ありふれぬ欲望の魔王はやはり世界最強   作:エルドラス

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第六十八話 クラスメイトVS魔人族 前編

光輝達の目の前に現れた赤い髪の女魔人族は冷ややかな笑みを口元に浮かべながら、驚きに目を見開く光輝達を観察する様に見返した。

 

瞳の色は髪と同じ燃える様な赤色で、服装は艶のない黒一色のライダースーツの様なものを纏っている。体にピッタリと吸い付く様なデザインなので彼女の見事なボディラインが薄暗い迷宮の中でも丸分かりだ。

 

どこか艶かしい雰囲気と相まって、そんな場合ではないと分かっていながら近藤や中野、斎藤等は頬が赤く染まるのを止められなかった。

 

「勇者はアンタでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧を着ているアンタで」

「ア、アホ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされる謂れは無いぞ! それより、何故魔人族がこんな所にいる!」

 

あんまりと言えばあんまりな物言いに軽くイラっと来た光輝が、その勢いで驚愕から立ち直って魔人族の女に目的を問い質した。しかし魔人族の女は、煩そうに光輝の質問を無視すると呆れた様に頭を振った。

 

「なんとまぁ直情的な……これが勧誘対象の勇者様? 本当に有用なのかねぇ……。まぁ、命令がある以上是非も無いんだけど」

 

そして、どこか物凄く嫌そうな雰囲気を漂わせつつ、意外な言葉を放った。

 

「アンタ。そう、無闇にキラキラしたアンタ。一応聞いておく。アタシ等の側に来ないかい?」

「な、何? 来ないかって……どう言う意味だ!」

「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々優遇するよ?」

 

光輝達としては完全に予想外の言葉だった為に、その意味を理解するのに少し時間がかかった。そしてその意味を呑み込むと、クラスメイト達は自然と光輝に注目し、光輝は呆けた表情をキッと引き締め直すと魔人族の女を睨みつけた。

 

「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を裏切れなんて、よくもそんな事が言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! 態々俺を勧誘しに来た様だが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ、投降しろ!」

 

光輝の啖呵が響き渡る。そこには些かの揺るぎも無かった。

 

光輝の言葉に、安心した表情をするクラスメイト達。光輝なら即行で断るだろうとは思っていたが、ほんの僅かに不安があったのは否定できない。

 

一方の、魔人族の女は、即行で断られたにもかかわらず「あっそ」と呟くのみで大して気にしていないようだ。むしろ、怒鳴り返す光輝の声を煩わしそうにしている。

 

「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」

「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切無い!」

 

お仲間には相談せず代表して、やはり微塵の躊躇いも無く光輝が答える。そして、そんな勧誘を受ける事自体が不愉快だとでも言う様に、聖剣に光を纏わせた。これ以上の問答は無用、投降しないなら力づくでも! という意志を示す。

 

そんな光輝の行動に焦りを見せたのは女魔人族ではなく、寧ろ永山と雫だった。

 

二人は内心で舌打ちしつつ、女魔人族より周囲に最大限の警戒を行う。永山がさり気無く後ろ手に出した指示で、同じく警戒をしていた遠藤の気配が音も無く消える。

 

永山も雫も、場合によっては一度嘘をついて女魔人族に迎合してでも場所を変えるべきだと考えていた。しかし、その考えを伝える前に光輝が答えを示してしまったので、仕方なく不測の事態に備えているのだ。

 

普通に考えて、いくら魔法に優れた魔人族とはいえ、こんな場所に一人で来るなんて考えられない。この階層の魔物を無傷で殲滅し、剰えその痕跡すら残さないなどもっと有り得ない。そんな事が出来るくらい魔人族が強いなら、ハナから人間族は為す術無く魔人族に蹂躙されていた筈だ。

 

それに、この階層に到達できるほどの人間族十五人を前にしても魔人族の女は全く焦っていない。戦闘の痕跡を隠蔽したことも考えれば最初に危惧した通り、ここで待ち伏せしていたのだと推測すべきで、だとしたら地の利は彼女の側にあると考えるのが妥当だ。何が起きても不思議ではない。

 

そんな雫達の危機感は、直ぐに正しかったと証明された。

 

「……そう。なら、アンタに用はない。言っておくけど、アンタの勧誘は絶対って訳じゃないよ。命令は"可能であれば"だ、状況によっては排除の命令も出てる。殺されないなんて甘い事は考えない事だね。ルトス、ハベル、エンキ、餌の時間だよ!」

 

女魔人族が三つの名を呼ぶのと、バリンッ! という破砕音と共に雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶのは同時だった。

 

「ッ!?」

「ぐぁっ!?」

 

二人を吹き飛ばしたものの正体は不明。女魔人族の号令と共に、突如光輝達の左右の空間が揺らいだかと思うと、"縮地"もかくやという速度で"何か"が接近し、光輝と女魔人族のやり取りに意識を囚われていた後衛組に襲いかかったのだ。

 

最初から、最大限の警戒網を敷いていた雫と永山はその奇襲に辛うじて気がつき、咄嗟に、狙われている生徒をかばって見えない敵に防御態勢を取ったのである。

 

雫は揺らぐ空間に対して抜刀した剣と鞘を十字にクロスさせて防御しつつ、衝撃の瞬間を見計らい自ら後方に飛ぶ事で威力を殺そうとした。しかし、相手の攻撃力が想像の遥か上であった為防御を崩され、腹部を浅く裂かれた上に肺の空気を強制的に排出させられる程強く地面に叩きつけられた。

 

永山は"身体硬化"という肉体の強度そのものを向上させる技能と、魔力による強化外装である"金剛"を習得しており、両技能を重掛けした場合の耐久力は鋼鉄の盾よりも遥かに上だ。自らの巨体も合わせれば、その人間要塞とも言うべき防御を突破するのは至難と言っていい。

 

だがその永山でさえ、"何か"の攻撃により防御を突破されて深々と両腕を切り裂かれ血飛沫を撒き散らしながら吹き飛び、後方にいた斎藤達にぶつかって辛うじて地面への激突という追加ダメージを免れるという有様だった。

 

硝子が割れる様な破砕音は、鈴が本能的な危機感に従って咄嗟に展開した障壁が砕け散った音だ。

 

場所はパーティの後方。そこに"何か"あると感じた訳では無く、何となく雫と永山の位置からして自分は後方に障壁を展開するべきだと、これまた本能的、或いは経験的に悟ったのだ。

 

その行動は、結果的に極めて正しかった。鈴の障壁がなければ、三つ目の空間の揺らめきは容赦なく辻や吉野達を切り裂いていただろう。

 

が味方を見事に守った代償に、障壁破砕の衝撃をモロに浴びて鈴もまた後方へ吹き飛ばされた。

 

運良く後ろに恵里がいて受け止める事に成功した為に事無きを得たが、衝撃に痺れる鈴の体は直ぐには言う事を聞いてくれない。三つの揺らめきが、間髪を容れず追撃にかかる。吹き飛ばされ手傷を負わされたばかりの雫や永山、鈴は勿論の事、突然の襲撃に対応しきれていない後衛組には為す術が無い。

 

仲間の命が散る──と思われた、その瞬間。

 

「護光で満たせ! ──"回天"、"周天"、"天絶"!」

 

香織が殆ど無詠唱かと思う程の詠唱省略で同時に三つの光属性魔法を発動した。

 

 

一つは、切り裂かれて吹き飛び地面に叩きつけられた雫と永山を即座に癒す、光属性中級回復魔法"回天"。複数の離れた場所にいる対象を同時に治癒する魔術だ。痛みに呻きながら何とか起き上がろうと藻掻く二人に白菫の光が降り注ぎ、尋常でない速度で傷が塞がっていく。

 

次いで、少しでも気を逸らせば直ぐに見失いそうな姿なき揺らめく三つの存在に、雫達に降り注いだのと同じ白菫の光が降り注ぎ纏わりつく。すると、その光はふわりと広がって空間に光の輪郭が出現した。

 

光属性中級回復魔法"周天"。回復量は小さいが一定時間毎に回復魔法が自動で掛かり、発動中は対象に魔力光が纏わりつくという特徴のある魔法だ。香織はその特徴を利用し、回復効果を最小にして正体不明の敵に使用する事で間接的に姿を顕にしたのだ。

 

白菫の光により現れた姿は、ライオンの頭部に竜の様な手足と鋭い爪、蛇の尻尾と、鷲の翼を背中から生やす奇怪な魔物だった。命名するならやはりキメラだ。恐らく、迷彩の固有魔法を持っているのだろう。姿だけでなく気配も消せるのは相当厄介な能力ではあるが、行動中は完全には力を発揮出来ない様で、空間が揺らめいてしまうという欠点があるのは不幸中の幸いだ。

 

何せ、クラスメイトの中でもトップクラスの近接戦闘能力を持つ雫と永山を一撃で行動不能に陥れたのだ。その上、完全に姿を消せるとあっては、とても太刀打ち出来ない。今までの階層の魔物と比較すると明らかにこの階層の魔物のレベルを逸脱している。

 

「「「グルァアアアアアッ!!!」」」

 

その三体のキメラは纏わりつく光など知った事かと絶叫しながら、体勢を立て直し切れていない雫達へ追撃の凶爪を繰り出した。

 

凄まじい速度で死神の鎌の如く振るわれたその凶爪はしかし、雫達の命を刈り取る寸前であらぬ方向へ流されてしまった。虚空にふわりと出現した幾枚もの輝く盾が、冗談の様に滑らかにその軌道のみを逸らしてしまったのだ。

 

光属性中級防御魔法"天絶"。"光絶"という光の障壁を展開する光属性初級防御魔法の上位版で、複数枚を一度に出す魔法だ。

 

"結界師"である鈴などはこの魔術を応用して、壊される端から高速で障壁を補充し続け、弱く直ぐに破壊されるが突破に時間がかかる多重障壁という使い方をしたりする。

 

この点香織は、光属性全般に高い適性を持つものの結界専門の鈴には及ばない為、その様な使い方は出来ない。だがそれでも、完璧な角度で最適位置に最速で障壁を展開し、まるで合気でも行ったかの様に攻撃を逸らすなど……正に絶技というに相応しい技だった。

 

全ては二度と失わない為に積み上げた研鑽の賜物。香織の血反吐を吐く様な努力が、この危機的状況で全ての命を守り切った。

 

攻撃をいなされた三体のキメラは、やや苛立った様に再度攻撃に移ろうとした。稼げた時間は一瞬。所詮、弱き者の無意味な足掻きでしかないと。しかし一瞬とはいえ、貴重な時間を稼げた事に変わりはない。その時間を光輝達が無駄にする筈がなかった。

 

「雫から離れろぉおおっ!!」

 

 

永山はいいのか? とツッコミを入れてはいけない。光輝は憤怒を孕んだ雄叫びを上げながら、刹那の間に"縮地"によって雫に迫るキメラの下へと踏み込んだ。光輝の移動速度が見る者の焦点速度を超えて、背後に残像を生じさせる。振りかぶられた聖剣が、一刀の下にキメラの首を跳ねんと輝きを増す。

 

「させっかよ!」

 

同時に、龍太郎も永山を襲おうとしていたキメラへと空手の正拳突きの構えを取った。直接踏み込んで攻撃するより、篭手型アーティファクトの能力である衝撃波を飛ばした方が早いと判断したからだ。龍太郎から裂帛の気合が迸り、篭手に魔力が収束していく。

 

「呑み込め、紅き母よ──"炎浪"!!」

 

更に、鈴を抱き抱えたままの恵里が片手を突き出し、今迄見せた事も無い詠唱省略された強力な魔法を発動させた。"炎浪"という名の炎属性中級魔法は、文字通り炎の津波を操る魔法で、分類するなら範囲魔法だ。素早い敵でもそう簡単には避けられはしない。

 

 

光輝の聖剣が壮絶な威力と早さをもって大上段から振り下ろされる。龍太郎の正拳突きが、これ以上無い程美しいフォームから繰り出され、それにより凄絶な衝撃波が砲弾の如く突き進む。恵里の死を運ぶ紅蓮の津波が目標を呑み込み灰塵にせんと迸った。

 

だがしかし……

 

「「ルゥガァアアア!!」」

 

一体どこに潜んでいたのか、光輝達の攻撃が正に直撃しようかというその瞬間三つの影が咆哮を上げながら光輝達へと襲いかかった。

 

「ッ!?」

「何だっ!?」

 

突然の事態に光輝と龍太郎の背筋を悪寒が襲う。二体の影は、それぞれ光輝と龍太郎に猛烈な勢いで突進すると、手に持った金属のメイスを凄まじい勢いで振り抜いた。

 

咄嗟に光輝は剣の遠心力を利用して身を捻る事で躱し、龍太郎は突き出した右手の代わりに引き絞った左腕を振り上げて、眼前まで迫っていたメイスを弾く。光輝はバランスを崩し地面をゴロゴロと転がり、龍太郎はメイスを弾いた後の敵の拳撃による二撃目を受けて吹き飛ばされた。

 

光輝と龍太郎に不意を打ったのは、体長二メートル半程の見た目はブルタールに近い魔物だった。

 

しかし、所謂オークやオーガと言われるRPGの魔物と同様に、ブルタールが豚の様な体型であるのに対して、その魔物は随分とスマートな体型だ。正に、ブルタールの体を極限まで鍛え直し引き絞った様な体型である。実際、先程の不意打ちからしても膂力・移動速度共に、ブルタールの比ではなかった。

 

「何だコイツ等!?」

「クソッタレ、一体何処から湧いて来やがったっ!?」

 

光輝と龍太郎が今迄見た事の無い、そして明らかに強力な魔物の突然の出現に悪態混じりの疑問の声を上げる。

 

「ぐぁっ!?」

 

苦悶の声を上げて、二人の丁度中間辺りに遠藤が地面をバウンドしながら吹き飛んできた。

 

「遠藤!?」

「ぐっ、気を付けろ皆! 見えている奴だけじゃない! そこかしこにいるぞ!」

 

光輝が驚きながら遠藤の名を呼ぶが、遠藤は負傷したらしい脇腹を抑えながらも警告を響かせた。

 

遠藤は永山の指示を受けて気配を消した後、暗殺者の技能である隠形をしながらこっそりと女魔人族の背後を取ろうと動いていたのだ。

 

完全に後ろを取る前に事態が動き出し、動揺の為気配を駄々洩れにしながらも仕方なく一気に距離を詰めようとしたところで、横合いから凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。その時見たのだ。自分を吹き飛ばした相手が、光輝達を吹き飛ばしたのと同じ手合いである事を。そして、そのブルタール擬きの傍らにキメラがいて、自分を吹き飛ばした後にブルタール擬きがキメラに触れて再び姿を消したところを。

 

つまり、敵はキメラの隠形能力を借りてそこかしこに潜んでいるのだ。それこそ、九十階層の魔物を全滅させられるだけの戦力が。

 

遠藤の警告を証明する様に、恵里の方にも新手が出現していた。

 

ヒュオオオ! という音と共に、恵里が展開していた炎の津波がみるみる一点へと収束し消えていく。まるで空間にでも穴が開いていて、そこに全てが吸収されているかの様だ。

 

「嘘でしょ……?」

 

範囲魔法が無効化されるというあまりの事態に、心理的衝撃から思わず固まってしまった恵里の視線の先で、炎と熱気が完全に消える。

 

そうして晴れた空間からは、その犯人が姿を現した。それは、体から六本の足を生やした亀の様な魔物だった。背負う甲羅は、先程まで敵を灰に変えようと荒れ狂っていた炎と同じ様に真っ赤に染まっている。

 

次の瞬間、多足亀が炎を吸収しきって一度は閉じていた口を、再びガパッと大きく開いた。同時に背中の甲羅が激しく輝き、開いた口の奥に赤い輝きが生まれる。まるでエネルギーを収束し、発射寸前となったレーザー砲の様だ。

 

「ま、まずいっ!」

 

その様子を見た恵里が、表情に焦りを浮かべた。魔術を放ったばかりで対応する余裕が無かったのだ。だがその焦りは、腕の中の親友がいつも通りの元気な声で吹き飛ばした。

 

「にゃめんな! 守護の光は重なりて、意志ある限り蘇る──"天絶"!」

 

刹那、鈴達の前に二十枚の光の障壁が重なる様に出現した。その障壁は全て斜め四十五度に設置されており、障壁の出現と同時に多足亀から放たれた超高熱の砲撃は障壁を粉砕しながらも上方へと逸らされていった。

 

それでも、継続して放たれる砲撃の威力は先程のキメラの攻撃の上を行く壮絶なもので、一瞬にしてシールドを食い破っていく。

 

鈴は歯を食いしばりながら詠唱の通り次々と新たな障壁を構築していき、“結界師”の面目躍如というべきか、障壁の構築速度と多足亀の砲撃による破壊速度は拮抗し辛うじて逸らし続ける事に成功した。

 

逸らされた砲撃は、激震と共に迷宮の天井に直撃し周囲を粉砕しながら赤熱化した鉱物を雨の如く撒き散らした。

 

「畜生! 何だってんだ!」

「何なんだよ、この魔物は!」

「クソ、とにかくやるぞ!」

 

そこまでの事態になって漸く檜山達や野村達が悪態を付きながらも混乱から抜け出し完全な戦闘態勢を整える。

 

「永山君、斬り込むわ! 後衛の守り頼むわよ!」

「ああ任された! 行け八重樫!」

 

傷を負っていた雫や永山も完全に治癒されて、其々眼前の見える様になったキメラに攻撃を仕掛け始めた。

 

雫が残像すら見えない超高速の世界に入る。風が破裂するようなヴォッ! という音を一瞬響かせて姿が消えたかと思えば次の瞬間にはキメラの真後ろに現れて、これまたいつの間にか納刀していた剣を抜刀術の要領で抜き放った。

 

"無拍子"による予備動作の無い移動と斬撃。姿すら見えないのは単純な移動速度というより、急激な緩急のついた動きに認識が追いつかないからだ。更に、剣術の派生技能により斬撃速度と抜刀速度が重ねて上昇する。鞘走りを利用した素の剣速と合わせれば、普通の生物には認識すら叶わない神速の一閃となる。

 

先程受けた一撃のお返しとばかりに放たれたそれは、八重樫流奥義が一"断空"。鞘の持ち手を親指で鍔を押さえつつ反動を溜め込み、抜刀の瞬間には逆に弾いて極限まで抜刀族度を上昇させる技だ。

 

空間すら断つという名に相応しく、銀色の剣線のみが虚空に走ったかと思えば、次の瞬間にはキメラの蛇尾が半ばから断ち切られた。

 

「グゥルァアア!!」

 

怒りの咆哮を上げて振り向きざまに鋭い爪を振るうキメラ。しかし、その攻撃は虚しく空を切る。既に雫は反対側へと回り込んでいたからだ。そして、二の太刀を振るい今度はキメラの両翼を切り裂いた。

 

「くっ!」

 

速度で翻弄し着実にダメージを与えていく雫。しかし雫の表情は晴れず、それどころか苦虫を噛み潰した様な表情で思わず声を漏らした。

 

それは、思惑が外れた事が原因だった。雫は本当なら、最初の一撃でキメラの胴体を両断するつもりだったのだが、寸でのところで蛇尾が割って入り斬撃が届かなかったのだ。二太刀目も胴体を切り裂くつもりが、斬撃が届くより一瞬早く身を屈められて両翼を切り裂くに留まってしまった。

 

キメラは、雫の速さに付いてこられていない。しかし、全く対応出来ないという訳でも無かったのだ。姿が消せる上、辛うじてとは言え雫の本気の速さに対応してくる反応速度。悪夢の様な難敵である。さっさと倒して仲間の救援に向かいたい雫としては、厄介な事この上なかった。

 

その後も三太刀目、四太刀目と剣を振るい、キメラの体に無数の傷をつけていくが、どれも浅く致命傷には遠く及ばない。それどころか、キメラは徐々に雫の速度を捉え始めている様だった。雫の表情に焦りが生まれ始める。

 

更に雫にとって、いや、雫達にとって悪い事は続く。

 

「キュワァアア!!」

 

突然部屋にそんな叫びが響いたかと思うと、雫の眼前で両翼と蛇尾を切断されていたキメラが赤黒い光に包まれて、みるみる内に傷を癒していったのだ。

 

香織の"周天"は、殆ど意味が無い程に効果を落としてあるので、いくら浅い傷といえどそう簡単に治ったりはしない。雫は目を見開き、癒されていくキメラに注意しながら叫び声の方へチラリと視線を向けた。

 

すると高みの見物と洒落こんでいた女魔人族の肩に、いつの間にか双頭の白い鴉が止まっており、一方の頭が雫の方を……正確には、雫の眼前にいるキメラに向いていたのだ。

 

「回復役までいるって言うの!?」

 

難敵にやっとの思いで傷を与えてきたというのに、それを即座に癒される。唯でさえ時間が経てば経つ程順応されて勝機が遠のくというのに、後方には優秀な回復役が待機している。あまりの事態に、思わず雫が悲鳴を上げた。

 

見れば雫だけでなく、他の場所でも同じ様に悲痛な叫びを上げる仲間達がいた。

 

光輝の方も支援を受けつつブルタール擬きと戦っていた様で、ブルタール擬きの一体に致命傷級の傷を与えていたのだが、その傷も白鴉の一方の頭が見つめながら叫び声を上げる事で、まるで逆再生でもしているかの様に癒されていく。

 

龍太郎や永山の方も同じだ。龍太郎が相手取っていた二体目のブルタール擬きは腹部が破裂した様に抉れていたり片腕が折れていたりした様だが、白鴉の頭が同じ様に鳴くとみるみる癒されていき、後衛を守る永山を襲っていたキメラも陥没した肉体の一部が直ぐ様癒されていった。

 

「だいぶ厳しいみたいだね。どうする? やっぱりアタシ等の側についとく? 今ならまだ考えてもいいけど?」

 

光輝達の苦戦を腕を組んで余裕の態度で見物していた女魔人族が、再び勧誘の言葉を光輝達にかけた。尤も、答えなど分かっているとでも言う様にその表情は冷めたままだったが。そして、その予想は実に正しかった。

 

「ふざけるな! 俺達は脅しには屈しない! 俺達は絶対に負けはしない! それを証明してやる! 行くぞ──"限界突破"!」

 

女魔人族の言葉と態度に憤怒の表情を浮かべた光輝は、再びメイスを振り下ろしてきたブルタール擬きの一撃を聖剣で弾き返すと、一瞬の隙をついて"限界突破"を発動した。

 

神々しい光を纏った光輝は、これで終わらせると気合を入れ直し、魔人族の女に向かって突進した。




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