので、保安署への道中、ミュウは、英字の髪やら首にかけているペンダントやら頬やらを盛大に引っ張り引っ掻き必死の抵抗を試みる。

 

隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアがいなければ、英字こそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。髪をボサボサにされて保安署に到着した英字は、目を丸くする保安員に事情を説明した。

 

事情を聞いた保安員は表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。英字の予想通りやはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで自分達はお役目御免だろうと引き下がろうとした。が……

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 

幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てるヤツはそうはいない。流石の英字も、「うっ」と唸り声を上げ、旅には連れて行けないこと、眼前の保安員の人に任せておけば家に帰れる事を根気よく説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

 

見かねた保安員達が、ミュウを宥めつつ少し強引に英字達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、ようやく英字とシアは保安署を出たのだった。当然、そのままデートという気分ではなくなり、シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。

 

やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来たころ、未だに沈んだ表情のシアに英字が何か声をかけようとした。と、その瞬間、

 

ドォガァアアアン!!!!

 

背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、

 

「え、英字さん。あそこって……」

「保安署か!」

 

そう、黒煙の上がっている場所は、さっきまで英字達がいた保安署があった場所だった。二人は、互いに頷くと保安署へと駆け戻る。タイミング的に最悪の事態が脳裏をよぎった。すなわち、ミュウを誘拐していた組織が、情報漏洩を防ぐためにミュウごと保安署を爆破した等だ。

 

焦る気持ちを抑えつけて保安署にたどり着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体はさほどダメージを受けていないようで、倒壊の心配はなさそうだった。英字達が、中に踏み込むと、対応してくれたおっちゃんの保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 

両腕が折れて、気を失っているようだ。他の職員も同じような感じだ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。英字が、職員達を見ている間、ほかの場所を調べに行ったシアが、焦った表情で戻ってきた。

 

「英字さん! ミュウちゃんがいません! それにこんな物が!」

 

シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

 

『海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い』

 

「英字さん、これって……」

「どうやら、連中は欲をかいたらしいな……」

 

英字は、メモ用紙をグシャと握り潰すと怒りの表情を浮かべた。おそらく、連中は保安署でのミュウと英字達のやり取りを何らかの方法で聞いていたのだろう。そして、ミュウが人質として役に立つと判断し、口封じに殺すよりも、どうせならレアな兎人族も手に入れてしまおうとでも考えたようだ。

 

そんな英字の横で、シアは、決然とした表情をする。

 

「英字さん! 私!」

「分かっている。奴等はもう私の敵だ……ミュウを奪い返すぞ」

「はいです!」

 

正直、危険な旅に同行させる気がない以上、さっさと別れるのが良いと英字は考えていた。精神的に追い詰められた幼子に、下手に情を抱かせると逆に辛い思いをさせることになるからだ。

 

とはいえ、再度拐われたとなれば放っておくわけにはいかない。

 

英字はシアと共に魔王の逆鱗に触れた愚かな者達の指定場所へと一気に駆け出した。

 

 

 

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、武装した者達がいるだけで、ミュウ自身は姿が無かった。恐らく、最初から私を殺してシアだけ奪う気だったんだろうな。取り敢えず数人残して、皆殺しにした後、ミュウがどこか聞いてみたんだが……知らないらしくてな。拷問して他のアジトを聞き出して……それを繰り返しているところだ」

「どうも私だけじゃなくて、ユエさんとティオさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、いっその事見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうという事になりまして……」

 

移動しながら英字とシアの説明を聞いたユエとティオは、唯のデートに行って何故大都市の裏組織と事を構える事になるのかと、そのトラブル体質に何とも微妙な表情を浮かべる。

 

「……それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」

「あぁいや、本人が居る場所は大体把握している。救出は私が行くから、お前達には連中の殲滅を頼みたい。行けるか?」

「ん……任せて」

「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非もないの」

 

ユエとティオも躊躇う事なく了承する。英字は現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、英字、ユエ、シアとティオの三方に分かれてミュウ捜索兼組織潰しに動き出した。

 

 

 

 

商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 

そんな場所の一角に、十階建ての大きな建物があった。表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織"フリートホーフ"の本拠地である。

 

いつもは静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。恐らく伝令等に使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳の分からない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 

そんな普段の数十倍は激しい出入りの中、どさくさに紛れる様に頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入を果たした。

 

バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階の一際重厚な扉に隔たれた部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで響いていた。それを聞いたローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。

 

「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」

「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組と一人です!」

「じゃあ何か? たった三人のクソ共にフリートホーフがいい様に殺られてるってのか? アァ?」

「そ、そうなりま──へぶっ!?」

 

室内で怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもした様だ。

 

「てめぇら、何としてでもそのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきた奴には、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 

男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令する為部屋から出ていこうというのだろう。耳を欹てていた二人のフードを被った者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。

 

そして、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、超重量の戦鎚を遠心力と重力をたっぷり乗せて振り抜いた。

 

ドォガアアアン!!

 

尋常でない爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更にその後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。

 

「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」

「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」

「ありがとうございます、ティオさん」

 

今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのは、勿論シアとティオだ。

 

いきなり扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭──ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話し出した。

 

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか? 後、ユエとかいうちびっこいのもいたな……成程、見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思って──」

 

好色そうな眼でシアとティオに視線を這わせながらペチャクチャと話し始めたハンセンの言葉を遮って、ズドンッと腹の底にまで届く様な轟音が響き渡った。

 

見れば、シアが冷め切った眼差しをハンセンに向けながら、柄を収縮した砲撃モードのドリュッケンを構えている姿があった。問答無用にショットガンを撃ち放ったのだ。

 

当然、至近距離から凶悪に過ぎる破壊力を持つ無数の鉄球を受けたハンセンは、右腕を根元から吹き飛ばされ、血飛沫を撒き散らしながら錐揉みして背後の壁に激突した。そして一拍遅れて自分の状態を自覚したハンセンは、絶叫しながら蹲った。

 

「ボス!? 今のは何の音ですか!?」

「無事ですか!?」

 

騒ぎを聞きつけて、本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくる。だが、

 

「子供を食い物にしてきたその所業……些か妾も苛立っておる。あの世で悔い改めよ」

 

そんな事を冷え切った声音で呟いたティオが、凄まじい火力を有する炎系魔法で階段を灰に変え上階へと至る道を無くした為立ち往生する。

 

直後、右往左往する彼等に向けて、竜の牙が剝かれる。竜人族の得意技"ブレス"だ。ティオの片手からの縮小版とはいえ、天才吸血姫をして防ぎ切れなかったそれが薙ぎ払われれば、木造の建物などひとたまりもないのは当然の事。

 

フリートホーフの本拠地は、十階のハンセンの部屋を除いて見るも無残な有様へ成り果てた。辛うじて倒壊を免れながら玄関側の壁が綺麗に消失し、風通しどころか見通しも良くなっている。まるで観察用の蟻の巣の様だ。

 

トテトテと頼りない足取りで残っている屋内から出てきた構成員達は、茫然と上階を見上げる事しか出来ない。しかしそれも仕方のない事だ。いきなり自分達の本拠地が縦半分になったのだ、認識が現実に追いつかないのは当たり前の反応である。

 

しかし義憤に燃える普段は変態な竜人は、そんな彼等に一切容赦しなかった。風刃や炎弾をガトリング砲の如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らす様に逃走を図るが……それが叶う者は少ないだろう。

 

ティオが外の構成員を一手に引き受けている間に、シアはドリュッケンを肩に担いだまま、蹲ったまま動かないハンセンの下へ歩み寄った。そして恐怖と痛みで顔を歪めるハンセンの腹部へ、無造作にドリュッケンを突き落とした。

 

ハンセンは「ぐえぇ」と苦悶の声を上げながらも何とか巨大な戦槌を退かそうと藻掻くが、超重量のドリュッケンを片腕でどうこう出来る訳も無く。ハンセンに出来た事は無様に命乞いをする事だけだった。

 

「た、頼む、助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もうお前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」

「勝手に話さないで下さい。あなたは私の質問に答えればいいのです。わかりましたか? 分からなければ、その都度重さが増していきますので……内臓が出ない内に答える事をオススメします」

「……シアよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とる」

 

後ろを振り返りながらツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、シアはハンセンにミュウの事を聞く。

 

ミュウと言われて一瞬訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していくドリュッケンに苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送された様だ。

 

因みに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかった様で、何故海人族の子に拘るのか疑問に思った様だ。

 

その様子からすると、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐を実行しようとした様だ。元々、シアの名前はフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていた訳であるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。

 

ドリュッケンにかけた重力魔法を解いて通常の重さに戻したシアは、ハンセンの上から退かせて肩に担いだ。ドリュッケンの重さからは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にシアに手を伸ばし助けを求めた。

 

「た、助け……医者を……」

「子供の人生を食い物にしておいて、それは都合が良すぎるというものですよ……それにあなたの様な人間を逃したりしたら、英字さんとユエさんに怒られてしまいます。という訳で、さよならです」

「や、やめ──」

 

グシャっと生々しい音が響いた。シアは振り下ろしたドリュッケンを勢いよく振り回して付着した血を吹き飛ばすと再び背中に背負い、テレビ放送なら間違いなくモザイクがかかるハンセンだった物を一瞥すらせずティオに向き直った。

 

「ティオさん。ここは手っ取り早く潰して、早く英字さん達と合流しましょう!」

「う、うむ……シアも大概容赦ないの……ちょっとときめいてしもうた……」

「? ……何か言いました?」

「な、何でもないのじゃ」

 

ボソッと呟かれた言葉に、何となく悪寒を感じたシアはティオに尋ね返すが、妙に熱っぽい表情をしているだけで何でもない様なので、首を傾げつつもフリートホーフ本拠地の破壊活動へと飛び出した。

 

シアとティオが立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。

 

〝フリートホーフ〟フューレンにおいて、裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだった。

 




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