シア達が暴れ回っている頃、英字は未来視の邪眼で見た未来を元にシアがハンセンから聞き出していた場所に向かっていた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なものの筈だ。奪還は早いに越した事はない。
「……見張は二人、か」
目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。英字は、騒ぎを起こしてまたミュウが移送されては堪らないと思い、裏路地に移動すると万物錬成を使って地下へと侵入した。気配遮断を使いながら素早く移動していく。
やがて、地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人居るが、居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には人間の子供達が十人程いて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。
基本的に人間族の殆どは聖教教会の信者である事から、その様な人間を奴隷や売り物にする事は禁じられている。
人間族でもその様な売買の対象となるのは犯罪者だけだ。彼等は神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とする事が許されるのである。そして眼前で震えている子供達が、揃ってその様な境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。抑々、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で、違法に捕らえられ売り物にされている事は確定だろう。
しかし、牢屋の中に肝心のミュウの姿はなかった。
英字は突然入ってきた人影に怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、静かな声音で尋ねた。
「君達、ここに、海人族の女の子は来なかったか?」
てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、英字は、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。
暫く沈黙していた子供達だが、英字の纏う雰囲気に少し安心した様で、七、八歳くらいの少年がおずおずとした様子で英字の質問に答えた。
「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さんは誰なの?」
やはり、既に連れて行かれたあとかと内心舌打ちした英字は、不安そうな少年に向かって簡潔に返した。
「お前達を助けにきた」
「えっ!? 助けてくれるの!」
英字の言葉に驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。
その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて口を両手で抑える少年だったが、監視にはばっちり聞こえてしまった様だ。目を覚まして「何騒いでんだ!」と怒声を上げながらドタドタと地下牢に入ってきた。
そして英字を見つけて一瞬硬直するものの、「てめぇ何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て子供達は、刺されて倒れる英字の姿を幻視し悲鳴を上げた。
だが、そんな事はありえない。英字は、突き出された刃物を左手で無造作に掴み取ると、そのまま力を込めて短剣の刃を粉々に砕いてしまった。英字が、手を広げるとバラバラとこぼれ落ちる刃の欠片。監視の男は、それが何なのか一瞬理解出来なかったようでキョトンとした表情をすると、手元の短剣に目を落とした。そして、柄だけになっている姿を見て、ようやく何が起こったのか理解し、「なっ、なっ」と言葉を詰まらせながら顔を青ざめさせて一歩後退った。
英字は、問答無用で一歩詰めると男の頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。
グシャ!
そんな生々しい音共に、一瞬で男は絶命する。
「監視役なら、まず警笛を鳴らすべきだったな」
呆れた表情でそんな事を言いながら、文字通り監視を瞬殺した英字に、子供達は目を丸くして驚いている。そんな視線にもお構いなしに英字は、万物錬成で鉄格子を分解してしまう。子供達の目には、一瞬で鉄格子を消し去ってしまったように見えたため更に驚いてポカンと口を開いたまま硬直してしまった。
「さて、と。『ルクスリア』来い」
「はっ!我が王よ、此処に」
英字がそう言うと青いロングストレートの髪をした青年…彼の部下であるグリードの一人ルクスリア(人間体)が空間に空いた穴から現れた。当然、子供達は皆驚いてしまった。
「ルクスリア、早速で悪いがこの子供達を頼めるか?地上への出口は今からお前の頭に入れておく」
英字はそう言うとルクスリアの頭に手を置く。暫くすると英字は、その手を離す。
「場所は分かりました。では連れていきますね」
「あぁ、頼む。地上で既にギルドの職員が待機している筈だ、奴等に従え」
実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の『ガンデフォン』を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいたのだ。
ステータスプレートの"金"はこういう時非常に役に立つ。英字の色を見た瞬間の平冒険者のしゃちほこばった態度といったら……まるで日本人がハリウッドスターに街中で声を掛けられた様だった。敬礼までして快く頼みを聞いてくれたのだ。
因みにイルワに使い方は説明してないので、彼は一方的に英字から巨大裏組織と喧嘩しているという報告と事後処理諸々宜しくという話を聞かされ、執務室で真っ白になっていたりする。
英字は、再び、地下牢から万物錬成で上階への通路を作ると子供達をルクスリアに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年が英字を呼び止める。
「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」
どうやらこの少年、亜人族とか関係なく、ミュウを励まそうとしていたらしい。自分も捕まっていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、英字はわしゃわしゃと撫で回した。
「わっ、な、何?」
「少年、その悔しさを忘れるな。悔しいと思うなら、それはまだ君が諦めていない証拠だ。その悔しさこそが、大いなる道への第一歩なのだからな」
それだけ言うと、英字はさっさと踵を返して地下牢を出て行った。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。
ルクスリアは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かった。
オークション会場は、一種の異様な雰囲気に包まれていた。
会場の客は凡そ百人程。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずにただ目当ての商品が出てくる旅に番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないが為に、声を出す事も躊躇われるのだろう。
そんな細心の注意を払っている筈の彼等ですら、その商品が出てきた瞬間思わず驚愕の声を漏らした。
出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだった。
衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸が出来るので、本物の海人族であると証明する為に入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。
多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。もの凄い勢いで値段が上がっていく様だ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。
ざわつく会場に、益々縮こまるミュウは、その手に持っていた銀色のロケットペンダントをギュッと握り締めた。それは、英字の物だ。ミュウと別れる際、ミュウを宥めることに忙しくて英字は、すっかりその存在を忘れていた。
その英字のロケットペンダントが、ミュウの小さな拠り所だった。
母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。
何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には黒いロングコートを纏った、白髪で赤い目をした青年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言う様に、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じ様に見つめ返していると、鼻腔を擽る美味しそうな匂いに気が逸れた。
その後は聞かれるままに名前を答え、次に綺麗な光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、青年に似た、しかし少し青みがかった白髪のウサミミお姉さんに体を丸洗いされた。温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて、気がつけばシアと名乗るお姉さんを"お姉ちゃん"と呼び完全に気を許していた。
膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさをミュウはきっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていた英字と名乗る青年が帰ってきた。
少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい風を吹かせながら何度も髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。
だから、保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。
故に、ミュウは全力で抗議した。英字の髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いたし、首にかけていた銀色のロケットペンダントだって取ってやったのだ。返して欲しくばミュウと一緒にいるがいい! と。しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。
ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか? ペンダントを取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、ペンダントも返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。
しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。英字のペンダントを握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。
フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。
「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しの如きが!」
そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。
が、やってくる筈の衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。
「そう言うお前は、生きる価値の無い腐れ外道だろうが」
次の瞬間、天井より舞い降りた人影が司会の男の頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押し潰した。ビシャアア! と司会の男から破裂した様に血が飛び散る。正に圧殺という有様だった。
衝撃的な登場をした人影……英字は、潰れて一瞬で絶命した男の事など目もくれず、水槽を殴りつけた。バリンッ! という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。
「ひゃう!」
流れの勢いで、ミュウも外へと放り出された。思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて瞑っていた目を恐る恐る開ける。
そこには会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時の様にジーっと英字を見つめる。
「ミュウ、怖かったろう。もう大丈夫だ」
そう言う英字にミュウはやはりジーっと見つめたまま、ポツリと囁く様に尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかどうかは別として、君に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、大切なペンダントを取られた英字さんなら、確かに私だ。……よく我慢した、偉いぞ」
英字が微笑みながらそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。そして……
英字の首元にギュウ~ッと抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。英字は穏やかな表情でミュウの背中をポンポンと叩く。そして、手早く毛布でくるんでやった。
すると、再会した二人に水を差す様にドタドタと黒服を着た男達が英字とミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられる筈がないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの未だ逃げ出す様子は無い。
「おいクソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪い様だな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」
二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは首元から顔を離し不安そうに英字を見上げた。
「お兄ちゃん……」
だが、英字に対してその心配は無用だ。何故なら彼等が敵意を抱いているのは、ミュウを守っているのは……魔王なのだから。
英字は懐からグリードドライバーとグリードバイスタンプを取り出すとそれを使い仮面ライダーに変身する。
『変身』
スクランブル
全てを欲して!
全てを奪え!
仮面ライダーグリード‼︎
Lump of desire
その黒を基調とし所々に赤いラインが組み込まれておりその見た目も悪魔を思わせる禍々しい角や羽、そしてその胸には七つの紋章が組み込まれた鎧を身に纏った英字…仮面ライダーグリードにこの場にいた全員が驚愕した。……ミュウを除いて。
ミュウも確かに英字の変化に驚いたが、自信を包んでくれる温かさは何一つ変わっていなかった。だから恐怖はしなかった。
「ミュウ、煩くなるから耳を閉じて目を瞑ってなさい」
グリードはそう言うと、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせる。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとる英字に安心したように頷くと、素直に両手で耳を塞いで目を瞑り、英字の胸元にギュッと顔を埋めた。
完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、商品に傷をつけるな! ガキは殺せ! と大声で命じた。
その瞬間、リーダー格と思われる黒服の首が無くなっていた。
誰もが「えっ?」と事態を理解できない様に目を丸くして血の池に沈む黒服の首無しの死体を見つめる。
その隙に、英字は更に腕を軽く振るう。誰もが何をされているのかわからず硬直している間に次々と黒服達の首が消え、彼等が正気を取り戻す頃には十二体の首無し死体が出来上がった。
「い、いやぁああああああっ! 人でなしよぉ!」
「こ、殺されるっ! アイツは悪魔だ!」
その時になって漸く、目の前の青年を尋常ならざる相手だと悟ったのか黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。
だが、グリードがそれを許すはずがなく、逃げようとした客全員を神織糸で拘束する。
「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」
混乱し恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。
そしてグリードは黒服達も客達と同じように拘束すると、糸を引き、拘束された全員をバラバラの死体に変えた。
「今まで子供達の命を金儲けの道具にしていたんだ。死んで償え」
周囲に生命反応が無い事を確認したグリードは変身を解き、目を瞑り耳を抑えているミュウを抱きなおして会場の外へと歩き出した。
「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、再起不能四十四名、重傷二十八名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」
「全く無いな」
「はぁ~~~~~~~~~」
冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目で英字を睨むイルワだったが、出された茶菓子を膝に載せた海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と反省の欠片もない言葉に激しく脱力する。
「まさかと思うけど……メアシュタットからリーマンが逃げたという話……関係無いよね?」
「そんな事は知らん。…ミュウ、これも美味いぞ? 食べてみろ」
「あ~ん」
英字は平然とミュウにお菓子を食べさせているが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワは見逃さなかった。再び深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが気の毒そうな眼差しと共にさり気なく胃薬を渡した。
「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、実際私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きは真っ当な商売をしているし、仮に違法な現場を検挙しても蜥蜴の尻尾切りでね。……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」
「元々、それがお前達の仕事だろう?今回は偶然知り合った子供の命が危なかったから手を出しただけだ」
「手を出しただけでフューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」
苦笑いするイルワは、何だか十年くらい一気に年をとったようだ。流石に可哀想なので、英字はイルワに提案してみる。
「一応、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。お前も私の名前使っても構わない。何なら、支部長お抱えの"金"という事にすれば……相当抑止力になるだろう?」
「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用される様なのは嫌うタイプだろう?」
英字の言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だがその瞳は「えっ? マジで? 是非!」と雄弁に物語っている。英字は笑いながら口を開く。
「まぁ、個人的にお前を気に入ったと言うことだ。自分で言うのも何だが、身内には寛容な方だ」
その言葉はイルワからしても棚から牡丹餅だったので、英字からの提案を有り難く受け取る。
因みにその後、フリートホーフ他有力勢力の崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した中小組織が、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的な英字達の名の使い方のお陰で大きな混乱が起こる事はなかった。この件で英字は"フューレン支部長の懐刀"とか"首狩りの悪魔"とか"子供の英雄"とか色々二つ名が付く事になったが……英字の知った事ではない。
大暴れした英字達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたお陰と、意外にも治安を守る筈の保安局が正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題は無かった。どうやら保安局としても、一度預かった子供を保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていた様だ。
また、日頃自分達を馬鹿にする様に違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていた様で、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は、実に男臭い笑みを浮かべながら英字達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが「ランランル~ン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。
「それで、そのミュウ君についてだけど……」
イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスの様に食べているミュウに視線を向ける。ミュウはその視線にビクッとなると、また英字達と引き離されるのではないかと不安そうに英字やユエ、シア、ティオを見上げた。
「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」
そのイルワの問いに、英字は迷う事無く答える。
「最初からそのつもりで助けたんだ……それに、子供を見捨てるような真似などしたら妻や部下達に向ける顔がないというものだ。ミュウは、責任を持って私達が送り届ける」
「英字さん!」
「お兄ちゃん!」
満面の笑みで喜びを表にするシアとミュウ。海上の都市エリセンに行く前にグリューエン大火山の大迷宮を攻略しなければならないが、英字は「まぁ、特に問題はない」と内心策があるのかミュウの同行を許す。
「しかしなぁ、ミュウよ。そのお兄ちゃんというのは止めてくれないか? 私も結構な歳だし、その呼ばれ方は気恥ずかしい」
喜びを表に抱きついてくるミュウに、そんな事を要求する英字。外見上はシアと同程度だが、その実ティオよりも年上なのだ。言葉通り、少々気恥ずかしいものがあるのだろう。
英字の要求に、ミュウは暫く首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き……その場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。
「……パパ」
「……なに?」
英字が少しの驚きと共に目を開いている内に、シアがおずおずとミュウに何故"パパ"なのか聞いてみる。すると……
「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
「……ふふっ」
ミュウが説明を終えた瞬間、英字の笑い声が響き渡った。
「はっはははははははははは! パパ、パパか!私を父親と呼ぶか!はははっ、全く…ふふふっ、良いだろう、ミュウ、今日から君は私の娘だ!……しかしパパか、そう呼ばれるのは初めてだなぁ、二人とも”お父様“か“父上“としか読んでくれなかったからなぁ、パパ呼びは初めてだ」
英字は笑いながらミュウを抱き上げる。ミュウも「うきゃー!」と喜びの声を上げて笑顔を作った。
その様子を、ユエ達も含めたその場の全員が唖然とした表情で見ていた。
イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、誰がミュウに"ママ"と呼ばせるかで紛争が勃発した。結局、"ママ"は本物のママしかダメらしく、ユエもシアもティオも"お姉ちゃん"で落ち着いた。
そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になり、ミュウが英字と誰の間で寝るかで再び揉めて、「面倒だから私が決める」と英字が適当にティオを選び、その事でユエとシアが不満をたらたらと流すという出来事があったが、なんとか眠りに付き激動の一日を終える事が出来た。
この日、英字は二人目の娘を迎えた。
翌日、イルワや保安局の人間、そしてクデタ伯爵家の見送りを受けた英字の肩には、ちょこんと座るミュウの姿があった。慣れた様に幼女を肩車し、落ちない様に足を支える英字、そんな英字の頭にひしっと抱き着くミュウの姿は、確かに父娘に見えた。
これより、子連れ魔王の旅が始まる!
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主人公の設定は、必要か。
-
必要
-
不要